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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
114/287

第一一〇話 見知らぬ死者

前回は隆一郎の頭の中が未来とカツカレーでした。

 挿絵(By みてみん)


「暑い」


 朝の学校までの登校時間、ずっとそれしか言わない俺に、さすがに呆れてしまったのか未来がため息をついた。


「言っても変わらないってば」

「わかってっけど、暑いもんは暑い」


 5月に入ってすぐとは思えないほどの気温に必死に耐えようと、制服のネクタイを緩めながら襟元を持って服をパタパタと揺らす。

 燦々(さんさん)と。なんて爽やかな表現ができるぐらいまででいいっての。


「……多分、今日だよね」


 未来が縮こまるように鞄を胸に抱いて小さく俺に確認を取った。


「だと思うよ」


 俺も確信を持って答えることはできないけど、ほぼ今日で確実だろう。

 特別な高揚感のあった球技大会も終わって一週間。もう普段の日常に戻っていた俺たちを、やっぱり日常に戻りたくないと思わせるような授業1時間目。


 話している間に学校に着いて、教室に行くより先に体育館へと向かう。


 もう結構みんな来てるな。やっぱり今日か。


 体育館に生徒が集まってきているのを確認だけしてから教室へ鞄を置きに行き、すぐに出てはまた未来と一緒に体育館へと戻る。


 今から数分経たないうちにここで行われるのは、恐らく、俺たちが一週間の授業のうちで誰もが一番受けたくないと思っている授業内容だ。


 未来にまた後でと手を振って、自分のクラスの奴らが並んでいる列の最後尾に立ったとき、ちょうど校長先生が前に出てきた。マイクを持って、神妙な面持ちで「静粛に」と静かにするよう促した。


「今週の死者を通達します」


 ここ一週間の死者の名前と死因を、ゆっくりと校長が読み上げていく。

 一日に死者が出ない日は無いと言われるほど、この街では人が死ぬのが当たり前。だから一週間のうちのどこかの一限目に、こうして纏めて知らされている。


 毎週毎週の事で、もういい加減慣れなければいけないけど、それでもやっぱり、告げられる度に自分に(かせ)が増えていくような感覚に陥る。死の運命から人を守ることができていないという、重たい枷が。


 だけど、去年死人がエイコやナツを残酷なやり方で殺したのを目の当たりにしてからだろうか。段々とその枷が増える感覚も薄れていっているようにも感じる。

 何よりあの時は、同じように校長に告げられていたこの時間、吐き気がしてならなかった。それなのに、今ではその気持ち悪さを感じず、逆にもっと頑張らなければという動力源になっている。

 それが、喜ぶべきなのか、戒めるべきなのか、死者に対する気持ちが麻痺してきてしまっていることを実感して、俺はどうにも、自分のことが好きになれない。


「黙祷」


 公表し終えた校長の声を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。


 顔と名前の一致しない人達。自分が関わってきていない赤の他人ではあるけど、それでも、どうか安らかに眠れるようにと祈る。

 誰が犯したかもわからない罪が、自分に関係がある無しに関わらず、その身に降り掛かってくる世界。そんな世界において、ただゴミ箱から生まれた死人を狩るだけの俺たちが守れる範囲なんて、たかが知れてる。

 死人を生まれさせないという、根本的解決ができていないのだから、当たり前なんだ。


 ごめんなさい。

 殺されてしまった無関係の人達。

 どうか安らかに。





 非日常から日常に戻すような儀式を終え、話し声もほとんどしないで教室へと戻る生徒たち。そんな重い空気の中で、ふざけた猫耳のカチューシャを着けている男は、鋭い目付きで透明のパネルのキーボードを叩いていた。


「斎。(つまず)くぞ」


 心配になって声をかけるものの、聞こえないフリをしているのか、それとも集中しすぎて聞こえないのか、斎は俺の言葉にはなんの反応も示さずにそのまま作業をしながら歩いていた。

