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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
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第一一八話 名前を決めよう③

前回、唾の死人を元の姿に戻しました。

 挿絵(By みてみん)


「ふぅ……」


 よかった、上手くいって。

 ぶっちゃけ自信があったわけじゃないんだけど、なんとかなったからよかった。

 雫二つだけ空中に残して消えていく【(おく)()】を見て、ふと斎の言葉を思い出した。


『間違っててもいいんだよ。要するに、その言葉の意味合いから連想する事ができるならキューブはなんでもできるんだから。使用者がそうだと理解してるなら例え間違いでもその通りにキューブは動くし、生み出せる』


 ……マジでその通りだったわけだ。


「キューブ様様だな」


 今までは元に戻そうとするなら言葉でどうにかしないといけないと思ってたけど、こんなふうにできるならもっと楽になる。割といいもの想像できたんじゃないか。


「ほとんど、戦わずに……」


 とはいえ、被害が少なかったわけでもない。

 ボロボロになった電車に目を向け、中にいる未来とケトが無事でいることを確認する。

 場所が良かったのだろう、電車の亀裂に巻き込まれることなく変わらず椅子に座っていた。


「なんで。なんで。なんで戦わずに話を聞いたりなんか……」


 そうだ、先に討伐した方の死人のガラス玉は回収しないと。あと唾二人分の保存も。


「なんで、討伐しないんだ」


 ガラス玉を拾い上げた時、ブツブツと言い続けていた救出した男がはっきりと口にした。

 目をやると、もう体は完治しているようだが、立ち上がりはしていない。心ここにあらずって感じで、ただただ虚空を見つめていた。


「人型の死人は強い奴が多いんだ。あんたも身にしみてんだろ」


 元から人の形で生まれた死人を除くが、変化を起こせば起こすほど腕とか足とかが生えて、より一層人間に近い見た目になるのが死人。

 ケトが元はボールだったのに、成長を促された結果、今腕があるのが何よりの証拠だろう。


 完治薬が入っていた小瓶の中を火で炙って消毒し、唾達をそこへ入れてやって、制服のポケットに突っ込む。

 他に急いで始末しないといけないことがないかを確認してから、その人の近くで屈み少し顔を覗き込んだ。

 殺されかけたことの恐怖に苛まれているのではないかと思って。


「大丈夫か?」

「なんで、なんで……」


 男は俺の問いかけに何の反応も見せなかった。

 やっぱり少し……いや、かなり精神をやられてしまっているみたいだ。左腕に張り付いているはずのキューブが剥がれかけていた。


「どうやって相手の強さを掻い潜るか。それを考える方が得策なんだよ」


 隣に並んで座って、彼の左腕に手を添え、分離し始めのキューブを押し戻していく。


「特にあいつらは周りの被害を見ても強そうだったしな。戦わずに済むならそれに越したことはない」


 今は死人もいないから、分離させて素体に戻ったってもちろん構わない。

 だけどここで自分の意思でないのにキューブを手放してしまったら、戦線に復帰できなくなるかもしれないことが危惧された。

 次に死人と戦う時、この感覚を思い出してしまうから。自分の意思じゃなく素体に戻るっていうのは、負けを認めた証拠になってしまうから。


「あんた、一人か。仲間は?」


 なんとかキューブが元に戻ってきた頃を見計らって、気になっていたことを聞いた。

 こんなとこに死人がいたってことは、ゴミ箱からここまで逃げ回られたのだろう。さっき俺が聞かされた唾液の話を他の奴にも広めるために。

 けど仲間のうち一人はそのつもりはなくて、この人を殺そうとしていた……

 災難だったな。


「チームメンバー誰もついてきてくれなかったのか? 一気に二体相手すんのキツイだろ」

「ぼくは、別に」

「いっ!?」


 待て、なんでいきなり泣くんだ!?

 嫌なことを聞いてしまったのかもしれない。彼は急にボロボロと大粒の涙を流し始め、それを必死に手で拭ってはまた粒を生んでいく。

 その時にちらっと見えた、左手に刻まれた『譲』の文字。


「あっ、おい!?」


 拭った際に自分の目にも文字が見えたのだろうか。男は我に返ったように急に立ち上がった。

 そして俺の止める間も無く高く跳んで、民家の屋根の上を走り去っていく。


「行っちゃったねぇ」


 ぽかんとしてその様子を目で追っていると、背中側から未来の声がした。

 振り向いて見てみると、変化していた腕が元に戻ったケトと、ふぁあとあくびをしている最中の未来の大きな口が目に入る。

 ……眠そうだなあ。


「追いかけなくていいと思うか? 仲間……殺されたりしてないかな」

「大丈夫だと思うよ。本当にダメだったら、多分隆にお願いしてきただろうし。それにメンバーが死んでしまってるとしたら、独りで戦うことに慣れた人でもない限りすごく不安で動けなくなると思うもん」


 それもそうか。

 一体除いて死人(あいつら)に敵意は無かったみたいだし、『遇う』って言ってたもんな。手は出してない可能性も十分ある訳だ。


「てか未来。お前いつから起きてたんだ」

「ん? 襲撃があったちょっと前かな。嫌な予感がして」


 マジかよ。寝入ってすぐじゃねぇか。


「でも、隆に任せてたら大丈夫そうだなーと思ってね。つい甘えちゃった。ケトが私を守ろうとしてくれたのも嬉しかったからね」


 心底嬉しそうにケトを抱きしめる未来は、うりうりとほっぺを擦り付ける。

 なんか、ペットを可愛がってるみたいな光景だな。


「そうだな。ケトのあれについては俺もちょっと驚い」

『ケト』


 ……ん?


