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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
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第九十九話 球技大会閉幕と課題

前回、瀬戸茜は未来への否定的な感情と決別しました。

 挿絵(By みてみん)


「んで……お前らはどうした」


 なにやら集まってオロオロしているいつものメンバーに声をかける。すると、しゃがんでいた加藤が真っ先に俺を見上げた。


「おお、土屋戻ってきたか。ちょっと見たってくれ。保井の可哀想なこの足を」


 加藤は立ち上がって珍しく苦い顔をする。どうしたのかと思いながら、俺は真ん中に座っている保井をひょいと覗き込んだ。


「うぉ!?」


 衝撃の事態に思わず仰け反った。

 足が。捻挫して放置された保井の足が、パンッパンに腫れ上がっていた。


「こりゃ痛そうな……。大丈夫か」

「えへー。さすがに保健室に戻ろうと思うよ。三十分くらいはノーマで治療したんだけど、本来はあと一時間半ある予定だったから」


 首の後ろに手を当てて反省する保井。

 斎がおぶっていこうかと聞くも、一年生が肩を貸してくれるから大丈夫だと両手をぶんぶん振った。


「それよりさ。誰か、未来にありがとうって伝えておいてもらえないかな。本当は直接言いたいんだけど、まだ帰ってきてないから」


「未来ちゃん、吉田さんにずっとぎゅーってされてたもんね。私から言っておくよ〜」


 ガッテン承知だと親指を立てる阿部に両手のひらを合わせた保井は、バスケ部一年生たちに支えてもらって立ち上がり、「じゃあよろしくね」ともう一度お願いしてから体育館を出ていった。


