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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
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第一〇八話 デスゲーム②

前回デスゲームと呼ばれる非現実世界で隆一郎と未来が手合わせを。体力を半分以上削ることはできたものの、隆一郎はやはりまだ未来には勝てませんでした。

 挿絵(By みてみん)


「あーくそっ! ゲームオーバーか」


 舌打ちをしながら頭につけたクマ耳のカチューシャを外して項垂れる。

 最後のライフル……木製銃っていうからには、つまりストックの部分が木なだけの現実にあるライフルか。

 んなもんぶっ放すんじゃねーよ。


「もう少しだったのに……」

「残念でしたー」


 俺の隣にあるまん丸の機械の中から聞こえる未来の声は、扉が閉まっていて顔は見えないが、きっと楽しかったのだろう、かなり明るかった。

 まあ、勝ってなんぼのゲームだし、そりゃ勝てたら嬉しいよな。


「しかしこのDeath game(デスゲーム)ってのは面白いよな。ゲーム内の空間に移動すんのは自分の意識とキューブのデータだけ。現実の体に影響与えることなく本気でやり合いができるっていうのはかなり有難いシステムだわ」


 喋りながらよっこらせと革製の椅子から腰を上げ、狭くて暗い空間から出ようと外に出るレバーを下げる。ウィーンとゆっくり開く扉の向こう側には、既に出てきていたらしい未来がいた。自分が入っていた、このゲーム内に入るためのクマの形をした白い機械をじっと見つめて。


「痛みも苦しいのもあるからリアリティーあるしね。体力ゲージのメーター量と実際の自分の体感だと、もう少しある様な気がするけど……」


 じっと。


「ああ、ゲーム内だともうすぐ死ぬよーの赤いランプがついてても、現実の体だったらまだ死なないレベルだろうなってこと?」


 じーっと。


「でもステージ選択ができるのはいいなあ。木たくさんだったねぇ、森みたいだった」


 じーーっと。


「森で設定しただろ最初に。てかお前さ」


 じーーーっと。


「花作って一面花畑にしてくまさんに駆け回ってもらいたいなぁ」


 じーーーーっと。


「おい」

「のんびり日向ぼっことか楽しそうだなぁ」


 じーーーーーーーー


「そろそろ戻ってこい」


 ぽかっ


 軽く手の第二間節で未来の頭を殴る。

 はっと我に返ったような反応を見せた未来は、クマから目を離してやっとこさ俺の方を見た。


「なんの話だっけ」

「いや、なんとなく言いたいことは伝わったからいいよ」


 会話が成立しないぐらいお前がこの可愛らしいクマに見惚れてたってことがな。

 とはいえ、未来がぼーっとしている理由はそれだけじゃない。


「休もうぜ。時間見てみろ、最初にゲーム内に潜ってから既に4時間も経ってる」

「わ、ほんとだ。結構長い間やり合いしてたね」

「そうみたいだな」


 ふわふわとした足取りで歩く未来の手を引きながら、ゆっくりと休憩スペースまで移動してやわらかい背もたれ付きのソファーに座らせる。近くにある売店の店員のおばちゃんに、後で食いにくるからと言う理由をつけて先に水をもらうと、心配そうに小声で話しかけられた。


「未来ちゃん、またかい?」


 ふくよかな体型と少ししわがれた声、何より未来のことを可愛がってくれるこのおばちゃんには、何とも言えない安心感があってついついなんでも言ってしまいそうになる。


「ああ、ゲームの後は決まってあんな感じだな」


 どうも未来はあの機械と相性が悪いらしく、バトルを終えて現実世界に戻ってきてからしばらくは、ふらふらとしていて足元がおぼつかない。長く潜れば潜るほどその症状は顕著に現れて、今回は特にいつもより長くやり合いしていたから特にそう思う。


「俺はそんなに変化ないけど、未来の場合素体でも十分強いからさ。現実の体の感じと、意識下の動きの感じが完全にはマッチしてないんだと思うんだ。もしかしたら結構負担になってんのかもしれねぇ」

