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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第一章 転校生
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第十一話 長谷川凛子④

前回、戦いに終止符。

 ――戦えないなら帰れ! 邪魔! 


 走って自宅に向かっていた凛子は、己を正気に戻させた未来の無慈悲な言葉を何度も反芻(はんすう)する。

 あの場に、今の自分がいては迷惑になる。

 キューブが分離したまま戻らない、技の一つも出せない無力な自分は彼らのお荷物だ。

 だとすれば、やるべきことはこれしかない。


「はあっ、はあっ、エイコ、ナツ……!」


 必死に涙を拭い、息を切らして着いた長谷川家。

 深夜だというのに大きな音を立てて玄関を通り抜け、自室へと駆け込む。

 両親がどうしたのかと慌てて部屋へ入ってくるが、凛子のボロボロに泣き濡れた顔を見るなり何も言えなくなった。


「もう一回、行ってくる」


 それだけ言って、凛子は翡翠(ひすい)色をしたキューブを手に取る。

 説明をしている時間はない。また激しい勢いで外に飛び出した。

 ずしりと重い足を精一杯前に出す。

 凛子の意思に関係なく、脳は数分先を考えた。

 これを返せば、彼女はあの死人を倒せるのだろうか。

 二人の仇をとってくれるだろうか、と。

 我ながら、なんて勝手なんだろう。

 行き過ぎた意地悪をして、大事な物を盗って、怪我をさせて。

 なのに自分が倒せない相手が現れたら、今度は助けてだって? 


「ははっ……アタシ、マジでくそやろーだな」


 そんな自分への罵りも、鼻水が邪魔をして滑稽(こっけい)だ。

 来た道を戻る。

 走りながら亡き友を想う。

 守れなかった。

 大切な人たちだったのに、自分の傲慢さゆえに犠牲になった。


「ふっ、うあ……」


 ごめんなさい。身勝手で。

 ごめんなさい。プライドが高くて。

 そんな自分をわかってそばにいてくれたのに、感謝すら伝えていない。

 そのくせ決して良くないことに加担させてしまった。

 ごめんなさい。ごめんなさい。


「ひっ……ぐ、あ……っ!」


 泣いて、泣いて、泣いて。

 走る。

 躓いて盛大に転ぶ。

 擦りむいた膝から血が滲む。

 戦場の光景が目に浮かぶ。


 ――嫌だ。もう、自分のせいで誰かが死ぬのは嫌だ。


 こんな理由まで勝手だ。

 自分は本当に、勝手なヤツだ。

 けれどその思いにキューブは反応する。

 ならば飛べと、凛子に力を授ける。

 剥がれて分離していたキューブがまた左腕に染み入るように張り付き、手のひらに『風』の文字が刻まれる。

 悲しむのはあとにしろ。

 マダーとしてやるべきことを遂行し、全てにけりを付けてからにしろ。

 己を選んだキューブに、そう諭された気がした。

 

     ◇

 

