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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
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第一二四話 なんでマッシュルームが

前回、阿部ちゃんが秀へ何かを見るよう促しました。

 挿絵(By みてみん)


 阿部は自分が気付いた何かに向けて、秀の視線を追わせるように指さした。

 そこにある一つの名前を。


「何……って、ん?」

「どうした?」


 珍しく秀が訝しそうな顔をしたために、俺は反射的に何を見たのか問うた。

 すると秀は今度はポカンとしてこちらを見る。

 表情豊かだなおい。


「吉住さんの名前がある」


 ……へ?


「あ、はい。つい先日、私のところにもキューブが飛んで来て……」

「好まれたってことか?」

「えっと、そう言ったらいいんですか? こう、パーッと周りが明るくなって、左手に何か文字と、腕に鱗みたいなものが貼りついて」


 間違いない。それはキューブが使用者を選んだ時に起こる現象だ。

 俺も何年も前のことだけど、去年斎が未来が好まれた時の情景を見せてくれたからよく覚えてるぞ。


「確実だね。おめでとう吉住さん」

「あ、ありがとうございま……」


 吉住が秀にお礼を言おうとするも、彼女はその語尾まで言い切ることができなかった。

 理由はまあ……吉住の隣にいる大男が号泣しているからだろう。

 一体どうした。


「……しゅ……む」

「あ、あの、加藤先輩?」


 何かを小さく呟いた加藤は勢いよく吉住の方に振り返った。あまりの剣幕に吉住も「ひっ!」と小さく悲鳴をあげた時。


「なんでじゃ! なんでじゃぁああああああ!! なんでワシはキューブに好まれないのにマッシュルームは選ばれるんじゃぁああああああ!!」

「うっさい!!」


 ドシュッと長谷川の肘が、叫び出した加藤の腹を直撃。可哀想だが、加藤は静かにすることを余儀なくされた。

 素早い対応は凄いしありがたいけど、ちょっと気になること。

 お前の攻撃は素体の時でも十分、人の肋を折ることができるのに加藤は大丈夫なのだろうか。


「秋月、世良っちの文字は?」


 ああ、気にしてはやらないんだな。

 ピクピクしてる加藤に一応大丈夫かと声をかけてやるが、生憎言葉を返す余裕は無いらしく、震える手のまま親指を立てたグッドマークを作ってきた。

 よく無事だったな。さすが加藤だ。


「んー、『清』だね。しかも珍しい。オフェンス値とディフェンス値の割合、0%と100%だ」


 いくつかの表示した画面に何かを打ち込んでいた秀は、驚いた声でそう告げた。


「すごいね。完全にサポートメインの私でも11%と89%なのに」


 阿部もキョトンとして比較しだす。

 そういえば、いまいちその値って気にしたことないんだよな。

 連想できればなんでも作り出せるのに、なんでそういうアビリティみたいな要素があるんだ?


「ちょっと説明しておこうか。阿部の『解』とかはわかりやすいだろうけど、吉住さんの場合だと難しそうだから」


 俺の疑問もついでに解消してくれそうな秀の説明を、今更ながら真剣に聞いた。


「簡単に言うなら、その文字から連想できるなんたるかが、攻撃的要素が多いのか守備的要素が多いかの違いなんだ。例えば、阿部の『解』だと、よく使うものだったら何がある?」

「え? んーと、凛ちゃんとペアが基本だから、能力値の底上げと、もし怪我をすることがあれば傷を癒すこととかかなあ」

「うん。それが阿部の場合ディフェンスになるんだ。じゃあ阿部が直接死人に攻撃するときはどんな技を使う?」


 え、阿部のイメージってサポートでしかないんだけど攻撃とかあるのか?


「あんまり使うことないけど、【融解(ゆうかい)】かな。死人を溶かしちゃう技。それ以外は今のところ思いつかないなあ」

「俺からすれば十分怖いんだけど……」


 阿部も単独で戦う術は持ってるってことか。すげぇな。


「そう、そんな感じ。要するに、その文字から連想できるものが、阿部の場合は攻撃に使えるものがイメージしにくい。こういう連想のしやすさのパーセンテージなんだよ」

「なるほどなー。俺初めて知ったわ」

「アタシもよくわかってなかった、そういうことだったんだ」


 あれ? 意外。長谷川も知らなかったのか。


「わざわざみんなに言ってないからね。こう言うの伝えちゃったらますます考えつかなくなっちゃいそうでしょ? あくまでも連想の()()()()であって、()()()割合では無いから」

