第一四八話 ハズレ①
前回、火山エリアへ秀を探しに向かった隆一郎たち一行。そこで聞いた残酷な音に飛び出した未来を、危ないと判断した隆一郎が追いかけました。
今回は、少しだけグロ注意です。
「り……う! りゅうっ!」
「つっち……! ……っと、……な、いよ!」
泣きそうな声と、うるさい声が俺を呼ぶ。随分と遠いところから。
他にも誰かが俺を呼んでいるような気がして、認識しようと耳に集中する。
「【痛み無し】!」
一段と大きな声。脈打つ体の痛みが徐々に和らいで、意識がはっきりとしてきた。
――やべ……気を失ってたのか。
薄らと瞼を開け、霞む視界で現状を確認。
すぐ目の前には《HP回復》のパネルが出ていて、円になって俺を覗き込む長谷川と阿部、斎。
腕の中にいる未来は、俺からの返事がなかったせいか眉を八の字にして、体を震わせていた。
「大丈夫だ。ちょっと、切れただけだから」
しっかりしろ、不安にさせるなと自分に言い聞かせ、未来の頭をぽんぽんと叩いてから抱き寄せた。
「土屋、平気か」
「ああ。斎は……みんなも、平気か」
同じように聞き返し、全員が無事であることを確認。
怪我を治してくれた阿部へお礼を言ってから周囲を警戒した。
死人はいない。カラフルな壁に囲われて、ネオンライトで照らされた地面。乾燥しきって断裂したそこを除けば、火山エリアという名前からは程遠い『部屋』に俺たちはいた。
「未来は? 怪我」
安全がわかったところで未来にも聞く。
表情は変わらないが首を何度か横に振った未来が、何が起きたのかを説明してくれた。
どうやら俺は、かすり傷では済まなかったらしい。
咄嗟に庇った際に斬撃を食らい、殴られて、未来を抱えたままエリアの入口へ叩きつけられたそうだ。
――コツン。
ゴツそうなヒールの音が、反響する。
長谷川たち三人が戦闘態勢に入り、俺は未来を背中側へ隠す。
音が聞こえてくる先。奥に見える、赤く異様な空間に体の正面を向けて立った。
『よく守ったねーナイト君。殺すつもりだったんだけどなー』
コツン、コツンと。
だんだんヒールの音が近く、鮮明になる。
後ろにいる未来の手を、ぎゅっと握った。
わざとだろう。部屋の前で足音が止まる。
そうしてこちらの緊張を楽しんだのち。赤い空間から、人型の死人が姿を現した。
『あれー? ギャラリーがいるね。いいよいいよ、歓迎しますとも。メイは優しいんだ、人が増えるくらい構いませんよ?』
「……ご挨拶だな。歓迎なんて全く思ってないくせに」
笑う死人へ、俺は皮肉で返す。
『やー、別に全くってことはないよ? ちょっと計算外だっただけさ。本当なら相沢未来ひとりをこの空間に呼び出すはずだったのに、なぜかイケメン少年が来るし、かと思えばこんなにもゾロゾロと来ちゃってさ。どーしてかナイト君の怪我も治ってるしぃ。あー、どうしよっかなーって考えてるだけだよ』
イケメン少年。
奴が言っている人物は、もしかして。
未来を狙う理由と併せて問いただそうとするも、俺から言葉を奪う、死人の後ろでボタボタと落ちてくる赤い液体。
『ああ、コレ? ごめんごめん、待ってる間が暇だったからさ。つい……』
そう言って死人は自分の背中へ手を伸ばした。
リュックを体の前に持ってくるかのような慣れた動作で、俺たちの前に掲げられたモノ。
ボタリ。
――ああ、嫌だ。
視線が、音が落ちてくる元へ。上へと誘導される。
潰れた頭を鷲掴みにされ、真っ赤な血で染まった男性が、ピクピクと体を痙攣させていた。
『安心しなよ。キミたちのお友だち……そう。イケメン少年じゃないからさ』
どしゃっと、血が溜まった地面にその人が落とされる。
抵抗する力もなく地面へ接触。脳髄がぶちまけられた。
「う……っ!」
斎が嘔吐く。
阿部の荒い息づかいが聞こえる。
男性の体力ゲージがゼロになり、死人の勝利を知らせる《WINNER》のパネルが出現する。
しかし体は消えない。溢れた血と同時に白くなって、陶器が割れるような音を出して砕けてしまった。
――なんだ、この気味の悪さは。
さっきまで見ていたゲームオーバーとは明らかに違う。
そもそもDeath gameとは、現実と区別をつけるために痛み苦しみ以外の描写はカットされている。
