第一四一話 鈴の音
【Death game 模擬大会ルール】
・体力ゲージの三分の一を削れたら10ポイント、半分まで削れたら40ポイント。倒し切ったら100ポイント。合計150ポイントが付与される。
・戦闘の途中で離脱して、一キロ以上相手から距離を取れたら体力を回復できる。
・ポイントを既に持ってる人と殺り合って勝利した場合、倒した分の150ポイントに加え、その人が保有していたポイントの半分が勝利側に移動する。
・最初の一時間はタッグを組める。二人で倒した場合、獲得したポイントは半分こ。
・他の模擬大会をしているプレイヤーのPKでも同様にポイントが入る。
前回、凛子とのバトルを始めた隆一郎でした。
「ああ……言われちゃった」
とあるプレイヤーをPKした際に得た、ドロップアイテム《盗聴》。それを使って隆一郎と凛子の話を聞いていた未来は、まあいいかと思いながら空を見上げた。
隆一郎自身に気付いてほしくてずっと言わないでいたが、あと数日すれば凪が遠征から帰ってくる。
課題クリアのヒントとして、そろそろ教えてあげようかと考えてはいたのだ。
「伝えるのは私からじゃなくてもいいもんね。【羽状複葉】、ソテツ」
始まった隆一郎と凛子のバトルを見届けるべく、未来は背中にソテツの葉を生やして空高く飛ぶ。
【火炎の剣】と【鉄扇】による激しい斬り合いを優雅に見物しながら、無意識に目を細めた。
本当に強くなったなぁ……と。
隆一郎の強み、慣れの早さ。それは天性のものではあるが、もちろんそれだけで強くなれるわけではない。
驚くほど急速に成長していけるのは、彼の並々ならぬ努力と向上心。それらが上手く交わった結果であった。
「来年にはもう負けちゃうんだろうなぁ」
嬉しいような、悔しいような。
成長を近くで見続けている未来は、自分よりも強くなった隆一郎の姿を想像するとともに、去年言われた言葉を思い起こした。
――俺は、未来を守りたい。未来を傷つけるやつは、俺が全部ぶっ潰してやる。
実際にそう言ってくれたのは、隆一郎の意思の死人。
隆一郎本人ではないし、彼自身には言った記憶も無いのだろうけれど、未来を守りたいと心の底から思っていなければそんなセリフは出てこない。
悔しいよりは、嬉しいの気持ちの方がずっと大きい。
頬が温かくなった。
「ん?」
ふと頭に入り込んできた映像。
二人の男の子が歩いている姿が脳内で再生される。
「んー、髪型的に斎と秀かな。【落ちて、三ノ矢】」
視界では認識していないが、頭の中にあるその風景からゲーム内のどこにいるかを正確に割り出した未来は、ヒノキでできた弓矢を作り、上空から大量に放った。
降り注ぐ中程度の硬さを持つ矢。どこの誰によるものかもわからない攻撃に、二人は「ぎゃーっ」と叫び声を上げた。
「ふふ。上からごめんね」
ダメージが入った表示が幾度となく表れて、抵抗も虚しく彼らの体力ゲージがゼロを指す。
勝利とポイント獲得のパネルを二人分確認していると、チリン……と軽い音が背中側で鳴った。
――鈴?
