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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
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第一一五話 観点の違い

前回、隆一郎は『MCミッション』に参加することを決意。

 挿絵(By みてみん)


「もうひとつの話?」

「ああ。千番、こちらも頼めるか。私は業務に戻る」

「もちろんですよぉ、司令官。行ってらっしゃいませ」


 司令官に指示をされた国生先生は、机に乗せていた沢山の資料の中から一枚の赤い用紙を手に取った。


「うむ。では一番、四十一番、またな」

「あっ、はい!」


 役割は終わったのか、軽い足取りで部屋を出ていく司令官に礼をして見送った。

 ふむふむと資料を読み進めながら、国生先生はバスケットボールの死人のいる青い木の近くへと歩み寄る。


「ふんふん。では説明いたしますね。お二人ともこちらへ来ていただけますか?」


 何か納得したように大きく頷いた先生は、俺と未来に死人の近くへ来るように指示を出した。不思議な青い木に恐る恐る近付くと、中にいる死人の目がこちらをぎょろりと見てきて、体のほとんどを占める大きな単眼のせいだろうか。恐れのようなものを感じた。


「未来さんが捕まえた時点から、結衣博士が一度退化させることで、ほとんど元のバスケットボール型まで戻すことができました。その後こちらで経過を見ながら順に成長させていったみたいです」


 退化。斎といい哲郎博士といい、学者ファミリーには凄いとしか言えねぇや。

 でもよく考えてみれば、斎の両親はこのプロジェクトについて知ってるのに、斎は知らないってことだよな。


「今のこの子でどのくらいの段階ですか?」


 何故だと考え始めた俺の思考を遮る声。未来が木にはめ込まれた窓ガラスに手を当てて、見上げるように死人を見ていた。


「中段階でストップしています。言語もまだ自由に話すことはできません」

「そうですか」

「少しは話せるみたいなのですけれど。そこでですね」


 国生先生は資料を持ったまま、カーテンを開けるスイッチの横にあるレバーに手をかけた。


「こうするべきではないかと」


 ぐっとそのレバーを先生が引こうとした瞬間――ぐしゃっと、紙の握りつぶされた音。


 俺は全く反応できなかったほどの勢いで未来が止めに入っていた。

 持っている資料ごと先生の手を掴んだ未来は、ぐっと力を込めて放さない。


「未」

「何を、するおつもりですか?」


 どうしたと言おうとした瞬間、睨むようにして静かに問う未来に、先生はニヤリと笑って答えた。


「成長とは、危険を伴ってより一層早まるものです。言語を習得するのも同じこと。きちんとできれば褒めて褒美を与え、できなければ罰を。これが一番合理的で手っ取り早いと考えました」


「罰……ですか?」


「ええ。凪くんが相手をした死人の話を聞いて、やり方としては悪くないなと思いまして。死人に対してならの話ですが」


 木の中の死人が、また蠢いた気がした。


「一刻も早く話ができるようにさせ、奴らの情報を集める必要があります。わたしたちが生き残るために」


 ……なんだ。


「そんなことをしなくても次第に話すようになります! あえて傷つけるようなことはおやめください」


 なんだ、この殺気は。


「ではそれまで待てと言うのですか? 未来さん、あなたはこの国の現状を本当に分かっているのですか?」


 まずいんじゃないかこれ。


「仮にこの死人が自分の力で言葉を習得するとしましょう。でも、情報を吐く保証は? 力で押さえ付けなければこちらが殺されるかもしれないということを分かっているのですか?」


