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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
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第一三六話 学びの場

前回、キューブありの斎となしの未来で戦いました。

 挿絵(By みてみん)


「ごめん、ヤな思いさせて」


 まだ咳が出そうなのか、斎は押し出したような声で謝った。


「大丈夫だよ。私も本気で殴っちゃったからね、おあいこにしよ?」


「ごめんね」と言いながら眉尻の下がった微笑を浮かべる未来を見て、斎は目をまん丸にした後、少し困ったように笑った。


「おあいこか……へへ。ありがと」

「うん。だからもうこの話はおしまい。こわーい顔した凛ちゃんが、さっきからこっちを見てるからね」


 目配せするように未来の瞳が動く。

 背後から迫ってくる負のオーラを感じ取ったのか、斎はビクンッと体を上下させたのち、恐る恐る未来の視線の先へ顔を向けた。

 見えたのはきっと、鬼の形相をした長谷川だったんだろう。「ひっ!」と短い悲鳴が発せられた。


「たぁーにぃーかぁーわぁああああ」

「ごっ、ごめんなさい、ごめんなさいっ! 危ないことはわかってましっ」

「わかってんならすんじゃねぇよ! この、くそバカ真面目の天才ヤローが!!」


 ゴスッ!! 絶対痛いだろう音が斎の頭から響いた。


「あぁああああああ!!」

「未来ちーに何かあったらどうすんのよこのバカたれが! もし怪我させたらこんなゲンコツ程度で済ませなかったからね!? よかったね、ゲンコツで済んで!!」


 ゴスッ、ゴスッ、ゴス!!


「は、長谷川もうその辺にしとてやれって!」

「うっさい!! つっちーもつっちーよ、ここにいる誰よりも怒るべきところでしょうが!!」


 まだ斎の頭を()とうとする長谷川を止めようと、腕を掴んだが華麗に振り払われ、飛び火して俺の頭にも拳が飛んできた。


「うわっ!?」

「チッ! 避けてんじゃねぇよ、このおたんこなす!」

「いやいや避けるだろ普通は!!」


 長谷川の荒々しい喋り方、久しぶりに聞いたなぁなんて感想を言う余裕はない。俺も怒りたかったと反論する隙もない。とにかく当たらないようにするのが精一杯だ。


「り、凛ちゃん大丈夫だからっ、ストップ! ストップ!!」

「はーなーせー未来ちぃいい!!」


 斎よりも危ないんじゃないかと思うその行為を止めようと、未来は長谷川を背中側から抱きしめて、無理やり力で押さえ込んだ。

 だけどバタバタと全身を動かして必死に抵抗する長谷川に恐怖を覚える面々。誰も声をかけられないでいると、ハッとしたように目を見開いた斎が、持ってきていた鞄を手に取った。


