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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
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第一二一話 お祓い

前回、凛子に肋を折られた隆一郎でした。

 挿絵(By みてみん)


「まぁ、薬もあるんだしこのまま頑張りなよ」


 なんだかんだ鍛錬を頑張っているということだけは認めてくれる長谷川と、みんなを追いかけるべく急ぎ足で学校へと向かう。すると学校の目の前にある交差点で、ある人が俺たちの名前を呼んだ。


「あ、長谷川と土屋君だー」


 誰だっけ。


「茜っち。おはよー」

「ああ、瀬戸か」


 眠いのだろう、目がいつもの半分ぐらいしか開いてなくて、すぐには気付けなかった。しかも日焼け対策なのか帽子とストールをグルグルと巻いて顔は隠れぎみ。

 悪いがこんな状態だとあんまり関わりがなかった俺には瞬時に気付いてやることはできない。


「眠そうね」

「んー。昨日かなり多くのお祓いをしたんだけど、結構それがキちゃって……ふぁああああ」


 ……でかいあくび。

 俺も未来も昨日はほとんど寝てないのは同じなのだが、瀬戸とは違って結構シャキッとできている。


 ――確実にあれのおかげだよなぁ。


 鞄をちらっと見て、その中に入っているガムの存在に感謝する。

 頼みの綱、『睡眠阻害ガム』を朝一で噛んできたから、今日の授業分ぐらいは耐えられる計算だ。なにせ半日は起きていられるすげぇガムだから。


「いるか? 瀬戸」


 少しでもマシになるならと思って鞄の中からガムを取って差し出すと、瀬戸の顔がみるみる明るくなっていった。しかも、深々と腰を折って受け取ってきた。

 なんか、未来に嫌がらせしようとしてたなんて言う長谷川の話が、全く信じられないぐらいには和やかな笑顔だ。


「んで、さっきから土屋君は、何を気にして私の顔を見てるの?」

「え?」


 ガムを噛んでスッキリしたのか、瀬戸の目がいつもの大きさまで開いた途端、急に俺をじっと見てきた。

 やべ、気付かれた?


「なんか隠し持ってるね。死人かな?」

「……なんだ、バレてたのか」


 びっくりした。未来とのこと考えてたのがバレたのかと思った。

 どうやら彼女が気付いたのは俺の考えじゃなくて、胸ポケットに入れている唾の死人が入った小瓶らしい。


「昨日、元に戻せた死人なんだ。せっかく瀬戸が学校にいるんだから、本部じゃなくて直接渡して頼もうと思ってたんだけど……疲れてそうだし、やっぱり本部に送ろうか」


 確か本部に送られてる元に戻った死人は、お祓い担当者の負担にならないように、何日かに分けて順々に行われてるはずだから。


「いいよ。直接持ってきたってことは、急ぎなんでしょ? やったげる」


 まあそうなんだけど。


「大丈夫か? あんまり無理しなくても……」

「つっちー、女がいいよって言ったら素直に甘えるものだよ」


 何それ、そんなもんなのか?


