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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第一章 転校生
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第十二話 谷川斎①

前回、凛子と未来の関係は緩和されました。

 キューブは二〇二八年当時まだ六歳だった少年の手によって作られた。学者と学者の間に生まれた彼はとても聡明で利口だったが、ひとつの難所をクリアすることができなかった。その為マダーの数を意図的に増やす計画は叶わず、我々の命を脅かす死人に対抗する手段が限られていた。しかし現在十四歳の彼は今、キューブの改良に努めているという。果たして完成させることができるだろうか。私たちの明日は、彼の手にかかっているのだ。

              セイジツ出版社



 挿絵(By みてみん)



 今朝読んだマダーの回覧。そこに書かれていた文章を忘れてしまいそうなほど蒸し暑い体育館の中で、俺は校長が読み上げている言葉だけは真剣に聞いていた。


 内容は……死人が関係する、ここ一週間の死者の名前と死因。一日に死者が出ない日はないと言われるほど、この街では人が死ぬのが当たり前。だから一週間のうちのどこかの一時限目に、こうして纏めて知らされるようになっている。

 死人がどれだけ危険であるかをきちんと頭に刷り込ませ、自分の身を守るための行動を取るようにと。


 ――けど……死んだ人たちもこんなやり方じゃ報われないだろうな。


 校長の話を聞きながら、俺は目だけを動かして自分の周りを見た。

 長谷川が来ていない。昨日の今日だし無理もないか。

 遺族のところへ行くのは自分ひとりでいいって言ってたけど……やっぱり、着いていくべきだっただろうか。

 少し悩みながらも、今さら後悔しても仕方ないと自分に言い聞かせて視線を正面に戻す。すると俺の前に座っている斎がこちらを向いていた。多分情報共有してほしいんだろう。


『昨日は三組の子だって』


 ふと聞こえた、誰かの小さな声。


『なんか、慣れちゃったよね。マダーの人が死んじゃうのさ』

『ちょっと、言い方に気をつけなよ』

『だって考えてよ。毎週こうやって報告聞いてるけど、死んでるのはほぼマダーじゃん。戦いに出ない私らには関係ないよ』


 注意をした声が返答に困ったように『それは……』と呟いた。何も言えないようで、それ以上話は続かない。校長の声だけが体育館に広がる。

 短い会話。でもそれだけで、一般人がマダーや死人に対してどう思っているかを知るには十分すぎた。


 守られている側は、自分が明日も平和に過ごしていると信じて疑わない。守る側が死んでも、それが親しい人でもない限り悲しんではくれない。

 死して、当たり前。

 自分たちを守ることこそお役目。

 そのマダーが死に続けた結果、自分たちがどうなるかを考える気は毛頭ないのだろう。


 ――おかしいんだよ、マダーの連中は。


 そのくせ、たまにこんな会話を聞く。


 ――マダーは死体も平気でいじるんだとよ。何したのか知らないけど、連れ帰ってきた家族の外見がもう。

 ――やめろって、吐き気がする。

 ――でもさあ。


 死んだ人は生き返らない。敵に繋がるものがあるならば、遺体を使わせてもらう場合もある。それが、自分の身を守るためであり、ほかの誰かを守ることにも繋がるから。


 ――おかしいんだよ、マダーの連中は。


 そうかもしれない。俺たちの頭は、もうどうしようもないほどバグってんだろう。




「土屋、はよ」


 一時限目終了のチャイムとともに、斎はくるりと振り返ってくる。


「おはよ」

「珍しいな遅刻ギリギリなんて。相沢さんと一緒だった?」


 名前順で並んだクラスの列、その一番前に目をやる斎は、思いつく可能性を口にしたらしい。未来も俺と同じぐらいの時間に来たからだろう。


「ああ。昨日未来が足怪我したから、だいぶ早めに家は出たんだけど、それでもちょっとやばかったな」


