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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
123/286

第一一九話 鍛錬の仕方

前回、ケトが少し喋りました。

今回は、本部から帰ってきた、その日の朝です。

 挿絵(By みてみん)


「右、右、上、次左!!」


 地下の鍛錬場に響く未来の声を頼りに、目の前で繰り出される殴り、蹴りの攻撃を躱していく。

 いや、躱しているなんてそんなかっこいいものじゃない。どっちかって言うと、


「へぶっ!」


 皮膚をかすっている感覚だけは一丁前にあって、今完全に顔面を直撃したところだ。

 めちゃくそ痛い『ロボ凪さん』の拳を。


「隆、左下!!」


 視界が拳で歪んでぶれぶれの中、未来の焦った声が聞こえた。

 その瞬間悟る。


 詰 ん だ 。


「がっ……!」


 正面に向き直っていたはずの視界はいとも簡単に右へとシフトさせられ、左頬に絶大な痛みが走る。

 気付いた時には既に壁に叩き付けられ、全身を強打していた。


「――ッ! ぁ……っ」


 息が詰まる。

 呼吸ができない。

 うっすらとだけ見える、霞んだ視界。

 床は自分が吐き出した血で一部を赤く染めてしまっていた。


 マジで思う、あなたは本当に凪さん本人ではないのですか?


 痛む体をなんとか腕の力を頼りに立たせようとした時、ふと自分のいるところが暗くなったように感じた。

 ……あれ、なんか俺やばいんじゃないか?

 赤い物体から視線を上へと向けた瞬間、認識する。

 その陰はロボ凪さんが近くに来ていたからできたものであり、しかも振り上げられた拳が振り下ろされていて、もう既に目の前。視界の大半を覆っていた。


「そこまで!!」


 また殴られると思った瞬間、未来の鋭いストップの声。

 すれすれ。髪がチリッと音を鳴らすぐらいの位置で止まったその拳に、そのまま殴られていたら頭をぶち抜かれていたのではないかと肝を冷やした。


「んー。タイム、一時間経ってないかなぐらいかな」


 完全に動きを止めたロボ凪さんを未来が壁の方へとぐいぐい押しやって、時計を見て大体の戦闘時間を教えてくれる。

 耐えられた時間、一時間足らず……それだけ。


「くそ……まだまだだな」


 全然、全然足りない。

 凪さんに課された遠征中におわらせるべき『僕を倒してごらん』という課題が、一向にこなせない。


「ああああああくそーっ!」


 痛む体は動かせず、口だけで不満をあらわにする。

 未来とやるデスゲームなんかはかなり耐えられるようになってきたし、死人との戦闘だってずっと安定してる。だけど凪さんとやる鍛錬――今やってたのはロボ凪さんだけど――だけは全然耐えられない。

 あまりにも桁が違いすぎるんだ。


「『無傷の先導者』……ねぇ」


 言われるだけあるわ。


「焦らないことだよ。まだ期限日まであるでしょ?」

「……あと、十九日」

「でしょ? だったらまだまだ。ゆっくり研究したらいいよ。ロボ凪さんはなんでこんなに強いのか、なんで隆が勝てないのか」


 なんで……か。


「あ」


 頑張って体を起こして立ち上がると、未来が一音だけ呟いた。

 ジンジンする頬に手を当てて腫れ上がっているのを確認して、ダサい顔のまま未来にどうしたのか聞いた。


「凪さん、遠征期間延びたって……」

「……」


 今の俺の鍛錬の結果を、未来が凪さんに報告のメールを送ってくれた。その時の返信に書かれていたらしい。一週間の延長、だと。


「かなりやばい状態なのかもしれないな」

「ん……一ヶ月もいらないと思ってたらしいんだけど、二日目の時点で思ったよりもひどいって言ってたから」


 遠征なんて行くことのない俺には、遠征先がどんなふうになっているのかなんて全然わかりゃしない。だけどあの凪さんが、元から決められていた期間をまだ半月も経ってない時点で延ばすぐらいにはやばいということ。


「……凪さんも頑張ってんだから、俺も頑張らないと」


 気持ちを新たにもう一戦しようかと思ったが、登校時間になってしまって、中断せざるを得なかった。


 未来は俺の腫れ上がった左頬に、痛い長谷川薬店の克復軟膏を塗って、ガーゼをつけてくれた。……のはいいけど。量が多かったのかかなりベトついて、しかもガーゼもしっかり貼れてないから今にも剥がれそうになっている。