 目の前にいる死人からの強烈な殺気に顔を上げると、充血を起こすほど目が見開かれていた。


「彼らに必要なのは会話ではありません。力による教育です。束縛です。恐怖です。わたしたちが上に立たずに統制をとらぬのなら、共存などありはしないのですよ!」


「先生!!」


 言い終わるや否やガラスが盛大に割れる音が響いて、咄嗟に先生に覆い被さり後ろへ押し倒した。

 視界の端で血が線状に散る。

 同時に自分の右頬に燃えるような熱さを感じた。


 一体何が。


 現状を把握しようと勢いよく立ち上がり振り返った。

 その瞬間目に入ってきたもの。


 急激に変化(へんげ)を起こしたバスケットボールの死人と、倒れ込んだ未来。死人の黒い右腕の先端が刀のように形が変わってしまって、未来が左手でめいっぱい押さえ込んでいた。


「未来、手伝う!」


 助けに入ろうとするも、未来は首を大きく横に振った。


「けどっ!」

「大丈夫。今は……ッ来ないで」


 体と右腕で死人を抱きしめつつ、かなり力が強いのか未来はぷるぷると押し返しながら起き上がる。


「落ち着いて」


 こちらを睨む死人を自分の顔が映るように向けさせ、未来はゆっくりと語りかけた。


「落ち着いて。私を覚えてる?」


 何度も何度も、落ち着いてと語りかける。

 大丈夫だからと。


 まさか、言葉だけで押さえ込もうとしてるのか。

 ……いや、お前はいつもそうだったな。


 チームを組んでいた頃、特に、東京(こっち)に来てからの未来の戦い方を思い出す。

 キューブすら使わず死人と話し続ける背中を、いつもヒヤヒヤしながら見ていた。もしもがあれば、すぐに助けられるようにキューブに手を添えながら。


 だけどその時も……今回も。俺の心配は杞憂に終わり、怒りに燃えていた青い瞳は徐々に落ち着きを取り戻していった。

 まだ先生を引き裂こうとしていた右手の刀は、元の細い腕の形へと変わっていく。


 死人が、未来の言うことを聞いていた。


「ありがとうございます」


 俺が倒してしまった先生が、床に伏していた状態からゆっくりと起き上がって俺の横に立った。殺気を放ちながら。


「わかりましたか、未来さん。現に今もわたしは死人に襲われました。急ぐ必要があるのですよ。あなたが死人と、共に生活がしたいと本当に言うのなら」


 先生の言う通り、奴は今確実に先生を殺そうとしていた。多分、あの(やいば)で首を削ぎ落とすつもりだったはずだ。

 自分の右頬を伝っていく血が、それをリアルに感じさせてくる。


「……この子は、自らの意思でここに来ました。ある程度の意思疎通はできますし、情報も教えてくれるでしょう」


 死人を抱きしめたままこちらを向いた未来は、先生とは対照的に落ち着いた声で反論し始めた。


「今暴れたのだってそうです。手を上げたのは、あなたが吐いた暴言に腹が立ったからでしょう」


 腕の中の死人は、赤い涙を目に浮かべていた。


「この子たちは理由がなければ手を出してきたりしません。哀しみから生まれ、哀しみを伝えるために力を使います。それは既に研究でわかっていますよね。本来であれば力で押し留める必要はないはず。理解して改善すればいいのですから」


「ですが」


「おっしゃる通り、この子たちは人間を殺すことができます。むしろ、その気持ちの方が強い。哀しくて辛くて、殺したくなって、襲ってきます。だからこそ……人間側もみんなこの子たちを討伐しようとする。私も、全員にではないにしろ実際にそうしていますから、何を言うこともできません」


 少しだけ、未来の声が小さくなる。


「力で抑え込まないという私のやり方では、危険を伴うのが現実です。今のように怒りを買って、殺されてしまうかもしれません。だから身を守るための一定の処置はすべきでしょう。誰だって死にたくはありませんから」


「……そうとわかっていて、なぜ力を使おうとしないのですか。支配すればそんな危険だってゼロにできるかもしれないのですよ」


「何度も言うようですが、この子たちは理由がなければ人を殺しません。実際この子を一番最初に見つけた私の後輩にも、怪我はさせましたが決して殺そうとはしていなかった。抵抗する余地のない一般人相手にです」


