第一二七話 隠し上手
前回、隆一郎の夢の中に死人の会話が流れ込んできました。
「朝日が眩しいねぇ」
ゴミ箱からの帰り道。東から昇ってきた太陽を見て、未来は嬉々としてケトに語りかけた。
『アサヒ?』
「そう、朝日。お日様だよ」
ケトを胸に抱いたまま太陽について教えてみる。
あっちから昇ってきて、こっちに沈んでいくんだよ、と。
不思議なことに、おキクもケトも日の光の影響を受けることがない。日中でも夜中でも、自分の寝たい時に寝て、起きたい時に起きている。死人の活動時間は、基本的に夜のはずなのに。
未来にはそれが疑問であったけれど、そもそも彼らについてわからないことが多すぎるから、深く追求しようとは思っていなかった。
綺麗なお日様を見れば嬉しそうに手を上げて、『アサヒ、アサヒ』と繰り返すケトを見れば、嬉しくなるのに変わりはなかったから。
「もうすぐ家に到着ですよー」
『とウちゃク、とウちゃク』
言葉を覚えてもらおうとよく話しかけていることもあるものの、やはりケトの成長は早い。今一度聞いた言葉でもすぐに言える彼は相当頭がいいらしい。
……頭と言っていいかどうかはわからないが。
「ただいまー」
時刻は朝の六時過ぎ。
二個あるうちの一個しか掛かっていない鍵は、隆一郎の母、由香が既に起きている証拠。
帰ったと挨拶をすると、二階から元気のいいおかえりの声が飛んでくる。
まだご近所迷惑になるような時間だけど、『日常』に帰ってきたような気がして、未来にはそれが嬉しかった。
いつもなら立ったまま靴を脱いでいるところ、今日は珍しく座って片足ずつ丁寧に脱いで、揃えて置く。
階段を上り切ると、由香は待ってましたと言わんばかりに未来を抱きしめる。そして改めてもう一度、「おかえり」と言いながらポニーテールに結われた黒髪の頭を撫でた。
「ただいま由香さん。隆は?」
「起きてるよ。いつも通り、地下から少し音がするからね。でも今日は私が起きてから一回も上がってきてないから、随分集中してるみたいね」
自分の体をゆっくりと離していく由香に、こくっと頷いて、未来は安堵の表情を浮かべた。
昨晩おキクを置いて行ったのは、単にケトと話すためではなく、所謂隆一郎のお目付け役としての意向だったのだ。
今でこそ一人でも起きてくるけど、元々は朝が苦手だった彼のため。そして自分が見ることができない間に危険がないかどうかを見ていてもらうために。
――おキクは不本意だったかもしれないけれど。
そんな未来の思いは、隆一郎には知る由もない。
「あれ、珍しい。顔出しに行かないの?」
未来がするりと髪ゴムを解いたのを見て、真っ直ぐ自室へと戻ろうとしていることを由香は悟ったようだ。
いつもなら帰ってきたよと報告ついでに隆一郎の鍛錬の進み具合を見てやって、その後に仮眠を取るのが流れであったから。
「うん。集中してるなら邪魔しちゃうと悪いし、今日は少し寝ようかな」
「そう。何時に起こす?」
「ギリギリまで。七時半くらいでお願いします」
「朝ごはんは抜きたくないからね」と補足してから、未来は一人自室へと向かう。
任せよというような優しい笑顔で見送ってくれた由香もまた、未来の自然な動きの前では知る由もなかった。
未来の体から微かな血のにおいがしていたこと。そしてそれに気付かれないために、早々に一人になろうとしていたことにも。
実際のところ【治癒】を使うほどの怪我ではなく、どちらかといえば眠気の方が勝る。
敢えて想像が難しい技を使用したいとは思えない未来は部屋へ戻りベッドに身を放り投げ、キューブの回復力に全てを任せて眠りについた。
【第一二七回 豆知識の彼女】
未来が怪我をしたのは足。
バレないようにするのは彼女の十八番。土屋一家は未来の自然な隠し事には気付けませんでした。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 噂の主》
お久しぶりにあの子の登場です。ナイスふぁいとー!
よろしくお願いいたします。