第一四〇話 剣か槍か
【Death game 模擬大会ルール】
・体力ゲージの三分の一を削れたら10ポイント、半分まで削れたら40ポイント。倒し切ったら100ポイント。合計150ポイントが付与される。
・戦闘の途中で離脱して、一キロ以上相手から距離を取れたら体力を回復できる。
・ポイントを既に持ってる人と殺り合って勝利した場合、倒した分の150ポイントに加え、その人が保有していたポイントの半分が勝利側に移動する。
・最初の一時間はタッグを組める。二人で倒した場合、獲得したポイントは半分こ。
・他の模擬大会をしているプレイヤーのPKでも同様にポイントが入る。
前回、加奈子に勝利した隆一郎でした。
《ドロップ:解錠》
「ん?」
戦闘の結果をずらりと表示してくれていた羅列の最後。トライアングルのような音とともに出てきた『ドロップ』の文字を見た俺は、なんだろうと思いながら横にある『詳細』パネルに触れてみた。
《ドロップ:敵のHPを0にした際、一定確率で相手の能力を一つ得る》
「へぇ。デスゲームってそんなルールもあったのか」
未来と何度もやってはいるが、大勢でするのは初めてだからこういうシステムがあるとは全く知らなかった。
なんかダンジョンゲームみたいで面白い。
普段とは違うルールを楽しみながら、俺は突っ伏した阿部に改めて目を向ける。
倒れた阿部の目には赤いバツ印がついていて、胸の上には逆三角形で示された『ゲームオーバー』の文字。そしてピクリとも動かない。
「おーい、阿部。大丈夫か?」
ゲームとはいえ全力で殴ってしまったことを詫びたくて、起こすべく阿部の体を揺すろうとした。
「うおっ!?」
びっくりして思わず手を引っこめる。
急に阿部の体が光ったと思えば、次の瞬間にはもう消えてしまっていた。マジで一瞬だった。
「どっかに移動して再スタートすんのかな……」
なんにせよ謝るのはまた後でになりそうだ。
頭をポリポリと指で掻き、阿部がいた場所に残った例のドロップアイテムらしき豪華な装飾の鍵に触れてみる。
すると風鈴に似た涼し気な音が鳴って、新しいパネルが表示された。
《獲得:解錠――どんな鍵でも開けることができる》
その説明を見てふと思い出す。阿部が自分の『解』の文字に対して、『解放』ではなく『解く』のイメージを持っていた去年は大抵そういう使い方をしていたらしいこと。
死人と戦うに当たって鍵を開けなければならないシーンなんて滅多にないだろうけど、それ以外なら本当に便利な能力だ。
――ディフェンス値、高いもんなあ……。
少し羨ましく感じながら、さっきは見る余裕がなかった自分のパーセンテージを確認した。
「……はは。そんな気はしてたよ」
勝利後すぐに戦闘に入れるようにしてくれているらしく、《身体異常解除》、《HP全回復》の文字が載った満タンの体力ゲージの下。オフェンス値50%、ディフェンス値50%というピッタリ半分の数字を見て、つい苦笑い。
優柔不断な俺の性格を数値に置き換えた結果みたいじゃないか。
《WINNER:未来》
「お?」
体の大きさが完全に元に戻り、腕や足が生えたのを確認していると、未来の戦況が表示された。
どうやら他のメンバーの状況も開示してくれるらしい。わかりやすくていいな。
「って、いや、おいおいっ!」
《WINNER:未来》
《WINNER:未来》
《WINNER:未来》
《WINNER:未来》
《WINNER:未来》
一人で叫んで虚しいのはわかってる。わかってます。
けど一分と経たずに連続で勝利を告げるパネルが出てきてしまってはしょうがないと思う。いや、しょうがないと誰か言ってくれ。
すると次には、ポン。そんな軽い音とともにわけのわからない数字を見た。
《未来:ポイント総計800獲得》
桁外れのポイントに唖然とする。
総計八百。勝利で得られるのが百五十だから、残りの六百五十は相手が保有していた半分をもぎ取った分だろ?
つまり相手は千三百ポイントを持っていた強者だったわけで。
「さっきゲームに入ったばっかの俺たちじゃPKしてもこうはならねぇし、他のプレイヤーか」
うちの未来がすみません。と妙に誇らしさと申し訳なさが入り混じったため息をもらすと、
「隙ありっ!」
これまた聞き慣れた声が上空から飛んできた。
「のやろっ! 【火炎の剣】!!」
反射的に炎を纏った剣を作り出し、飛んできた【鎌鼬】を真っ二つに斬った。
半分になった風の刃は俺の両側に逸れて砂浜に衝突。巻き貝が空高く飛んでいく。
「ちぇ。やっぱりそう簡単には当たってくれないか」
「しょうがないな」と言いながらシュタッと軽やかに着地した長谷川は、俺に顔を向けて舌を出した。とてつもなく意地の悪い表情をして。
「お前な。急に降ってくんな、びっくりするだろーが」
「なに言ってんのよー。いつ、どこから、どんな方法で襲ってもいい。それがDeath gameよ?」
ニヤリと口の端を上げた長谷川は手に【鉄扇】を作り出し、俺に向けて突き出した。
「ていうか、剣なんだ? 去年使ってたのは主に槍と弓だったから、斬られはしないと思ってたんだけどなー」
「残念でした。武器自体も色々試してみようと思ってな」
模索中だと説明してから、俺も剣の切っ先を長谷川に向ける。
刀身に纏った炎が風に煽られてゆらりと揺れた。
「へぇ。色々試してみるのはいいことだと思うよ。ただねぇ……」
何を考えているのか、長谷川は俺の顔と剣を見比べる。一回、二回、三回目。彼女はバカにしたようにプッと吹き出した。
「おいこら。なに笑ってやがる」
「いや、別に? ぜんっぜん似合わないなーと思っただけよ」
「あん!?」
「槍のイメージが強いからかもしれないけどねぇ、それにしたってつっちーに剣は似合わなさすぎるわ。やめといた方がいいと思うよぉ、くくくっ」
こいつ、バカにしたようなじゃない。完全にバカにしてやがる。
「似合う、似合わないは関係ねぇんだよ。戦法が多けりゃその分、優位に立てるだろうが」
「すんごくカッコ悪くても?」
「カッコ悪くても!!」
俺が全力で返事をすると長谷川は更に声を上げて笑う。
なんだよ、俺そんなに似合わないのか?