「……隆。手、貸してほしい」

「ああ」


 ガラス玉の能力を使いすぎて、立っていられる体力がない未来を支えて歩く。

 多分、足も相当痛いはずだ。

 さっき死人の歯が当たった左太ももは出血、歩き方も庇うようにひょこひょことしている。


「ありがとう」


 ゴミ箱の前にある階段に腰を下ろした未来は、傷口をハンカチで押さえ、止血を始めた。

 化膿しないようしっかり手当てしてやりたいけど、用が済めばすぐ帰るつもりだったから道具が手元にない。

 大丈夫かとしか聞けない俺に未来は頷いて、かすり傷だよと続けた。


「……長谷川も、大丈夫かな」


 友人の亡骸の前で立ち尽くす長谷川を視界に入れる。

 下を向いていて、髪に隠れて表情は窺えない。


「そう簡単に整理はつかんよ。仲良くしてた子なら、なおさら」


 気持ちを推し量る未来は、大丈夫じゃないという言葉は口にしなかった。

 代わりに「隆は?」と聞いてくる。人が死んだのを目の前で見た割に、案外落ち着いてるねと言いたげだ。


「俺は……」


 答えようとすると、長谷川に動きがあった。

 ふらふらとおぼつかない足取りでこちらに歩いてくる。

 未来から数メートル離れた位置で、ぴたり。足を止めた。


「……長谷川さん」

「笑いなよ。自分のことに必死で、大事な友だちも守れなかった思い上がりをさ」


 充血した目が未来を真っ直ぐに見る。

 長谷川の意図を汲み取る未来もまた、彼女を正視する。

 二人が向き合う邪魔にならないよう俺は未来のそばを離れた。


「……笑わんよ」


 静かに未来が言った。


「笑わん。長谷川さんが、悔いてるのがわかるから」


 ハッキリと告げ、キューブ取りに帰ってくれてありがとう、と未来は礼を言う。

 長谷川の口が少し開いた。

 目も大きくなって、次いで視線を落とす。

 互いに喋らないでいることしばらく。

「アタシさ……」と、長谷川が小さな声で切り出した。


「昔から、結構なんでもできたんだ。勉強とか、運動とか、賞も沢山貰って。……なんの話だって言いたいかもだけど、少し、聞いてほしい」


 戦闘前と違い自信なさげに語る様子に、未来は何も言わない。

 ただ静かに聞いている。


「でも……その、賞はね。全部……ぜんぶ、ね」


 喉を詰まらせたように話せなくなった長谷川。

 未来が申し訳なさそうに言葉を足した。


「二番目やった?」


 小さな確認の声に、長谷川はこくりと頷いて肯定する。


「どれだけ努力しても、上には上がいた。絶対アタシは一番になれなかった。だからマダーとしてキューブに選ばれたとき、それも二番目だと知って……ムカついた。順位だけじゃなく順番までトップにはならないのかって、無性に腹が立った」


「アンタには関係ない話だよ」と補足する声に、震えが乗る。


「最初はさ、それでも良かったんだ。順番はどうやっても変えられないから、それ以外でアタシが上に立てばいい。世界で一番強いって言わせてやればアタシが上になる、一番が貰えるって思い直したから。……だから、頑張った。すっごいすっごい、努力した。けど……」


 ぽた、ぽたと。長谷川の足元に水玉模様が現れる。


「どこに行っても聞くのは相沢未来、相沢未来。アタシの名前なんて一文字だって出てこない。キューブの格闘技大会で一位を取ってるのはアタシなのに……それでもみんな、口を揃えて言うんだ。相沢未来が世界最強だってね」


 未来の青い瞳が少し揺らいだ。何か言いたそうにしているけど、まだ口は開かない。


「だからアンタが転校してくるって噂で聞いて、心底嫌だと思った。噛み付かないように気をつけなきゃ、鬱憤をぶちまけないようにしなきゃって、いっぱいいっぱい、思った。なのに……っ!」


 嗚咽がもれる。


「いざ出てきた本物の相沢未来は! 世界最強なんて似つかわしくない、チビで、微妙にオドオドしてて、青い瞳のただのちんちくりんで! 期待外れにもほどがある。こんなヤツにアタシは負けてるのか、こんなヤツがアタシを苦しめる原因なのか! わけがわからない、ありえない。そう思ったらもう……手、出してた」


 引くに引けなくなって、エイコとナツを巻き込み嫌がらせをしたと、長谷川は正直に話した。


「キューブ……とるよう言ったのも、長谷川さん?」


 未来からの問いに、長谷川は自嘲気味に笑う。


「いい気味だと思った。キューブがなければ何もできないくせに、いきがってんじゃねーよって。さっきの戦いだってそう。キューブもないのに参戦して来て、バカだと思った。けど……時間を止められて」


 ぐすんと、鼻をすする音がした。


「アタシはっ、あの二人が危なくなっても何もできなかったのに、アンタはすぐに対処した。守っただけじゃなくて、死人が自ら術を解くなんて考えられなかった! アタシにはそんなこと、できないよ」


 乱れた呼吸を落ち着けるように、一度大きく息が吐き出される。


「だからどうしても、討伐だけはアタシがしたかった。それすらもできなかったら、何もアタシには残らない。ただの宝の持ち腐れだから。自分のプライドのために、無謀だとわかっていながら相沢たちの協力なしでやろうとした結果がこれだよ」


 長谷川はそれ以降何も言わなかった。

 話さぬまま時間が流れ、意を決したように、拳を握った未来が口を開く。


「私は、誰より強いとか、何番目とか、あんまり興味がない。ただちゃんと役目を全うして、誰も死なんように、誰も怪我せんようにできるぐらい強くなりたい。そう思ってる」


「知ってる。だからアンタは大会に出ない。いつもアタシの不戦勝なんだ」


「それは……ごめん。ただ私が言いたいのは、誰に噂されても褒められてたとしても、申し訳ないけど私の中ではあまり重要じゃないってこと。実際、私は長谷川さんが聞いてきたような凄い人でもないし、特別強いわけでもない。でもそっちが弱い理由ならわかるで」


 強気な未来の言葉に、長谷川は顔を上げた。


「マダーとしての自分を、一種のパラメーターとして見てるからやよ。私らは、常に冷静に、被害が最小限になるように、最善の方法で街と人を守らなあかん。命がかかってるからや。最初から見てるものが違うねん」


 方言がキツい言い方に聞こえて、少し心配になる。

 間に入るのははばかられる会話。周りの木々が味方をするように、風に揺られてサワサワと音を鳴らす。

 それが二人の緊張を和らげてくれていた。


「知ってたで、長谷川さんの名前」

「え?」


 突然告げられたその言葉に、長谷川は不意をつかれたような声を出す。


「さすがに何番目とかは知らんかったけど、大会観るのは勉強になるからよく会場に行ってた。いつもぶっちぎりの一位取ってて、きっと凄い努力してる人なんやろなって思ってた」


