第一三七話 INクマ
前回、斎が未来に挑んだ理由を知り、模擬大会当日となりました。
「おばちゃん特大から揚げひとつー!」
「あいよ!!」
「おばちゃんソフトクリームたっぷりでお願いしていいー!?」
「あいよー! 恵子おばちゃんに任せときな!!」
売店の方からおばちゃんの明るい声が聞こえる。どうやら今日は客が多いようで、バタバタとして忙しそうだけど、顔や声から溢れ出る楽しげな様子が何ともあの人らしい。
「おっ、来たねー隆君! 先にご飯食べるかい。後からかい!」
「おはよ、おばちゃん。後で食べに来るよ。二時間コースのゲームだから、ちょうど昼時になると思う」
「ガッテンだ! 予約席にしといてやるから、頑張ってきな!」
「うす」
模擬大会をするからと先に言っておいたおかげで、おばちゃんは俺たち全員に特別メニューを作ってくれるそうなのだ。料理上手なおばちゃんの特別メニュー。嬉しい。何を作ってくれるんだろう。
「ちなみにねぇ、かーわいい女の子が提案してくれたんだよ? 後で感謝しときな!」
「可愛い女の子?」
ニヤニヤ顔で俺に教えてくるおばちゃんに聞き返すと、そのふっくらとした体を誰かがガシッと掴み、引き剥がしてきた。
「ちょっと、恵子ちゃん! 言わないでよ恥ずかしいから!」
その人物はカッカと笑うおばちゃんを力ずくで追いやって、別のお客さんの所へと向かわせる。
三角巾とマスクをしていて顔がわかりにくいけど、声でわかった。瀬戸茜だ。
「瀬戸、お前なにしてんの?」
まだバイトができる歳じゃないはずだが、従業員用のエプロンを着けている。おばちゃんとも何だか仲が良さそうだ。
「あはっ。えとねぇ、恵子ちゃんの姪っ子に当たるんだ、私」
「えっ、そうなのか?」
「そうそう。だからちっさい頃から繁忙期はお手伝いに来てたんだけどね。今日は模擬大会があって絶対忙しくなるからって、急に駆り出されちゃってさ」
「困ったよ、もー」と口では言いながら、目は嬉しそうに細まっていく。
顔はあんまり似てると思わないけど、笑うと少しシワが入る目元だけはそっくりだった。
「そうか。繁忙期っつったら、Death gameが行われる頃だもんな。未来が出ないなら俺も出なくていいやって思ってその時期はここ来てないし、会わなくても無理はないか」
「あは、そうだねー。基本的には厨房にいるから、もし私がいる時に土屋君が来てても会えてないかもしれないな」
奥にある厨房を指さされ、目を向けると他の従業員がいた。おばちゃんと同い年ぐらいの女性陣と、彼女らよりも一回り小さな女子が二人。
「もしかしてあっちの二人って……」
「あー、うん。須田 と伊崎。ごめんね、未来ちゃんの件もあって気分良くないかもしれないけど、私ら家族ぐるみの付き合いだったからさ。結局付かず離れずの関係になっちゃって」
両手を合わせて説明する瀬戸に、俺は片手を振った。
「気にしてないから謝んな。和解って言い方も変だけど、瀬戸はきちんと対応してくれたし。他人の交友関係まで口を出すつもりはねーよ」
「んー、でもねぇ……」
「いいって。推測だけど、『お祓い』のせいだったんだろ? 悪いことしようと思ったの」
唾の死人をお祓いしてもらった際に見た感情の高ぶり方。彼らの気持ちがダイレクトに流れ込んでくるその神聖な役割は、必要不可欠であるにも関わらず、負担が大きいのは見て取れた。
「ありがとな。きついのに周囲まで考えてくれて。ほんと、尊敬するよ」
困った表情を作っていた瀬戸の眉が少しずつアーチ状に戻り、今度は目が真ん丸になる。
何か変なことを言ったかと聞こうとすると、瀬戸はふと小さな声で笑った。
「土屋君は、やっぱり優しいね」
微小ではあるがその声に震えがあったような気がして、慌てて首を横に振ろうとすると、厨房から大きな声が飛んできた。
「茜!! 早く業務戻って、忙しいんだから!!」
伊崎はそう瀬戸に促してから、俺を見て舌打ちをする。すまん、仕事の邪魔して。
