第七話 二年三組⑥
前回、プールの授業にて、夏なのに未来が長袖を着ている理由が気になる長谷川さんでした。
その後は特に何も起きることはなく、ありふれたいつもの日常といった感じで午前の授業を終えた。
「なあ土屋。昼ご飯どうする?」
斎が教科書とノートをしまいながら相談してきたのは、未来を弁当に誘うか否か。
いつも三人で食べている俺たちは、斎と俺の席が前後というのもあって秀が椅子を持ってこっちに来てくれている。
未来も今は俺の隣の席だから机をくっつけて一緒に食べるのもアリだとは思う。
ただ、今朝の自己紹介では仲良くしなくていいと言っていたけど実際の気持ちは逆のはず。未来の友だち作りを邪魔したくはないし、男だらけのところでというのもあまり良くないだろう。
机を動かさなくても話せるし、いつもどおりでと斎に言おうとした。けれど早足で未来に近寄ってきた人物に、心底しまったと思った。
「相沢ちん一緒に食べなーい?」
またも長谷川が未来に抱きついて、エイコとナツは返事も聞かずに椅子を三つ並べていく。
「断れそうにないね。様子を見ようか」
席の用意ができた秀に促され、止むを得ず斎と弁当の準備をした。
食べながらちらちら確認しようと思ったのだが、こっちからだと未来が隠れる位置にエイコが陣取ってきた。
ちらりと俺に顔を向けほくそ笑むあたり、わざとなんだろう。
「相沢さんこれ美味しいから食べなよ!」
未来の弁当にエイコが何かを置いたらしい。
三人はニヤニヤと未来を見続ける。
誰も箸を取ってはいないみたいだ。
いったい何を置かれた?
不安で覗き込もうとするが、俺には未来の顔も弁当も見えやしない。
だけど雰囲気で、エイコに対して不信感を抱いているのだけは何となくわかった。
それでも未来はその何かを口に運んだようで、パリッ、パキッと乾燥した音がこちら側にもほんの少しだけ届く。
「どう?」
長谷川からの問いかけに対し、未来は意外にもパッと明るい声を出した。
「あ、確かに美味しいね!」
エイコがガタッと椅子を揺らす。
それによって位置が横に移動されたらしく、未来の顔が隙間から見えた。
「お、美味しいでしょ?」
声を震わせるエイコへ、未来は満面の笑顔でその感想を三人に語る。
「うん! 舌触りはよくないけど、アーモンドみたいな味がする。すごく香ばしい!」
そんな全力の食レポにエイコたちは青ざめていた。ありえないというように。
「土屋。やっぱ大丈夫じゃないぞ」
斎の位置からはその置かれた物体がかろうじて見えたらしく、青い顔で言われた。
虫を食べさせられていると。
◇
「じゃあ気をつけて帰れなー」
午後の授業を終え世紀末先生が終礼を行ったあと、俺はさすがに心配になって未来を連れて早く帰ろうとした。
今日一日のクラスの様子を見る限り、全体的に仲良くしてくれそうな雰囲気は感じ取れた。
それについては少し安心したけど、問題はやっぱりあの三人組。やる事なす事全て『仲良くなるためのイタズラ』でなかったことは確か。というよりはどちらかというと、イジメ……に近いもののように思える。
「相沢さん一緒に帰らない?」
長谷川と同じで体が密着するぐらいの距離で誘ってくるナツに、帰り支度中だった未来はたじろいだ。
「ごめんなさい。今日は先生に呼ばれてて、今から行かないといけなくて」
丁寧に、そして申し訳なさそうに断った未来は、職員室にと付け足した。
どうやら保健室で休んでいたとき、今朝の件を改めて謝りたいから放課後少し時間をくれないかと世紀末先生に言われたらしい。
ついさっきそれを教えられた俺は、念のためこのあと一緒に顔を出すつもりでいる。未来を一人で行かせられるほど、俺はまだ先生を信用できていないから。
「そっか! じゃあまた明日ね」
しつこくもなくすぐに切り上げたナツは、長谷川やエイコとともにそそくさと帰っていく。
拍子抜けするほどあっさりと去っていった三人に、俺はなんとも言えない妙な感覚を抱いた。
「土屋、昼の件も含めてあの三人やっぱ変だ。相沢さんちゃんと家まで送っていけよ?」
斎は真面目な顔で俺に指示したのち、秀と一緒にパタパタと教室を出ていった。学校が終わってからの二人はいつも本当に忙しそうだ。
「未来、行こう」
鞄を持って職員室に寄り、俺たちが帰路に就いたころにはもう日が沈み始めていた。
「先生めっちゃ謝ってたな」
「うん。もういいのにね」
ほかの先生の視線もあるだろうに、世紀末先生は頭を下げて謝ってくれた。朝の先生の態度や生徒たちからの乱暴のことも、何もしてやれなくて申し訳ないと。
謝罪をする先生の目は、未来の顔を真っ直ぐに見てくれていた。
「隆……ちょっといい? 先生や隆の友だちがいい人なのはすごくわかったんだけど」
未来が俺の視線を追わせるように目配せして、自分の腰に手を当てる。その動きで俺は未来のスカート部分がいつもと違うことに気がついた。
「お前、キューブはどうした」
普段はスカートに付けたチェーンで繋いでいるはずのキューブ。死人と渡り合うための、植物を操る能力の源であるあの立方体が、そこにはなかった。
「多分、帰る前に話しかけられたときに……」
未来の言葉で、ナツが必要以上に未来にくっついていたのを思い出す。
俺は唖然とした。
あの女子三人はこんな大事なものにまで手をかけるのか? やっていいことと悪いことの判別ぐらいできるだろう。
つい怒りそうになったが困った顔で俺を見上げる未来を見て、落ち着こうと深呼吸をする。
多分こいつは今まで人と接してきていないせいで、どこからどこまでが許せる範囲、つまり問題がないのかがわからないんだろう。
たとえ奪われたのが、とてつもなく大事なものであったとしても。
「ちょっと待てな」
俺は携帯をポケットから出して、写真で撮ったカレンダーを開いた。
死人は毎晩生まれる。毎夜毎夜戦っていたらこっちの身が持たないという理由で、俺たちは当番制で死人が生まれる場所、各市町村の『ゴミ箱』前で待機する。
未来はまだ東京のシフトに入る申請をしていない。だから俺が出る日に一緒に来てもらっているけど、今日はどちらも当番ではない。
だからそのシフトを見て――丁度いいと思った。
「今日、来る」
「え?」
「長谷川たち三人、マダーなんだけど。今日当番みたいだ」
聞き返してきた未来にしっかりと言い直し、俺は言うか悩んだ末、もう一つの事実を告げる。
「夜、返してもらいに行くぞ。だからそのために、これだけは覚えておいてくれ。長谷川凛子はな。お前の次、世界で二番目にマダーになったやつだ」
【第七回 豆知識の彼女】
昆虫食は意外と美味しい。
ものにもよりますがアーモンドみたいな感じで、舌触りと見た目だけ気にしなければ普通におつまみです。
栄養価も高いので、機会があれば是非食べてみてくださいね。
お読みいただきありがとうございました。
《次回 長谷川凛子①》
夜、長谷川さんの元へと向かう二人。
キューブを展開し、戦闘に入ります。
よろしくお願いいたします。