「足……昨日俺たちが帰ってから何かされたのか? あの二人も死んだって言うし、お前もなんか顔色悪いし、色々わけわかんないことが多すぎるんだよ」


 顔色悪い、か。大阪で未来と組んでたときは死者なんて滅多に出なかったし、あんな惨い死に方を見る機会がなかったからだろうか。帰宅するなり吐いてしまったのだ。

 ゴミ箱前ではまだ現実として捉えられなかったが、玄関に足を踏み入れた瞬間、あの二人は自分の力で家に帰れなかったのだと自覚して……腹の中身が逆流した。

 登校する直前までトイレに居座り続けたものの、吐き気は未だにおさまらない。


「死人に食われかけたんだって。思いのほか深かったみたい」


 ちらほら教室に戻り始めた生徒を掻き分け、前のほうから秀が未来に肩を貸して歩いてきた。包帯が巻かれた未来の左足が、痛そうにびっこ引いている。

 キューブには『恩恵(おんけい)』と呼ばれる作用があって、負ったケガがキューブを展開している間のものなら通常よりも早く治る。

 だけど未来は今回使っていなかったから、その治癒力は一般人と全く変わらない。

 しばらくこうして過ごす必要がありそうだ。


秋月(あきつき)君ありがとう。キツかったよね、ごめんね」

「ああ、ううん。ちょっと頑張らないとしんどいけど、困ってるならちゃんと手を貸すから言って」


 おお、女嫌いな秀が進んで助けてる。

 未来はかなり気にしているみたいだけど、本人がこう言ってるなら甘えさせてもらっていいだろう。


「秀ありがとな。未来、おぶろうか?」

「目立つからやだ」


 ピシャリ。予想はしてたけど、そんなにすぐさま断らなくても良くないか? 

 とはいえ、その返事は正直ありがたかった。怪我を気にしてつい提案してしまったけど、無理やりおぶって吐き気に耐えられず吐いちまったら格好がつかねぇし。


「谷川君、ごめんなさい。昨日忠告してくれたのに、上手く活かせられなくて……二人も死なせてしまった」


 秀から俺の肩に手を移しながら、未来はもう一度ごめんなさいと謝った。


「相沢さんは悪くないよ! 俺がちゃんと一から伝えなかったからだ。事態を重く見て、もっとちゃんと言うべきだった」


 斎が歯を食いしばって、顔を悔しさで歪ませる。


「違うの、もっと私が――」

「どっちも悪くなーい。アタシが単に弱かった、それだけの話よ」


「ひゃ!」っと未来の驚いた声がして、まだ体育館に残る生徒がこちらに視線を向けた。

 何事かと隣に顔を向けてみれば、氷が入った冷たそうなペットボトルが未来の首元に当てられていた。そして、そうしている人物を見て俺も驚いてしまう。


「長谷川?」

「はーい。黒染めしてみました〜」


 遅れて登校して来た長谷川の、昨日まで派手に染められていたはずの髪が黒くなっていた。

 それだけじゃない、着崩していた制服もきちんと着てるしジャラジャラつけていたアクセサリーも一切ない。強いて言えば耳横で一つ括りにした髪を纏めてる、あれはシュシュとか言うんだっけ? それだけ。


 メイクは……その、なんだ。俺はその点については疎いからよくわからないけど、年相応と言うべきか。すっぴんの未来と比べると、頬と唇がほんのり赤みを帯びている程度だ。


「相沢、アンタは二人を助けようとしてくれた。もうそれだけで十分。むしろ感謝しなきゃいけないくらいよ。本当にありがとう」


 長谷川が頭を下げる。

 周りが一気にザワついた。

 そりゃそうだろう。まだ人間としてできていない年齢の俺たちにとって、派手なやつというのはクラスでも学年でも強い影響力を持つ存在なんだ。


 そんなやつが今、ぽっと出の転校生に頭を下げた。みんなが動揺するのも無理はない。実際昨日の成り行きを知っている俺でさえ驚いているのだから。

 だけど長谷川は周りなんてどうでもいいとでもいうように、それには全く反応せず未来に何かを手渡した。


「これ、アタシの家で作ってる克復茶(こくふくちゃ)。怪我の治りを早めてくれるから結構苦いけど一日かけて飲み切って。あとこれ、克復軟膏(こくふくなんこう)。これは直接傷口に塗ってね。すっごいしみるから覚悟して。あとこれとこれと、あ、これも」


