表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第一章 転校生
12/281

第九話 長谷川凛子②

前回、キューブを返してもらうために交渉しましたが、凛子側にも何か事情があるらしく、取り戻す前に死人と戦う時間となりました。

「――ははっ! あれじゃん、センセが壊れたって言ってたタイマーじゃん! センセ捨てちゃったんだ、バッカだなあ!」


 ナツが腹を抱えて笑いだした。

 ゴミ箱から出てきたもの。あれは今こいつが言ったように、間違いなく体育で使うことができなかったあのタイマーだ。

 だけど一つだけ、学校にあったときとは違う点がある。

 それは……見開かれた青い単眼。

 死人である証拠であり、特徴でもある『青い瞳』。

 未来が、されなくてもいい非難に合う原因だ。


 頭に二つベルを乗っけたみたいな、昔からあるジリジリ鳴るタイプの目覚まし時計を随分と大きくしたような見た目のこのタイマー。その正式名称を俺は知らない。

 周りではもっと高性能な商品が出てたりするし、先生も壊れてしまったのなら新しいのを買えばいいと思ったんだろう。

 ただ、水の中でも聞こえやすいから愛用してたんだけどなと、授業の終わりに嘆いてはいた。


「やー、タイマーときましたかー。何をしてくれるのかな!」


 楽しそうに言い、ナツはタイマーの影を使って羽交い締めにした。

 タイマーは体に付いている秒針をチッチッチッと鳴らし続けるが、動く様子はない。

 痺れを切らしたように、エイコがゴミ箱の横にある操作室の窓に命を吹き込んで、動き出した窓ガラスを素早く回転させてタイマーを切り刻む。


「なーんだ余裕じゃん? 【風神(ふうじん)(まい)】!」


 長谷川が赤い強風を巻き起こす。タイマーが細かくバラバラに引き裂かれ、その中から青い玉が跳ね上がり、何度かバウンドして地に着いた。それが、いわゆる死人の『心臓』――壊せば確実に倒せる部位。


「はいラスト!」


 ガラスが風を切る音を鳴らして、その青い玉を地面ごと切った。キーンとガラス同士が擦れる音がして玉に一筋の線が入り、さらにそこから細かくひび割れついにパキンと完全に砕け散る。


