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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
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第一一七話 名前を決めよう②

前回、バスケットボールの死人に『ケト』と名前が付けられました。疲れて寝てしまった未来と、寝かけだった隆一郎を襲った人型の死人達。ホームで殺されそうになっている人を隆一郎は即座に助けました。

 挿絵(By みてみん)


「おい、大丈夫か」


 まだ車内に残る死人からあまり目を離さないように、救出した人物をちらっと見た。


 マダーだとは思うけど、体は小さい。

 険しい顔してるからわかりにくいが幼顔。

 中一ぐらいか?


「に、逃げ、くださ……あぶな……」


 救出した男は地面に倒れ込んだまま、ゼェゼェと息を切らし掠れた声で必死に訴えかけてきた。

 痛みでほとんど声が出せないのかもしれない。


「危ないのはあんたの方だろ。薬、痛いのわかってるな? かけるぞ」


 ぱっと見まだ致命傷には至っていないみたいだけど、頭からの出血がひどいし、手足は折れてるっぽい。

 今後どうなるかはわからない。


 制服の胸ポケットに常に入れている、マダーの必需品とも言える長谷川薬店の完治薬を取り出して、蓋を開けて迷わずその男にぶっかけた。

 男は薬のあまりの痛さに悶絶し絶叫するが、代わりに怪我は驚くほど早く治癒していく。


 やっぱり、すげぇ薬。


「治ってもじっとしてろよ」


 痛みで気絶しかけてるところ申し訳ないが、今は死人に意識を集中させよう。


『キィィィィッ!! 人間風情が、妙なもん使いやがって。せっかくオイラ達がわざわざ言ってやってんのに自ら突っ込みに来るったああ!! イラつかせやがる!!』


 ドタドタと何度も地団駄を踏む死人は、何かが気に入らないらしい。

 足を力いっぱい踏み込んだ電車の床は、踏まれる度に亀裂を生じさせた。

 みしみしと。

 ギシギシと。

 みしみしギシギシと……亀裂は大きくなって次第に大きな穴を作り出していく。

 電車が動き出さないのは、この車両以外のどこかも壊されているからだろうか。


「喋れんのか、お前。人型だもんな」


 物こそ壊しはしているが、さっきの何かを吐き出した攻撃以降、俺や未来に手を出す気配はない。

 強いて気になることと言えば、やたらと実在する人間にそっくりの見た目だということ。

 派手に染められた髪とでかいピアスのついた男の死人。

 どこかで見たことがあるような風貌だ。


『何やってんだぁ? 相方ぁ』


 新手――!?


 俺の真上から降ってきた声に、素早く戦闘態勢に入る。

 こちらを見下ろす二人目の人型の死人は、車内の死人と同じようにチャラい見た目をしていた。


『おおっ相方やっと来たか!! チンタラすんじゃねーよ布教活動が遅れるだろう!!』


 布教活動?


『知らねぇよ。奴らオレの話も聞かずに剣を向けてきやがんだ、(あしら)う時間ぐらいくれや』

『だよなー!! オイラ達はなんにもしてねーのに!! まっ手ぇ出すやつはそこのボウズが始末してくれたからこの後のことは大丈夫さ!』

『マジか? あんがとな男児!』


 は、話が全く見えん。


 とりあえず、今現れた死人も先に応対していた死人も、どうやら敵意はないらしい。

 警戒しておくに越したことはないけど、これはもしかしたら……元に戻せるタイプの奴らかも。


「なあ。あんたら、名前は?」


 だとすれば大事にすべきは会話。

 俺の後ろに軽い着地音を鳴らし降り立った死人を見て、何から生まれた死人なのかを問う。


『オレは……オレたちは……っ!』


 泣き出しそうな声で告げられる彼らの名は、


『『ツバだ!!』』


 電車内の死人も口を揃えて主張した。

 二人が言ったその三文字が頭の中で駆け巡る。


 ……つば?

 つば……ツバ……体液、つば……?


 その瞬間、ぴーんときた。


「あんたら人間がその辺の地面にぺって吐き出した唾か!?」

『『そうだよーーーー!!』』


 うわああつまり人型になってんのはこれが持ち主の姿だからってことだ!

 見た目からしてもやってそうだ!!

 いや、偏見ごめん! 違うかも!