 こいつの可愛いところ。不器用。


「レンガ、コンクリ、マンホール、下水、上水、水道、お水、カルキ」


 そんなことも露知らず、通学路を並んで歩いている未来は、胸に抱えたケトと話しながら色々な単語を口にしていた。もちろん、みんなに見られないようにケトの単眼が未来の胸に埋もれるぐらい引っ付けて、頭からタオルをかけて隠しながら。


「お?」


 ぼーっと未来の声を聞きながらロボ凪さんの動きを頭の中で再生していると、前を歩く男、秀を見つけた。だけどその隣には、大体いつも一緒にいる男の姿はない。休みだろうか。


「秀ー!」


 声に気付いて振り向いた秀は、その場で止まって俺たちが追いつくのを待っててくれた。


「はよ」

「おはよう。土屋、顔どうしたの?」


 目が点になっている秀は、俺の左頬のガーゼを指していた。


「あー、朝な、素体でロボ凪さんと訓練してたらやられた」

「馬鹿なのか。素体でって、死んじゃうよ?」


 まあ、さっきのは怖かったな。


「大丈夫、大丈夫。実際に凪さんに訓練してもらってた時も基本素体メインだったし、今はやばいと思ったら未来が止めに入ってくれてるから」

「ちゃんと見てるよー。だから、せいぜい骨が折れるぐらいでどうにかなってるはずだよ。骨折、捻挫、捻り、首、頭、脳、感覚、想像」


 未来の答えに、秀は一回首を傾げた。


「ところで、そのガーゼもうちょっとしっかり貼ったほうが」

「ああああそうだ秀、話が!」


 言うな言うな。

 焦って俺は秀の肩を掴んで未来から距離を取り、小声で経緯を語る。

 経緯というか、このままでいいからということが主な内容だったと思うんだけど、秀は口元を隠しながら「良かったじゃん」とからかってくる。

 ニヤニヤすんじゃねぇよ。

 そりゃ、不器用なくせに頑張って手当てしてくれたら嬉しいだろ。


「ボードゲーム、オセロ、将棋、囲碁」

「でも、そっちの切り傷は大丈夫なの? 素体でやり合ったにしてはかなり深そうだけど」


 あ、しまった。そっちは手当てすんの忘れてた。

 昨日ケトに切られた右の頬。帰り際未来と話し込んで、帰ってからも結局仮眠なんて取らずに鍛錬に入ったからそもそも覚えてなかった。どうやって誤魔化そう。


「切り傷は私がつけちゃったやつだよ。お互い剣だけでやり合った時のやつ。レイピア、刺し子」

「ああ、そうだったんだ。痛そうだね」


 未来ナイスだ。


「なあ秀、斎は?」


 なんとか秀の質問を掻い潜って、さっきから気になっていたことを聞いた。秀は俺の言葉を聞くなり苦笑いをして、これこれと自分の携帯のメール画面を開く。


「研究。昨日からずっと引きこもってるよ。夜ご飯食べてなさそうだったから、邪魔にならないように何か食べるか連絡入れてみたらこれ。『お腹空いてない』だってさ」

「そっか……じゃあ今日は休みかな」

「多分ね。ちょっと心配だよ」

「空腹、満腹、ダイエットは明日から」

「ぶっ、あ、相沢? 君はさっきから何言ってんの?」


 暫く気にしないようにしてたみたいだがさすがに限界が来たようだ。

 空腹、満腹、ダイエットは明日からの流れに吹き出しそうになった秀は、未来に何をしているのか笑いながら聞いてくる。


「ん? 『一人連想ゲーム』」

「何それ? 面白そうだね」

「おお、結構面白いぞ。頭めっちゃ使うし」

「えっとね」


 未来が軽く説明を入れてくれた。

 名前の通り一人で延々と連想ゲームをしていくだけ。ルールはただ一つ、絶対に詰まってはいけないというもの。なんの文字が出てきても、絶対に同じリズムで次に進まないといけない。

 キューブを使うときに、すんなり頭の中で次どうしたらいいかを思いつくように、ここ最近未来と俺でよくやっているゲームなんだけど。


「ちょっとやらせて?」


 興味を持ったな。

 未来は胸に抱えたケトのことはまだ口には出さず、秀にお題、『キューブ』を出してその先を見守った。

お読みいただいてありがとうございます。


隆一郎は相変わらずロボ凪さんには勝てない様子。

期日が迫る中、遠征期間延長のお知らせ。一体どんな状態になっているのか隆にはわかりませんが、やばいことぐらいはわかります。

凪さんファイト。


《次回 骨折》

折れます。

よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ロボ凪は恐るべしとしか言えないですね。同情します。
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