 頭に着けた思考コピペ君に、無駄な記録をさせたくないのかもしれない。

 だけど、日に日に斎が研究関連のことをしている時間が長くなっていっているのを見ている俺は、どうにも彼への心配ばかりが募る。

 いつか、誰も気が付かないところでぶっ倒れてしまいそうな気がして。


「ダメだ」


 そんな風に思っていた最中(さなか)、階段の踊り場で、斎が小さく言ってその場で立ち尽くした。


「どうした?」


 声をかけて様子を伺うも、また指先で自分の唇を縦になぞるように動かしていて、何か考えているのだと予想がつく。

 後ろからゾロゾロとくる他の奴らの邪魔になってしまわないように、斎の思考を遮らないように、端っこの方へと体を押して移動させた。どうしたと何人かの声をかけてきた奴らには、大丈夫だと伝え、ジロジロと見てくる奴らの視線が斎に刺さらないよう少し前に立った。


 数分そうしていた後、階段を上ってくる未来たちを視認した。未来を挟むようにして隣に長谷川、加藤。後ろには、なんでもない時には相変わらず無表情でいる秀が阿部と並んで上ってきていた。


 未来たちもこちらに気付いたようで、もしかして? と言うように、彼女は自分の口に人差し指を当てた、しー。というジェスチャーをする。

 それに対し、俺もコクコクと何度か頷くと、秀に伝えてくれたみたいで、秀はその団体から抜けてこちらへと急いで駆け上がってくる。


「ありがとう」


 小声で俺に礼を言う秀は、斎の隣で壁に背を着けて様子を伺った。未だにチマチマと指を動かしては顔を上げない斎に、大丈夫だろうかと俺が顔を近付けた刹那。


「いや。やっぱり、ダメだ」


 それだけ言った斎は、唐突に顔を上げて秀の方を見る。


「俺、今日帰る。研究進めなきゃ」

「え?」


 さすがに驚いた秀が止める間もなく、斎はキーボードのついた透明のパネルをいつものサイコロの機械の目を押して片付けた直後、ダダダと階段を凄い勢いで駆け下りていった。


「焦ってるね。あの状態の斎には何を言っても無駄だから、このまま帰らせた方がいいよ」


 焦っているというのは多分、さっきの死者の読み上げがあったからだろう。


「大丈夫か、ひとりでも」


 その場に残された俺たちには心配するしか手立てがないらしく、斎のことをよく分かっている秀の助言に従うことにする。


「多分、どちらかと言うとね。今は……ひとりにしてあげた方がいいと思う」


 そう言いつつも、心配でたまらないというような表情をする秀に俺たちも不安が拭えないまま、もうすぐ予鈴が鳴るはずだしと、遅れないように教室へ急ぐ。


「あのさ、キューブの……上手くいってないのか? 未来のバスケの動き見て、なにか閃いてたんじゃ?」


「ん、どんな風にするかの方針は決まったんだけどね。それをカタチにするのってすぐにできるものじゃないんだよ。

 例えできたとしても、そこから実験に実験を重ねて、使用者が危険にならないかとか、途中でバグが出たりして逆に危険に晒されないかとか、色々考えなくちゃいけないしね。

 だからなんていうのかな。その……できるはずなのにできないもどかしさと、そのせいで沢山の人が死んでるんだって、自分を責めてしまっているんだと思う。斎は悪くないのにさ」


 憂いを帯びた顔でそう話す秀は、前だけ向いて俺たちの方には一切視線を向けない。ただ、考えを整理しながら伝えてくれるその言葉は、斎の気持ちでもあり秀の気持ちでもあるように感じられる。


「でも、手を抜けなんてさ、言えないじゃない?

