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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
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第一一一話 身近な死者

前回、相も変わらず人が死んでいく日常を改めて知らされ、自分がキューブを改良できていないからだと、斎は自分を責めました。

 挿絵(By みてみん)


 焦って辛そうな斎が唐突に帰ってしまったこの日の放課後のこと。


「秀ー」

「秀さん、ごめんなさいー。よろしくお願いします」


 未来が畏まってら。まあしょうがないか。

 しょんぼりとしながら秀を見てる理由が、


「再補習って全く、もうちょっとこっちにも力を入れなよ」


 そう、それだから。

 斎のために放課後研究所に行くのを、少し遅くした方がいいかもしれないという秀の考え。

 ならば自分はと、阿部だけは斎のリラックスをさせる目的で先に研究所へと向かってくれた。

 で、時間があるからという理由で、秀は自ら未来の勉強を見てあげると話をもちかけてきたわけだ。本館から離れた自習部屋で、未来が一週間後に控えた二回目の補習のために。


「めんぼくないです……」


 せっかくだから俺も一緒に混ぜてもらってできれば教えてもらいたかったんだけど。

 まあ案の定無理だったというか。あまりにも未来の勉強がマズいらしく、こちらに手を回せるほどの余裕は無いようだった。


「はい。一日の作業リスト。それと、相沢が苦手そうな所の纏め。これだけやれば、成績ちゃんと上がると思うから」


 あははーと苦笑いしていた未来に、秀が何枚かの紙を乗せたノートを机に置いた。

 ……すげ。未来が鍛錬に使う時間と生活の時間。それを踏まえた上で、空き時間使ってできるような勉強の内容書いてくれてんのか。じゃあこっちのノートはなんだろう。

 その下にあるノートも気になって、一枚めくる。

 すると、ビッシリ。だけどわかりやすい色使いで、単元ごとに分けられた未来専用の勉強ノートになっていた。


「お前意外と世話焼きだよな」

「意外と、は余計」


 ジト目でこちらを見る秀に、俺も未来も少し笑って、勉強するべくまた自分のノートへと目を落とした。


 静かな空間にカリカリとペンが紙をなぞる音が心地いい。暫くして、ついウトウトし始めてしまった俺に、未来は「寝ててもいいよ」と言ってくれた。

 どうしようか。でもある程度まで復習を終えてしまったし、今回は厚意に甘えて少し寝ることにしようか。

 だけど、寝る体勢に入ると何故か逆に寝付けず、机に突っ伏して静かに待っているだけになってしまう。面倒な体。

 目を閉じて程なくすると、ズルズルと何かが這うような音を聞いた。

 なんの音だ?

 気になって少し目を開けると、おキクが未来のキューブの中から出てきているのが見えた。

 もちろん、頭は上げてないから重ねた自分の腕の隙間からだ。


「おキク、また大きくなった?」


 秀の少し驚いたような声に、俺も突っ伏したまま未来の返答を待つ。


「大きくなったよー。この間身長測ってあげたら、六十センチになってた」

「ろく……っ?」


 驚きを隠せない秀に、未来は笑う。

 成長したからなのか、最近になって、おキクは『鳴き声』を発するようになった。家でも未来に甘えているときは、特によく鳴いていたりする。

 今も『きゅぅっ』という可愛らしい声がしてるから、見えはしないが、未来は多分その巨体の頭を撫でてやっているのだろう。


「土屋、寝たのかな?」


 秀が動かない俺を見たのか、つんつんと髪を引っ張ってくる。


「かもね。ずっと頑張って鍛錬続けてるから、疲れてると思うよ。本当に、毎日よく頑張ってる」


 待て、そういうのは俺が完全に寝入ってから言ってくれ。照れるだろ。


 そう思ったとき、秀が少し聞きにくそうな、微妙な間を空けて未来に話を振った。


「ねぇ相沢。ひとつ聞いてもいい?」

「うん?」

「相沢ってさ、家族はどうしてるの」


 その秀の質問に、自分の体がぴくっと跳ねてしまいそうになるのを必死で抑えた。

 なんでそんなこと聞くんだ。


「どうして?」

「うん、聞こうか迷ったんだけどね。えっと……」

「もしかして、隆のこと?」


 言ったはいいが切り出しにくそうな秀に、未来は俺の予想しなかった答えでその先を促した。

 俺のことって、なに?