「あー、じゃあ、頼む。任せろって言っちまったんだ」


 長谷川の助言に従って、朝はみんなが来にくい学校の裏庭で小瓶を渡した。

 授業が始まるまでは未来と阿部と話したいからという理由で、というかラブラブしたいとかで、長谷川だけは一人先に教室へと向かった。

 その未来への好き好きの気持ちが強すぎて俺の肋折ったこと、忘れんじゃねぇぞ。


「自分の誇りと尊厳を大事にする死人か。いい子だったんだね」

「ああ、賑やかな奴らだった」


 ――別れ際だけは、しみじみって感じだったけど。


「きっとその死人たちも土屋君に感謝してると思うよ。伝わってくる気持ちがあったかいもん」

「気持ち?」


 小瓶の中の液体は、瀬戸がキューブを展開させて生み出した、平たい五角形の石の上に丁寧に落とされる。

 左の手のひらに見える文字は、『浄』。(まさ)しく、お祓い……【浄化(じょうか)】の能力を使うのにふさわしい文字だと言える。

 そういえば、実際にしてるところを見るのは初めてだ。


 瀬戸は俺が聞き返したことには特に触れず、二つの液体の上を手で覆う。次第にその手から淡い水色の光が溢れてきて、液体を包み込むように光が移っていく。


「あなたたちの魂の叫び。哀しみ。痛み。苦しみ……全ての気持ちに、心からの弔いを。そして……あなたたちの来世に、天上の幸福があらんことを」


 念を唱えるように一言一言丁寧に伝え、告げるたびゆっくりと、光が消えていくのを見守った。


 これで、終わったのだろうか。


「……瀬戸、大丈夫か」


 瀬戸は、泣いていた。

 急に、なんの前触れもなく、彼女は肩を震わせながら嗚咽を漏らしていた。

 周りに誰もいないことを確認してから、浄化の石を踏まないように避けて瀬戸に近付いて、どうしようか決めないまま手を伸ばす。

 結局、よくありがちな頭をぽんぽんとするぐらいしか俺にはできなかった。他にどんなふうに慰めればいいのか、そもそも慰めていいのか、それすらもわからないから。


「ごめん、っうぁ、驚かせちゃっひっく」

「いや、大丈夫だから。無理して喋んなくていいよ」


 ボロボロと流れる涙を、必死に拭い出す瀬戸。

 その姿は昨日助けたあの男の情景と重なって、余計にどうしていいかわからなくなる。

 こんなとき、俺はどうしたらいいんだろう。

 本来、どうすべきなんだろう。

 必死にみんなならどうするか考える。

 それでも……俺にはどうしても、その答えを出すことはできなかった。


 結局、瀬戸が自分の落ち着くタイミングまで待つこと十数分。朝のホームルームの時間はすっかり終わり、もうそろそろ一限目が始まる予鈴が鳴るはずだ。


「ごめんごめん、やっと落ち着いた」


 そう言って笑う瀬戸の目は、パンパンになってしまっていた。


「悪い、こんなに大変なら素直に本部に送れば良かった」


 せめてものお詫びと感謝をと思って、鞄の中に入れているタオル二枚でむくみ取り用の即席血行促進物を作る。

 水道で濡らして絞った冷たい分と、片方はキューブの火で温めた蒸しタオルだ。


「……土屋君、女子力あるね?」


 おい。


「ちげぇよ。未来が前は結構泣き虫だったから、こういう対処法覚えただけだ。実際泣いてる時は何もしてやれないけどな」

「あは。いいと思うよ、今してくれたみたいにしてくれてたら」

「そうか?」

「こうなること言い忘れちゃってたし、少なくとも私は嬉しかったよ?」


 タオルを交互に当てて血行を良くしながら答えてくれる瀬戸に、「なら良かったよ」とだけ返して、お祓いの終わった唾たちを見る。徐々に徐々に、ゆっくりと蒸発していっているみたいだった。


「このまま大気中に消えていくのか?」

「うん、液体系の死人はそうだね。形が残る、物系の死人だったら、この後またゴミ箱に入れられちゃうかな」

「……そっか」


 本部に、絶対忘れずあいつらの願いを伝えよう。

 笑って消えていったあいつらのために。


「まだ目パンパン?」


 タオルを取って俺に見せてきた瀬戸の目は、残念ながら泣いたことがはっきりとわかる状態だ。申し訳ないことしちゃったな。

 一回頷いてみると、困ったように眉を八の字にした瀬戸が、もう一度目にタオルを当て直してぽつりぽつりと説明してくれた。


「お祓いってね、その死人が持っていた感情が、完全にそのまま頭の中に入ってくるんだ。今回の死人は、本当に心の底から『哀しい』だけだったみたい。人には一切手を掛けたりしてないね」


「そっか」


 やっぱり、あいつらが自分で言ってた通りだったんだ。


「うん。つい最近までの死人は特に酷くてさ。哀しいと怒りの感情の中を彷徨いながら元に戻ったみたいで、かなり荒ぶってたな。その気持ちに煽られちゃって、私も終始イライラしちゃって。やり場のない悲しい気持ちが渦巻く感じが続いてたんだよね」


「……それは、きついな」


 自分の感情以外のものに揺さぶられて、気持ちを勝手に上下させられるなんて、鬱状態になってもおかしくなさそうだ。やめてくれって、弱音を吐きたくなりそうだ。

 それでも自分の役割として、瀬戸は自分の心に鞭打って、お祓いを続けてくれている。


 もしかしたら球技大会前にあった未来への悪意も、その辺りが関係してたのかもしれない。

 こればっかりは本人に聞かなきゃわからないけど。


「ありがとな。しんどいこと、毎日頑張ってくれて」

「あは。そんな悲しい顔しながら言わないでよ。私ができることなんてこれくらいなんだから、今後ともドンドン任せちゃって。笑ってよ土屋君」


 タオルからチラッと目を覗かせて言う瀬戸は、困ったように笑う。


 そう簡単に頼めるような感じじゃ無かったんだけどな。


 どう返すべきか悩んだ時、丁度チャイムが鳴って、お互い「あ」と、やってしまったという声を出す。何回か素早く瞬きした瀬戸は、今度はギロリとわざと睨んできては文句を垂れた。


「土屋君のせいで遅刻だ」

「は、待て! 自分が今すぐやったげるって話振ってきたはずだろ!?」

「土屋君が私の話を親身になって聞いてくれたせいだ」

「怒られるところなのかそれ……」


 ならどうしたら良かったんだと言いたいところだが、瀬戸は口を尖らせながらも本気で拗ねているわけではないようだ。どちらかというと笑いを堪えているようにすら見える。


「あは。まあなっちゃったものは仕方ないね。とりあえず急いで教室行こうか?」

「……そうだな。まじでありがとな」


 話し始める前に少し笑うのは、彼女の癖なのだろう。

 変なことに気付きながら、立ち上がりざまもう一度礼を言う。歯を見せて笑った瀬戸は片手におーけーマークを作って、一人さっさと靴箱へと駆けていった。

お読みいただいてありがとうございます。


瀬戸ちゃんも実は大変だったりします。


《次回 届かぬ返事》

またまたお久しぶりの人物が!

球技大会のときだけ出現する予定だった彼、ほくろがお気に入りにしすぎて登場してもらうことにしました。

よろしくお願いいたします。

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