「それでもおめえさんのために自分から付き合うって言ってくれんのかい。優しいねぇ。感謝を忘れるんじゃないよ?」

「うっせぇ、わかってるよ」


 優しいのなんて、ずっと前から知ってるよ。


 水の入ったコップだけ持って、お礼を言ってから未来の待ってる方へと急ぐ。

 俺が近くまで来ても背もたれに頭を預けて天井を見上げていて、こちらに気付く様子は全くない。


「未来、大丈夫か」


 未来の前にある机に水を置いて横に座って声をかけると、頭は預けたままゆっくりと顔を動かした。

 そして、ほんのりと笑う。


「大丈夫。お腹すいたね」


 ……ぼーっとしてるけど、平常運転だ。よかった。


「水飲んだら昼飯にすっか。もう1時だぞ」

「お昼?」

「そう、昼。13時」


 少し体を起こして座り直した未来に水を手渡して、おばちゃんに言われたからではないけど、様子をみながら礼を言う。


「ありがとな。いつも鍛錬付き合ってくれて」


 ちょっとずつ水を口に運ぶ未来は、少し視線をこちらに向けて小さく頷いた。


「覚えてる? 隆。去年の今頃……もう少し後かな。地下の鍛錬場で私と手合わせしたの」

「俺が5分ぐらいしか耐えられなかった日のことか?」

「そうそう。すぐにやられちゃって」

「覚えてなくていんだよそんなこと」


 早朝の鍛錬を始めた最初の日、ほとんど何もできずにすぐにボロボロにされたあの日のことは、忘れられるはずがない。


「対人戦、強くなったよねー」

「でもまだまだ。未来にはやっぱり勝てないし、追いつけてない」

「経験の差ぐらいのものだよ。さっき私パワー負けしたじゃないの」

「……まあ」


 パワーでしか、だけどな。


「あの日さ、隆パラメーター見せてくれなかったね。今でも見せる気はない?」

「キューブから表示できる身体能力のやつだろ? 悪いけど、見せるつもりはないね」

「頑なだなぁ」

「全部Sだったお前には見せられるレベルじゃないんですー」


 いじけた様に言ってみせると、未来はだんだん調子を取り戻してきたのか、ふふっと笑った。

 腹は減ってるみたいだし、もうそろそろ食えるかな。


「昼飯何食う? 買ってきてやる」

「ありがと。単純に運動の後だったら」

「タンパク質」

「そうそう。だけど今回は動いたわけじゃないからね。ちょっとお腹に優しいものが食べたいなあ」


 お腹に優しいもの、ね。


「おっけ、適当に見てくるわ。もう少しゆっくりしてろ」


 空になった水の入っていたコップを受け取って、売店へと戻る。


 あ、財布持ってこねぇと。

 基本飲食店なんてもうどこも現金で払うところはないのに、ここだけは未だに変わらないんだよな。


 少し売店から逸れてロッカーに入れてある小さな財布を取り出してから、壁に無造作に貼られたメニューの紙を見に行く。


「未来ちゃん食べられそうになったかい!」


 ジュワッという揚げ物の音といい匂いが漂う中、おばちゃんはかっかと笑いながらトンカツを油の中から引き上げてきた。

 いいな、カツ。


「多分な。悪いんだけど、できるだけ胃に優しいの作ってもらってもいいかな。ちょっとメニューの中にあるやつは今の未来だと食べられそうにないや」

「あん? あたしを誰だと思ってんだい、勤務歴8年目のベテランシェフ恵子(けいこ)ちゃんだよ? 遠慮なんざいらねぇさ、美味くて体にいいもん作ってやるよ」


 頼もしいなあ。


「アレルギーはないね。隆君は何食べるんだい、成長期なんだからたっぷり食いな!」

「普通でいいっつの。カツ食いてぇかな。トンカツ定食頼んます」


 と言ったそばから奥の方からいい匂いがしてきた。

 食欲を掻き立てるスパイスの香り。

 ……やべぇ、超美味そう。


「うまそうな匂いがするだろう? あたしがいるときしか食べられない限定カレーさ」

「限定……」


 待て俺。俺はカツが食いてぇんだ、今回はカレーじゃないんだよ。


 だけど、気になるぐつぐつと煮込まれる音の根源。

 美味そう、美味そう、美味そう。


「今を逃すと暫くは食べられないかもねぇ」

「ぐっ!」


 ジュウッと油の中から、もう一枚熱々のカツが顔を出す。

 包丁で切られるザクッザクッという音。


「本当にカツでいいのかい? うん?」


 ニヤニヤと笑いながらおばちゃんはカレーの鍋のお玉をとる。

 一周混ぜた時にふわりとくる美味そうな匂いにごくりと喉を鳴らす。