「あ、安心しろ長谷川! もしもがあった時のために、治療道具は一式用意してたから!!」


「ほら!」と言いながら、薬がセットされた透明のポーチが取り出される。

 克復軟膏、克復茶、完治薬。お怒りの魔王様を鎮めるべく三種のセットを見せながら放った斎の言葉によって、長谷川の堪忍袋の緒が切れた。


「そういう問題じゃねぇだろうがぁああ!!」


 完全にブチギレた長谷川を宥められたのは、それから三十分以上も後の話。正座をさせられた俺と斎が、長谷川大魔王様の怒りの鉄槌を一発ずつ食らってからのことだった。



「んで? 何があって未来ちーにあんな危ない提案をしたわけ」


 輪になるようみんなを座らせた長谷川は、胡座を組んだ上に未来を乗せ、必死に抱きつきながら斎に聞いた。

 いくら未来がちっさくて軽いといっても、重くないんだろうか。下敷きになってるその足は痛くないんだろうか。


「えっと、新しいキューブがさ。完成間際なんだ。あと二、三日でできるって土屋と相沢には流れで言っておいたんだけど」


 もじもじと話し始めた斎の言葉を遮らないよう、「そうなの?」と小声で確認を取ってくる長谷川に、俺は一度こくりと頷いた。

 目処は立っても完成はまだ先だから、一応誰にも言わないようにしていたのだが、どうやら俺と未来、秀以外には言ってなかったらしい。他のみんなの顔が明るくなった。


「だけど直前になって、なんか……わかんなくなっちゃって」

「わからなく?」


 正座をして聞いていた阿部は首を傾げて聞き返す。


「うん。これで合ってるのか、本当にこれでいいのか。きちんとした完成形のイメージがさ、多分、ふさぎ込んでたせいでブレてきちゃったんだと思う」


「珍しい失敗だったよ」と苦い顔で反省を表した斎は上着のポケットに手を突っ込んで、僅かに赤みを帯びた半透明の立方体を取り出した。

 俺たちが使っているキューブの半分ぐらいの大きさ。去年斎に借りた、『(つい)を持ってるマダーの力が受けられる』赤いキューブとよく似てる。


「だから本気になった相沢の、素体での動作を間近で見たかったんだ。最初に新しいキューブの案が浮かんだ時と同じように、またそのイメージを頭に呼び起こしたくて」


 説明しながら、斎はその小さな立方体をそっと未来の手に置いた。すると赤っぽかった色が完全に透明になり、今度は翡翠(ひすい)色に変化する。


「色が変わるんか。綺麗じゃの」

「そう、新しいキューブの特性でな」


 未来が持つ小さなキューブを加藤が興味深そうに見つめていると、斎は自分のキューブの転送機能を使って思考コピペ君を取り出した。


「確信したよ」


 頭に装着しながら力強く言った斎は、久しぶりに明るい笑顔を見せる。


「これでいい、間違ってない。今のまま進めて大丈夫だって」


 得た確信をしっかりと刻み込むように、猫耳型のカチューシャに手を添える。斎の声に反応して、思考コピペ君の耳部分にある黒い画面に、ギザギザの形をした緑色のラインが入った。


「ありがとう。相沢のおかげだよ」


 頭から外して記録されたか確認した斎は、未来に再度顔を向け、はにかみながら礼を言った。


「私はなんにもしてないよ。バスケも今も、楽しんでやってただけだから」


 ふふっと嬉しそうに笑いながら、未来は斎にキューブを手渡した。斎の手に触れたキューブは赤色に戻るのではなく、意外にも青色っぽく変化する。


「不思議だねぇ、これ。中はどうなってるの〜?」

「んー、まだ完成してないからそれは秘密かな」


 構造を知りたがる阿部に、斎は人差し指を唇に当てて内緒のポーズをとる。


 ――もし聞けても俺には理解できそうにねーなぁ。


 超天才君が考えた代物を中の下ぐらいの頭しかない俺がわかるとは到底思えない。

 だから中身が何なのか思考を巡らせている阿部の手助けには入らず、話が終わったらしい斎へ俺は渾身のジト目を向ける。


「けどさあ斎さんよ。素体でやる理由があるなら先に言ってくれ。怖かっただろーが」

「うあっ、ご、ごめんって! 俺だって言おうと思ってたよ! けど余裕がなくてっ」

「だから何度も休んでって言ったんだよ僕は! それを一度も聞かずに自分で自分を追い込んだのはどこの誰ですか!!」

「うっ」


 静かにしていた秀に叱咤されて、何も言えなくなる斎の絵面が珍しかったせいか、みんなほっこりした。

 空気が和んだところで「けどな」と斎が話を再開させ、膝に頬杖をつく。


「ちょっと迷ったのもあって、新キューブの出来上がり日が予定よりも少し延びそうなんだよ。(くすぶ)ってたせいで体もバキバキだし、当番復帰する前に感覚も取り戻さねーとなぁ」