 だから今は、斎が他の事は気にしなくて済むように、それ以外の研究と業務は僕が全部請け負うようにしてるんだ」


「それ、お前は大丈夫なのか? かなりの負担なんじゃねぇの?」


「平気。斎に比べたら造作もないよ。むしろ、心配のせいでどうにかなっちゃいそう」


 力なく笑う秀に、俺たちの後ろで未来の隣を歩く加藤が、んーと唸る。


「ワシら一般人がこうして生活できるのも、キューブあっての事じゃからなあ。余計に焦るのかもしれんな」


「うん。多分、もっともっと改良して、それこそ死者の出ないようにするつもりだと思うよ」


「その為にはキューブを扱う私たちも、もっと強くなる必要があるね」


 少し明るく言う未来の声に、秀の表情が少し緩んだのを見ると、精神面では斎ほど思い詰めている訳では無いらしい。


「そうだな。未来、今日も頼むわ」

「うん」

「ん、何かしてんの?」


 後ろを振り向いて未来に言う俺に、長谷川が興味を示したようだ。


「鍛錬。最近は晩メシの前に、未来に見てもらいながら例の課題のやつやってんだよ」


「土屋君、頑張ってるんだね〜」


 阿部にほんわか優しい笑顔でえらいえらいと褒められ、なんだか小っ恥ずかしい気持ちになったとき、予鈴のチャイムが聞こえてみんな少し駆け足になる。


「どう? つっちー倒せそうなの?」

「んー、もう少しかなあ? でも隆、最初に比べてかなりいい感じになってきたよね。このあいだ一発当てられたもんね」

「マジ!? あの弥重さんに!?」


 珍しくビックリしたような大声で俺に聞く長谷川に、いやいやとぶんぶん手を振って否定する。


「確かに当てられたけど、凪さんじゃなくてロボ凪さんだから! 本人じゃないし、しかも喜び過ぎてその後すぐやられる始末」


「全然ダメじゃん」


 コイツまたっ!!

 変わらずズバッと言う秀に、心を滅多刺しにされた気分だ。


「弥重先輩ロボもだけど、その前に相沢もいるわけだし。まだまだ弥重先輩本人のところには到達出来なさそうだねー」


「なあ!? 前も言っただろ、オブラートが欲しいですよ秀さん!!」


「やなこった。土屋には遠慮しないって決めてるもん」


 ニヤニヤしながら言う秀。

 そんな俺たちを見て皆が笑う。

 コノヤロー、全員覚えとけよ。絶対期限内にロボ凪さん倒して、いつか未来も守れるぐらい強くなって、そのうち本物にも一発ぐらいはコブシ当ててや




「隆は、私なんかすぐに追い抜くよ」




「……え?」


 不意に言われた未来のその言葉に、俺はつい足を止めて聞き返す。

 だけど未来はその詳細を言うことは無く、ただ笑顔を俺に向け、同じように不思議に思っているような表情の長谷川と阿部と一緒に数メートル先にある教室へと小走りで消えていった。


「相沢さんは、お主に期待しとるようじゃのう」


 あいつの反応を見てか、加藤はニヒッと子どものような顔で笑う。


「土屋。タメになるかはわからんが、柔道なら教えてやらんこともないぞ?」


 加藤がする提案に、若干だが俺は少し興味を持った。


「あー、そうだな。ありかもしれねぇな」

「なんじゃと!? ワシにも力になれることがあったか!!」


 自分で言ったんだろ、おい。


「能力に頼りっきりじゃ倒せないことも身に染みてるし、色々ワザを覚えとくに越したことはないからな。今度頼むわ」


「くぅっ! ようやっと、ようやっと役に立てるんじゃぁああ!!」


 叫び始める加藤に、秀はうるさそうに手で耳を塞ぎながら「加藤君は優しいね」と言う。

 ちなみに、俺も同じ反応をしたいぐらいコイツの声はデカい。


「そうではない! そうではないが、守ってもらうだけなのは性にあわんからのう! こんなにも嬉しいことは」

「はいはいわかった。じゃあさっさと教室にはいろうなー」

「ぎゃああっ」

「いっ!?」

「いたっ」


 バシッバシッバシッという教科書で頭を叩かれる音が鳴り、三人仲良く後ろから来た世紀末先生のお叱りを受けた。

 なんでかって……話に夢中になりすぎて、本鈴がなった事に全く気付いていなかったから、だ。

 やっちまった。けどそれで思い出した。

 帰り際に、斎の鞄を研究所まで届けてやらねーとな。

お読みいただいてありがとうございます。


鍛錬で強くはなっても減らない死者。しかし彼らに対しての思いの変化が、この一年未満の間に隆一郎にはあったようです。


斎君はかなり焦り気味。以前はわいわいとみんなで笑って喋っていた彼は、今日は一切笑いませんでした。

隆、また飴ちゃんあげたってーや。


《次回 身近な死者》

この日の放課後、珍しく、未来と秀ふたりで話をします。

よろしくお願いいたします。

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[良い点] ちゃんと授業は受けないと駄目だと実感しますね……
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