第一〇五話 遠征-3日目-③
死人になった理由と、今の彼女が願いのあるところは違う。それを教えるために凪は戦います。
死人の鞭は尻尾のような位置から生えています。
『うふふ。あなたおひとりでワタクシの相手をするつもりですの? あまり舐めないでいただきたいですわ』
余裕そうな顔をする死人は凪に掴まれた鞭の先を分離し、ギュンと伸ばして一直線にこちらの頭を貫こうとする。
「長さに制限なしか」
襲いかかる二つの鋭い鞭を首を捻ってギリギリで躱し、チリッと頬のすぐ近くを通ったのを感じながらその一本を両手で掴む。それと同時に背中を反らして後ろへと大きく投げ飛ばした。
『くふっ、力強くていいですわ!』
数メートル先へ投げ飛ばされても焦りを見せない彼女に追い討ちをかけるべく、吹き飛んでいく彼女の体に向けて凪は右手を大きく開いた。
「【光線】」
手のひらに作り出した丸く光る玉。そこからビーム状の光線を勢いよく放つ。
『無駄よ』
すると彼女は空中で体勢を立て直した直後、鞭を素早く回転させることで光線を弾いてきた。空へ飛んでいく光線は、そこにあった雲をかき消してから細くなって消えていく。
彼女の身を守った鞭はさらに分裂して、体を引き裂かれそうな爪の形に収束して形を変えたかと思えば、今度は凪目掛けて真っ直ぐに襲いかかる。
ならばそれを利用しようと、後ろに飛び退いてから光の剣で切ろうとした。
だがメリッと弾力のようなものに邪魔をされ、切ることは叶わず力で押し返すだけになる。
『ワタクシの鞭はそう簡単には壊せなくてよ。ただの鞭ではありませんもの』
押し返した鞭はそのすぐそばから数を増していく。
『元より頑丈ではありましたけど、死人になってからこれまでに随分の人間を殺しましたもの。その度に強くなり、切れ味も、耐久力も、再生力もあの頃とは比べ物にもなりませんわ!!』
彼女の口から出た言葉の一つに凪は違和感を覚え、眉をぴくりと動かした。
「説明ありがとう。じゃあこれはどう?」
剣で切れないのであれば焼き切ればいい。剣を投げ捨て、彼女が反応する瞬間すら与えず格子状の光るレーザーで鞭を微塵切りにする。
それにより量産された多くの鞭がズバッと音を立ててサイコロ状に刻まれバラけるも、パズルのピースのように組み合わさって急速に元の状態へと戻っていく。
何事もなかったかのように。糸がくっついてるみたいだと凪は思う。
「なるほどね。確かに再生力が凄まじいわけだ」
『ええ、とても美しいでしょう』
どうやら鞭は攻撃しても痛みはないらしい。本体を叩けば少なからずダメージになるのだろうが、彼女がその教師を思うがために殺し、乗っ取ったと言うのなら、あまり傷つけたくはない。
自身の尻尾に惚れ込んでいるように彼女はニンマリと笑ったかと思うと、また更に鞭を分離した。
どうしたものかと頭を回転させる中、数が数えられないほどに増やされ凪の頭上を丸く覆うようにして、鋭い切先がこちらを狙う。
『あはははっ! さあ、ワタクシの自慢の鞭でズタボロにしてやりますわ!!』
高らかに笑う彼女はそれを目にも止まらぬ速さで連続で振り下ろしてくる。
「【光速】」
スパンシュパンと立て続けに鳴り響く、槍を思わせるような攻撃を光の速さを利用して躱していく。
こちら目掛けて飛んできたそれらは凪の体を捉えることはできない。そこにいた光る残像だけを捉え空を切る鞭は、そのまま地を勢いよく叩きつけ、その凄まじい力によってビシィッと長く深くヒビが入った。
「【剣】」
襲いくる鞭を右へ左へ跳びながら駆け抜け、敵を見据えながら手にもう一度、光の剣を作り出す。
地に着く足に目一杯の力を込め、大きく砂埃を巻き上げながら跳び上がった。
ズドォォォォン!!