「未来、なんか言った?」

「ううん。隆じゃないの?」

「いや、俺は何も」

『ケト』


 未来と、二人してしんとする。

 この場に聞こえるはずのない、俺と未来以外の、あどけない子供のような声に。


『ケト、ウれし。なま。ウれし』

「……マジ、か」


 間違いない。未来の腕の中にいるケトが、喋ってる。カタコトだけど言ってることはしっかり伝わってくる。


『ケト。ウれし。ケト。ケト』

「ふふ。名前嬉しいねぇケト」


 嬉しそうに微笑む未来はケトの丸い頭を優しく撫でる。ケトも自身の持つ大きな単眼を閉じて、未来のなでなでを完全に受け入れていた。

 だけど同じ言葉を繰り返し言っているのを聞くかぎり、どうやらまだ自由に喋られるわけではないようだ。


「成長早いねぇ、おしゃべりできるの楽しみ」

「だな。もしかしたらおキクとなら会話できるかも?」

「……試してみようか」


 未来が自分のキューブの真ん中、凹んだスイッチを押して、中の空間にいるおキクを呼び出した。姿を出した六十センチの大きなヘビに、ケトは案外ビビったりはせず喋り続ける。


『きゅぅっ?』

『ケト。ケト。まえ、ウれし』

『きゅうう?』


 いや、思ったよりもダメだ。そもそもおキクが言葉を話せないから、たとえ理解しててもケトが死人の言葉で話してくれないと無理そうだ。いや、そもそも死人の言葉とかあるんだろうか。


「そういえば、おキクは鳴くしかできねぇんだよな」

「うん。変化の度合いに寄るんじゃないかな? 今後はどうなるかわからないけどね」

「へぇ……不思議な感じだな」


 悩んでたら、未来がキューブを展開させて小さなユーカリの木を生成していた。壊れてしまった電車を修復するために。

 ……つくづく思う、便利だよなあと。


「全てにおいてマテリアルが使えたら、こんな被害も出にくくなるんだろうな」


 あんまり道具とか、意外にもこういう交通機関にも使われていないマテリアル。全部に使ったらいいのにという俺の軽い愚痴に、未来は優しく自分の考えを述べた。


「現実的には無理じゃないかな。建物だけですごい量使うらしいもん」


 ……まあ、量に制限があるなら間違いなく建物優先になるよな。


 ユーカリの木の【再生】によって、徐々に何事もなかったかのような光景に戻っていき、半分ほどの修繕が完了したところで電車は運転を再開した。やっぱりどこか運転に支障の出るところが壊れてしまっていたらしい。


「なあ、今更なんだけど一つ聞いていいか」

「うん?」


 さっきと同じ位置に座って、おキクとケトの会話を見守る未来は首を傾げた。

 聞かなくてもいいかなとは思ったんだけど、念の為に聞いておきたい一つのこと。


「俺も未来()()って呼んだ方がいいのか? 普段でもふざけてる時はたまに言うけどさ」


 一応お前偉い人になるんだろうし。実感ねぇけど。

 頭の後ろに両手を当てて、電気を見上げながら聞いた。一緒に住んでても知らないぐらい上手く隠されていたことに、不貞腐れてる感を出してやりたくて。


「……呼びたいの?」


 未来は俺の隣で少しニヤリと笑ってみせた。

 こいつ……からかってやがる。


「やだ」

「うん。私もやだ」


 ジロっと睨みながらガッツリ本音を言うと、未来は間髪入れずに笑って返してきた。


「……あっそ」


 なんか、してやられた気分だけどまあいいや。

 どうせさん付けで呼べって言われたとしても本部以外で呼ぶ気無かったし。


 それ以上未来に何も言うことはせず、ちらっと携帯を見て時間を確認すると、既に明け方の四時を回っていた。


「遅くなっちゃったね。家帰って仮眠取ったら起きられなくなっちゃいそう」


 未来が画面を覗き込んで、むうと唸った。

 仮眠、取れて一時間ぐらいだろうなあ。


「で、寝坊して遅刻するか、授業中に寝るかするんだろ?」

「先生に怒られちゃうねぇ。『こらっ!』」


 鬼のツノのつもりなんだろうか。

 両手の人差し指だけを立てて頭の上に置いて、先生の真似をする未来は可愛い以外の他に何も言えない。本部にいたときとは全くの別人だ。

 恥ずかしいからそれを言うことはできないが、顔のほころびだけはどうにも隠せない。


「自分のすべきことをしたせいで怒られるとか、絶対嫌なんですけどー」


 顔いっぱいに広がってしまう自分の笑い顔を認識しながら、残り家までの二時間ほど、他愛のない会話と居心地の良さを噛み締めていた。

お読みいただいてありがとうございます。


新たなマダー、『譲』の文字の男の子が出てきました。

名前こそ教えられませんでしたが、隆一郎達よりも年下の子です。


ケトくんはお持ち帰り初日で喋り始めました。

少しは話せるようだと国生先生は言っていましたが、どうやら聞いて覚えた言葉だけなら話せる様子。人間と同じですね。


《次回 鍛錬の仕方》

詰 ん だ 。

よろしくお願いいたします。

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