『人間ども、特にオレたちの主人!! なんにも躊躇わずにオレたちを吐き出しやがって!!』

「合ってた!!」


 唾の死人たちはえんえんと泣き始めた。

 ってか、性格明るいなこいつら。


『粘膜保護・潤滑、自浄、水分平衡、緩衝、抗菌、消化、組織修復、再石灰化!! こんなにも人間に対する偉大な役割があるというのに!!』

『待て待てそれじゃあ此奴らはきっとわからない! もっと噛み砕いてオレ達のことを教えなくては!』

『それもそうだな!! ボウズ。オイラ達の正体を知ったからには心して聞けよ!』


 なんか始まっちまった。


『いちぃぃ! 消化を助ける!! 唾液に含まれる酵素はでんぷんを分解して胃で消化しやすい状態にしまああす!!』

『にいぃぃ!! 口を清潔に保つ!! 一日に分泌される唾液は一リットル以上!! 口の中の食べカスを洗い流しっピカピカにして虫歯と口臭を防ぎまああす!!』

「待てお前らまさか全部言うつもりじゃ」

『さああん!!』

「聞けよ!?」


 俺の前後で挟み込むように、テンション高く自分たちの役割を語り出す死人。

 聞いてもいないのにこれはなかなかしんどい。

 まあ元に戻すためと思えばなんてことはない、けど……。


『味を感じやすく!! 味蕾(みらい)に味のもとを運ぶために食べ物の味を感じることができまああす!!』


 聞けば聞くほど、マジで優秀なんだなってことはわかる。

 そりゃこんなに良いことづくめなのに、いらねーものみたいな扱い方されたら堪ったもんじゃねぇよな。


『よぉぉん!! オレたちと混ざることで、食べ物はまとまって飲み込みやすくなるぜぇ!!』

『さらにごぉぉ!! 口の中を潤わせ守る!! しかも虫歯になりにくくすんだああ!!』

『さらにぃろくぅうう!! 口から入ってくる細菌の増殖を防ぐ抗菌作用持ちだあ!! わかったか男児!!」


「おお、勉強になったわ」


 割とマジで。

 というか、結構興味が湧いてきちまってつい、唾液が少なくなるとどうなるのか質問してしまった。

 ほら、言いたいこと言わしてやりたいし。それで気が済むならそれでいいし。……っていうのは、言い訳かもしれない。


『ふはは、我らが少なくなったら人間は大変だぞ? むし歯になりやすくなるし、歯周病にもなりやすくなる! 口内炎もできやすくなるし、お前は若いからまだ気にならんだろうが入れ歯が痛くなりやすくなる!! そして何より』

「何より……?」

『カビがはえる!!』

「カビぃぃぃ!?」


『口の中にできるカビはカンジダっつー真菌が原因だ! 普段から口の中にいる奴らだが、お前らが持つ免疫のおかげでどうにもならねんだ!』

『しかし!! 唾液の量が減るだろ? そしたら抗菌成分が減少するだろ? 洗い流す作用も減るだろ? 更には粘膜を傷つけやすくなって抵抗力の低下!! そこからカビが生えやすくなるんすわ!!』


 まじかよ。


『な・の・に!! 人間はなーんにもわかっちゃいない! オレたちの大事さを、そして気持ちを!!』

『お前たちにわかるものか。吐き出されたオイラたちがその後どんな目で見られるのか! 汚らしい。気持ち悪い。嫌なもん見ちまった! 目に見えてわかるんだよ、お前らの不快な気持ちがなあ!!』


 言い切るなり、認識するのがやっとな程の勢いでまた何度も電車に足を振り下ろす。

 裂けるはずのない物が裂けていく音がする。

 こいつ、電車完全に破壊するつもりか。


『人間はわかっちゃくれねぇんだ! オレたちが優秀だってこと。本来オレたちは蔑んだ目で見られるべきじゃない、崇められるべきなんだよぉおおおお!!』

『こんな優秀なオイラたちを捨てるやつの気がしれんわ! お前もっ、お前もそうなのかーー!!』

「しねぇよ、んなこと!! でもごめん!!」


 勝手に同じにしてくんじゃねぇ。

 そんなことしやしない!!

 けど本音を言うとしたら。


「嫌な気持ちには俺もなる!!」

『『ほらやっぱりぃいいい!!』』


 ごめんって!!