美しい音色を奏でる方に目を向ける。そこにいたのは、先ほどまではいなかった同い年くらいの男の子だった。
袖にあるダイヤ柄が印象的な、灰色の長い羽織。腰に巻かれた布ベルトの位置までボタンが付いているようで、その先は開いているために膝下までの黒いハーフパンツが覗いている。
履き物は茶色のショートブーツ。
羽織の襟と袖口だけは明るいピンク色をしているが、それでも重たいイメージを持つ彼の格好に、暑くないのだろうかと未来は少し心配になった。
「面白い戦い方をするね」
男の子は静かな声で未来に話しかける。
こちらに向けられたのは、雪のように白い肌。頬を隠すように内側に入った横髪と外に跳ねた後ろ髪は白く、毛先だけが青緑色をしている。
まるで物語のキャラクターのようだった。
「【視覚】、アリストロキア・サルバドレンシス……なるほど。確かに姿を見せなければ一方的に相手を潰せるよね。賢い戦い方だ」
未来は目を見開いた。彼が今口にしたのは、未来が斎たちを倒すために使ったもう一つの技名だ。
アリストロキア・サルバドレンシスの花が持つ目のような窪みから連想した、周囲を観察できる能力。
このDeath game内のありとあらゆるところに咲かせておいた、その花が見ている景色を頼りに弓矢を飛ばして攻撃しているのだ。
技自体は一度学校で使っている。クラスメートなら見られていたかと思うところだが、この男の子とは初対面。更に言えば、実際に戦いの場で出したことは一度もない。
なぜ知られているのかと、心臓がザワついた。
「知ってるの?」
「君が飛んでるのは……【羽状複葉】、ソテツ。羽の形をした葉っぱか、いい技だね」
未来の問いには答えず、彼は別の技名も当てた。
顎先に手を置いて、未来の表情の変化を見るように涼しげな目が向けられたまま離れない。
それでも怖いと思わないのは、優しげな眉のせいだろうか。
「……ありがとう。あなたは、どうやって飛んでるの?」
「頭のいい奴がいるんだね。しかもサポートに秀でた奴もいる……なるほど。どちらを先に攻めるか、もう少し考えないといけないかな」
投げかける質問が変わっても彼は答えない。
未来が怪訝な顔をすると、彼は短く聞いた。
「やる?」と。
まるで未来の表情が変わるのを待っていたかのように。
バトルをするかどうかの選択を委ねられた未来は、少しの間を置いたのち、首を横に振った。
「ううん。しない」
「どうして? ぼくがポイントを持っていなくて、あんまり点が取れないから?」
体力ゲージの近くにある《保有ポイント0》の文字を指差した彼へ、未来はもう一度頭を振る。
「違うよ。あなたはゲーム内にいるだけで、模擬大会の参加者ではないみたいだから」
同様に静かに答える未来を見て、彼の目が少し開いた。美しい白髪と対照的な、漆黒の瞳がよく見える。
「それに、言ってみただけというか……本当に戦う気はなさそうだもん。そんな人に武器は向けられないよ」
もう一つ理由を告げた未来は、彼の顔色を窺った。
驚いているようにも、哀れに思っているようにも見える。若干の怒りも感じられた。
そんななんとも言えない表情はすぐに消え、また元の冷淡なものになる。
「綺麗だね、青い瞳。……ぼくと同じ」
そう小さな声で言った彼は、自分の右目に指を添えた。
慣れた手つきで黒色のレンズがつまみ出される。
再度こちらに向けられた彼の右目にあるのは、未来と同じ青色の瞳だった。
「驚かないの?」
顔色ひとつ変えない未来へ彼は問う。
驚いていないわけではない。むしろ混乱していた。
それでも特に何も言わず、そして聞かないのは、自分が今まで受けてきた周りと同じような視線を彼に向けたくなかったから。
別モノであるかのような目で見られる恐怖を、未来自身よく知っていたからだ。
「君は、カラーコンタクトをつけないの?」
黒のレンズを右目へ戻し、彼は更に問いを重ねる。
言うべきか悩んで数秒。未来は、「つけない理由がある」と答えた。
「私は、この青い色のまま過ごしたい理由があるんだ」
その内容までは明かさない。けれどそうハッキリと答えた未来へ、彼は微かに笑った。
「変な子。『ハズレ』なんて呼ばれてるとも知らずに」
「え?」
「なんでもない。じゃあね」
初めて繋がった会話はすぐに打ち切られ、パチンと両手のひらを合わせた男の子は、鈴の音を鳴らして消えた。
それはほんの一瞬の出来事。取り残された未来はひとり呆然として、しばらくその場から動けなかった。
【第一四一回 豆知識の彼女】
未来はカラコンをつけたことがない。
瞳の色が変わったのが幼稚園頃なので、かれこれ10年ほど。下を向いたりはしますが、完全に隠した生活はしていません。理由はあるようですがまだ明かされず。
【視覚】、アリストロキア・サルバドレンシスは第一章で一度だけ登場しています!
お読みいただきありがとうございました。
《次回 Death game『風』①》
隆一郎視点に戻って凛子と対決です。
よろしくお願いいたします。