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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
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第一二五話 靴紐

前回、世良がマダーになったことを知りました。

 挿絵(By みてみん)


 あれから四日。

 斎が学校に来なくなって、一週間が経っていた。


 斎……無理してないだろうか。

 ちゃんと休めてるだろうか。

 なんでかあの学校、校則関係だけはやたらと厳しくて、没収された携帯が返してもらえるのは土日を入れて一週間後。つまり、明日。

 反省してたらその日中に返してくれてもいいんじゃないのか。

 その厳しさは、マダーだとか一般人だとか、そういう隔たりなく『生徒』であることを自覚させるための意味合いを持つのかもしれないけど。

 でも今回ばかりは校則を恨む。授業中にしてた俺が悪いけど、そのせいで斎からの返信が確認できていないままなんだから。


「そこまで!!」


 鋭い未来の声に、俺はハッと目を見開いた。

 拳が、目の前にあった。

 鍛え抜かれた、端麗な顔に似合わないバッキバキの腹筋をした師匠。あの人の拳。

 それさえも鍛えられてがっしりと。それでいて女性のような滑らかな線を描いているのは何故なのか、それはもう疑問でしかない――美麗な手。


「隆、集中できてなかったよ」


 未来がいつものように俺の前にいるロボ凪さんを押しやって、測っていたタイムを見せてくる。時間にして、僅か三十分ほどだった。

 まじか。


「悪い、ちょっと……」


 考え事はしてたけど、そのせいで集中できなきゃいつもの半分ぐらいしかもたないんだな。

 相手が相手だとは言っても、情けねぇ。


「大丈夫? 骨折したところはもう治ってるんだよね?」

「ああ。さすがに薬がよく効いたよ」


 結局未来にバレていたらしい折れた肋に関しては、克復軟膏と克復茶の併用で既に完治していた。

 だからこそ、未来は今の俺の動きが疑問だったのだろう。何かを考えるようにじっと俺の顔を見てきた。

 未来は……気になったりはしないのだろうか。

 斎が心配になったりはしないんだろうか。


「あ、そろそろ私は切り上げるね。今日当番だから」


 時間を見るなりせっせと片付けを始める未来に軽く返事をして、鍛錬場から出ていくのを見送ってから壁に掛けたタオルで汗を拭った。

 ……びしょびしょ。

 髪が顔に張り付くぐらい汗だくなのを自覚して、何度も粗く拭きなおしては、今の戦いの動きを必死に脳内に焼き付けた。

 焼き付けて、叩き込んで、何度も再生して。

「次に活かせ。期限がもう迫ってんだ」

 ――あと十二日しかないんだ。

 小さく自分に言い聞かせながら、何度もガシガシと、拭って、拭って、拭って。拭い続けた。



「なぁ、未来。斎は夜来てんのか?」


 支度のできた未来を送り出すべく、俺は玄関でケトを胸に抱えた状態で聞いた。

 昼間は学校に来てなくても、もしかしたら夜は顔を出してるのではないかと思って。だから未来は心配してないのかもしれないと、勝手に理由をこじつけていた。だけど残念ながら、未来は首を縦には振らなかった。


「来てないよ。というか、来させてない」

「……そっか」

「うん。研究頑張ってるから、余計なこと考えさせたくないんだよね」


 なるほど。未来は未来なりに気を使ってるらしい。

 理由を端的に答えて靴を履いた未来は、玄関をぼーっと見つめ、「でも」と視線を下に落とした。


「間違ったかもしれない」


 未来は自分の足元を見ながら、膝に置いていた右手で右耳を閉じるように覆い、押さえ付けた。


「当番、出てきてたらさ。私が死人の相手をしてる間……その間のほんの少しだけでも、休むことができたんじゃないかなって。来なければその分集中して研究進められるのがメリットだと思ってたけど……結局、斎の負担になる要素を私が作り出しちゃってるんじゃないかな」


 ……良かれと思ったことが裏目に出てるかもしれないってことか。でもそれはお前が斎を思っての行動なんだから、どちらであっても自分をせめなくてもいいのに。


「んなこと気にしなくても、斎のことだ。例えばお前が言うように当番来させて未来だけで死人に対応するにしろ、休んだりせずその場で研究始めちまうだろ」


「同じだよ」と、未来の隣に座って笑って言ってやる。

 実際そうするだろうしな、あの研究バカは。


「……そっか」


 少し安心したように微笑む未来に、大きく頷いてやると、今度はふふっと笑って両腕をこちらに伸ばしてきた。それに気付いたケトは必死にもぞもぞと動き始める。

 未来の方に行きたいのだろう。


「連れていくのか?」

「うん。合間にいっぱいお話ししようねってさっき話してね」

「そっか」


 ケトを手渡そうとしたとき、わざとでは無かったが丁度未来の手に俺の手が少し触れた。するとべシッと、見逃さなかったぞと言わんばかりにケトが自分の小さな手で俺の手を叩いてきた。