「エイコ、ナーイス。さて……一段落着いたけど、どーする? アタシホントに今持ってないんだよね。ここにいても何もできないと思うけど?」


 そう長谷川がこちらに振り向いて言った瞬間。


「「(たて)!!」」


 マズイと思った俺と未来は目を見開き、彼女に向かって同時に声を上げた。

 それは自身を守れという命令の言葉。

 届いたのかわからないまま、俺は見えない恐怖に支配される。

 周りの風の音がしない。木の葉が揺れる音も。

 何も聞こえない。何も動かない。

 静かで、変わらない。

 直感する。時が止められている(・・・・・・・・・)と。


「……未来」


 普段過ごしている日常の夜中がどれだけうるさい世界であるか。無音が怖いなんて初めて思った。


「大丈夫。ありがとう」


 返ってくる声にほっとする。

 俺と未来の『時』を守ってくれたのは、火の神様の名前から取った球状の炎【回禄(かいろく)】。間に合うかどうか不安だったけど、時間が止まるギリギリで形成に成功した。

 ほかのやつは、と周りを見る。言葉を聞いてすぐに守りに入った長谷川も何とか風の防壁を張っていた。

 けれど、


「……遅かったか」


 エイコとナツは間に合っていなかった。

 彼女らは口が開いたまま突っ立った状態で固まっている。だが意識はあるのだろう、目の前の恐怖に、事実に、瞳が怯えていた。

 二人が視線を外すことができないそこにいるのは、心臓を潰したはずのタイマーの死人。まるで嘘のように体を取り戻して、目を見開いて立っているその姿。


「周りの時間を奪って利用する能力……完全に命を絶たれる前に、自分の『時』を戻したんだ」


 後ろで未来が冷静に状況を読み取った。


「二人とも今行く! 大丈夫だからな!」


 長谷川は二人を守るため身を乗り出そうとする。だが無理だった。自身は守られているが覆っているその防壁は時間の影響を受けているらしい。防壁の中で吠えるように叫んだ。


「っんでだよ! 動けよアタシの力だろ、おい!! 動けって!!」


 自身で作った防壁なのに消すことも、動かすこともできない。俺も改めて火を出そうとしたが、自分のいる場所より外には何も作り出せなかった。

 影響が、大きすぎる。


(りゅう)、やばいよ。ごめん場所変わって」


 未来の声に、何をするつもりだと聞く暇もなく前後を交代する。

 ゆっくりと、奴は二人に近付いていた。その大きな青い目が、キラキラしながら彼女たちを上から下まで見ていた。

 まだ何もしないうちにと、未来が服の中からガラス玉を取り出す。地面に叩き付けると、未来の周りを電気が纏った。気配を察したのか、奴がぐるんっ! と振り向いて、大きな青い瞳がこっちを凝視する。


「相沢なにを……!」

「大丈夫。信じて」


 叫ぶ長谷川の声を聞きながら、未来は静かに言う。タイマーの死人は動かないが、視線はこちらに向けられたままだった。


「あなたが動けなくなったのは、中の線が破損して、流れが上手くいかなくなってしまったからでしょう。直してあげる。もう一度、本来の意味で動けるように」


 奴がこっちへ来てくれるように諭す。未来は焦りと少しの不安から、一筋の汗を流した。

 技が使えない今だと助けられるかどうかはわからない。

 それでも静かに待つ未来に向かって、奴の足が若干動いた。少しずつ、こっちに寄ってくる。


「隆。もしもがあれば守ってくれる?」


 ポソッと、未来が俺に頼んできた。

 言われなくても。


「当たり前だろ。任せろ」


 俺の回禄(たて)に奴の目が当たりそうなほど近付いてきた。こちらを覗き込むその瞳が、とても……哀しそうだった。


「あなたを直させて。触れられたら元に戻せるから。どうか時を解放して、この境界線をなくしてほしい」


 未来が本当に望んでいるように、願うように寄り添うように、言う。……いや、こいつはいつも、どんなときも死人に寄り添おうとする。彼らの哀しみに、ずっと全力で向き合ってきた。

 その心から思う気持ちは時々、彼らの心にも届く。

 死人の大きな目から一筋、赤い涙が伝う。


 ――木の葉の揺れる音が聞こえた。


「ありがとう」


 未来が礼をして、俺を見て頷く。俺も相槌を打ち、【回禄(かいろく)】を解除した瞬間。バシュッと不快な音が広がった。わかり合えなかった、そう思った。未来がやられたのかと。


「なっ……」


 違う。その聞こえた先は、未来の前にいる死人。泣いているタイマーからだった。動けるようになった長谷川が、背中側から風を利用して作る【鎌鼬(かまいたち)】で切りつけたのだ。

 間髪入れずに死人は影に羽交い締めにされ、ガラスを細かくした破片が突き刺さる。


『キアァァァァァア!!』


 死人はそのボロボロの体で、拘束されたままで、三人のほうへと走り出した。泣いて、叫んで、怒っている。もう何も聞こえないだろう。


「逃げろ!!」


 俺は声を張り上げる。こうなったらもう普通のやり方じゃ通用しない。彼女らは同じように切り刻み続けている。あんな甘い戦闘法でどうにかなるもんか。

 俺は炎で奴の片足を絡めとる。

 未来が死人を追って走る。


「アタシは、二番目なんかじゃないんだよ!!」


 長谷川は叫ぶ。

 奴が片足だけになってバランスを崩す。

 俺は奴の背中にある心臓に向け、【(ほのお)(やり)】を作り出して投げた。


「アタシは相沢未来よりも、誰よりも、強いんだ!」


 彼女は叫ぶ。叫ぶ。だけどもう。


「アタシはアンタに負けるわけねーんだよ!!」


 奴がもう。


「ばか!!」


 未来が飛び出す。

 奴がもうそこに。


「アタシが最強だああああああ!!」


 ――間に合わない!! 


 ぐしゃっと、嫌な音がそこ一帯に広がった。

【第九回 豆知識の彼女】

鎌鼬:突然皮膚が裂けて、鋭利な鎌で切ったような傷ができる現象。越後の七不思議の一つとされる。地方によって呼び方が様々。


なのだそうです。不思議現象だ。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 長谷川凛子③》

序盤にグロシーンが入っております。苦手な方はご注意ください。

どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