第一三一話 個人の意識③
前回死人の正体が明らかに。
彼らは、みんなが恐らく捨てているであろうレシートでした。
『土屋、ちょっと避けて』
秀の声に反射的に十メートルほど左へ跳ぶと、自分のいた辺りに前が見えなくなるほどの【風雪】が巻き起こる。
秀が作り出した雪がレシート一枚一枚に纏わりついて、湿気を帯びさせることでその驚異的なスピードを落とさせた。
重くなったレシートはそれでもどうにか集結してまた大きな槍へと姿を変え、今度は俺ではなく、二百メートル程あるゴミ箱の上に立った秀目がけて弾丸のごとく飛ぶ。
「秀、それ貫通する!」
『わかった』
短く危ないことを知らせると、秀の手から『水』が生み出され、槍を水浸しにすることでさらに重くなって、スピードがガクンと落ちた。
あれは確か、【雪解け水】。
氷から大量の水を作り出した秀は自ら攻撃の対象へと跳びかかる。【氷剣】を二刀流に、体操選手を思わせる動きで回りながらレシートでできた槍を細切れに切り裂いた。
バラけた槍の隙間から秀が姿を現す。
勢いそのままにくるっと一回転して、衝撃を緩和しながら俺の横に着地した。とても軽いシュトっという音を鳴らして。
さすがというか、線が細いからだろうか。あんな高いところから跳び降りて、俺ならもっと激しい音を鳴らしそうだなんて余計な思考が頭に流れてきたのをなんとか抑え込む。
「無事でよかったよ」
「土屋も。さっきの、よくあの一瞬で街にまで盾を張れたね? 助かったよ」
「おー。やばい感じしたからな」
街とゴミ箱周辺の境目に、壁が立つような形にして張った炎をちらっと見上げた。
ぶっちゃけ……ギリギリ間に合った、って感じだったんだけど。
レシート達が街の方にまで進出してしまえば、あの量だ。討伐は困難を極めただろう。
何より、あんな殺傷力のある攻撃が街を覆うなんて考えたくもない。
「しっかし相手はレシートか……おばちゃんは色々してくれてたけど、やっぱ一人の努力じゃ限界があるよな。みんなが意識してくれないとダメってこった」
俺は腰に両手を当ててため息をついた。
「おばちゃん?」
「ああ。死の訓練場の中の食堂のおばちゃん。恵子おばちゃん」
少し横に大きいあの陽気なおばちゃんを、両手を横に開いて体型のイメージから誰のことかを伝えると、秀はああと納得したように頷いた。悪い、おばちゃん。
「仲良いんだ?」
「おー、よく行ってるからな」
未来がまだ大阪にいる頃から鍛錬するのにちょくちょく一人で行ってたから、覚えてくれたらしい。最初はおばちゃんの方からスポーツドリンクの差し入れを貰って、それから仲良くなったんだったかな。
「土屋はさ、割と顔が広いよね。弥重先輩と知り合いだったのも僕びっくりしてたんだよ。斎がパニックになってサイン求めたりしてたから何も聞けなかったけどさ」
「え、そうだったのか?」
秀の今更ながらの話に、去年凪さんが授業をしに来てくれた日のことを振り返る。だけど秀がそんな素振りを見せた記憶はない。斎の慌てっぷりだけが記憶にしっかりと刻まれていた。
「そうだよ。どういう関係なのかなーって。だったら杵島先輩とか小山内先輩とか、チームメンバーとも知り合いなのかなーとかもすごく気になってたんだからね?」
まじか、全然知らなかった。
「んー凪さんも、流星さん湊さんも、全員未来が関わってたから知り合いになった感じかな」
「相沢が?」
「うん。けど話せば長くなるし、あいつの許可なく話せる内容でもないからさ。悪いけど機会があればまた話すよ。とりあえず今は……」
話しながら前方に視線を向けた。
「あれをどうにかしないとな」
細切れになったはずのレシート達は、俺が炎で燃やした時と同じように地面に着いてはまた集約して姿を現していく。
「見てる限りだとさ、どうやらゴミ箱から新たに出てきてるわけじゃないみたいなんだよな。さっきから直接空中に生まれたり、今みたいに地面から集まったりして新たに命が宿るってのを繰り返してんだ」