「ところで、お礼を伝える相手は今、何をされてるの?」


 秀がちらりと振り返って、揉みくちゃになっている未来を見るなり聞いてくる。

 今は吉田にではなく、長谷川が自分の胸に未来と瀬戸を引き込んで、ハグをしながら激しく頭を撫でていた。


「んー……そうだな。『長谷川流・未来と瀬戸を友だちにさせよう作戦』」

「なにそれ」

「解決したんだよ。長谷川が頑張ってくれた件がさ」


 相手チームに潜り込んでまで未来のために行動していた長谷川。俺たちの混乱はあったものの、今いい関係になりつつあるのは間違いなく彼女のおかげだろう。


「やっぱあいつすげぇわ」

「相沢への愛ゆえに……か。良かったな」


 賞賛しながら破顔一笑する斎に俺が何度も頷いていると、噂をされていた人物が血相を変えてこちらに走ってきた。


「ねぇちょっと。吉田さんがヤバい」

「え?」


 蒼白な顔で言うものだから事件かと心配になったが、そうではないらしい。未来たちと一緒に長谷川の後を追ってくる吉田が見える。


「ヤバいって、どうしたんじゃ」

「うん、あのね? こっちはアレ飲んだのに負けちゃって残念だわって話をしてたのよ」

「ん、アレ?」


 なんのことだと聞き返すと、遅れて来た未来が「これだよ」と手に持った空のドリンクを見せてくる。

 そのパッケージには見覚えがある。長谷川の家から販売している『長谷川薬店のお助けジュース』だ。

 休憩中に他クラスの子に貰って未来が飲んだものらしい。


「ぶっちゃけるとね、アタシらもこれ使ってたのよ。ほら、こういう行事とかになるとこの学校の人は大抵飲むから、まぁいっかって話でね」


「アタシが一本、茜っちと須田が二本」と補足をした長谷川が、ここからが本題だというように両手で太ももを叩いた。


「で、未来ちーが飲んでるならさ。吉田さんや世良ちゃんも飲んでるだろうなと思うじゃん?」

「うむ」

「飲んでないんだって」

「……え?」


 加藤の相槌の後、流れるように告げられた衝撃の事実に、俺は一拍置いてからまぬけな声を発した。

 話を聞いていた斎と秀も体が固まってしまったかのように身動き一つしなくなる。

 同じく驚きを隠せない阿部が「待って待って」と前のめりになって確認を取り始めた。


「このジュースのコンセプトって、確か『通常の身体能力を一・五倍にする』だよね?」

「そうよ」

「そのヤバいジュースを二本も飲んだにも関わらず、吉田さんも世良ちゃんも互角にやりあってたの?」

「そう!」


 阿部でもヤバいなんて言葉使うんだ。なんて考えてしまう妙に冷静な俺の頭。

 驚愕の事態をやっと認識した加藤の瞼が素早く上下する。


「それだけじゃない。瀬戸さんて、マダーだぞ? みんな気付いてるか?」

「え!?」


 硬直したまま目を見開いて言った斎の付け足しは、秀と本人を除く俺たちを更に驚かせた。


「えっと……『お(はら)い』専門だから討伐には基本的に行かないけど、体はガッツリ鍛えてるよ。あと、投げ技もちょっとだけ」


 未来の後ろで、吉田と吉住にちらちらと視線を送る瀬戸が答えた。

 なるほど。それなら未来と吉田がしてたあのコンビネーション技を瀬戸が真似できるのも納得できる。


「あの、未来先輩。お祓いってなんですか?」

「お祓いはね、世良ちゃん。元に戻せた死人を再度死人化させないために行うお清めの儀式だよ」

「それもマダーの仕事じゃったんか。ワシは聞いたことはあったけど、何かそういう機関があるとばかり……」


 加藤が頬をかく。

 俺たちも普段は関わりがないから、誰がしてるのかと気にはなってたけど……まさか同級生だったとは。


「え、話を戻していいか? それってつまり」

「そう。メインの戦闘員じゃないとはいえ、マダーとして鍛錬に励んでいる人の身体能力にプラス、ドリンク二本! そんな相手に何もプラスされてない吉田さんがついていってたわけよっ!」


 長谷川の説明でこの場にいる全員が絶句した。

 驚きを通り越して、恐れにも近いこの事態に。


「ね? ね? ヤバいでしょ?」


 同意を求める声には誰も何も言えない。みんなの視線を浴びている吉田はどうしたものかと立ち尽くして、俺たちが何か喋り出すのを待っている。


「あのさ」


 斎が口を開いたかと思えば、吉田にマダーにならないかと勧誘し始めたのが、彼女の凄さを更に印象付けた。

 ないないと手を振る吉田に冗談だと笑いながら、俺たちは揃って体育館を後にする。

 バスケも終わったことだし、どこへ見学に行くかとみんなに問う。


「ワシは柔道が見たい!!」

「いや球技しかねぇから!」


 ガックリと項垂れる加藤に、むしろどうしてあると思ったんだと言いたい。


「私はこの後ビリヤードも出るからそっちに行かなきゃ。みんなは好きなところに行ってきて?」


 未来が時間を見ながらボサボサになった髪を急いで結い直す。


「そうなのか。それが最後なら待っとくけど」

「んーん、まだ出るからいいよ。あとテニスと卓球と、それから……」


 体力底無しかよ。

 その後、未来がまた驚異的な動きで勝利をもぎ取っていったことは言うまでもない。

 そうして俺たちの中学最後の球技大会は、なんとか平和に幕を閉じた。

 優勝は未来たちがいる一組。まあ当然だな。


 疲れて寝てしまいそうな体を必死に叩き起した閉会式の後で、完全復活した保井と吉田、吉住、瀬戸にもバイバイして、他のみんなで集まってワイワイと感想を述べあった。


 楽しかったと嬉しそうにする未来を見て、心からほっとする。

 学校行事を笑顔で過ごせたのは、多分、人生で初めてだっただろうから。


「そうだ土屋。これ、僕ずっと持ってて返すの忘れてた」

「あっ、わるい。キューブ取ろうとして、ポイッとしちまったんだった」


 秀が思い出したと俺に渡してきたのは、四つ折りの薄いピンク色の紙。バスケを見ている最中に言おうとして言えなかった、凪さんから貰った課題の紙だ。


「結局さ、その内容って何だったの?」


 じっと手元を見てくる秀と、興味を持ったらしいみんなに見えるよう丁寧に広げる。出てきたのはたった八文字、『僕を倒してごらん』だけ。


「え、土屋には無理でしょ」


 グサァッ!!

