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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
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第一一三話 知らない空間

前回本部の奥の方へ。

マダーの最高責任者、四十万谷司令官と対面。

 挿絵(By みてみん)


 挿絵(By みてみん)


「あいか先生」


 俺たちの前まで来てくれた先生に未来がペコリとお辞儀をした。すると先生はふふっと笑い、資料を両手に抱えたまま同じように返してきた。


「こんにちはぁ未来ちゃん。呼び出してすみませんね。長旅ご苦労様でした」

「いえ」

「まあ、呼び出したのはわたしではないのですけれど。本人はちょーっと研究で忙しいようなので、代わりにお伝えしに来ましたぁ」


 研究……斎たちみたいなキューブの開発に当たってる人たちか?

 それとも未来が特別部隊とか言うからには、戦闘面での素体の研究に付き合ってるとかだろうか。


 急に連れてこられいまいち状況もわかっていない俺は、どうにかしてその話している内容を頭で考えては選択肢をいくつか引っ張り出してくる。

 すると、やっとこさ俺に気づいたらしい国生先生は、思い出したというように顔を綻ばせた。


「こんにちは土屋隆一郎くん。ごめんなさいねぇ、何も伝えずに来ていただいて」

「あ、いえ……」


 優しそうな笑顔でおっとりと話す、腰まであるアッシュの長い髪を後ろでひとつに三つ編みにしている先生。なんだろう。口元のほくろが相まってか、何とも言えない大人の雰囲気を醸し出してきて、少し緊張する。

 髪に関してはもしかしたら未来よりも長いかもな。


「四十一番」


 不意に四十万谷(しじまや)司令官に呼ばれ振り向くと、

「――っ!」

 反射的にびくっとしてしまうほど、何故か俺を試す様な鋭い目をして睨まれていた。

 もともと低い声はさらに低くなって、心臓に響いて少し怯んでしまう。


「ここから先のことは、誰にも他言してはならん。このプロジェクトについて知っているマダーは一割にも満たぬ。一番はもちろんのこと、他に知っているのは私と千番(せんばん)、弥重と四番、二十七番と谷川夫妻だけだ」


 谷川夫妻? ってもしかして……。


「はぁい。千番はわたしですよ」

「司令官、やはりわかりにくいのでやめていただけますか」


 たじろぐ俺と違い、そのまま今まで通りに指摘を入れる未来が、指で人数を数えながらゆっくりと説明してくれた。

 いつから関わりがあったのか知らないけど、慣れてるんだろうな。


「知ってるのは全部で八人だけ。司令官、千番の国生あいか先生、三番の凪さん、四番の杵島流星さん、二十七番の小山内湊さん。斎のお父さんでマテリアルを作り出した谷川哲郎(てつろう)博士と、お母さんの谷川結衣(ゆい)博士。あと、私」


「それだけ……?」


「うん。結衣博士が基本的にこの研究でのキーになっていて、学者としての知恵を貸してくれてる。あいか先生は戦術を考えるのが得意だってこの間言ったでしょ? だから半年前から結衣博士の補佐として、『やり方』の考案をしてくれてる」


「杵島くんや小山内くんが知っているのは、精鋭部隊に配属されているからではなく、リーダーの凪くんが知っているからチームメイトとして知識に入れているだけ。他の精鋭部隊の人たちは知りませんよぉ」


 なるほど、とりあえず知ってる人の把握はできた。

 てか流星さんも湊さんも今精鋭部隊に入ってんのか。すげぇ。暫く会ってないな……。

 でもそうなると俺の頭に浮かんでくる一つの疑問。


「あの……そんなすごい人たちばかりしか知らないことを、俺に教えてもいいんですか?」


 もちろん俺だってめちゃくちゃ頑張ってはいるけど、未来や凪さんたちみたいなすごい人たちしか知らない話。そんな中に、俺を含めるメリットがあるとは到底思えない。


「ふふ……見ていただくのが一番早いのではありませんか? 司令官」


 抱えている資料が重くなってきたのか、よいしょと持ち直した先生は司令官に許可をくれと流し目でお願いをする。提案を受けた司令官は、変わらず鋭い眼光のまま俺を見て、瞬き一つしない。


「土屋隆一郎」

「は、はい」


 急に番号ではなく名前で呼ばれたことに驚いて、吃って返事をしてしまった俺に、すかさず「改めて聞こう」と前置きをした。


「貴様は、国を守るために仲間を殺せるか」


 真っ直ぐに言われたその質問に、絶句した。

 それはさっき司令官が遠回しに聞いてきたのと同じもの。仲間を、見捨てることができるかというもの。

 だけど今回は、さっきと違って俺の考えをしっかりと述べさせるための質問だった。

 今度は言い訳できない。

 やんわり答えることも許されない。

 黙っているなんてもってのほか。


 司令官は俺を見続ける。

 未来も、先生も、俺をじっと見つめていた。

 重たい空気の中待たれる俺の答えは、彼らにはどう伝わるんだろうか。


「できません」


 緊張して小さくなりそうな声を、必死に押し出してはっきりと言った。


「俺は、目の前にある命を捨てることはできません」


 俺を見る司令官から一切目を逸らさず、今度は真っ直ぐにしっかりと答えた。


 怒られるだろうか。

 もしかしたら、怒鳴られるかもしれない。なんのために戦っているのかと。国のために戦うのが当たり前だろうと。そんな考えは幼稚で、全てを丸く収めることなどできないのだと。


