第一四七話 シークレット
前回、斎が秀を撃ちました。
「あっはっはっは! 面白すぎじゃろうお主ら!!」
「加藤! びっくりした、ゲーム最中でも話せんのか!」
見上げてみても姿はない。だけどこの声と喋り方は、間違いなく加藤だ。
「ワシもケトのおかげで知ったよ。椅子の手すり部分にスピーカーとマイクがあってな? それで声を送っとるんじゃ!」
やり取りが面白かったと笑いながら、感想を伝える手段を見つけたケトを加藤は褒めちぎる。
良かった。ケトとおキクが一緒にいるとはいえ、見学だけで楽しめるかどうか気になってたんだけど、どうやら問題なさそうだ。
「じゃけどな? おそらくこの発声器、お主ら以外にも聞こえとるよ。多分Death game内の全員にワシの声が届いて……って、こらケト! マイクを取るなっ、喋れんじゃろう!?」
『リュウ、よクやった! リュウ、おもしろい!』
『きゅうっ』
「ぐおっ、あ、あんまり跳ねるな、お主は案外重たいんじゃか……ぐぇぇっ! お、おきっ、おキク! お主はもう少し加減を、が、ハハ。ぐほぉ!!」
なんだろう。ケトを必死に押さえながら、おキクに巻きつかれてる加藤が見えるような見えないような。
「ご、ごめんね加藤君! 二人ともちょっと落ち着いて! いい子にしてってさっき言ったでしょ?」
『ウん、いった! ミク、かっこよかった! スごい!』
『きゅうっ』
「ぐおおおっ!」
ケトのやつ、ちゃんと理解した上で暴れてやがる。
おキクの言葉は俺たちにはわかりっこないが、あの二人は何かしらで意思疎通ができているんだろうか?
もっとやっていいぞ! それそれ! なんて会話をしてそうな気がする。加藤の困った顔も容易に想像がつくぞ。
「もう……【葉脈】、ブレーキモード」
若干だけ、怒りがこもった未来の声。
やめなさいと何度言っても聞かないからだろう。
軽く眉間にシワを寄せてわかりやすく息を吐いた未来は、対象を落ち着ける技を放った。
アクセルモードと同じ【葉脈】から成るこの技は、力ではなく精神を移行するもの。
体が大きいだけのおキクと違い、人を襲う手段を持つケトを家族として迎え入れるには、もしもが起きても対処できるようにしておいた方がいいだろうと考えてくれた技。だからだろう。
「……しまった」
二人の寝かしつけに成功したらしい。
さっきまでの騒がしさが嘘みたいに静かになる。
「少し落ち着けようと思っただけなんだけど……失敗しちゃった」
「珍しいね〜、未来ちゃんが加減を間違えるの」
「ん。やっぱり現実とゲームじゃ、なんとなく感覚が違うみたい」
阿部の気付きに苦笑した未来は、ちょっとした違いを拾い上げるように手を握って開いてを繰り返す。最後に小首をかしげ、ブレーキモードの使用で青くなった左手の『樹』の文字を撫でた。
「ごめんね加藤君。二人とも楽しかっただけで、悪気はないと思うんだけど」
「気にすんな! 思いっきり首が締まっとったけど、ダンベルが太ももで飛び跳ねてる錯覚も抱いたけど、大丈夫じゃ!」
本当に大丈夫かお前。タフだな。
「それより、お主ら。秋月が火山エリアで復活しちょるよ」
「火山エリア?」
「おう。ちと遠いけど、拗ねる前に謝りに行った方がええと思うぞ? ワシは」
「秋月の性格を考えると」と付け加えられ、全員が「あー」と納得の声を出してしまう。
土下座の体勢で動かなかった斎もさすがにまずいと思ったのかもしれない。むくりと顔を上げた。
「謝る。火山エリアってどこだっけ……」
「泣くな谷川。拗ねるっちゅうてもゲームじゃろ? 怒りはせんよ、きっと」
涙目の斎を勇気づけてから、加藤は方角を教えてくれた。
今更だがこのゲームは地球と同じ球形をしていて、俺たちが今いるのは南の海エリア。現在地から見ると、未来と前にやり合った森林エリアは西。秀がいるという火山エリアは北に位置するらしい。
「ん? じゃあ秋月のやつ、海を越えて移動しちゃったってわけ? そんなシステムあったかな」
「どうだろ。鍛錬でなら俺もそれなりに長くやってるけど、もしかしたら初めてかもしれねぇ」
なんにせよ行くしかない。
完全に休戦状態の俺たちは、北方に向かってぞろぞろと歩き始めた。
斎のどんより顔や、秀に覆いかぶさったニセガワに嫉妬する阿部のふくれっ面。
未来の頭にある小さな白い花と、寝かせてしまったケトたちに詫びる言葉の案。
話題が尽きることはなく、常に誰かが喋っては笑いを誘い、楽しい声が辺りを包む。
技を使ってすぐに移動することもできたけど、和やかな雰囲気が心地よくて、自分の足を使うのは全く苦にならなかった。