「あっはっは! 笑った笑った」
「笑いすぎだ。傷つくっての」
「ははは、ごめんごめん。面白くてつい」
散々爆笑したくせにまだ収まらないらしい。
そろそろむかついてきた。
「【花火】」
足に炎を生み出してスピードアップ。
予備動作もなしに長谷川へ斬りかかった。
――キィンッ!
硬いものに当たった感触が手首に返ってきて、炎の一部が火の粉となって飛散する。
長谷川の頭を狙って振り下ろした【火炎の剣】は、彼女の小さな【鉄扇】によって守られていた。
「まぁ冗談はさておき。使い慣れない武器ってだけで、アタシはありがたいよ。つっちーだけは短時間で倒したいからね」
「あ? 俺だけはってなんだよ、他のやつはいいのか?」
サイズが数倍違う武器で押し合いながら問い返す。
すると長谷川は不敵に笑ってみせた。
「超絶強い未来ちーはさておき、他の三人には勝てる自信があるからね。けどつっちーは本っ当に未知の世界だからさぁ」
「なんだよそれ。俺そんなに高評価もらえるほど強い自信は無いぞ」
「冗談言わないでよ。バカみたいに鋭い目をしてるくせに」
褒められてるのか貶されてるのか。どちらかわからないがとにかく長谷川の言ってる意味がわからず小首を傾げると、彼女は訝しむような表情をした。
「え……嘘でしょ? まさか自分で気付いてないの?」
「気付いてないも何も、今言われた内容だってよくわかんなかった。そんなに目付き悪いか? 俺」
「うわぁ……マジか。もしかして未来ちー言わないようにしてたのかな。まずったー」
苦い顔で「ごめん未来ちー」とここにいない未来に謝りながら、長谷川は言ってしまったものはしょうがないと、押し合い状態のまま教えてくれた。
俺は他のやつと比べて相手の動きに『慣れる』のが早い。それは俺が持つ洞察力によるもので、戦闘が長くなればなるほど有利になる最強の能力であると。
「未来ちー言ってたよ? 隆はすごいんだって」
学校の休み時間によく話してくれると長谷川は言うが、俺は一度も聞いたことがない。
何かの間違いじゃないのかと聞き返しても、「あの子、本人には言おうとしないもんね」と苦笑されただけ。本当にそんな会話をしてるらしい。
……言ってくれてもいいのに、あいつ。
「でもさ。俺が先に慣れたところで相手もそのうち慣れるだろ? さほど強い能力ってわけでもないんじゃ?」
「そりゃまあ、すっごく長引いたらね。だけど相手が慣れる前に、つっちーはそいつの動き、能力を全て理解する。対応できるようになる。つまり」
押し合いの手に力が込められる。
「相手が持つ全ての能力を知った瞬間に、つっちーが勝てる確率は飛躍的にアップする!」
長谷川が【鉄扇】を急に薙いだせいで、俺は後方に跳ね飛ばされた。
「のやろ! 危ねぇだろ!?」
「なーにが危ねぇよ、バーカ。もう既に戦いは始まってたんだから、アタシが何したって自由じゃないの。きちんと教えてあげただけ感謝しなさい」
そう悪態をつく長谷川は、着地した俺に【鉄扇】の先を向けた。
「もう手加減はしない。時間もかけさせない。サクッと終わらせて、アタシは次に行く」
周囲の風が強くなる。
「だから、潔くやられちゃって? つっちー」
「ねっ」とウインクをしながら放たれた彼女の声は、強風の中でもよく通った。
長谷川の文字は、『風』
海が真横にあるこのステージで、空気を自由に扱えるなんて危険以外の何物でもない。だけど。
「持ち上げるだけ持ち上げといて、簡単にやられたらダッセーよなぁ」
口角が自然と上がる。
長谷川のHPバーの下に表示された、彼女のオフェンス値とディフェンス値。84%と16%という数値を見ると、攻撃のバリエーションが多いと思っていいだろう。
ならば長谷川が言うように長期戦に持っていけばいい。
【火炎の剣】に纏う炎を更に燃え上がらせた俺は、自分の高ぶる感情を素直に受け入れる。
「上等。返り討ちにしてやんよ」
わざわざ教えてくれた俺の強み。絶対に活かして勝ってやろうと決め、砂浜を蹴った。
【第一四〇回 豆知識の彼女】
隆一郎に剣は似合わない。
想像してみたけどぜんっぜん似合わなかったです。それはもう、びっくりするほどに。
ほら、まだね。中学生だから……もう少し大人になったらきっと似合うよ隆。大丈夫、大丈夫(多分)
お読みいただきありがとうございました。
《次回 鈴の音》
未来さん視点へ移動、謎の人物が登場です。
よろしくお願いいたします。