「あーはいはい! ごめんね土屋君。私は戻るよ」
「おう。手伝い頑張ってな」
「うん、土屋君も頑張ってね」
エプロンのポケットから取り出したチョコが俺の手に置かれ、「応援してるよ」と笑顔を向けられた。
「ふーん……もらったの?」
「あ?」
瀬戸が厨房に入っていくと、代わりに長谷川が俺の後ろから現れて、チョコをじぃっと見てきた。
「もらったけど……どした? 食いたいならやるけど」
「いや、そうじゃないけどね。関係性が面白いなぁって思っただけよ」
何が面白いのかよくわからないが、パッケージを開け、ルールを説明するから来いと手を仰ぐ長谷川を見ながら口へ運ぶ。
ハート型をしたハイカカオチョコの仄かな甘味は、朝の鍛錬による疲れを癒してくれた。
「じゃあ加藤君。ケトとおキクをお願いします」
「おう! 任された!!」
集合場所で未来が加藤に二人を預け、「いい子にしてるんだよ」と頭を撫でる。
『スグルッ! スグル!』
「おうおう、優じゃ。お主、ワシの名前まで覚えてくれたんか? 嬉しいのう」
おキクが首に巻きついた状態で加藤がニカッと笑い、抱きついてくるケトを抱き締め返す。
「なんか、幼獣の保育園みたいな光景だな」
「斎はケトに会うの初めてだっけ? なかなか可愛いよ。頭もいいし」
「おキクちゃんと仲良くなりすぎて、ここ最近はずっとキューブの中にいたもんね〜」
興味深そうにケトへ視線を送る斎へ、秀と阿部はここぞとばかりに語り出す。以前よりもよく喋るようになって、素直で可愛いケトはもうみんなの弟みたいな存在だ。
「よーっし。みんな集まったね? そしたらルールを説明します!」
主催者、長谷川が俺たちを一列に並ばせて前に出る。人差し指を立ててウロウロと熊のように歩きながら詳細を語るのは、教師の真似だろうか。
「ルールは至ってシンプル! セットされた二時間のうち、誰が一番ダメージを与えられたかのポイントゲーム。体力ゲージの三分の一を削れたら十ポイント、半分まで削れたら四十ポイント。倒し切ったら百ポイントが貰えます!」
「バンバン倒していけばポイントもどんどん入るわけか。楽しそうだな」
「でっしょー! ちなみに戦闘の途中で離脱して、一キロ以上相手から距離を取れたら体力を回復できます。だからやばいと思ったら逃亡するのもアリ!」
「逃げ切れたらの話だけどね」と、長谷川は自信ありげに笑う。
「ポイントを既に持ってる人と殺り合って勝利した場合は、倒した分の百五十ポイントに加えてその人が保有していたポイントの半分をもぎ取ることができます。なので、試合が終盤に近付けば近付くほど数字の変動が大きくなる。最終的に一番ポイントが高かった人の勝ちとなります!」
「は〜い、凛ちゃん質問があります!」
「はいはい加奈、どうぞ?」
挙手していた阿部はその手を下ろして指を口元に当て、いたずらっぽい表情を浮かべる。
「その人から逃げて体力回復じゃなくて、私が【痛み無し】で回復した場合のポイント判定はどうなるの?」
「いいところをつくね。今回加奈が【痛み無し】を使った場合、逃亡成功時と同じ扱いになります! 体力ゲージは回復して、その回復するまでに負ったダメージ分のポイントが付与されます!」
「じゃあ阿部の体力を半分まで削った上で回復が行われたとすると、五十ポイントが得られる代わりに体力を削るのはまた初めからになるんだな」
斎が確認を取ると、長谷川は「ご名答!」とウインクをしてみせた。
「だから加奈が戦う際、体力が三分の一に到達する前に回復を使えば取られるポイントをゼロにできる。逆に、アタシら攻める側が加奈を頑張って倒せたとしたら、それまでに加奈が回復した分のポイントにプラス倒した分の百五十ポイント、更に保有していた半分のポイントまでもらえるってわけ」
「勝てば大量獲得、だけど最後まで削り切れるかどうかはその人次第。なるほど、諸刃の剣か……」