 皿に乗った真っ白な炊き立ての米に、大きめに切られた野菜ととろっとした艶やかなルー。

 そこに、とんっと、今揚がったばかりの切られたトンカツを乗っけて。


「ほい、お待たせ」

「……へ?」


 その神々しい完成されたメニューは、迷わずコトンと皿を置く音と共に俺の前に現れた。


「毎日頑張ってる隆くんへの、あたしからのプレゼント」

「い、いいのか? カツカレーなんてメニューに無」

「特別メニューさ。誰かに見られる前に食っちまいな!」


 嬉しいけど流石に悪いと思ったのだが、反論など受け入れてくれそうにはなかった。というか、むしろ食べて欲しそうだった。

 ならばここは素直に甘えるべきだろう。食いたいし。


「あざす!」

「若いもんはそれでいいんだ。そら、こっちは未来ちゃんの分ね。細かめに切った野菜と鶏肉を煮込んだ雑炊さ。玉子とじにしてあるから栄養満点だよ」


 俺の前に出された未来用に作ってもらった雑炊は、中華風のいい匂いがした。

 こっちも美味そう。


「ありがとなおばちゃん。いくら?」


 テンションが上がってうきうきと財布の中から金を出したときだった。


「あたっ」


 肩にドンっと誰かがぶつかってきた。

 結構勢いよく当たったせいで財布から小銭が床へといくつか落ちてしまう。


「あ? ぼさっとしてんじゃねーよボウズ」

「……すいません」


 ぶつかってきたのそっちだろ。

 とは、面倒になりそうなので言わない。


「隆君怪我してないかい」

「ああ、大丈夫」


 散らばった小銭を拾いながら返事をすると、今ぶつかってきた大学生くらいの人たちの1人が、紙をくしゃっとまとめたものをわざと床に捨てるのが見えた。

 ……めんどくせぇ。


「あの、なんか落としましたよ」


 そういう行為が死人を生むかもしれないってことを認識してないのだろう、さすがにこっちは声をかけないわけにはいかない。


「あー悪りぃな。捨てといてくれや」

「回収あざすー」


 おい。


「言っても無駄だよ。あいつらよく来るけど、いっつもあんな態度さ。絡まない方が身のためだよ」


 少しむかっとした俺を察したのか、おばちゃんはまあまあと宥めてくる。

 いつもねぇ。派手な格好してるし、こんな普通じゃないとこでも柄の悪い人が来るもんなんだな。や、だからこそだろうか。


「それよりおめえさんが今拾ったのは、レシートかい?」

「ああ、そうみたい」


 落とされた丸められた紙は、どうやら彼らが売店で買ったらしいレシートのようで、広げるとソフトクリームという明細が書かれていた。

 おばちゃんに見せてやると、やれやれといった顔で一つの透明の箱を指さす。


「ならここに入れといておくれ。レシートは再利用が難しいからね、仕事で使う裏紙としてメモ用に集めてるんだ」


 おお。


「いい取り組みだな。レシートって感熱紙だから再利用が難しいんだっけ」

「そうだよ。熱が伝わると黒く印字される特殊なものらしいからね。ま、そんなこたあ、いつでも話せるさ。今のいらっとした気分はうめぇもん食って忘れちまいな!」


 そう言ってまたかっかと笑い始めるおばちゃん。

 その様子に少し和むも、何やら後ろがざわざわしてきているのが気になって、早めに代金を支払って振り向いた。お昼時でたくさんの人がいる食堂をざわつかせている原因は、どうやらさっきの大学生たちらしかった。

お読みいただいてありがとうございます。


どっと来る疲労で未来さんは少しダウン。

かなりしんどいようで、気遣ってくれる隆一郎には素直に甘えました。


ちらっと触れましたが、レシートは感熱紙ということで、一般的に熱で黒くなることから再利用が難しいとされています。

ただ同じ感熱紙でも例外として、電車で使うような切符なんかは裏面の鉄粉を分離して、トイレットペーパーや段ボールにリサイクルすることができるそうですよ。

身の回りにあるものの再利用、色々考えたいものですね。


本日は、恵子おばちゃんによるカツカレーの提供でお送り致しました。


《次回 デスゲーム③》

隆一郎の頭の中がカツカレーです。

よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] カツカレー食べたくなりますね。けど、先程の男達の態度は憎く感じます……
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