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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
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第一三三話 師匠と弟子

前回、凛子がしようと言っていた鍛錬がやっと開催されました。そこで隆一郎は一気にタイム上昇、一時間も延びて、三発当てることができたと喜び凪に電話をかけにいきます。

 挿絵(By みてみん)


「ちょ、俺凪さんに報告の電話入れてくる」


 考えてみれば電話なんて迷惑では、といつもの俺ならしないのだが、今回ばかりはちょっとテンションが上がりすぎて行動を抑えることができなかった。

 くすくす笑う未来の声を背に、俺は鍛錬場を一旦出て今は誰もいないリビングに向かう。

 携帯の通話履歴を遡って、『凪さん』の文字を探し出して電話をかける。

 無機質なプルルルルという呼び出し音が消え去るのが、すごくすごく待ち遠しかった。


『もしもーし』


 早くも二回目の呼び出し音で電話に出た凪さんの声は、いつも通り明るかった。


「凪さん、お久しぶりです。今電話大丈夫ですか?」

『久しぶりだね。どうしたの? いつもはメール報告なのに、いいことでもあった?』


 俺の隠し切れないテンションが電話の向こうでも伝わってしまっているらしく、凪さんは小さく笑いながら言葉を促してくれた。

 大変な状況の中でもこうして時間を取ってくれる彼は、本当に優しいと思うしすごい人だ。


「二時間四十七分です、今回のタイム。あと、三発当てることができました」

『おっと、すごいじゃない。びっくりした』

「へへ。少しずつですけど成果出てきてる感じしますよね」


 心底驚いたような声の凪さんに、電話越しで見えてないのもお構いなしにドヤ顔で言葉を返す。

 ついつい冷蔵庫を開いては冷気に当たって、自分の火照った顔を冷やし始めた。


『弟子の成長が著しくて、()()()()()()()は嬉しいよ』

「マジでお師匠様の鍛錬のおかげです。いつもありがとうございます」

『……ねぇ、恥ずかしくなるからツッコミ入れて欲しかったな』

「いやですよ、お師匠様にそんな無礼なことはできません」


 にひひと笑いながらその願いを叩き落としてやった。

 普段自分から『師匠』なんて言わない凪さん。

 いつだって自分のことは『僕』としか言わないんだから、こういう時くらい立場を認識してもらいたいし。

『もう』と少し諦めたように小さく笑う凪さんの声に、疲れや辛さは感じない。

 だけど、遠征に出てからもう既に二十一日目。

 つまり、三週間が経過している。

 疲労がないはずがない。

 きっと、こんな電話口でさえも気を張っているのだろう。


 ピーッ、ピーッ、ピーッ。


 涼むために開けていた冷蔵庫から、電気代がもったいない、あと冷たい空気が逃げるから早く閉めろと催促の音が鳴った。

 それを境にして、お互い笑いの声が止む。

 耳に入る音のない、しん……とした、誰も近くにいないのだろうというお互いの状況。それが電話越しに伝わってきた。


「……凪さん、遠征期間、延びたって聞きました」


 少し、今までの上擦っていた声のトーンを落として、真面目な雰囲気で状況を開示するよう求めた。

 凪さん達は大丈夫なのか、進捗状況がよくないのかと。


『予想以上に敵が多いのと、全体が強くてね』


 少しの考える間を取った凪さんの声は、俺と同じでさっきまでとは違う。

 師匠としてではなく、あくまで部隊のリーダーとして話し始めたその声は、とても静かで落ち着きを払っていた。


『みんな結構手こずってて、なかなか先に進めないんだ』

「そうですか……」

『うん。あと』


 またほんの少し間を置いて、凪さんは言いたくないことを言うかのように、絞り出した声でなんとか言い切った。


『湊が、怪我をしてね』


 挿絵(By みてみん)


「え……」


 湊さんが?


『薬は持って行っているし、技で怪我なんてすぐに治せるからその点はいいんだけど。知ってるかな、あの子僕と同じで怪我をすることなんて滅多にないことなんだ』

「いえ、それは知らなかったです。でも戦うことを心の底から楽しんでるような人ですから、怪我をするイメージはないですね」


 確か、グロいものが大好きだった気がする。


『うん。僕もびっくりしたんだ。しかも、小さい怪我じゃなくて……大きい、怪我』

「一体何が……」

『本人のために、詳細は伏せておくよ。多分自分が一番不服だろうし、悔しい思いをしているだろうから』


 怪我の内容も、何のためにそんなに大きな怪我になってしまったのかも、凪さんは触れなかった。だけど凪さんの声を聞く限り、薬があれ技があれ、それでも危ない状況にまでいったのではないかと予想される。