「でも、だからでしょうか。あんまり皆さんと並んで戦えるようなものが考えつかないのは……」


 吉住が項垂れて、どうしたらいいかと視線を秀に向ける。

 その行為に何を思ったのか、阿部は即座にバッと秀の目に手を当てて見えなくした。


「ちょ、何するの阿部!」

「だめ! 見ちゃだめ! 可愛い女の子の上目遣いなんて!! ぜっっったい見ちゃだめぇええ!!」


 ああ、そういうことか。


「ぷっ、加奈、必死、かわい……っ」

「凛ちゃん笑わないでよ〜!!」

「だって、だって……!」


 長谷川はどうにか我慢しようと、口元に手を当ててプルプルしだす。

 吉住自身はというと無意識だったようで、ハッとして姿勢をシャキンと伸ばし体勢を整えた。

 それを見た阿部は秀から手は離したものの、握った拳を頻りにぶんぶんと振り、長谷川に頑張って抵抗の意を示し続けた。


「阿部は素直で可愛いのう」

「だなー」

「……へっ」


 加藤の屈託のない笑顔に俺も同意を示すと、阿部は照れたような反応をしたと思ったら、今度は秀の方をじっと見た。

 秀は気づかないふりをしているようだが、阿部はそれでもじっと見続ける。

 じっと。じーーっと。

 何も言わずに、ただじーーーーっと。


「――も、わかった! わかったから!!」


 焦ったく思ったのか、阿部の方に振り返った秀は顔を真っ赤に……え?


「阿部は可愛い。素直で可愛い! これでいい!?」

「ひぅ!?」

「「「おぉおお!?」」」


 言った。あの秀が、可愛いと!!

 阿部に!!


 当本人たちは顔をこれでもかと言うほど真っ赤にさせて、特に秀に至ってはもう耐えられないとばかりに口元を手で覆って後ろを向いてしまった。

 まじかよ。こいつらこんなんだけどほんとに付き合ってねぇのか。


「もうこんなこと絶対言わないからね!? 絶対もう言わないからね!?」

「やだ!! もう一回言って! 今!!」

「言わないって今言ったよ!!」


 嬉しすぎて秀の両肩を掴んではブンブンと前後に揺らす阿部は、何度も何度もお願いした。

 それでも秀は断固としてそれ以上は譲らない。


 結局阿部の方が折れて――今度また言ってもらうとボソボソ言って――何とか秀の勝利に終わる。


『フぇええ……』


 不意に、足元から子供の泣き声が聞こえ、慌てて下に視線を向けると、周りのうるささで起きてしまったらしいケトが泣いていた。


「わ、悪いケト。起こしたな」


 宥めようと頭を撫でるものの一向に泣き止まない。

 なんでだ。どうすればいいんだこの場合。


「なんか、赤ん坊みたいな死人じゃな。声も幼いというか」

「まだ死人になってから日も浅いし、赤ちゃんっていう表現はあながち間違いじゃないかもね」


 にこにこしてはいても、今まで完全に黙って弁当を食べていた未来が、やっとこさ口を開いた。

 俺からケトをゆっくりと抱き上げると、馴れた手つきでリズムを取ってあやし始める。

 母親みてぇ。


「ねぇ世良ちゃん。さっきの『清』の文字だけどさ、もしかしたら『お祓い』の方に向いてるんじゃないかな?」


 すぐに落ち着いてまた眠ろうとするケトを気遣って、未来は少し静かな声で話し始めた。


「お祓いですか?」

「うん。清らかってイメージだからさ、お祓い」


 ああ、なるほど。一理ある。

 それに朝の瀬戸のことを思っても、今はいっぱいいっぱいなんだろうし、お祓いができるやつが増える分には申し分ないだろう。


「私でもできるでしょうか」

「キューブは無限の可能生があるから大丈夫だよきっと。興味があれば、担当の子、友達だから聞いてみようか?」

「いいですか? ありがとうございます」


 ぺこっとお辞儀をしてくる吉住は、少しほっとしたように笑った。


 その後も静かに、でもわいわいと、『清』から連想されるものをみんなで考えていると、一番うるさかった加藤が急に静かになった。


「加藤君、どうかした?」


 未来も気になったようで加藤の顔を覗き込む。


「ん。いや、大丈夫じゃ。お主たちの生活の中では、キューブが当たり前のものになってるんだなと思うてな。ワシら一般人が昨日の晩メシ何食べたかーなんて話をするように、単純に日常会話のひとつだったりするんじゃなと」


 ああ、それはそうかもしれない。

 何の話をしてても、どこかのタイミングで出てきてしまう話題なのがキューブで、死人のことだからな。


「ま、ワシもそのうちマダーになって会話に混ざれるようにしっかり鍛錬しとくから、心配すんな!!」


 ガハハと笑い始める加藤に、マジでこいつはそのうちマダーになってそうだなんて、話は更に広がっていった。

 だけどそんな会話も、キューブを作っている当本人は知らないまま……更に一日、更に一日と経っていった。

お読みいただきありがとうございました。


《次回 靴紐》

未来を当番に送り出します。

よろしくお願いいたします。

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