第一一二話 呼び出し
前回未来と秀で死人のこととお互いの身内のお話を。
二人とも、家族はいないことを認識しました。
しんとした、という表現でいいんだろうか。
マダーを束ねている総本部。電車で上へ上へと続く電車に乗って、片道六時間の場所にある通称『死人死滅協議会本部』は、相も変わらず皆が疲弊していて、空気が暗い。
まあそれもそのはずだろう。
平和に見える日常の裏側で、毎日毎日人が死んでいる。その責任の所在を政府に問われる場所であり、常に死人の恐怖に晒されているのだから。
「俺こんな中まで入るの初めてだ」
あまりにも空気が重苦しく息が詰まりそうだったから、隣を静かに歩く未来に小声で話しかけた。
だけど、未来は俺に言葉を返すことはしなかった。ただそのまま真っ直ぐ行き先を見据え、険しい顔をしている。
一体どうしたってんだ。
少しおかしい未来の態度に、改めてこうなった経緯を遡って考えてみた。
秀との勉強会のあと、斎の鞄を持って行くのを理由にして、俺たちは一緒に研究所へと向かっていた。
だけど、途中で未来のキューブに本部からの通知が来たせいで、行くことができなかった。その内容が、未来に本部へと来るよう指示したものだったから。
それを見た数秒後、誰からか知らないが電話が入って、未来の明るかった笑顔が消えた。
電話を切ってからも何か真剣に考えていたようで、右耳を閉じるように手のひらで覆って数分。声をかけようか迷った時、唐突に、今から一緒に来てほしいところがあるとお願いしてきた。
なんだろうと思って了承したけど、何故かそれ以降、未来は一切喋らなくなってしまった。
ずっと何か思い詰めているようにしていて、だけどそれを口にすることはなく、俺には何を考えていて何の意図で本部の奥まで連れてきたのか、把握できていなかった。
まあなんであれ、未来の様子を見る限りはあんまり喋りかけないほうがいいのかもしれないな。
「一番」
俺たちの背中側から低いかすれ気味の男性の声が飛んでくる。
一言の話し声も聞こえなかった、先が見えないほど縦に長い部屋。ただ半透明の画面をポンポンと叩いたり、実験をするゴポゴポという音だけが聞こえていた中で、その声はよく通った。
振り向かなくても独特な声のせいか呼び方のせいなのか、誰かがわかるらしい未来は、ジト目になりながらその声の主の方を振り向いた。
「もうそろそろ名前で呼んで頂けませんか、四十万谷司令官」
司令官?
俺も振り向くと、一人の厳ついおっさ……五十代ぐらいの男性がそこに立っていた。半分ぐらいがまばらに白くなった黒髪を乱暴に後ろで一つに結ばれていて、眉間には深い皺が刻まれている。
「名前を覚えるのはどうも苦手だ。間違ってはいないだろう、文句を言うものじゃあない」
「それはそうですけど……もうマダーもあの頃よりかなり増えていますし、そろそろ順番で覚えていくのは無理があるのではないですか?」
「そうでもない。二番は長谷川凛子、三番は弥重凪、四番は杵島流星」
「では彼は?」
名前を順々に挙げていく四十万谷と呼ばれた男性に、未来は俺のことを手で指し示して言った。
「四十一番、土屋隆一郎」
「……はい。お初にお目にかかります、司令官」
で、合ってるよな?
名前覚えてんじゃん。とか心中で突っ込む余裕は無く、不安になって、会釈をした後で未来の顔を見た。視線に気づく彼女はこちらを見て軽く頷き、また男性へと顔を向ける。
未来が司令官と呼ぶからには、かなり偉い方なんだろう。あんまり下手なことしないよう気をつけないと。
「そう固くならずとも良い。四十万谷悠吾だ。普段は別のところで仕事をしておるから顔を合わせることは滅多にないと思うが、全マダーの管理と指示や統括を行なっている」
全マダーの……ってつまり、
「凪さんに指示を出してる人で、全国のマダーと死人に対する最高責任者だよ」
「いっ……!?」
やべ、変な態度とっちまった!