「ふうん。もしかしたら、ゴミ箱の中にいた死人化するレシート達はここにいる彼らだけなのかもしれないね。その二つの生まれ方も彼らになんらかの違いがあるからなのかもしれない」
なるほど。ゴミ箱から新たに生まれないこと前提でいいなら、今この場にいる奴らをどうにかするだけでいい。さっき考えてたみたいな長期戦に持って行く必要はなさそうだ。
「だとしてもどうする? こいつらの新たに生まれてくる力は凄まじいぞ」
「んー。そうだね、何度も使わせて悪いけど【送り火】はどう? 元に戻せるなら再生力がどれだけ高くても関係ないでしょう」
おお、確かに。
「もしかしたら生まれ方の違いも、その元に戻せるかどうかの違いとかなのかもしれないしね」
「なるほどね、やってみるか。くそ速いからタイミング見るか、逃げられることを考えて広範囲で一気にやるかの二択だな」
「いくら土屋の馬鹿力でもゴミ箱周辺全体への能力生成は無茶だよ。街への盾は僕が代わりに引き受けるとしても、どれだけの距離分作らないといけないと思ってるのさ」
ため息を吐いて呆れた様子の秀の助言に少し考えてみる。
ゴミ箱を中心として住宅街までは一キロメートルは確実に離れているはずで、だから半径一キロの全方位と、上空の方にどれだけあのレシート達が上がるかを鑑みるなら……
「ちょっとそんな距離分は頭の中だけじゃ地形も鮮明に思い出せねぇし、現実的じゃないな」
結局はどこからどこまでの範囲を選択するかをイメージする必要があるわけだから、そんな大掛かりなことは航空写真でも見なきゃできそうにないや。
「でしょう。だから僕を囮に使ってくれていいよ」
「おいおい、簡単に言ってくれるけどそれ元に戻せなかったら怪我するぞ。あの威力だし当たり所によっちゃ……」
「ふふっ、上等。キューブの完成も見ずに、斎残して死ねないからね」
俺の心配など全く気にもせず、秀は不敵に笑う。
なんて戦闘向きの性格してんだ。
「冷静なフリして相変わらず大胆なヤツだな」
「うるさいよ」
なんだか自分が少しでも後ろ向きな考えをしたのが馬鹿みたいだ。
その場における最善の方法がわかる【可視化】を目につけた秀を信じて、俺はその背中に隠れ、敵から秀だけが見える状態になる。
姿を完全に復活させたレシート達は、これが最後とでも言うかのようにさらにさらに集結していって、今までで一番大きな槍の形をとった。
「無理だと思ったらすぐ退避しろよ」
「……それが最善ならね」
「ああ。いくぞ。さん、に、いち」
軽い約束だけを交わして、俺は秀に隠れたまま彼の前に【炎の槍】を作り出し、勢いよく撃ち放つ。
風を切って死人へと向かう槍は、彼らの中の一部のレシートが分離してダイヤ型の盾になり、ガードされた。
「来るぞ」
攻撃を認識したレシートの槍が残像が残るほどの速さで飛んでくる。
対象は秀めがけて一直線。
真っ向勝負。そう思わせたところからの、
「【送り火・連】」
三連に並べた輪状の炎を突然死人の目の前に生み出した。
「いける」
秀の言葉通り、飛んできたレシート達は【送り火】を通る度、頻りに紙を空へぶん投げたように舞いながら元の姿へと戻っていく。
だけど、一つ、二つ、三つ目。最後の【送り火】を通過するも、怒りに塗れた彼らはそれでは戻らない。
三分の一。死人のままであるレシート達の結晶――槍の切っ先が、秀の目にスローモーションに映る。
「視えたよ、最善」
秀が片方の手を広げて前に突き出した。
「【昇華】」
するとその瞬間、槍の先端から煙が出るように白い空気が立ち上って、彼らの形を奪っていく。
昇華というのは固体が液体にならないで、直接気体になること。
つまり彼が行なっているのは、レシート達を文字通り空中で存在を失わせる作業だ。
「いいねぇ、カッコイイ技」