秀が分析しながらちらりと阿部を見る。視線に気付いた阿部は少し照れたように口元を緩ませて、負けるもんかと軽くパンチの真似をした。
「それと今回は『模擬大会』なので、特別ルールです」
「特別ルール?」
「はい!」
聞き返してきた未来に「みんな知ってると思うけど」と前置きをした長谷川は、腕を胸の前で組んだ。
「本来このDeath gameっていうのは、中にいる人全員が敵になるゲーム。味方は存在せず、誰がトップに立つか。そんな単純明快な『腕比べ』なのよ」
俺たちを見回しながら言う長谷川は、改めて本来のルールを説明してくれた。
「でも今回は、中にいる人同士でタッグを組んで良しとします。二人で倒した場合、獲得したポイントは半分こ!」
「へ、それってポイントゲームの意味ないんじゃねぇの?」
初っ端からタッグを組めば、最終的に勝敗がつかないのではと俺が疑問をぶつけると、長谷川はちっちと指を横に振った。
「タッグを組んでいいのは最初の一時間だけ。その後からはバラバラになってもらう」
長谷川は悪そうな表情を隠そうともせずに、「つまり何が言いたいかというとね?」と指を立てたまま静止する。
「最初の一時間。ここで誰かとペアになって、協力してポイントを稼ぐ戦法ができるということ。だけどその間は常に背中を任せた状態になる。だから自分がポイントを多く持っている場合、背後から襲われてポイントを強奪されてしまう可能性もあるわけ」
「……なるほどね」
どこまで相手を信用するか、どこで切り離すか。その辺りをしっかり考えておかねぇと大変なことになる、ハイリスク、ハイリターンのルール。
「おもしろそうだな」
「でしょ? 説明は以上です! 今日は他にもDeath gameで同じように模擬大会をしてるチームがあるみたい。その人たちのPKでも同様にポイントが入るから、どんどんやっちゃっていいからね」
一通り聞き終わった俺は、自分の横に並ぶみんなに目を向け、対策を練り始めた。
この中で脅威になるのは、間違いなく未来。
長谷川がどれだけ強いのかは知らないが、未来ほどではないと信じたい。同じ強さのやつが二人もいるなんて無理だし。
怖いのは未来に次いで長谷川、チームメイトとして俺の戦い方をよく知ってる秀が続くだろう。
斎はまだ戦闘経験が少なくても、この間見た【バシリスク】を思うと案外怖い存在。
阿部はさっきの長谷川の説明の通り【痛み無し】を使われたらなかなか倒せないかもしれない。そこで反撃を食らったりもするだろうし、【融解】とかいう怖い技を隠し持ってるみたいだから、それを忘れないようにしないとな。
考えながら思うのは、ここにいるやつらはみんな決して弱くないということ。むしろ強敵揃いと言ってもいいだろう。
「楽しくなってきた」
隣で不敵に笑う未来に、俺も心の底から同意する。
「じゃあ行こうか!」
「頑張れよみんな! 楽しんで見させてもらうからのう!」
満面の笑みを浮かべる加藤に見送られ、俺たちは揃ってクマの形をした機械の中に入る。
キューブを所定の位置に置き、革製のシートに座って目を閉じた。
いつも思う。このゲームの中に入る感覚は、眠りにつくイメージと近い。
意識がスッと消え去って、気がつけば夢の中にいるような、そんな感覚。
だからだろうか? 自室のベット脇に置いてある、青い目覚まし時計のチッチッという秒針の音が、聞こえるはずがないのに聞こえたような気がした。
【第一三七回 豆知識の彼女】
ハイカカオチョコには疲労回復の効果がある。
カカオポリフェノールの含有量が高いハイカカオチョコレートは疲労回復効果に加え、ストレス軽減効果もあるそうです。
個人的にはカカオ72%くらいのチョコが食べやすい苦味で美味しいので、おすすめです。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 Death game 『解』①》
冒頭、一発目の勝負です!
よろしくお願いいたします。