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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
139/286

第一三五話 バシリスク

前回、未来の右腕の状態を知った凛子。

遠距離攻撃の照準が合わないことについて、危ないかもしれないという心配を口にしました。

 挿絵(By みてみん)


「え……?」


 致命的な、弱点?

 俺は長谷川の言葉に酷く動揺して、どういうことだと同じ言葉で聞き返した。

 未来が遠距離攻撃を苦手としているのは知っていた。

 俺とのやり合いだって基本的には近接勝負。特に【木刀(ぼくとう)】や【玄翁(げんのう)】での斬る、殴るの攻撃が圧倒的に多い。

 だけどそのせいで危なくなった(ためし)があるかと問われれば、俺は迷いなく首を横に振る。

 どんなに強力な死人が相手でも、いつだって同じようにねじ伏せてきた。危ないと思ったことは一度もない。

 致命的とまで言われるその理由が、俺にはわからなかった。


「うん。例えば……」


 長谷川の説明に耳を傾けた、その瞬間。


「いっ……だぁああああ!!」


 俺の後ろにある扉が開く音がして、次いで鈍いゴゥンッ!! という衝突音と、俺の後頭部に広がる重い衝撃。強烈な痛みに絶叫を上げた。


「あっ! ごめん、土屋」


 すぐに聞こえた謝罪には反応できず、その場で激しく転げ回る。

 どうやら勢いよく扉が開けられて頭に当たったらしい。

 しかもマテリアルでできた頑丈な扉だ。痛いなんてもんじゃない、激痛と言う方が正しかった。


「どうしたの秋月っ、そんなに急いで」


 長谷川もちょっとびっくりしたのだろう。

 上擦った声で扉を開けた張本人、秀に問いかけた。


「あっ、うん。今ね、斎から連絡がきて」


「こっちに向かってるって」という秀の言葉に被って、家のインターホンが鳴った。

 鍛錬場に戻っていた未来が秀の横を通って出てきて、一階へ繋がる階段を駆け上がる。

 未来の視界に入らない位置で転がってた俺が悪いけど、踏まれかけたのは気のせいだと思いたい。


「いってぇ……秀のバカヤロー」

「申し訳ない」


 まだ痛む後頭部を押さえながら秀を睨んでいると、「おじゃましまーす」と斎の声が聞こえてきた。

 階段に近付いて上の階を見上げる。すると、丁度未来が斎を連れて下りてくるところだった。

 昨日は早退して、その後からずっと自分の研究室にこもりっきりだったという斎。足取りはしっかりしてるけど、顔には疲労の色が見えた。


「やっほー谷川。だいじょーぶ? キューブ作るから今日はやめとくって言ってなかった?」


 ぴょんとジャンプするように立ち上がった長谷川は、キョトンとした表情で確認を取った。気分転換になればと思って一応誘ってはいたのだが、もう終盤だからと断られていたのだ。


「ん、まぁ……なんていうか。そのつもりだったんだけどな」


 詳細を伏せて返答する斎は、俺が体調を気にしているとわかっているらしく、「よぉ」と軽く手を上げて繕った笑みを浮かべた。


「秀、昨日ごめんな。ご飯せっかく作ってくれたのに」

「やだ。まだ残ってるから今日中に食べてくれないと許さない」


 あれやこれやと文句を突きつけたのち、秀はプイッと顔を背け、わざとらしく拗ねてみせた。

 そんな秀に少し笑った斎は鍛練場に入り、俺たちと同様に阿部と加藤にも簡単に挨拶を済ませる。

 みんな斎を心配しているのは同じなんだろうが、この中で一番心配性な阿部が何度も何度も大丈夫かと斎に聞いた。その激しい剣幕のせいか、斎は気圧(けお)されながら大丈夫、大丈夫と繰り返す。


