第一四九話 ハズレ②
前回、死なないはずのデスゲームで、死者。
「【氷剣】!」
凝縮された粒子が剣の形を取る。
ひと息に跳んで上空から斬り掛かったのは、秀。
「秀!」
『イケメン少年、キミもしつこいねー』
無事でよかったとほっとする暇もない。
俺より先に背後の存在に気づいた死人が秀を払いのけようとした。
「まあ、僕の取り柄みたいなものだからね」
表情を変えず、秀は重力を利用して回転しながら躱す。
剣を振り上げ奴の腹を縦に斬り裂いた。
さ、さすがの身体能力。すげぇ……
「ごめん、誰かキャッチして!」
抵抗する死人を押さえ込みながら、裂け目から引っ張り出した何かを秀はぶん投げる。
誰が一番近いかわからない。反射的に飛び出して受け止めた。
「ん、『譲』の子……!?」
完全に脱力していて重いが、温かい。
秀が助け出したのは『譲』の文字を持つ男の子だった。
『あー! 貴重な若い血肉なのにっ! 何するんだよ殺してやる!!』
「させない。【光線】!」
秀に拳を振り上げた死人へ、未来がオヤマボクチの花を生み出して光線を放つ。
パォンッとくぐもった音を鳴らして一直線。
裂けた奴の腹へ直撃する。
「秋月伏せな! 【風神の舞】!!」
長谷川の赤い強風が秀の頭上を通る。後ろにいる死人へ炸裂して奥の部屋まで押し返した。
「ごめん、ありがとう!」
秀がこちらへ合流。【木刀】と【鉄扇】を作り出した未来と長谷川は前へ。
奴からの反撃に備えてくれる二人の後ろで、『譲』の子を寝かせて秀へ駆け寄った俺は。
「秀、無事でよかっ……っあぁああっ!!」
「よくない! もっと早く迎えに来てよ、心細かったんだからね!?」
ぐわんぐわん。肩を掴んで勢いよく前後された。
やめてくれ。こちとら最初に食らったダメージが微妙に残ってんだよ。揺れると気持ち悪くなりそうなんだ、マジでやめてくれ。
「……もう一人、いたんだけど。助けられなかった」
急に動きを止めた秀は、顔を伏せた。
小さな声で何度も繰り返す。遅いと。馬鹿なのかと。
俺たちと同じ光景を目の当たりにしたんだろう。下を向いた秀は小刻みに震えていた。
掛ける言葉が、すぐには出てこない。
「私たちもだよ、秋月君」
吐き気から解放するべく斎に癒しの技をかけていた阿部は、割れた大学生に目を向けた。
粉になりつつある元は体だったものが、どこから吹くのか、風でさらさらと飛んでいく。
目を逸らしたくなる光景をしっかりと見届けて立ち上がり、秀の胸板に優しく触れた。
「痛いね。……どっちも」
泣く寸前の我慢した声で、「【痛み無し】」と口にする。
見た目に怪我は無かったものの、体内には怪我があったらしい。《HP回復》のパネルが出て、秀の肌に血色が戻ってきた。
「……ありがとう」
驚きつつ素直に礼を言う秀へ、阿部は優しく笑う。
いつもの可愛らしい癒しのスマイルではないけれど、それでも、悲しみを分かつ阿部の笑顔は秀の震えを止めてくれた。
『そう。キミが回復持ちなんだね』
死人の声が、俺の真横で聞こえた。
『ありがとぉイケメン少年。答えを教えてくれて』
恍惚とした声に重なって、プツリと、脳が嫌がる音がする。
反応なんてさせない。そんな死人の速度を前に、【木刀】も【鉄扇】も、俺たちの誰も動けなかった。
「……阿部?」
秀が呼ぶ。自分の胸に倒れた存在の名を。
俺が一度瞬きをした時にはもう、今までいたはずの阿部の姿はない。
《HP:0》のパネルが、代わりのように鎮座して。
陶器の割れる音が遅れて響く。
白い欠片が散らばる。からり、からり。
飛沫状の血を全身に浴びた秀が、青ざめて、目を大きくしていた。
『ああ……やたらとうるさい観客がいると思ったら、一般人なんだね? 彼は。おかげでギャラリーが集まってきてんじゃんか』
天井から聞こえる加藤の声。異変を感じたのだろう一般人と、売店にいた瀬戸たちの声が聞こえる。
だけど、遠い。
耳に届いているはずのみんなの声を、目の前の現実を認めたくない俺の脳は拒んだ。
『やだなー、さすがに人数が多すぎる。メイは人混みが嫌いなんだよ』
中性的な声だけを拾う。
視界が狭くなってくる。
目が捉えるものが、死人だけになる。
『ああ、でも』と繋げたあとにくる言葉を予想した俺の、何かが切れた。
『見せしめにするには、ちょうど良かっ……おっと!』
余裕な様子でヘラヘラと笑う死人へ、無言で斬り掛かった。