 先生の反論は許さず、「もちろん」と言葉が繋げられる。


「死人全員がそうでないのは、重々承知です。怒りで我を忘れ、言葉が通じない子が存在するのは現場にいる私たちがよく知っています。矛盾と言われたらそれまで。ですが、それなら心が通じ合うまでお互い直接手出しできないようにしておくだけでいいはずです。わざわざ力で服従させる必要も、痛めつける必要もない」


 一度呼吸を挟む。死人を抱きしめる腕に力を込めて、未来の落ち着いた声が「あいかさん」と呼んだ。


「死人と共に歩む世界が、私の考える共存です。一方的な力で捩じ伏せて共に生きるなど私は望みませんし、する気もありません。ご理解を……お願いいたします」


 心の内を吐き出すように言い切った未来は、死人を抱えたまま頭を下げた。

 腕の中にいる死人の小さな手が、ぎゅっと、未来の服を握っていた。


 ……そうか。

 このふたりは、同じように『共存』を目指してはいても、違う方法でそこへ向かおうとしているんだ。

 理解して共に生きるのか。

 それとも――服従させて、共に生きるのか。


 だとすれば、どちらがいいとかじゃなくてあくまでも俺の意見というか、見てるものを伝えるぐらいは許されるはず。


「先生、今日この話を知った俺が言うのも何ですけど」


 隣に立つ先生に顔を向け、自分の知っていることを話した。


「実際に死人を前にして戦う俺たちには、結構伝わってくるんです。奴らの感情みたいなものが。それはかなり同情するというか、その……わかってやりたいんです。悪いのは死人になっちゃった奴じゃなくて、結局はそうさせてしまった人間側で。根本的にこっちの問題なんです。だから、上手く言えないんだけど、あの……」


「奴らは本当に哀しい気持ちを伝えたいだけだと?」


「はい」


「殺しにかかってくる死人も?」


「はい。俺はそう思います」


 それを、上手く伝えられないだけなんだ。


 俺の言いたいことを上手く拾い上げてくれた先生に、お願いしますと頼み込んだ。未来も死人を抱えたまま俺の横に来て、先生を見上げた。


「もちろん、責任は私がとります。このプロジェクトが上手くいかなかった場合、どう対応するかどうかは予め決めています」


 重い表情で言い切った未来の様子を見た先生は、少し考えるように腰に手を当て、はーと大きくため息をついた。


「あくまでも、お二人は死人の気持ちを優先したいのですね?」


「「はい」」


 迷いなく返事をする俺たちに、先生はやれやれとでも言うような顔をする。


「……仕方ないですね。元々この件に関してはわたしの意思ではなく、未来さんの意思が尊重されるべきですから、全てお任せしましょう。この死人の育て方も、話を引き出す方法も。無論……最期の処遇も」


 最期の処遇という言葉を強調した先生は、くるりと俺たちに背を向けた。


「今の話はわたしの方から伝えておきますので、ご心配なく。……くれぐれも、その死人のせいで命を落とすなんてことのないよう、よろしくお願いしますね」


 そう言葉を残して部屋を出ようとする先生を、未来があっと呼び止めた。


「あいか先生、この子、連れて帰ります。この子用の(かこ)いは壊れてしまったので」


 俺の相談無しに言い切ったなこいつ。

 にしても、あの不思議な青い木、囲いっていうのか。


「わかりました。それも含めて伝えておきます。気をつけてお帰りください」


 国生先生はこちらを振り向くことはせず、そのまま部屋を出ていった。

 残されたのは、俺と、未来と、未来に張り付いて動かないまん丸のバスケットボールの死人だけだった。

お読みいただいてありがとうございます。


ということで、バスケットボールの死人を家に連れ帰ることに。隆も言っていましたが、相談無しに決まりました。


《次回 名前を決めよう①》

家への帰宅中、バスケットボールの死人にお名前をつけます。

よろしくお願いいたします。

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