 俺だってわかってる。

 人を守れても国が終われば全てが意味のないものになってしまう。

 国を守れたらその分人は生きられる。

 だけど、それでも……人が死ぬ様を目の前で黙って見てるなんて、俺は嫌だ。

 だからどんなふうに思われても、俺は――。


「上出来だ」

「……え?」


 思いもよらぬ司令官からの言葉に、呆気に取られぽかんと口が開いてしまった。

 こちらを見ていた鋭い眼光は消え去り、目が糸になるほどニカッと笑う司令官。今度はビクッと俺の体が跳ねてしまうほどガハハハと笑い始める。


「ハハハハ!! お前の言う通りだな一番! これはいい、すごくいい! この国の宝だなあ!」

「え、ちょ、なにっうわあぁ!?」


 何度もうんうんと頷いて笑う司令官は急に俺の頭をガシッと掴み、その大きな手でわしゃわしゃと撫で始めた。あまりの強さに頭ごと脳をぐわんぐわんと回されているような気さえする。


 なんなんだ、なんなんだいったい!?


「よく私の前で言い切った!」


 訳の分からない行為に驚いて閉じてしまった目を、なんとか開いて見上げると、司令官の温かい眼差しがこちらを見ていた。


「土屋隆一郎。いいか。その気持ちを、絶対に忘れるな」


 髪がぐちゃぐちゃになったところで、両手を俺の頬に移動してわしっと掴み、視線を合わせるよう少し屈んだ司令官。

 怒りもせず、馬鹿にすることもせず、意外にも、小さな子を諭すような優しい声に、泣きそうになった。


「いいん、ですか」


 不安になる。

 みんなと違う自分の考えが。


「いいんですか。俺は、このままで」


 本来あるべき姿でないことを、認められた事実が。


「いいんだ」


 俺を掴んだままの司令官は、変わらず優しい声で俺を肯定した。


「それでいいんだ」


 司令官は、その理由を言うことはしなかった。

 ただ、俺が頷くまでずっと、それでいいと何度も何度も言い続けてくれた。


「では確認も取れたことですし、お連れしますねぇ」


 満足そうに笑いながらくるりと俺たちに背中を向けた国生先生は、まだまだ続きそうな長い部屋をゆっくりと歩き始める。司令官もこくりと一度頷いて、俺から手を離してその後をついていく。


「行こう」


 笑顔でこちらを見る未来に促されるまま、俺もみんなの後ろを歩いた。

 この先に、一体何があるというのか。

 国中のマダーのほとんどが知らないプロジェクトって、何なんだろう。


 永遠に続きそうな長い長い部屋を最奥まで歩き、横に逸れたところにあるエレベーターで最上階へ。

 開かれたドアの先に見えるのは、一つの赤い小さな扉。サイズにして、僅か一メートルあるかないかというほどの扉には、それに見合わぬほどの大きな鍵が三つ付けられていた。


 先生が手首に紐で巻き付けていたらしい鍵で、その鍵穴に突っ込んではガチャリと大きな音を鳴らして開けていく。


 これから見るのであろう光景に緊張して、小さく深呼吸をした。


「では、中へどうぞ〜」


 大きさに見合わないぐらい、重たそうにズズズと響いて先生に押し開けられた扉。その向こうから漏れ出る青い光。


「な……」


 なんだ、ここは。


 扉をくぐり抜けた瞬間目に入る、眩しい青一色の空間。十数本ありそうな青い巨木の全てが、捻れて床と天井に根を張ったような状態。そこに透明のガラスのような窓がついていて、更にその中には生き物が蠢いていた。


「死人が変化(へんげ)の過程で止められてる?」


 その中の生き物を見て、俺は考える間もなく呟いていた。

 人間のような片腕だけ生えた死人、足だけ生えた死人、ボコボコと皮膚のような表皮が膨れ上がっているだけのものもいたからだ。


「ええそうです。ここは、谷川結衣博士が行っている死人の『成長』に関わる研究室。意図的に死人を退化させ、進化させ、能力の変化や感情の移り変わりを記録する場所。そして」


 喋り方が一変し、シャキッとした先生が一箇所、カーテンのような物で窓を塞がれた木を俺と未来に指し示す。そしてその木の近くにある一つの丸いボタンをカチッと押した。


「未来()()。こちらが現在の彼の様子です」


 押されたボタンに呼応して、バッと開かれたカーテン。見えるようになった窓の奥にいる生き物は、バスケットボールに小さくて細い黒い腕がついた、単眼の死人。


「土屋隆一郎くん。わたしたちが行なっているプロジェクト。それがこちらです」


 その死人を手で示した先生は、ニヤリと笑う。


「『死人は人間を殺すバケモノ』それを覆すことができるとしたら?」


「……それって、どういう?」


 理解が追いつかない俺の隣を、未来がすっと通って前に出て、ゆっくりとこちらへ振り向いた。


「死人と共存できる世界を作る、mutual(相互) coexistenc(共存)eの関係……『MCミッション』」


 未来の口から出た、『共存』という言葉。


「第一人者は彼女、相沢未来。それが、限られた人たちしか知らないわたしたちの研究です」

お読みいただいてありがとうございます。


以前名前だけ出てきましたが、国生あいか先生初登場です。

描いてる最中、ずーーっと未亡人感が拭えなかったのですが何とか描き切りました。


司令官は最後まで何も言いませんでしたが、心の内では色々思うこともあったかもしれません。


《次回 共に歩む》

未来さんは割とすごい人でした。

MCミッションについて細かいお話を。

よろしくお願いいたします。

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