「大丈夫だよ、本当に! ちょっとお願いがあって来ただけだから」

「お願い?」

「そう。俺だけじゃ、どうにも解決できなくてさ」


 ははと軽く笑った斎は、ゾロゾロと中に入ってきた俺たちの方に振り返り、真剣な眼差しを向けてきた。

 前髪を上げている星の髪ゴムに手を添え、するりと(ほど)く。

 一度手ぐしが通されて、かき上げた状態のセンター分けで落ち着いた。

 見慣れない髪型。長めの前髪は両頬にかかっていて、表情と相まって別人のようにも見えた。


「相沢」


 髪ゴムを取る行為には何かしらの意味があるらしく、その状態で呼びかけられた未来の肩が、小さく跳ねる。


「ごめん。素体(そたい)でやってくれるか」

「え……?」


 俺はついその言葉に反応してしまった。

 おそらく前髪を下ろすのは、斎なりの戦闘モードへの切り替えなんだろう。

 鍛錬をしに来ているのだから別に不思議ではない。だけど、今の斎の言葉と、行動が一致しない。

 未来に素体でと言ったにも関わらず、斎はキューブを展開していた。

 左の手のひらに刻まれた『水』の文字が、能力を扱えるようになったと証明している。


「……私はキューブなし、斎はキューブあり。だね?」

「ああ。恥じるべきなのはわかってる。だけど……頼む」


 頭を下げて願う斎に、未来の声色が変わった。


「いいよ。やろうか」


 低い声。目がぎらつく。


「ちょっ、つっちーいいの!? マダーになって一年も経ってないって言っても、相手は谷川だよ! アレ作った張本人よ!?」


 長谷川が焦って俺に問いかけてくる。

 斎がマダーになったのは去年。偽物のキューブと政府の話を聞いた一ヶ月後だ。それから訓練生として本部で勉強して、今年の四月から本格的に未来と討伐に出るようになった。

 実戦経験が少なくたって、キューブありに対して素体。しかもその特性の全てを知っている人物。

 危ないのなんて、言われなくてもわかってる。


「俺だって止めてぇよ。……けど」


 未来が髪をポニーテールに結い上げるのを見て、止められないと悟る。

 凪さんとする鍛錬なら俺だけ技を使わせてもらう場合もあるけど、それは相手が圧倒的な強さを誇る凪さんだからだ。

 いくら未来が強いとわかっていても、あの人ほど安心して見られない。

 しかも素体でとなれば、仮にキューブの攻撃をモロに食らって大怪我を負っても、阿部の【痛み無し(ノーペイン)】による治療はできない。

 キューブの力が及ぶのは、キューブを使っていた時にだけ。通常の体には影響しないのだから。


「身体能力が高すぎて、素体と気付かず戦闘に入る可能性がある……」


 だから気をつけてほしいよって、危惧していたのは斎なのに。


 ――なんで。


 未来の髪ゴムが三回巻かれ、パチンと止まる音がした。


「本気でおいで」


 準備ができたと知った斎は、ふぅと一回、息を吐く。


「【バシリスク】」


 斎の口から出たひとつの言葉。

 それを境に、彼は俺の視界から消える。


「え?」


 俺がポカンと口を開いた刹那、ドオッと叩きつける音が響き、未来の体が吹っ飛んだ。


「な……っ!?」


 速い。見えなかった。

 斎の姿を捉えられないまま、空中に投げ出された未来へ視線が誘導される。

 続く猛攻。

 斎は吹っ飛んだ未来へ間髪を入れずに攻撃し続けているらしい。ただ、見えない。

 未来の体が勝手に動くのが見えるだけだ。


「お、おい。これええんか!? 相沢さん大丈夫なんか!?」

「加藤君、前に出ないで。危ない」


 危険な戦闘の様子に身を乗り出してしまう加藤を、冷静な秀が服を引っ張って壁に引き寄せる。


「やだ……未来ちゃんっ!」


 阿部が青ざめて両手で口を覆った。

 長谷川も表情を強ばらせる。


「大丈夫だ。あいつならきっと、ちゃんと対処してる。じゃなきゃ空中に居続けられるもんか」


 俺も内心では怖いと思っているが、状況を見極めるためになんとか平静を保つ。

 斎からの攻撃を完全に食らっているのだとしたら、この速さだ。壁まで吹っ飛ばされて叩き付けられるはず。

 だけど実際はそうなる前に未来の姿勢が安定して、重力で落ちる前にまた吹っ飛ばされてを繰り返しているだけだ。


 ――何をしてる? 斎の速さの根源はなんだ?