『どうせオイラたちなんて……』


 しょぼーん。って言葉が圧倒的に似合いそうだ。

 やべぇ。どうしたらいいんだこいつら。

 でも、やっぱり怒りよりも哀しみの方が強い気がする。

 ……そろそろやってみようか。


「なあ、あんたらさ。手伝ってやるから、元の姿に戻る気ないか?」

『『……はい?』』


 ああ、めっちゃキョトンとしてる、当たり前だよな。多分何言ってんだこいつって感じだろう。


「あのな、今の死人になった状態から元の唾液の状態に戻るとするだろ? そしたら俺たちはあんたたちを供養してもらうことができるんだ。お前ら、自分の役割に誇り持ってるみたいだから。今の、嫌いな主人の見た目じゃなくて、元の唾液に戻りたいんじゃねぇの?」


 正確にはお祓いっつー二度と死人化しないためのものだけど、彼らにとっては同じだろうから。


「場合によっちゃ、こういうことしないでくださいってみんなに知らせるシステムもあるんだ。それを使えば国の全員ってわけにはいかないけど、ある程度の奴らは」

『唾吐きをやめてくれるってことか!?』


 顔ちけぇよ。

 思いっきり身乗り出して聞いてきやがる。


「と、思うんだけど。どうかな?」


 確定はできないけども。


『『あざっす!!』』

「おう」


 よかった、了承してくれた。


『あぁ、これで後輩達が幸せになってくれるならいいなあ!!』

『そうだなぁ、オレ達の分までな』

「……あんたらいいやつだなマジで」


 あんまり話ができるタイプの死人って見ることないから知らなかったけど、こんなやつらもいるんだな。


『当たり前だ! 善良優秀強き門番!!』

『それがオレたち唾だから!!』


 あ、はい。

 まあ確かに、さっき説明してくれた通り人間にとっちゃなくてはならない存在なわけで。

 こうやって教えてくれるのは本当にありがたいことではある。


「【(おく)()】」


 死人たちの会話に相手をしながら、片手を前に出してゆっくりと地面から楕円を描く。手が動く度そこから小さな炎が姿を見せ、いくつも並んで並んで、最後には炎のアーチを作り出す。


『これは?』


 完成した炎の入口を見て、彼らは首を傾げた。


「送り火。お盆に帰ってきた死者の魂を、現世からふたたびあの世へと送り出す行事のこと……らしい」


 まあそれを死人に当てはめると、この世が今いるここ、入口の先があの世で死人の魂があるべきところ、みたいな感じのイメージ。

 ただこれは初挑戦のことで、今までやったことがないからできるか分からんのだけども。


『ふっなるほどな。大丈夫さ。元の体に戻るって意味なら、バッチリ合ってるからな!』

『んだ!!』


 不安に思っていたのがバレたのか、ニカッと笑った彼らに励まされてしまった。

 やっぱり不思議な奴らだ。


『んじゃ、後のことは任せたぜ』

「おう」

『次、唾吐き見つけたらまた化けて出るからな!』

「ははっ、勘弁してくれ」


 穏やか。実に穏やかな別れ。

 俺を信じて炎をくぐり抜ける彼らは、笑って俺に手を振った。


『あんがとな、にいちゃん』


 笑って。


『しっかり頼むぜ!』


 笑って、笑って。


「ああ」


 ――最後の最後に、ぽろっと一粒。

 小さな涙が宙に消えていった。

 炎を超えた先には、二粒だけ。

 彼らの元の姿が残っていた。

お読みいただいてありがとうございます。


今回の死人さんは唾でした。

路上で歩きながら唾を吐く人、自転車に乗りながら吐く人、もしかしたら化けて出てくるかもしれませんよ。お気をつけくださいませ。


ただ、競技の中での唾吐きに関しては少し視野を広くとる必要があるのかも、とは今回調べる中で思いました。

長時間激しく走り回るスポーツだと、口呼吸になって口内が乾いて唾液の粘度が上がるらしく。それを飲み込むとむせたり絡んだりと、色々影響があったりするのだとか。

この辺りは死人さんも許容してくれるのかなあと作者は悩んだりしております。


補足ですが、味蕾というのは舌にある味を感じるための器官です。


《次回 名前を決めよう③》

ほとんど戦うことなく事を収めることに成功した隆一郎。その後の対応です。

よろしくお願いいたします。

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