「そう。去年大阪の学校から転校してきて、そのときからずっと土屋と一緒に住んでるんでしょ? その、なんていうか。幼なじみと言えど思春期の男だからね」


 しまった。前に未来のちょっとした色気を感じて赤面してたことをコイツ覚えてやがったんだ。


「んー、そうだよね。考えないようにして、ズルズルお世話になっちゃってたけど、やっぱり潮時かなぁ」

「土屋に言わせてみれば、余計なお世話だって話かもしれないけどね」


 まあ、確かにこうして寝たフリしてなかったらうるせぇってまた突っぱねてしまいそうだ。

 でも正直なところは、秀の言う通り。普段は何とも思わないけど、ふとした瞬間未来に『女性』を感じてしまう事が増えた。特に、その……風呂上がり、とか。


 ――あああ思い出させんじゃねぇよ!!


 頭をぐしゃぐしゃして恥ずかしさを紛らわしたい。動く訳にはいかないけど!

 つまりだ。それが事実である以上、俺は秀の心配を完全に否定することはできない。というか、寧ろ俺から切り出すよりもこっちの方が未来へのダメージが少ないか?

 いや、でも。未来がうちを出るという決断は、きっと……


「私ね、家族いないんだ」


 なんでもない事を話すような明るい声で言う未来に、秀は言葉を失った。


 そう。それが、未来がうちを出る事を考えにくい大きな一つの理由だ。


「私の目が青かったのが怖くてか、周りの人からの目が嫌だったのか、私が幼稚園の頃に捨ててどこかに行っちゃった」


「……」


「隆のお母さん、由香(ゆか)さんっていうんだけどね。そのとき私と隆が行ってた幼稚園の先生をしてたんだけど、ずっと迎えが来ないのを気にして電話してくれたらしいんだ。だけど、その電話番号はもう繋がらないようになってたんだって。

 それで何が起きたのか気付いてくれた由香さんが、元々は親同士仲が良かったのもあって、うちにおいでって言ってくれて」


 俺も小さかったからよく覚えてないけど、多分、母さんは未来のために泣いてくれてたと思う。


「その後から、土屋家が東京に引っ越すまではお世話になってた事もあって、私がこっちに来たときも快く歓迎してくれたんだ。

 だから……こう、なんて言うのかな。土屋家が、私の家、私の家族……みたいな感じなのかもしれない」


「そうか。考えたこと無かったけど、相沢と幼なじみってことは土屋も元は大阪にいたんだよね」


「そうだよ。だからツッコミとか激しいでしょ?」


 ふふっと笑う秀の声を聞いて、認識していなかった事実を知る。

 え、俺ツッコミ激しいの?


「じゃあ、土屋がこっちに越してきた後は? どうしてたの?」


「あ、えっと……」


 口ごもった未来に、俺は今起きたようなフリをして助け舟を出そうかと一瞬迷った。だけど必要なさそうだ。


「ごめん、デリカシーが無かった」


 秀が即座に謝ったのは、主人の困った様子を瞬時に察したおキクが、少し威嚇するようにグルグルと鳴いていたからだろう。


 秀、ごめんな。

 その辺りの話は、未来にとって……多分、一番思い出したくない記憶なんだ。

 所謂、年中長袖を着なければいけなくなった理由になるところだから。

 だから、そのまま、そっとしといてやってくれ。


「両親については、風の便りで、その逃げた先で死人に殺されたって聞いたよ」


 話の主旨は変えないまま、未来は言いたくないことを端折(はしょ)って言った。


「そっか」


「うん。実際に死んでるのか、生きてるのか、その真相は私は知らないけどね。確実なのは、私に残ってるのは相沢未来って名前だけだってこと。父親も母親も兄弟も、私にはいないんだよ」


「……同じだね」


 秀は静かに未来の答えに言葉を返した。


「僕も、親を死人に殺されてる」


 ――初耳だ。


「そうだったんだね」

「うん。元々、斎と研究室に泊まり込みとかもよくしてたこともあって、両親が死んでからは、そのまま研究室の寮に住まわせてもらえることになってね。その後にマダーになったんだよ」


 俺も聞いたことの無いその話を、寝たフリで聞いてしまっていて良いのだろうか。

 少し気が引けたが、今更起きてましたなんて言えそうな空気でもない。ビビる俺はそのまま聞きに徹することにした。


「やっぱり、キューブに好まれるのって何かしらの理由があるみたいだね?」


 未来が考え込むように、んーと唸って言った。


「どうやらそうみたいだね」


 話しながらも、まだペンを握っていたらしい秀が机にコツンと置く。耳が机に近い俺にはかなり大きな音がしたように聞こえたが。


「夜に出歩かなければ死人と対峙しないはずなのに、なんで死者は減らないんだろうね。建物内にいれば、マテリアルで守られて安全なんじゃないのかって、時々訳が分からなくなるよ」