『とまあ、そんなわけでね。少し、こわくなっちゃって。今の調子で進行すればもっとまずいことが起きるかもしれない。そう考えると、もうちょっと進行スピードを緩めるべきかもしれないって思ったんだ』


 そういうことだったのか。


『それで余裕を持たせるためにって理由をつけて遠征期間延長の申請をしたんだけど、これが逆に怒られちゃって』

「本部にですか?」

『ううん、湊本人に。「僕が怪我したくらいで凪らしくない判断しないで」だって』

「あはは。さすが湊さん、わかってる」

『えぇ……みんな僕をなんだと思ってるの。仲間の心配ぐらいするよ?』


 湊さんの怪我の話が終わって、少し憑き物が落ちたのだろうか。凪さんの強張っていた声に、いつもの柔らかさが戻ってきた。


「凪さんのモットーは『甘えるな』ですからね。実力主義、全力無慈悲で叩きのめす。それがお師匠様ですよ」

『へぇ、そうだったんだー。それでどうして僕が知らない決めてもいないモットーを、()()()が提示してくるのかな?』


 あ、やっべ。


「調子に乗りました。ごめんなさい」


 電話の向こうであの綺麗な顔がニコニコ笑っているような気がする。ニコニコ、ニコニコと。


『ううん、聞いてしまったからもうダメ。帰ったらこちょこちょの刑だから覚悟しててね』


 やっぱり!!


「うあ! 勘弁! ごめんなさいもう言いませんすみませんっっ!!」

『はい、よろしい。僕をからかうなら口でも勝てるようになってからにしなさいね』

「うす!!」


 俺が素直に返事をすると、凪さんはくすくすと笑い出す。

 そんな中、時折聞こえていた風の音が、今までよりも一際大きく鳴り響いた。

 凪さんの笑い声が、次第に消えていく。


『……そろそろ行くよ』


 名残惜しそうな声。

 死人が来たのかもしれない。


『ありがとう、気を遣ってくれて。おかげで少し和んだよ』


 あちゃ。


「……バレちゃってましたか」

『りゅーちゃんは優しいからね』


 そんなことはないんだけど、ここで否定する必要はまあないか。

 それだけ言った凪さんは、『んーっ』と背伸びをしたことを思わせる声を出す。


「あの……無理しないでなんてとても言えませんけど、どうか気をつけて」

『うん、ありがとう。そっちも僕らが遠征に出てから死人が急に増えたでしょ? 気をつけてね』


 知ってたのか。東京にいなくてもさすが凪さん、情報収集は怠らないみたいだ。


「ありがとうございます」

『うん。あ、そうそう。延ばしてしまった遠征の期間についてはもうどうにもならないんだけど、一応湊の意思を尊重して、元の一ヶ月の期間で帰れる算段だよ。そっちに帰った次の日にでも顔を出しに行くから、課題頑張りなさい』

「わかりました。絶対ロボ凪さんそれまでに倒してみせます」

『楽しみにして帰るからね。じゃあ、行ってくるよ』

「はい。行ってらっしゃい、凪さん」


 送り出しの声をかけてからも、俺はしばらく電話を切ることができなかった。

 この通信機器がつながっている場所は、今一体どんな状態なんだろう。

 凪さんは俺に心配をかけるのが嫌いだ。

 俺にだけじゃない、未来に心配をかけるのも、仲間にも同様。

 だから、彼の目の前で広がる光景を、俺が今知ることは決して叶わない。


「無理、しないでください。本当に」


 湊さんの件を聞いて、不安が少し増している俺は、携帯の通話終了ボタンを確実に押していることを確認してから、誰に届くでもなく小さくつぶやいた。

お読みいただいてありがとうございます。


夏場の暑い時、冷蔵庫を開ければ「すーずしぃいいいっ!!」となるからついついやってしまう作者です。

わかってます、わかってますよ、そんなにピーピー言わなくても。すぐに閉めます、今すぐ閉めます。あっ、でもあとちょっと……!はぁぁぁ……すんずしぃ……。


さて、凪の意向により湊がどうなったかは今現在語られませんでした。しかし遠征期間を延ばしたこと、さらに隆一郎が感じた凪の声色。そこからかなりの大怪我をしたことは間違いありません。

『何が起きたか』より、『何故起きたか』に着目していただきたいところです。


《次回 右腕の実態》

未来さんが伏せている右腕の状態について。

よろしくお願いいたします。

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