 その見えない動きを瞬きも忘れて注視していると、少しずつ照準が合ってきた。

 斎の足に、水が帯びていた。どうやらそれが速さを出す源のようだ。

 そうみんなに伝えると、何かに気付いたらしい長谷川の両眉が上がった。


「【バシリスク】……そうか。水面を走るトカゲね」

「トカゲ?」


 長谷川が斎の技名を復唱して、テレビで見たと教えてくれた。

 バシリスク。体長六十センチほどのトカゲの仲間。上体を起こして秒速約一メートルの速さで水面を走る。そのスピードが落ちない限り水中には沈まないのだと。


「なるほどね。そんな小さな体でそれだけの速度が出せるなら、体が大きい人間に応用すればもっと速くなる」

「そう、秋月の言う通り。アタシらには見えないわけよ」

「マダーに見えんものがワシに見えるはずねぇっちゅー話か……のお、土屋。谷川は他の技も使っとるんか?」

「いや、多分使ってないと思う。スピードを活かして力いっぱい殴ってるだけだ」


 俺のノーの返事を聞いて、阿部が訝しげな表情をこちらに向けてきた。


「どうして? 危ない要素が減るなら私は嬉しいけど、一緒に強い技も使ったら勝ちやすくなるんじゃないの?」


 加減なのかと勘ぐる阿部に、俺は否定するべく首を横に振る。


「自分から素体でって頼んでおいて、手加減なんてしたら意味ないだろ?」


 未来にも本気でおいでって言われた手前、斎がわざとそんなふうにするとは思えない。


「推測だけど、斎はまだ技の同時生成ができないんじゃねぇかな。あの速さを保つために【バシリスク】を頭の隅に置きながら、他に何を繰り出すかとか、器用に考えられないんだと思う」


 だからだろう。何度殴打を加えても体勢を崩さない未来を空中に置き去りにして、足に纏っていた水を消した斎は勢いよく床に降り立った。

 その勢いに呼応するように新たな水が足元から生まれ、斎の体を中心に螺旋を描く。


「【ジェット】!」


 同様に着地した未来へ、螺旋の水が隙間なく圧縮されて迫る。

 放たれた激しい水の攻撃を見ても、未来は一切逃げようとしなかった。


「能力に頼り切りになっちゃだめだよ」


 静かに言った未来は腕を体の前に置いて、水流の一部分に手を添わせるように当てた。


「へっ……?」


 俺が素っ頓狂な声を上げたのは、それだけで攻撃の軌道が変わったから。

 手と指が僅かに当たっているその位置から、斜め上へと流れが変わる。未来には当たらない。


「動くのをやめてしまうのもだめ。危ないよ」


 驚きのあまり動作を忘れてしまっている斎へ、渾身の一撃。未来が右手をグッと握り、後ろに大きく引いて、突き出した。

 斎の鳩尾にストレートが入る。


「あっ……!」


 息が詰まったような声とともに、今度は斎が吹き飛ばされた。

 空中を何度か横回転して俺たちのすぐそばに落下。背中を強打する。


「谷川君!」

「斎っ、大丈夫!?」


 苦しそうに咳をする斎の容体を阿部と秀がすぐに確認した。俺も声をかけたが、全く同じタイミングで放たれた加藤の「うおおお」というでかい声にかき消されてしまう。


「お、おおおい谷川! お主、死ぬなよ!? まだ死んだらいかんぞ!?」

「馬鹿言わないで! 一発殴られたぐらいで死にやしない。キューブを何だと思ってるのさ!?」

「わからんじゃろが、相沢さんの拳じゃぞ!? ワシなら死ねる!!」

「加藤、それ違う意味の死ぬだわ」


 騒ぐ加藤に長谷川の冷ややかな目が向けられて、つい苦笑いを浮かべていると、未来が静かに歩み寄ってきた。


「斎」


 体を丸めて腹を押えたままの斎へ、手が差し出される。

 未来は俺たちと違って、最初から斎の動きが見えていたのだろう。かすり傷ひとつなかった。

 無傷の体を見つめた斎は情けない顔をして、その手を取って起き上がる。

【第一三五回 豆知識の彼女】

バジリスクはヨーロッパの想像上の生き物。

バシリスクは実在するトカゲの仲間。


濁点の違いだけで全く違う生き物になってしまうバシリスクちゃんでした。


※第一章の大型推敲後より、後書きに【豆知識の彼女】コーナーを設けています。本文中でわかったことを端的に纏めたり、今回のようにちゃんと豆知識として書いたりなど様々ですが、ちょっとしたオマケとして楽しんでいただけたら幸いです!


お読みいただきありがとうございました!


《次回 学びの場》

危ないとわかっていて未来さんに素体でとお願いした斎君の理由と、隆一郎のとある理解。

よろしくお願いいたします。

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