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碧眼の彼女  作者: さんれんぼくろ
第二章 プレイゲーム
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第九十八話 改心

前回、試合に終止符。

未来たちバスケ部の優勝でした。

 挿絵(By みてみん)


「わぁあん吉田ぁあああっ!!」

「良がったね保井ざぁあああん!!」


 号泣して暴れる保井につられ、阿部が顔をボロボロにする。ひしっと抱き合った二人が洪水の如く泣いている隣で、俺は静かに息を吐いた。


「……凄かったな」

「おう。努力と信頼の証じゃ」


 興奮し過ぎてすぐには出なかった呟きに、加藤が相槌を打ってくれる。

 斎は誰よりも大きな拍手を送り、珍しく高揚したらしい秀は目の奥を輝かせた。


 二十分。たったそれだけしかない短い試合だったのに、観戦する側の目は釘付けになり、丸一日見ていたかのような満足感を与えた。


 そんな凄い試合をしていた本人たちは、バスケ部一年生も加えて現在、泣いて抱き合っている。

 吉田が幾度となくありがとうと声を震わせ、普段はクールな吉住がしゃっくりまで起こして涙する。

 抱きしめられるのも以前より慣れてきたのか、未来は照れたように笑っていた。


 そんな微笑ましい姿につい見入っていると、視界の端に、疾風のように走って体育館を出ていく人物が映った。


 ――長谷川?


 シュシュで纏められた黒髪が目を引いて、それが誰なのかを認識した俺はもう一度未来の様子を窺う。

 まだしばらくは抱きしめ合っている。そう想像できるぐらいみんなが大泣きしているのを確認してから、トイレと斎に言って俺も体育館を出ようとした。


「見るだけにしとけよ」


 小声で釘を刺される。さすがだなぁと思いながら頷いて約束をした。

 追いかけようとした人物は案外すぐに見つかった。

 後ろから静かに声をかけるも、「しっ!」と黙らされる。

 長谷川が指さす方を木陰に隠れながら見てみると、さっき俺が衝突したのと同じ場所で、キツイ眼差しをした伊崎が瀬戸と須田を罵倒していた。


「なに負けちゃってんのよ! わかる? ウチらこれでアイツに謝らなくちゃいけなくなったんだよ、ねぇ!?」


 詰め寄って喚く伊崎。

 須田は動じず、平然として瀬戸に視線を向ける。

 返答を委ねられた瀬戸は、丸めの大きな目を足元へ向けた。


「そうだよ、完敗。頑張ったけどダメだった」


 もう一度ゆっくり顔を上げ、伊崎を真っ直ぐに見つめた瀬戸は、微笑を浮かべて言った。

「相沢さんたち、凄かったよ」と。

 素直にそう言葉にした瀬戸に、俺は少し驚いた。

 それは言われた本人も同じなんだろう。わなわなと身を震わせている。


「ねぇ伊崎。私たちが間違ってたんだよ」

「な……」

「謝りに行こうよ。一緒に」


 優しい声で、(すさ)んだ伊崎を和ます瀬戸。だけど伊崎の方はわけがわからないとでも言いたげに、眉を八の字にして首を何度も横に振った。


「なに? なにを、そんなに簡単に認めちゃってるの? あんなに悪口言ってたくせに。せっかくウチがっ、木岡まで使って茜のために嫌がらせしてやったのに……っ!」

「え?」


 話に出てきた何かに瀬戸が戸惑い、伊崎はハッとして視線をうろつかせる。そのまま何も喋らなくなって、身動きすら取らなくなる。

 もしかして、木岡先生の件に瀬戸は関係していない?