凪さんに指示を出していると言うところに強く反応してしまった俺は、血の気のひく感じを味わった。
そうだよな、凪さんは精鋭部隊のリーダーであるのであって、その上に指示する人がいても不思議じゃない。というか寧ろ、いて当たり前じゃないか。
やっちまったと恐る恐る司令官の方を見てみる。そしたら意外にも特に気にした様子はなく、見た目にそぐわない優しい微笑みをこちらに向けていた。
なんだろう、もっと厳かな人かと思ってたんだけど、未来のこの人への話し方といい俺への固くなるなという言葉といい、見た目が怖いだけで気さくな人なのかもしれない。
意外だってのは失礼だったか。
「しっかり説明するならば、一番上になるのは私だが現場のことはほとんど弥重に丸投げだ。奴は優秀だからな」
やれやれと言うように両手を体の横で広げた司令官。
彼はぽかんとしている俺に淡々と説明をしてくれた。
「関係性で言うなら私の下に弥重、その更に下に精鋭部隊、特別部隊が並び、その下に各都道府県の統括者。名前だけでほとんど死人の数の報告程度しか情報は回ってこんがな。最後に、高校生マダー、中学生マダー、訓練生と順になっておる」
「東京には司令官も凪さんもいるから、各都道府県統括者は不在。基本的には凪さんが受け持ってるよ」
未来の補足はありがたかったが、さすがに言葉ではわかりづらい。
俺の頭に浮かぶはてなマークを簡単に汲み取った司令官は、近くにいる研究員さんの机から紙を一枚取って、図に書き起こしてくれた。
「ざっとこんな感じか」
訓練生か、懐かしいな。
マダーとしてキューブに選ばれた時、とにかく最初にこの枠内へ入れられる。
戦闘に出ても命を落とさなくて済むようにどう立ち回ればいいかとか、どんなふうにキューブを使えばいいかとかを教えてもらうんだよな。確か、完全に習得できたやつから順で討伐に出られるようになってたっけ。
「君は確か同じ時期に入った子達よりもずいぶん早く戦いに出ていたな。どうだ、戦いには慣れたか?」
四十万谷司令官の言うその問いに、俺は少したじろいだ。
ただの質問に思わせておきながら、本質が別のところにあることに感覚で気づいてしまったからだ。
なんて言うべきだろうか。どう、言えば。
「……戦うことには慣れました。でも、戦いには慣れません」
何を言っているんだと思われそうな答えだけど、結局、それ以外に答えられなかった。
彼が真に問いたかったのは、恐らく『仲間を見捨ててでも国を守る覚悟ができたか』ということ。
その覚悟もないまま能力値だけを認められ、すぐに訓練生を卒業した。まだ小六だったにも関わらず中学生マダーの枠に入った俺のことを、この人は覚えているのだろう。
そんな俺を見て何か察したのか、司令官はふっと静かに笑い、目を細めた。
「君は優しいな」
……間違った、のかもしれない。
やんわり言う司令官だったけど、国を守るために仲間を捨てられない俺に、『それでいいと思うよ』とあのとき言ってくれた未来と違って、彼は『それでいい』と言ってはくれなかった。
「さて、立ち話も疲れただろう。呼び出した張本人が来るのが遅れているものでな。待ってる間に部屋に茶でも飲みに来るがいい。美味しい茶葉を見つけたのだ」
俯く俺には何も言わず、司令官はそれが生き甲斐であるかのように紅茶について語り始めた。
隣で話を聞いていた未来からも声をかけられることはなかったが、代わりなのか、優しく笑って頷いてくれた。
その様子に救われながら、俺は置かれた図面をもう一度見る。
この司令官の次に偉い人が、凪さんってことになるんだよな。
俺そんな人から訓練受けてんのか。
未来を守る名目の元、知り合いのよしみとかみたいなものもあるんだろうけど、改めてありがたいと思う。
ふと、その下にある『特別部隊』のことが気になって、紅茶の話が全然終わりそうになかったので申し訳ないが遮って聞いてみた。
「なかなかやるじゃないか」
話を聞かず質問したにも関わらず嬉しそうな反応をするこの人は、マジで堅苦しい関係は嫌ならしい。
「特別部隊についてか。まあ簡単な話だ。他のどこにも入れられない特別なマダーがそこに入っているんだよ」
「特別なマダー?」
思い当たる人がいない俺に、司令官は何を迷っているんだと言うように、笑いながら腕を胸の前で組んだ。
「いるだろう、君の横にも」
「え……」
俺の横って、まさか。
「未来……? お前っ、ここに入ってんの!?」
驚きを隠せず直接聞いてきた俺に、未来は目を泳がせた。何度か俺の方を見ては目を外らす仕草を繰り返した後、司令官の方を若干睨むようにして文句を垂れる。
「言わないでくださいよ……」
「なんだ、隠していたのか?」
「変に意識されるのが嫌だったので」
はあ。とため息をつく未来は、もう言い逃れはできないと知り、端的に理由を口にした。
「私が一番マダー歴長いからね。経験的意味合いで変なところに入ってるだけだよ」
超納得。
……まあ、未来が隠してたってことは、それだけではないってことだろうけど。もしかしたら凪さん同様何かしらの権力があったりするんだろうか。
「なあ、てことはさ、二番目にマダーになってる長谷川とかも?」
長谷川もそうなら聞いたら教えてくれるかもしれない。
「ううん、凛ちゃんは家の薬のこととかがあって、本部にはなかなか足を運べないからそこには含まれてない。隆と同じ中学生マダーの括りの中にいるよ」
「……ざんねん」
「え?」
「や、なんでもない」
中々思うようにはいかないもんだな。
「あと他にも何人かいてな。今日呼び出した本人の助手も」
司令官が更に教えてくれようとした時だった。
「ごめんなさい遅れちゃいましたぁ」
俺たちの後ろからこちらに急いでやって来る一人の女性。大量の資料の束を胸に抱えパタパタと焦ったように走ってきた人物に、俺は更に驚かされた。
「国生先生?」
その人物とは、この間未来に言われ俺が初めて知った大人のマダー。
学校の保健室で仕事をしているイメージしかない国生あいか先生だったからだ。