「余裕かましてる場合じゃないよ。そっちに逃げた」
このままだと全滅すると悟ったレシート達は槍の形を捨て、大きくバラけて渦巻きながら俺の背後をとる。
「頭が回るらしいな」
「本当だよ」
俺の方なら安全だとでも思ったのだろうか。
そんな甘い話はねぇよ。
秀になら綺麗にやられることはできたかもしれないけど、俺にはカッコイイ技なんて使えないからさ。悪いな。
「ゴリ押しさせてもらうぜ。【炎拳】!!」
笑いながら振り返って、炎を纏った拳を襲ってきた死人達に力一杯叩きつける。
彼らに命中した炎の切れ端が、勢い余って周囲に散っていく。
俺達のいる辺り一帯が炎で照らされて、ゴオッと燃えていく音がした。
黒く染まっていたレシート達はどんどん炙られ体を灰へと変えていく。だけどまだだ。まだその先へ。虚無まで燃やし尽くせ。
形がなくなってからも更に燃やし続けた。
見えなくなってからもまだ燃やし続けた。
すると突然耳を撫でる、パキッと、ヒビが入る音。
「土屋。一番強かったやつ、やったみたい」
秀がオッケーマークを出したのを見て一度頷き、広がってしまった炎を制して辺りを見渡した。
もう新たに出てくる死人はおらず、しんとした土地に青いひび割れた玉が一つ転がっていた。
ガラス玉になっていないところを見ると、まだ倒し切ってはいないらしい。
「土屋?」
トドメを刺さない俺を不審げな顔で見てくる秀に、少し待ってくれとお願いをして、【送り火】をその玉に通してみた。
もしかして。そう思ったから。
火の円を通された死人は、諦めももしかしたらあったのかもしれないが、俺の願い通りにその姿を元のレシート型へと変えていった。
少し近寄って、くしゃくしゃになってしまった紙を拾い上げる。
中に書かれた文字は、黒くなってしまって見えにくいがなんとか読めた。
「……『死の訓練場売店』、『ソフトクリーム1点』」
ああ、やっぱり。
デスゲームをしに未来と行ったあの日。あいつにつっかかっていた、あの大学生達のうちの一人に投げ捨てられたレシートだ。
「よくよく思い返してみれば、この間の唾の死人の風貌も、あいつらそっくりだったじゃねぇか」
やけにチャラい格好の主人だとは思っていたけど、そういうことか。
あの人たちの怠惰な生活の仕方のせいで、死人がこんなにも生まれてるのか。
あまりにもムカついて、グッと、持っていない方の手を握りしめた。
「……土屋、夜明けだ」
秀が静かに言ったのと同時ぐらいに、レシートの右半面が少し明るく照らされ始めた。
「ああ。そろそろ帰ろうか」
返事はしたが俺の気持ちはおさまらなかった。
奴らがもし未来の言っていた通りマダーであったとしたら、決して許されることじゃないだろう。
俺は次に会うことがあれば一言言ってやろうと心に決め、秀と一緒にゴミ箱を後にした。
お読みいただいてありがとうございます。
今回のお題、『レシート』は、【雨のち曇り、たまに晴れ】を書かれているゆきんこ様から頂きました!
上手く伏線にも繋げることができましたし、作者も納得のいく『死人化する要素』を持っていたのでしっかりと描写できて嬉しかったです!
ありがとうございます!!
更に!二章はまだ続きますが、ある作者様からもう一つお題を貰っておりますので、こちらは三章で書かせていただく予定です。
いつも読んでくださってる読者様、もしも気になる捨てられそうな物があれば、気が向いたら教えてくださいませっ!
全力で執筆させていただきます!
あと新技ですね!
隆一郎:【炎拳】
秀:【雪解け水】【昇華】
実はこの雪解け水、明記されていませんが序盤で使っていた秀君でございます。毒の霧から助かって目が覚めた時に、水分補給するために何となくで氷から水を作り出していた彼でした。
《次回 みんなで鍛錬》
日常にもどります。隆一郎の心がハッピーです。
よろしくお願いいたします。