 酷く当惑した様子の瀬戸は、俺の引っかかりを明確にする質問をした。伊崎が木岡先生に言わせたのかと。

 隠していたことが明るみに出てしまったせいか、伊崎は歯を食いしばって、全てをぶちまける。


 瀬戸が長谷川や須田と一緒にバスケの練習へ行った日に、他のみんなと言いに行ったらしい。

 バスケ部の存続がかかった試合、普通にプレーをするはずがない。中学最後の球技大会を()()()()のいいようにさせないでくれと。


「つっちー。気付かれるから静かに」


 口が出そうになって、小声で諭す長谷川にキロリと睨まれる。

 彼女らとの距離は数メートルほどしかない。少しでも暴れてしまえば覗き見しているとバレてしまう。

 そうならないよう湧き上がる怒りを抑え、頑張って会話に集中する。

 伊崎は瀬戸の表情の変化など全く気にもせず、言葉の暴力を積み重ねていた。


「試合だってやっぱり鬱陶(うっとう)しかった。派手に転んだり、変な動きしたり、なに格好つけてんだか。あんなのただ目立ちたいだけじゃない!」


「伊崎」


「それにあの青い目。やっぱり怖いよ! 真剣な顔してたら余計に()()見える! ウチはどうやっても受け入れられないよ!」


「ねぇ、伊崎」


「だから教えてあげなくちゃ。『普通』でないものは排除される。怖いと感じるものは排除される! それがこの世界の鉄則なんだってみんなで教えてあげなくちゃ! ()()()()はバケモノの世界にお帰りくださいって!!」


「ねぇいい加減にしなよ!!」


 発される残酷な言葉で俺が我慢の限界に差し掛かった時、瀬戸が怒鳴った。

 空気が凍りつく。

 伊崎の顔がみるみる青くなっていく。

 瀬戸が、鬼の形相をしていた。


「私、友だちやめるよ」

「え……?」


 唐突に告げられた絶交宣言に目を大きく見開く伊崎へ、表情を戻した瀬戸が理由を舌に乗せる。


「見ててわからなかった? 相沢さんは、尊敬に(あたい)する人だよ。確かに、目が青いのは私も不思議に思う。怖いと思ってしまう伊崎の気持ちもわからなくもない。だけど、木岡を使ってまで傷つけて追い出そうとするのは、違うんじゃないの?」


 挿絵(By みてみん)


「あ、茜も嫌がらせしてたじゃん! 今更っ、自分はそんなことしてないとか言うつもり!?」


「うん、した。それは認めるよ。だから言ったでしょ。謝りに行こうって」


 伊崎の指摘を受け入れつつ、瀬戸は続けた。


「後悔してるんだよ。何であんなことしちゃったんだろうって。どうしてあんな酷いことが言えたんだろうって。だからもう絶対しないし、伊崎が行かなくても私は相沢さんに謝りに行く。許してもらえなくてもいい、何度でも謝る」


 自分の非を認め、決意を述べた瀬戸の目が、今度は須田を見る。


「須田も、さっきから黙ってるけどさ。ちゃんと自分で考えて決めて。いつもみたいに私の意見に同調しなくていいから」


 それ以上は言うつもりがないらしく、瀬戸は口を(つぐ)んだ。しばらく黙って見ていた須田は、ほんの少しだけ考えるような仕草をしてからやんわりと話し始める。


「私はねぇ、茜みたいに仲良くなろうって思うのは難しいけど、伊崎みたいに敵対したくもないかなぁ。だから、二人ともバイバイかなぁ。もちろん、今この場にいない他の悪口言ってたみんなともねぇ」


