第一一四話 共に歩む
前回、死人と共存できる世界を作る、mutual coexistenceの関係『MCミッション』について隆一郎は知りました。
「死人を……殺さないということですか」
「ええ」
何もおかしいことは無いというような、自信たっぷりな顔の国生先生は、抱えていた資料を俺の後ろにある作業用らしき一台の机に乱暴に置いた。
「知ってるでしょ? 私が戦うとき、元に戻せるのなら戻そうとしてることは」
無造作に置かれた資料からは何枚かの紙が床に落ちてしまって、未来が俺に確認をとりながら拾い上げて机に置いた。
もちろん知ってる。お前はいつだって、できる限り死人から元の存在へと戻そうとしてる。相手にしている死人が、心に深い傷を負っている場合は特にな。
「未来さん、ありがとうございます」
先生はまた未来のことをさん付けで呼んだ。
第一人者。死人との共存を目指す、『MCミッション』の第一人者が……未来。
つまり、このプロジェクトの要ってことだよな。
「すげぇ……」
自然と口から出た俺の言葉に、今まで黙って聞いていた司令官は、そうだろうとでも言うように腕を組んだ。
「元に戻す以外にもう一つ。死人について新たなことがわかりそうな奴がいる場合、特に、会話ができる奴がいる場合。捕獲し、育てること。そこに重点を置いているのが一番だ」
「育てる……」
「土屋隆一郎くん。あなたは先ほど、なぜ自分に? と聞きましたね」
司令官が付け加えたもうひとつの役割を深く考える間もなく、国生先生は俺が不思議に思っていたことについて説明し始めた。
「MCミッションは多大なプロジェクトであるとわたしは確信しています。ただ、現段階では少し問題があるのです」
「問題ですか?」
「そうです。このプロジェクトは未来さんが東京に来てから始めたものなのですが、最近になって、死人たちは急に色々な情報を発信してくるようになったのです」
情報?
「例えば、今見ていただいたこのバスケットボールの死人。こちらは未来さんが少し前に捕まえた死人ですが、彼は死人を自ら作り出し、そして自ら喰らいました」
「な……っ!?」
なんだよそれ。そんなの見たことないぞ。
「やはり驚きますよね。死人が死人を喰うなど、今までには無かったことですから」
国生先生は真剣な顔で一度頷いた。
「他にも、人に懐く死人、殺す寸前まで甚振り共に死のうとする者もいました。そちらに関しては実際にそのとき討伐に当たっていたマダーと共に命を絶ってここにはいませんが」
「……人に、懐く?」
待て。サラッと流されたけど、さっき司令官が言った育てるって言葉。それに今の懐く。まさかその二つが示すものって……
「おキク……とかも、研究の対象なのか?」
未来が飼っていて、未来のことが大好きなおキク。最近になって鳴き声を発するようになった。身長も大きくなった。つまり、育った。
まさか、仲よくしているように見えた裏側って、もしかして。
「ううん。おキクは友達だよ。研究とは関係ない」
「あ……そう、なのか?」
「もちろん、一緒に過ごしているうちにわかったことなんかは随時報告してるけど、単純に大きくなってきましたとかそれぐらいだけだよ」
なんだ、あまりに状況が酷似していたから、もしやと思ったけど……良かった。
「あいか先生、続きお願いします」
俺が遮ってしまった説明の続きを未来が促した。
「一週間前の深夜、凪くんから一本の電話が入ったのです。捕獲はできなかったけれど情報を少しとれたから共有しておきたいと。そしてその内容が、相当に面白いものでして。女性の人間の体を侵食し、自分のモノにした死人から、性的な目で見られたということでした」
「性的……」
さすが凪さん、死人にまでモテてやがる。
いや、真面目な話をしてるんだ集中しろよ俺。
「そんなこと今まで一切なかったことですから、彼も少し驚いていましたね」
心底面白いと楽しそうに話す先生から、凪さんから聞いたその日あった事を全部教えられた。特に、まじないについてや未来の情報が死人側に筒抜けになっているということを。
その理由は未来本人もわかっていないみたいだ。
「まあそれはさておき、先ほども言いましたが、急にそういった新しいことが起こるようになってきたのですね」