跳んだ凪の真後ろで、地面が鞭の猛攻に耐えかねて地割れを起こす。巨大な断層ができて山のように盛り上がるのも目に留めず、剣を彼女の胸元に突き刺そうとした瞬間。またあの手ごたえのないメリッという音が鳴る。
『ふふ。今日はとても力が漲りますわ。どこか遠いところでいじめがあったようですわね』
小さく笑う彼女の心の臓に向けられた剣は、気付かぬ程の速さで舞い戻ってきた幾多の鞭が盾を作るように密集して阻まれていた。
――速い。
心臓を一突きするだけなら沢山傷付けなくて済むと思ったのに、そう単純には終わらせてくれないらしい。
滾るものを感じた時、彼女は思いついたように凪に耳打ちをした。
『しかもその悪意の矛先は、相沢未来だったようですわよ』
その出てきた名前に一瞬戸惑いを見せた凪を、彼女は見逃さなかった。
剣を持つ手は鞭で弾かれ、増えて莫大な量になっていたそれらを一本にまとめ上げた瞬間、凪の腹を叩きつけた。
「そういうやり方、好きじゃないな」
当たる寸前に全身へ光の盾を薄く覆ったために、直接それが当たることはなかったけど、凪は敢えて衝撃に身を任せ吹き飛ばしてもらう。
彼女が告げたその情報について考えたかったからだ。
だけど、みんなが隠れているマテリアルのそばまで飛んだ自分の体は思ったよりも速く、壊れたマテリアルなんて簡単に突き破ってしまいそうな勢いだ。
すんでのところでくるっと一回転して壁に足と手をついて受け身を取ると、ピシピシと周りにヒビが入る音が聞こえた。
「弥重、大丈夫か」
凪のほぼ真下にいるらしい流星が、全く心配なんてしてなさそうな平坦な声で様子を窺ってきた。
「大丈夫。問題ない」
短く返事をした時、体が大きく揺れた。
いや、凪たちのいる建物自体が揺れていた。
「新手だね」
自分の位置から敵の全容は見えないけど、どうやらこちら側と反対の方から建物自体を投げ飛ばそうとしているようだ。
そちらも戦闘の対象として適当に相手をしないとなと考えながら、数メートル下にある地面にふわりと降りると、流星が首をポキポキと鳴らして建物から出てきた。それはそれは面倒そうに。
「弥重、あっちは俺がやる。てめぇはそっちに集中しろ」
「口が悪いよ星ちゃん。悪いけど頼むね」
ありがたい申し出だったけど、凪はついくすりと笑ってしまう。
「うっせぇ」と吐き捨てながらその相手のところへと飛ぶ流星を見送ってから、崩されそうなマテリアルからみんなを【拘引】で避難をさせてくれる湊にありがとうと伝えた。
『もっとも、今回は暴力ではなく悪口だったようですけれど』
すぐに戦闘に戻ってこない凪に痺れを切らしたのか、彼女はバラした鞭を足のように使い四足動物を思わせる動きでこちらへと真っ直ぐに走ってきた。
「何が言いたいの?」
瞬く間に凪の間合いに入った彼女は鞭を握り、拳の形に集め形成した直後――。
『ふふっ、ワタクシは正義の死人ですわよ? いじめがあるところに正義あり、いじめがあるところに居場所あり!! いじめがあるたび正義の心は燃やされ強くなる。つまり』
凪の顔面めがけて殴りかかる。
『いまのワタクシは、いつもよりもっと強いということですわ!!』
「凪! 下!!」
そう思わせた刹那、ボコォッ! と多大な量の土を巻きあげる音とともに地面の中からも這い上がる鞭。
――大丈夫だよ湊。わかってるから。
目の前に迫った拳も下から心臓を狙ってくる鞭も、どちらも獲物を捉えさせることなく格子状のレーザーでスパッと焼き切った。
少し遠くにいる湊からは、相手の動きがよく見えるのだろう。
凪の視界からは見えなかったが、目ではなく感覚を頼りに戦う癖をつけているからその点については案外問題にならないのだ。
『うふふ、何度やっても同じことですわ。ワタクシの鞭は』
「再生力が強い、だよね」
凪の言葉に、彼女の口が耳まで引き裂かれそうなほどニヤリと笑う。
焼き切られてサイコロ状となって吹き飛ぶ破片が勢い余って凪の頬を掠めたその時、また急速に集まって元の形を取り戻そうとした。しかし彼女の思惑とは反対にそれらは一切収束する様子を見せず、あろうことか地へとバラバラに落下していく。
『な……!?』
「強いってことは、認めてあげるよ」
驚く彼女は何が起きたのか、まだ把握ができていないだろう。
見た目は同じように刻んだだけだろうけど、今回はさっきと少し違うことをしてみたのだ。
それは、ほとんど視認できないほど薄く張った光の膜。再生する時、糸がついているようだと思った。それはつまりお互いが引き合うことで元に戻るということだから、その合間に異質なものを挟んでやればその力を軽減あるいは消滅することができる。単純な話。
だけどそれは説明してあげない。
「聞いてもいいかな」
焦って動揺している彼女。今なら、心のうちが覗けるかもしれないから。
お読みいただいてありがとうございます。
少し能力の補足を……
凪が放つ光の玉から出すビーム状の光線【レイ】ですが、もしかしたらお気づきの方いらっしゃったかもですが未来と同じ技です。
英語から名前をとっていて(レイ= ray 訳:一筋の光)連想できれば良いので丸ごと技名が被ってしまうこともあるようです。
またエピソードとして話に書きます。
湊の【拘引】は以前一度出ましたが、人を連行するという技でした。
《次回 遠征-3日目-④》
凪の戦いは安心して見れると思いきや、彼にとって予想外の出来事が?
大事な話が入っていて話を分けられず結構長くなってしまいましたが、またよろしくお願いします!