 今いる友だちに思い入れはないのか、ひらひらと手を振って、グラウンドの方へ去っていく須田。

 それを引き止めもせず、呆然としている伊崎を残して瀬戸は身を翻した。


「……あ」


 目が合った。

 覗き見中だった俺たちと、瀬戸の目が。

 堂々としていた瀬戸はその瞬間に背中を丸め、俺たちとの距離を詰める。

 そして、長谷川に頭を下げた。


「ごめんなさい。ジュースかけて。酷いことも言って」


 茶色いくせっ毛のてっぺんが見えなくなる。深深と謝罪する瀬戸の言葉で不安になった俺は、早口で長谷川に尋ねた。


「ジュースって長谷川、お前なにか」

「あーううん、大したことじゃない。ちょっと()()()()()()()だけ。それにあれも、取り方によっちゃ褒め言葉だからアタシは別にいーよ」


 勘ぐる俺を簡単にあしらって、瀬戸の顔を上げさせるべく長谷川は背に回り込んで肩を引き起こす。

 この場を丸く収めるためなのだろう。瀬戸から見えなくなった位置で、声には出さず口だけを動かす長谷川は、『いい、いい』と頭を左右に振った。


「ほら、そんなの気にしてる暇はないよ? ぐずぐずしてると機会を逃しまーす」

「え? 機会って、なんの……」

「未来ちーに謝って友だちになりたいんでしょー?」

「えっ!? と、友だちってそれは、さすがにまだ心の準備が!」

「いーのいーの。こういうのはね、勢いよ!」

「わぁ!?」


 瀬戸の意見など聞くものかと、長谷川は体育館の中に向かって突き飛ばした。

 べちゃっと、いや、ビタンッ! の方が正しいか。

 とにかくかなり痛そうな音を鳴らしてこけた瀬戸を見たのだろう。驚いた未来が小さな悲鳴を上げた。


「せ、瀬戸さん。大丈夫?」


 俺も慌てて中に入ると、未来は既に駆け寄っていた。

 さっきまで抱き合っていた吉田と吉住も続いて様子を見に来る。


「だ、大丈夫。それよりも! 私、相沢さんに謝りたいことがっ」


 ガンッ!


「……これまた、痛そうな音が鳴ったね」

「ですね」


 うわぁ、と言いたげに顔を歪ませる吉田へ、吉住が頷いて同意する。

 早く謝りたい一心で頭を上げたんだろう。

 すぐ近くにあった未来の顔と瀬戸のおでこが思いっきり衝突した。


「いった……。ご、ごめん相沢さん。平気?」

「うん、私はそれほど……」


 とは言いつつ未来も瀬戸と同じようにぶつけた場所に手を添える。

 しばらくその状態でお互い顔を見合わせていると、ぷっと、瀬戸の方が吹きだした。


「ははっ、なんか、さっきみたいだね?」

「ふふ。あれは痛かったね」


 試合中の激突を思い出して少々申し訳なさげに笑った未来は、「ねぇ瀬戸さん」と柔らかな声音で呼びかけた。


「よくわからないけど、謝らなくていいよ?」

「え?」

「だって私、なんにも知らないから」


 未来の意向を受けて、返事に困る瀬戸。

 そんな彼女から視点を離してこちらを一瞥した未来は、再度瀬戸を正面から見つめ、満面の笑顔で手を差し出した。


「バスケ、楽しかったね」


 嘘偽りの無い表情を見て、瀬戸は口をぽかんと開ける。

 すぐには決断できなかったのだろう。唇をくっつけて、床に目を落とす。

 数秒後、顔を上げた瀬戸は「ごめんね」と未来に一言だけ謝って、差し伸べられた手を取った。反省と感謝が入り交じったような、眉が下がった笑顔で。


「もう大丈夫そうかな」


 二人のやり取りを素知らぬ顔で見ていた長谷川が、小声で呟いて俺と目を合わせる。

 無言で訴えてくるのは『了承待ち』といったところか。瀬戸にチャンスをやるかやらないか、俺の判断を待っているらしい。


「十分だよ」


 迷いなく答える。

 あれだけハッキリと変わる意思を示してくれて、なおかつ聞くに耐えない伊崎の発言も、俺の代わりに断ち切ってもらった。


「俺から言えることは何もない。あとは本人次第かな」

「甘いなぁ、つっちーは」

「お前も大して変わんねーよ」


 俺の言い返しに自覚があるのか、歯を見せる長谷川。「さーてとー」などと言って、今は吉田や吉住と試合中の話をしているらしい二人の仲人を務めに向かった。

【第九十八回 豆知識の彼女】

現在の世良の目は真っ赤。


普段無表情な子の大泣きって、可愛いですよね。ほくろの大好きな高校の友だちを思い出しました。


今後、三人はそれぞれの思う通りに動くようです。瀬戸は未来の味方へ、伊崎は敵対のまま、須田はどちらにもつかずとなりました。


お読みいただきありがとうございました。


《次回 球技大会閉幕と課題》

体育館の中、他の人の様子です。凛子はともかく瀬戸も軽いトレースの力を持っているのはどうしてなのか。更に《前日②》で軽く流された『お祓い』と、みんなの課題について。

よろしくお願いいたします。

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