「私たちの知らないところで、何が起きてるかなんて分からないものだよね」


 家庭の話だったのが、お互いの環境を知った故か、徐々に話が大きくなっていく。


「こうやって、死人に怯えて暮らしてるのが日本だけだなんて、それだって私たちには考えられないことだよね」


「ああ、外国には死人は存在しないっていう話?」


「そう。ごみ問題をキチンと解決できた外国と違って、根本的解決をしないで『ゴミ箱』を作ってしまったから日本で死人が生まれたっていう仮説」


 昔は不法投棄なんかもよくあったらしい。そんな事したら、今だと死人が溢れ返っちまう原因になるから、滅多に見ないけど。


 年々増え続けるゴミを捨てる場所が無くなって、適切な処理をしようとしても限度がある。発生する量に対して焼却や埋め立てが追い付かなかったりするんだそうだ。

 ならばもう、焼却も埋め立ても必要のない圧縮するだけのゴミ箱を作ってしまえ。それならかかる金も土地も必要ない。細かく分解する必要もない。っていう考えの元、最終的にこうなったって話は、両親から聞いたものだ。


 ただ、あくまでも仮説であって、その他にも要因はあるのだろうとは言われているが、やはり情報が少なすぎて実際の事はわからないらしい。


 秀はため息をついて話を続けた。


「世界の方からこの国を助けに来てくれることは、まぁないだろうね」


「みんな自分たちの命が大事だもの。赤の他人の業のために、わざわざ力を貸そうという気にはならないと思うよ」


「……話が逸れちゃったね」


 命の(くだり)になって、主旨がズレてきていたことに気付いた秀から、ゴソゴソと動く音が聞こえる。足元に置いていた自分の鞄に、出していたノートとかを片付け始めたようだ。


「でも、ついさっきまで一緒にいることが当たり前だと思っていた人が、一瞬にしてそうでなくなってしまうっていうのは……もう、経験したくないよ。自分の目の前でも、自分の見えないところであっても、ね」


「うん。こうやって学校にいる間はなんにも思わなくて済むけど、実際は、明日も同じように過ごせる保証なんて無いんだよね」


 そう答える未来に、秀は片付ける手を止めて静かに聞いた。


「それでも相沢は、死人が大事なんでしょう」


 それを聞いたおキクが、不思議そうな声で少し鳴いた。未来がくすっと小さく笑って、「おいで」とおキクに声をかける。


「この子たちは、ただ、自分の哀しみをわかってもらいたいだけなんだよ。だからそれを、きちんと受け止めてあげたいんだよね」


 猫のようにゴロゴロと喉を鳴らすおキクは、やはり未来の事が大好きのようだった。


「そっか……うん、相沢らしいよ」


 未来の気持ちを受け取ってくれた秀はそれだけ言って、ガタッと椅子を鳴らした。


「で。土屋君はいつまで寝たフリをしてるつもりですか?」

「ぐえっ!!」


 唐突に感じる首から上へのズシッとくる重たい物体に、つい変な声を出してしまう。


「え、起きてたの?」

「最初から起きてたと思うよ。ねー、つーちーやー君?」


 どうにかその重たい何かを持って頭を上げる。そしたら少し呆気に取られたような未来と、ジト目でこちらを見ている秀の顔が目に入った。

 ちなみに俺が持ち上げたのはどうやら斎の鞄らしい。スクールバッグとは思えないほどの重み。研究関連の物が入ってるんだろうけど、一体何がどれだけ入ってるんだろう。


「悪かったって……タイミング逃しちまったんだから仕方ねぇだろ」

「僕が寝たのかな? って言った時点で起きてるって言えばよかったでしょ」

「うっ! さ、さーせん……」

「土屋は盗み聞きが得意っと」

「は!? まて、そんなつもりじゃっ!」

「隆、もうちょっとちゃんと謝っといた方がいいかもよ?」


 くすくすと笑いながら片付けを始める未来に促され、仕方なくもう一度秀に謝った。しっかりと、体が九十度に曲がるくらいまで深々と。

 何が面白かったのかわからないが、そんな俺に秀は珍しく、目が無くなって見えるほどに、声を出して笑っていた。

お読みいただいてありがとうございます。


《次回 呼び出し》

この日の放課後、斎のところへ行こうとしていた隆一郎は未来に連れられあるところへ。新キャラ登場です。

よろしくお願いいたします。

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