「は、長谷川さんこんなに色々貰えないよ」


 あれやこれやと鞄から沢山の傷薬を出す長谷川に悪いと思ったのか、未来が手をブンブンと振る。


「凛子でいいよ。遠慮しないで、アタシのただの自己満足だから」

「相沢さん、貰えるなら貰っておいたらいいよ! 長谷川薬店(やくてん)の薬、高いけどよく効くから。程度によるけど大怪我でも一週間あれば完治しちゃうよ」

「え、すごいね?」


 ぽかんとする未来に、俺がその薬の存在を知ったときも、多分こんな顔をしていたんだろうなと思う。


 何せ長谷川の家でしか作ってないらしく、すぐに作れるものでもないから、負傷者が多い県にしか配送できないのだそうだ。どこに配られているのかは知らないが、とにかく大阪にはこんな薬なんてなくて、怪我をすれば治療の一択しかなかった。

 だからこそ、傷痕が残って、未来が夏でも長袖を着るしかなくなったのだとは思うけど。


「でも、だめ。そんなすごいの受け取れないよ」


 薬を未来に押し返される長谷川。

「えー」と逆に不満を言うその表情と様子は、昨日までと変わらず明るい。

 大丈夫なのかとこちらから声をかけるのは……さすがに良くないだろうか。


「マダーだからね。覚悟はしてたよ」


 俺の心中を読み取ったかのように、長谷川は薬を鞄にしまいながら言った。


「帰ってから大泣きしたけど、もう大丈夫。毎日懺悔して、背負って生きてくって決めた。だから……何も言わないで」


 心配ありがとう、と締めくくられ、俺は無言で首を縦に振った。

 誓いを聞いた全員が静かに長谷川を見る。にかっと笑顔で返され、今度はわざとらしく驚き顔を作った。


「げ、やっばい。二限始まるよ?」

「あっ」


 長谷川の言葉にハッとして、慌てて周りを見る。

 いつの間にか体育館はがらんとしていた。残ってる生徒はもう俺たちとあと一人だけ。


「阿部、遅れるぞ!」


 俺たちと同じクラスの阿部加奈子(あべかなこ)が、栗色のセミロングの髪を指でくるくると巻いて、持ち前の大きな瞳でこちらを見ながらぼーっとしていた。声をかけても反応はなく、ひたすらぼーっとしている。


「つっちーいつものことだよ、ほっときな。こっちが遅れちゃうよ」

「ひあ!?」


 今度はどうした! 

 未来がまた声を上げて、肩が軽くなったと思ったら長谷川がキューブを使っていた。

 ああ、未来しか連れてってくれないんだな。

 遅れまいと思っているのだろう。自身と未来を風の力で浮かせて高速で飛んで、俺たちがいる場所からは既に二人とも見えなくなっていた。


「なに? 二人は仲良くなれたの?」


 走りながら、俺に問いかけてきた秀に答える。


「ああ。あの二人は、多分もう問題ないと思う」

「そっか。良かったね斎」


 固くなっていた斎の顔が、秀の言葉を聞いて少し緩んだ。


「斎は何も悪くねーぞ」

「……ありがと。でもやっぱり色々思うことがあるからさ」


 納得しきっていない様子の斎の声に被って、チャイムが鳴った。もちろん遅刻。

 しかも走ったせいで俺の吐き気はピークに達し、授業中トイレと言って教室を出たせいで男子にからかわれる始末。解せぬ。

 だけど、クラスメートが二人も死んでいるというのに、その死者がマダーだったからだろうか。笑い続けるクラスの雰囲気は、異様なほどに明るかった。

【第十二回 豆知識の彼女】

克復茶は大人でも吐き出したくなるほどに苦い。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 谷川斎②》

隆一郎は、いじられキャラです。

よろしくお願いいたします。

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