「失礼」と、脱線した事について軽く咳払いをして謝る先生は、改めて纏めてくれた。
「恐らく、奴らの中で何かの変化が起きている。見方を変えてみると、上手く利用すればこちら側が奴らのことについて知るチャンスと言えます。奴らのことがわかれば、共存することに一歩近付くことができるのです」
先生が説明する中、ブクブクと泡が出るような音が聞こえ振り向いた。俺の後ろにある、大きな青い木の中で、バスケットボールの死人が何かに反応しているかのようにモゾモゾと動いていた。
「でもそのためには、現状だとわたしたちの手だけでは追いつきません。このプロジェクトについて知っている八人のうち、実際に捕獲することができるマダーは未来さん凪くん、流星くん湊くんの四人だけ。わたしを含め、残りの人は基本的に戦闘員ではないので、みんなが捕まえてきてくれなければここでの実験のしようもないのです」
そうか、先生は討伐には出てないって言ってたな。
「そこで、他の誰かにも特別部隊に入っていただき、協力を仰げばいいのではという案が出たのです。その際に一番最初に名前が上がったのがあなたでした」
「俺に?」
自分の名前が一番に出た理由なんて全く分からず、どうしてと聞き返す俺に、先生は目を細めた。
「死人を殺すために人を見捨てられないやさしいマダー。その優しさゆえに、人を守る力を手に入れようと日々努力を惜しまず、そしてそれが結果としてきちんと表れているあなたになら、任せられるのではないかという未来さんと凪くんの判断です。元に戻してやるも捕獲をするも、実力が必要ですからね」
ゆっくりと説明される中、どんどん自分の目が見開いていくような気がして、国生先生の隣にいる未来を見た。
未来は何も言わずに、微笑を浮かべながら俺を見ていた。
「もちろん彼女たちの一存だけで決めることはできません。だから司令官に直接会ってもらって、司令官直々に決めていただくことにしたのです。そしてあなたは許しを得ました。共にこのプロジェクトを背負うことの許しを」
すべての説明を終えたらしく、他に伝えることがあればと促された未来。言い忘れがないか思考を巡らせる間、俺ではなく、俺の後ろにいるバスケットボールの死人をじっと見つめていた。
「一つだけ」
視線がゆっくりと、死人から俺に移された。
「もちろんすべての死人を元に戻したり捕獲するわけじゃないよ。基本は今までと同じ。ただ、捕獲するっていうのは本来なら力尽くで倒せばどうにかなっていたことも、そうはできない場合もあるってこと。今までよりも戦闘におけるリスクが高まるってことは覚えていてほしい……かな」
「リスク……」
言葉に出しはしないけど、端的に言うなら死ぬかもしれないということだろう。
捕獲しようとして、逆にやられてしまうということも無い話ではないということだ。
「土屋隆一郎」
注意をしてくれた未来に代わり、ほとんど聞くことに徹していた司令官が、俺の前に大きな手を差し出した。
「どうか、手を貸してくれ」
こちらを見る鋭く真剣な眼差しが、やるかやらないか、今ここで決めろと言っていた。
戦闘における、リスク。
「やります」
そんなの、今更だ。
いつだって気を抜けば簡単にやられて死ぬような生死隣り合わせの世界なんだ。
過度に恐れる必要は無い。
「一緒にやらせてください」
司令官の大きな手に両手を添え、想いの分だけギュッと握りしめた。
もしも、研究が進んで、本当に死人と人間の共存が叶うのなら。
そしたら、誰も死なずに済むのかもしれない。
誰も死なせずに済むのかもしれない。
もしかしたら見ることができるかもしれない、平和な未来を想像する。
俺がその未来を作る手助けができるというのならば、こちらから願ってでも協力したい。
「ああ。ありがとう。では、早速だが今日来てもらったもうひとつの話をしよう」
お読みいただいてありがとうございます。
おキクのことは、未来は完全に研究と分離して考えています。未来はおキクが大好きですし、おキクも未来のことが大好きです。
隆ちゃんあんしんしていいんやで。
隆一郎がプロジェクトの一員として選ばれたのは、未来と凪の推薦によるものでした。頑張っているのを身近で感じ、そして成果をきちんと認めてくれているからこそですね。
《次回 観点の違い》
未来さん、反論です。
よろしくお願いいたします。