『ふふ、怒ってるの? ナイト君。友だちが殺されて悔しい?』
「黙れ」
軽やかに避ける姿をすぐに捉え、手に持った【火炎の剣】に怒りを乗せて振り下ろす。
『あはは、いいねぇその顔! すっごくいい! 怒りでいっぱいになったキミの顔。そそるよ』
避けられる。右へ左へ、何も考えていない力任せな攻撃が通るはずもない。
だけど、止まれない。
剣を振るう。
地を蹴り石を飛ばしながら駆ける。
踏むたび近づく憎き存在に向けて剣を投げ、【火柱】を起こして逃げ場をなくし、更に【爆破】を繰り出し追い詰める。
『あはは、熱っつい熱っつい!』
「そうかよ。【炎拳】!!」
火と煙で奴が見えない。知るかそんなもの。
声と肌で居場所を絞り出し、炎を纏った拳を突き出した。
『ダメだよ、怒りに任せて我を忘れちゃあ』
変わらず余裕な死人の声。
ぞわりとして顔を左に捻った。
横を奴の拳が通る。頬をかすめる。切れる。
『おやおや? よく避けたね。じゃあこっちはどうかっ……お?』
炎の攻撃を体に受けながら、何かをしようとした死人の足元。風。
「【竜巻】!」
上空に向かって渦を巻く。
『おっとっと』などと言いながら死人は軽快にバク転をして躱した。
「つっちー、援護!」
充血した目で死人を睨み、風を起こす。
言いたいことを瞬時に判断。数メートル後ろにいる長谷川の隣まで【花火】で飛び、風に炎を乗せた。
「「【炎風】!」」
炎を纏った風が、奴へ放たれる。
周りの酸素を食い尽くすほど高火力の風。
なのに、死人は怯まなかった。
『手札――守護者』
手の平がこちらへ向く。空間がぐにゃりと歪み、かと思えば銀の扉が生成される。
勢いよく開いて【炎風】が引きずり込まれた。
「な……!?」
『あはは、ごめんね。お嬢さんは消えて? メイはナイト君と遊びたい』
俺の腰ほどまで、いつの間にか伸びていた蔓らしきものが長谷川を縛り上げる。
「ぐっ……」と苦しそうな声が、蔓に投げられて遠のいた。
『よそ見しないで。メイを見てよナイト君』
目前、青い瞳。咄嗟に後ろへ跳ぶ。
『手札。剣士』
両手を前に出し、空間を歪ませ剣を作り出す死人。
まるでマジック。奴の能力がどういったものなのかがわからない。
刀身が動くたび部屋のライトを反射する。
チカチカする視界の中、死人は何度も剣を振り上げた。
「くっ……!」
『ほらほら。死んじゃうよ?』
避ける、避けきれない。
剣で受け止める。斬られる。
体力ゲージが減少する。
「あぁあああっ!!」
雄叫びをあげて突っ込んだそこに、今までいたはずの奴が、いなかった。
『残念だねナイト君。ゲームオーバーだ』
背中側で、声がする。
振り向いた瞬間に目に入るのは、やはりどこから出しているのかが全くわからない真っ黒な大砲。中には銀色のエネルギーが凝縮されていた。
――やばい。
「後ろを取られるなって、言ったはずだよ」
抑揚のない声が、すぐそばで。
いつの間にか俺の真横に立った未来が、ライフルの先を奴からの攻撃に向けて差し出していた。
「【木製銃】……だだだだだ」
爆音を伴い放たれた銀のエネルギー弾。それを銃口から自分の技として瞬時に取り込んだ未来は、トリガーを引く。
俺を狙って撃ったはずの攻撃が、数を増して死人自身に撃ち返された。
『相手の攻撃を利用する技か。厄介だね』
舌打ち。死人の手のひらが前へ向けられて、さっきと同じ銀の扉を作り出す。大量のエネルギー弾はいとも簡単に消えてしまった。
「落ち着いて、隆。凛ちゃんも」
銃を下ろし、代わりに【木刀・改】を生成。
静かに諭しながら、風を纏ってなんとか帰ってきた長谷川の蔓を未来は切った。
「無理だよ! だってアイツは加奈をッ……」
「生きてるよ。加奈子は」
長谷川の言葉に被った、未来の確信した声。
俺は目を見開いた。
生きてる。割れたはずの、阿部が?
【第一四九回 豆知識の彼女】
Twitterでお馴染み、阿部ちゃんスマイル。
どこのタイミングで『阿部ちゃんスマイル』と出そうか迷いつつ、今回出してしまったらイコールヤバい展開。みたいになりそうなのでやめました……
阿部ちゃん。平和で和やかな時に、素敵な笑顔を見せてください。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 ハズレ③》
加奈子は生きていると言い切った理由。
一年弱みんなと一緒にいても、未来は。
よろしくお願いいたします。