 見た瞬間に言った秀。心が折れそうになる。


「秀さん……オブラート、オブラートがほしいです」

「やだよ、本当のことだもん」

「このやろ、もう少し優しさをっ!」

()()、勝てないでしょ」


 無表情だった顔がそれだけ言って、優しく笑った。

 秀を真正面から見ていた俺の頬が急に熱くなる。

 このままじゃマズイと瞬時に判断。すぐさま視線を逸らした。


「どうしたんじゃ土屋」

「いや……その、なんでもない」

「つっちーなんか、顔赤いけど」

「大丈夫、夕焼けのせい」


 どこかの少女漫画みたいな言い訳をする俺の肩に、阿部がポンと手を置いた。


「土屋君……わかるよ、その気持ち」

「わからないでくれ」


 理解しましたと頬に書いて、笑顔を見せる阿部。

 秀の綺麗な顔が生み出す微笑は女子だけじゃなく男子にまで変な気を起こさせてしまいそうで、直視してはいけないもののような気がしたのだ。

 そんな俺たちのやり取りに未来と秀は首を傾げるが、付き合いの長い斎は察してくれたんだろう。「けどさ」と話を変えてくれた。


「弥重先輩今は遠征に行ってるんだし、本物が相手っていうわけじゃないんだろ? だったら可能性はあるんじゃないか?」

「あー……まあ、そうなんだけど」


 確かに凪さんが他県に行ってしまっている以上、本物とは戦えない。斎が言うのは最もなんだけど、だからといってあの人が生半可な課題を出してくるはずもなくて。


「どうやったのか知らないけど、凪さんとほとんど変わらないぐらいの強さの、ぶっちゃけコピペしたような人体模型が置かれてんだよ」


「人体模型?」


「ん、凪さんの顔がついててね。身長とか体型もほとんど変わらないから、見たらみんなびっくりすると思う」


 未来が腕を伸ばしてそのロボット凪さんの大きさを表現する。すると斎が顎に指を添えて、何か考えるように俯いた。


「それって、あれじゃないか? 光電効果(こうでんこうか)光電子(こうでんし)とか、光核分裂(ひかりかくぶんれつ)とかからの想像」


「へ?」


「弥重先輩の文字は『光』だろ? そこから連想できる同じぐらいの強さって言ったら、多分それくらいじゃないかなって……」


 斎は自身でも悩みながら、三つの光なんちゃらという、俺たちの知らない単語を極力簡単に説明してくれた。


 光電効果は金属に光を当てた際に電子が出たり電流が流れること。

 光電子は光電効果で自由に動けるようになった電子。

 光核分裂は高エネルギーの光を吸収して同じくらいの質量の二個以上の核種に分かれること……らしい。


「光核分裂で弥重先輩と同じくらいの強さを持つ物質Aを作るだろ? それから光電効果から作った光電子で、その物質Aを自在に動かすっていうのを繰り返す。また光核分裂をして、できた物質BとAを繋ぎ合わせる。そうすると……」

「斎、ストップ」


 急ピッチで続く解説を、秀が見かねて制止させてくれた。「みんなの頭がパンクする」と。


「秀はわかるのか……」

「いや、僕も何となくは知ってるけど完全に専門外」


 だからこれ以上の説明はやめておけと、やんわり斎へ伝える秀に感謝。斎は「つい癖で」と頭に手を置いた。


「まあ要するにさ。何かしらの方法はあるんだよ。その言葉の意味合いから連想できるならキューブはなんでも作れるんだから。使用者がそうだと理解してるなら例え間違いでもその通りにキューブは動くし、生み出せる」


「結局は想像次第だ」と説明され、俺たちはこぞって納得の表情を浮かべた。


「私も課題克服しなきゃなぁ」

「お? 未来ちーも何か課題もらってるの?」

「んーん。今日凛ちゃんに言われた、遠距離での攻撃が苦手だって話」

「あ、そういえば未来ちゃん言ってたね。凛ちゃんは瞬間的な判断が必要な時って……」

「阿部ぇえええ!!」


 加藤が阿部の口元に手を当てて言葉を遮った。

 危ない。それ以上言われると勝手に会話を聞いてたのがバレちまう。


「あ……私、加奈子に聞こえるぐらい大きな声で言っちゃってた?」


 マジであぶねぇ!!

 これでもかというほど阿部は首を縦に振って、なんとかその場を凌ごうとする。

 必死すぎて逆に疑われやしないかと心配にはなったが、ごめんと謝る未来も、大丈夫と返す長谷川も、気付いてはなさそうだ。


「体から離れる物はどうも苦手なんだよね」


 唸りながら未来が話を戻してくれて、俺たちは安堵の息を吐く。

 すると、長谷川が困り眉で笑った。


「良かったら今度教えようか? アタシは逆に得意分野だからさ」

「本当?」

「うん。代わりにどうしたら瞬時に反応できるか教えてほしいな」


 ああ、ストイック女子たちめ。

 見つけた課題へ真剣に取り組む姿に感化され、気合いを入れ直すべく、俺は紙に書かれた八文字をもう一度見る。


 あの日、強くなると決めた。

 未来を守れるようにと。

 その未来が、まだ更に強くなるつもりでいる。

 俺は追いつけるんだろうか。

 凪さんに出されたこの課題を、きちんとクリアできるのだろうか。


 ズボンにチェーンで付けられたキューブへ、無意識に手を伸ばす。

 随分と馴染んだ立方体にそっと触れて、俺は祈るように目を閉じた。


 頑張るから。

 俺も、負けないように頑張るから。

 だから――力を貸してくれ。


 新たな決意と願いを胸に、天を見上げる。

 赤かった空はすっかり暗くなって、夜空に光る満天の星と月。最近では滅多に見られない幻想的なその光景が、俺を現実へと引き戻した。


「なぁ未来。門限、やべぇな」

「……」


 いつもならすぐに返ってくる未来の声が、今回は随分と後から聞こえた。

【第九十九回 豆知識の彼女】

凛子の胸の中で揉みくちゃにされていた未来の顔は、恥ずかしさと嬉しさで真っ赤だったらしい。


上手く隠して戻ってきた未来さんでした。

残念だったな隆!見れなくて!!


お読みいただきありがとうございました。


《次回 家族の団欒》

家に帰ります。テンションの高いあの人の登場と、それとなーく新キャラも出ます。

よろしくお願いいたします。

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