 未来がゆっくりと立って、階段を下りる。一歩ずつ、長谷川のもとへ向かう。


「最初に話しかけてくれたとき、言おうか迷った。いつも凄いねって。けどあんまり人と話すことがなかったもんやから、どう切り出していいかがわからんかった」


 長谷川よりも十センチほど小さい未来。その差がはっきりとわかるぐらいの位置で足を止めた。


「世の中には、天才とか逸材とか言われる人が稀におる。生まれ持った天賦に勝てるのは、自分を奮い立たせて何十倍、何百倍頑張れる人だけや。私ら凡人は、追いつくために必死に努力するしかないねん」


 真っ直ぐ目を見て、未来は言う。


「それをわかっててなお、あなたはすっごい努力してる。めっちゃ強いんや。ホンマにもったいないから、プライドになんか負けんな。頑張ってる自分を、もっとしっかり褒めるべきなんやで」


 長谷川の手を取って、剥がれかけていたキューブが今はしっかりと張り付いているのを見てから、未来は顔を上げた。


「……よう頑張ったな」


 数秒間の沈黙ののち、長谷川の小さな泣き声が聞こえた。力が抜けてペタンと地面に座り込み、今日一番の大きな声でわんわんと泣いた。すがり付くように、未来の服を握っていた。


     ◇

 

「一緒に行こうか。その……俺らも当事者だからさ」


 数十分が経ち、落ち着いた長谷川へ俺は聞いた。

 死者が出た際のマダーの決まりに従い、エイコとナツの遺体を遺族のもとへ届けに行くという長谷川。一人で行かせるのは酷だと思ったのだが、眉尻を下げて首が横に振られる。


「アタシだけでいい。巻き込んだ側だし、全部説明して、謝罪してくるよ。……許されたいとは思わないけどね」


 ティッシュで鼻をかんだ長谷川は、おずおずと未来を見る。

 【パルプ】という技を延々と続けていた未来。パルプとは木材をほぐしたもので、紙の原料になるからティッシュに変えることができると説明していたが、どうやら作りすぎたらしい。

 大量に余ってせっせと纏めている最中のこいつは長谷川の視線には気付かない。

「相沢」と声をかけられ、やっと視線が合う。


「大怪我負わせて、ごめん。それ代わるから早く腕の治療して。かなり深いでしょ」


 長谷川が青い顔で見たのは、未来の右腕。

 死人から三人を守ろうとした際に服が歯で破け、二の腕から前腕まで、大きな傷痕が覗いている。


「大丈夫だよ。これは古傷だから」

「……古傷?」

「うん。今日できたやつじゃないから気にしないで」

「え……で、でもまだ凄く痛々しっ……」


 その事実の有無を聞こうとして、言葉は途中で切れた。きっと聞いてはいけない雰囲気を感じ取ったのだと思う。


「長袖着てたのって、それを隠すため?」

「ん。嘘ついてごめんね」

「いや、当然だよ。ごめんなさい。アタシ、無理に脱がせようとして……」


 おい。


「お前……プールんときの、やっぱわざとか」

「ご、ごめ、絶対嘘じゃんって思って、つい」

「ついじゃねぇ!」


 本人からの証言にキレそうになる俺を、未来が慌てて止めに入る。

 いいよいいよと宥められていると、ゴミ箱からカッと光が溢れた。

 第二陣かと身構える。しかし驚いたことに、未来の【ウツボカズラ】がその存在を既に捕らえていた。

 食虫植物のウツボカズラはメリメリと新たな死人を食し、ごくんと丸呑みして、お尻からガラス玉をコロンと出す。

 戦闘時間は、恐らく三秒ほど。


「相沢……アタシはやっぱアンタが自分で言うような凡人だとは思えないよ。周りが言う世界最強のほうがしっくりくるよ」

「そんなことないよ。本当に私なんかより圧倒的強さを誇る人がいるんだよ」

「嘘だあ」


 全く信じていない顔で否定する長谷川は、あとさっきから言いたかったことがあると前置きをした。


「関西弁怖い」


 ガーン。

 未来、思いっきり顔に出てるぞ。


「が、頑張ってなおします」


 焦った顔で決意した未来と俺で、このあとのゴミ箱当番は引き受けることにした。

 ありがとう、お願いしますと残した長谷川は、二人の遺体の前で膝を折る。合掌してからともにゴミ箱を去る後ろ姿を、俺は未来と一緒に見つめていた。

 その背中にかかる重圧は、俺には計り知れなかった。

【第十一回 豆知識の彼女】

本来のウツボカズラは落とし穴式で虫を捕まえる。

キューブで生まれたウツボカズラは自ら死人を食べに行く。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 谷川斎①》

しっかり話をすることができた未来と凛子の関係に変化。

今回亡き人となったエイコとナツのその後の話。

キューブの使い方はもう少し先で語られます。

よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 良い展開でしたが……関西弁が怖かったのですね……
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