 やるべきことが増えたと天を仰ぐ斎を見て、未来を抱きしめたままの長谷川が思いついたように手をピンと伸ばした。


「ねぇーそしたらさ。谷川の士気を上げるって名目で、前に言ってた模擬大会をするってのはどうよ」

「あっ、それってDeath game(デスゲーム)で乱闘するってこと?」


 嬉しそうにする長谷川へ阿部が聞くと、長谷川は更に顔を輝かせる。


「そっ! 今からやるには遅いし、日曜だと次の日学校でしんどいじゃん? だから来週の土曜日はどーかな」

「来週の土曜日? それって、確か……」


 未来が心配そうにこちらを見てきた。

 多分気にしてくれているのは、その日が凪さんの帰ってくる予定の三日前だからだろう。

 それまでに課題がクリアできていたらいいけど、そうでなかったら丸一日使えるはずの休日を一つ失うことになる。時間や体力的に負担になるのではないかと言いたいのだ。


「大丈夫だ。もしそれまでにできてなかったら、みんなと戦って実力を上げればいいだけの話だから」


 指でおっけーマークを作り、未来に問題ないと伝える。

 絶対に課題をクリアする。凪さんとそう約束しているのだから、どうにかするしかないだろう。


「いいー? つっちー。予定大丈夫?」

「ああ。せっかくだからやらせてもらうよ」


 にっと笑って参加の意思表示をすると、長谷川がよしきたと詳細を考え始めた。


「凛ちゃん私も考える〜!」


 そこへ阿部が秀を引っ張り込んで、秀が引っ張った斎と共に、みんなで頭を突き合わせる。

 わいわいと話し合う四人の姿を見た加藤は、眉を八の字にしたしょんぼり顔になった。


「いいのう、楽しそうじゃ。ワシも参加したかった」

「キューブ無しで乱闘になるなら、加藤君が一番強そうな気がするなぁ」


 少し下を向く巨体へ向けて、未来が投げ技の真似をする。

 形も何もわかっていない状態の投げ技は、それはそれは弱っちそうで、加藤は表情に溢れ出るニヤニヤを抑えられなかった。


「相沢さん、こうじゃ。この肘の内側にな?」


 加藤の手解きを受け、未来が何度か練習した後。


「……は」


 三十センチ以上も身長差がある加藤を一本背負いした姿には、度肝を抜かれた。


「うははは! さすがじゃのうっ!! 土屋もやるか? 教えるって約束したじゃろ!」


 きっちりと受け身を取っていたらしい加藤はすぐに起き上がり、豪快に笑う。未来ができるようになって嬉しいのではなく、未来に投げられたこと自体が嬉しかったっぽい。


「……そうだな。お手柔らかに頼んます」

「おう! 任せとけぃ?」


 そうして俺も加藤の指導を受け、長谷川たちが決めた予定についても教えてもらった。そこで六時を告げる鳩時計の音が鳴り、じゃあまた学校でと、今日はお開きになる。

 そして、その日の夜。


「母さんごめん。今月の水道代、跳ね上がると思う」


 メシを食った後、俺は母さんに頭を下げた。

 特に貧乏ではないけれど、育ち盛りが二人もいるせいで食費が(かさ)む我が家。支出をどうにか抑えようと努力している母さんの、その頑張りを無駄にしてしまう行為。

 なぜ大量に水を使うのかと疑問でいっぱいな顔をしたであろう母さんは、数秒後、俺の頬に両手を添える。

 ゆっくりと顔を上げさせられた。


「理由は?」


 頭ごなしに怒ったりせず、微笑んでそう聞いてくれる優しさに感謝して、俺ははっきりと答えを告げる。


「強くなるため」


 詳細も何も無い。その一言だけで返答した俺を見つめる優しい笑顔は、母さんらしいニカッと歯を見せた元気な笑顔に変わった。


「なら頑張りなさい。今まで以上に!」


 添えられていた手が離され、気合を入れるようにバシッと背中を叩かれる。


「いでっ、あざす!!」

「へぇー? あざすでいいのかなー」

「ありがとうございます!!」


 イタズラっぽく口の端を上げる母さんに九十度の礼をして、今日は三度目になる地下の鍛錬場へ足を運ぶ。

 広場の真ん中に腰を下ろし、真正面にキューブを置いた。


「ふぅー……」


 瞼を閉じて、一度大きく息を吐く。

 深い呼吸を繰り返しながら、今日の未来の戦い方を脳内に呼び出した。

 キューブの攻撃が、素体でも手のひら一つで払い除けられる。

 何をしたらそんな体になれるのか。

 俺も同様にできるのか。

 もし、俺にもできるのだとしたら――。


 何度も頭に刷り込み、考えて、考えた。

 そのまま日が昇るまで考え続け、腰を上げて日常を過ごしながら飽きるほど考えた。

 ロボ凪さんと何度もやり合って、学校へ行って、当番をこなして。加藤に教えてもらった柔道を未来と復習しながら実践を何日も繰り返して、しっかり身に付いたと実感した頃。


「隆」


 まだやり方の答えは出ていない。だけど真剣そのものの表情をした未来が、測っていたタイマーをこちらに向け、俺に時間を告げた。


「五時間ジャスト。……最高記録」


 それはロボ凪さんに五発目の打撃を当てられた日。

 そして、模擬大会当日だ。

【第一三六回 豆知識の彼女】

隆一郎の戦績

12日目:1時間未満

21日目:2時間47分

28日目:5時間


努力家な隆一郎、頑張ってます。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 INクマ》

お久しぶりの子たちとの再開と、デスゲームのルール説明です。

よろしくお願いいたします。

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