攻撃が当たれば《ヒット》と表示されるだけで、血や臓器なんてリアルなものは映らない。阿部に腕と両足を溶かされても泥みたいになるだけだったのがいい例だ。
それなのに……流血と腐敗臭。
男の人が砕けた場所から、肉を炎天下に放置したような臭いがした。
『あーあ、汚れちゃったなぁ。フォームチェンジしようか』
大いに返り血を浴びた自身のメルヘンな服を見て、死人は憎々しげな顔をした。
右太ももにあるスイッチのような突起を押す。すると、服装に変化が見られた。
メルヘンから学生服へ。まるで着せ替え人形のように服を変えてはポージングを取り、いや違うと言ってはまた突起を押してを繰り返す。
俺たちがいることなど忘れているんじゃないかと思うほど熱中する死人は、胸にサラシを巻いた、いわゆる特攻服と呼ばれる服装で手を止めた。
『これで良し……っと、んん? でもこの格好にこの声は似合わないなぁ』
なお不満をもらし、今度は左太ももの突起を押し始める。一回、二回、三、四回目。
『あ……あ……ん、んん。……うん。これくらいでどうだろう。しっくりくるかい?』
『ボイスチェンジしてみたよ』と笑顔を作る。
先程までの女の声から一変して、中性的な声。男と女どちらとも言えない顔立ちだから、奴の言う通りピッタリではある。だけど……
「何を、そんなに気にしてんだ」
今度は髪をいじり出す死人の行動に、疑問と不快感を抱く。
俺の問いに答えるつもりはないらしい。
広がった銀色のおかっぱに無言で手ぐしを加え、前髪も真っ直ぐに整えていく。額にある赤い鳥のような模様が見えた。
「隆、あれ」
体を強ばらせた未来が、握られていない方の手で俺の視線を誘導する。
比較的大きめに残っていた男の人の体。それが時間の経過かヒビが入っていたのか、更に崩れて中から輪状の物が転がり出てきた。
「大学生さん……だよ」
後ろから囁く未来へ、俺は「ああ」と返事をする。
日が経っても思い出せる、周りがビビるほどの大穴が空いた耳たぶ。俺の足元で止まったのは、そこについていた印象的なリングピアスだった。
間違いなく、唾やレシートの死人を生んだ、売店で俺とケンカをしたあの大学生のもの。
やたらと力の強い人だとは思っていたが、未来の予想通りマダーだったらしい。
「のお……みんな。教えて、くれんか」
喉の奥から絞り出したような声が、天井から届く。
「そっちでは、いったい何が起きとるんじゃ? なんか、クマの中から……血、みたいなもんが出ちょるんじゃけど」
「え?」
こちらの映像が見られない加藤から、Death gameに入るための機械の一つが異常だと聞かされる。
「まさか……」
小さな声に次いで、未来の手が離れた。
死人の動きに注意しつつ、俺は後ろへ顔を向ける。
手を添えて、キューブを展開したまま情報を確認した未来の左腕から浮き出た画面。地図の形で映し出された大学生がいる位置に、ありえない二つの文字があった。
「……亡くなってる」
静かに言いながら、未来はみんなに見せて回る。『死亡』の二文字が書かれた、恐ろしい現実の画面を。
「ない。ないよ。そんな、バカな話があるわけっ……」
黙っていた長谷川がついに動揺をもらす。
俺の呼吸も、短く早くなる。
おかしい。ここは、Death gameだ。
体力がゼロになったって現実に影響したりしない。
本体は別にあるんだから。
ここはデータの世界で、実際に死んでしまうなんてありえないはずなのに!
『はは。残念、残念。リアルだよ? お嬢さん』
死人の足が、真っ白になった男性の顎に置かれる。
「やめろ!」
またパリンと、割れてしまう。
弾力のないそれを踏み潰し、細かくして地面と同化させる死人を俺は怒りから睨みつける。
だけど奴は、まるでわからないといったようにきょとんと目を丸くした。
『やめろ? え、なんで? キミは嬉しくないの? コイツらはキミの大事な子を不安にさせて、死人を生み出す悪事を働いていたんだよ?』
「確かにその人は未来の目をからかったし、死人が生まれるきっかけにもなった。でも、命を。尊厳を踏みにじるような行いを、俺は認めない」
どうしてあの時の会話をこいつが知っているのかはわからない。
だけど許せない冒涜の行為を非難していると、死人の後ろで見覚えのある氷の粒が輝いた。