「……何もしてねぇっつの」


 コイツ、流暢に喋るようになったら「ケトの未来に触るな」とか言いそうだ。


「じゃあ行ってくるね」

「ああ。って、あー未来、ちょっと待て!」


 ケトの反応を面白がりながら玄関を出ていく未来を、慌てて呼び止めた。


「靴紐」


 理由は、未来の履いてる靴の解けた靴紐だ。


「ん? あ。ほんとだ、ありがと」


 俺の指さす右側の解けた靴紐を、そそくさと結び直す未来を見て、少し不安になった。


「気をつけてな。やばかったら連絡してこいよ? ヘルプ入るから」

「ありがと。でも大丈夫だよ。一人なのは慣れてるからね」


 とは言いつつも、未来の面持ちはやっぱりいつもと少し違う。今の靴紐だってそうだ。今まで気づかないなんてこと、なかったのに。

 恐らくさっきの斎への心配が完全には晴れなかったのだろう、悪いことをしてしまった。


「じゃあ今度こそ行ってくるね」

「ああ。気をつけてな」


 姿が見えなくなるまで玄関を出たところから動かない俺に、未来は何度も振り返ってはケトの小さな手をバイバイと振らせた。

 その様子に少し笑いながら、一つ目の曲がり角を右に折れたのを見届けて静かに部屋に戻る。

 すると意外なことに、天井につけた電気にまとわりつくように体をぐるりと巻いたおキクがいた。

 感電したりしないか? 大丈夫かお前。


「おキク、お前は残ったのか」


 声をかけると、器用に尻尾を電気の傘部分だけに巻きつけて、体を伸ばして俺の肩に乗り移ってきた。

 ……ははーん。


「さてはお前、最近未来が構ってくれなくて寂しいんだろ」


 おキクは鳴きすらしないが、顔にそう書いてある。


「大丈夫だよ。あいつが今ずっとケトと一緒にいるのは、もちろん新しい家族で可愛がってるのもあるだろうけど、一番にお前らと平和に暮らすことを念頭においてのことだから。友達取られたみたいな感じあるかもだけど、少しだけ我慢してやってくれ」


 肩に乗せたまま、おキクの寝る場所を作ってやろうとベットの脇に毛布を敷いてやる。すると気に入ったのか、すぐにスルスルと滑らかに移動して(とぐろ)を巻いた。


「……みんながみんな、お前らみたいに友好的だったら、靴紐(あんな)心配なんてしなくていいのにな」


 人から言わせれば、たかが靴紐。

 だけど、それを踏んでこけたりしたら。

 それが致命的な場面だったとしたら。

 たかが靴紐だけで命取りになるような世界。

 さっきの俺が集中できずにいつも以上に耐えられなかったのと同じように、何かを考えながらの戦闘は危ないんだ。

 俺と違って切り替えができるやつだし強いのもわかってる。だけど、きっとそれは誰だって同じなのだから。

 この間みたいに戦わずに済むなんて、滅多にないことなんだから。


 ひとりごとのように呟いて、未来が一人でシフトに出る時用のセットをベットからすぐ手の届くところに置いた。

 戦闘服と、靴と、キューブ。

 三点セットがきちんとあることを確認して、イヤーカフ状の通信機を耳にセットしてから眠りについた。

お読みいただいてありがとうございます。


日常生活の中で、皆さん靴紐のことを気にするのはいつでしょうか。

靴を履いた時、脱いだ時、運動する前、などでしょうか。

階段などで靴紐を踏んで落ちかけたことがある作者ですが、とにかくあれは危ないです。

しっかり確認しておかないと思わぬ事故に繋がるのが靴紐です。お気をつけくださいませ。


ちなみに未来さんには紐無しの靴を履かせようか悩んだのですが、紐でぎゅっと縛る方が靴紐無しよりも脱げにくいよなあ、という考えの元、あの靴になりました。


《次回 夢現つ》

ちょっと短いですが、大事な話。物語は動き始めます。

よろしくお願いいたします。

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