「ここ?」
目的地へたどり着くと、長谷川が一番に口を開いた。
訝しげな表情でエリアに続く扉を睨む。手をゆっくりと伸ばし、上部に書かれたVOLCANOの文字を左から右へとなぞった。
「おう、こっちではそう表示されちょるよ。どうかしたか?」
「いや……こんなの今までにあったかなぁと思って」
頭の上にクエスチョンマークを浮かべ、周囲をくるりと見回した長谷川は、答えを求めるように未来へ顔を向けた。
「……洞窟だったと思うよ。多分」
顎に手をおいた未来は、長谷川と同じように眉を寄せて悩み出す。
二人の記憶にある火山エリアの入り口とは、今俺たちが見ている豪華な扉ではなく、むしろ入るには勇気がいるような薄気味悪い洞窟だったという。
「ゲームのアップデートで変わったって可能性は?」
「ない。アタシが情報を見落とすはずないし、そもそもアプデがあったらまず谷川に連絡がいくようになってんでしょ?」
「実際に使えるかどうか確かめる必要があるんだから」と、まだ通常運転に戻れない斎の仮説を長谷川は否定する。
エリアが移動しただけならただのシステムエラーかと思ったけど、妙な不気味さを感じるな。
「なぁ加藤? 秀はこの中にいるんだよな?」
「おお。こっちの情報ではな。ただなぁ、ちょっとよくわからんのじゃ」
「わからない?」
「なんかのう……そのエリアには観戦用のカメラが付いてないのか知らんが、中の様子が見えんのじゃ。代わりにシークレットって書いちょる」
「シークレットねぇ……」
ますます怪しいと長谷川は扉の前で仁王立ちする。
「隠れエリアだったりしてね〜」
ふふと笑いながら、阿部も同じ体勢で近付いた時。
ぐちょり。
扉越しに、何かが潰れる音を聞いた。
みんなの動きが止まる。声を発さなくなる。
「……何の、音だ」
数秒経って、斎の口から動揺が漏れた。
誰かが対戦中なのだろう。そう思いたかった。
だけど、違う。
中から悲痛な声が聞こえる。
ビリビリと耳へ心臓へ響き、脳を弄る嫌な音が。
楽しみとは正反対の、命を脅かされた際の絶叫が。
「行くよ!」
「あっ、待て、未来!!」
俺たちを置いてひとり突っ走ってしまう未来を追いかける。ちょっと待てと俺も後ろから言われるが、あいつが前にいるなら止まるわけにはいかない。
必死に背中を追いながら、頭の隅にあるここ最近の不思議な現象を思い返した。
凪さんが遠征に出た途端、何倍にも膨れ上がった死人の数。
目の前に現れた死人は全て狩るか元に戻しているはずなのに、未来の存在を知っていた死人。
口止めのまじない。
――嫌な予感がする。
自室にある青い目覚まし時計の秒針を刻む音が、聞こえるはずがないのに聞こえてくる。
夢を見たあの日、彼らは何を言っていたんだっけ。
聞きたい言葉には膜を張っているような妙な会話。
俺の知らない声。知らない生き物。
だけどハッキリと、何か言っていただろう?
そう、何か。
何か……絶対に聞き逃してはならない一言が。
『必ずや、――の首を獲って帰還致します』
呼吸が乱れる。焦りが体を支配する。
――に入っていた名前は誰だった?
思い出せ。思い出せ、思い出せ思い出せ思い出せ!
「やめろ」
やめてくれ。
思い出したくない。ありえない。あるわけがない。
だって、そこにある名前は――!
「未来ッ!!」
掴む。大事な人の手を。
引き寄せる。俺から離れていく小さな体を。
その体温は奪わせない。
命を奪わせはしない。
守ると決めた。誓った。
誰よりも大切で、誰よりそばにいてほしい存在を。
ずっと隣で、笑っていてほしい存在を。
空気と肉を同時に切り裂く音がする。
乾いた地面にできた、赤い水溜まりに新たな液体が飛び散って、色の範囲を広げていく。
『――こんにちは。相沢未来』
何が起きたかわからない。
だけど、耳に張りつく独特な女の声が。
未だに慣れない死人の声音が、未来へ語りかけた。
『本物の地獄へようこそ。メイはユーを歓迎します』
昼はいないはずの生物が、世界を赤く染めている。
俺の大嫌いな、血の色に。
【第一四七回 豆知識の彼女】
ケトの体重は12kg。
本体(ボール部分)に10キロ、腕に1キロずつのイメージです。元はバスケットボールなので皮膚もかため。飛び跳ねると痛いです。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 ハズレ①》
平和なデスゲームからシリアスなデスゲームへ。よろしくお願いします。