第1話:出会い、そして復讐の始まり
「がぁッ……!!」
「喚くな。人が寄る」
血反吐を吐く男を見下し、私はもう一発蹴りを入れる。そして、気を失ったソイツの懐に手を突っ込んだ。
「なんだ、この程度か」
出てきた麻袋には、銭が五、六枚入っていただけだった。砂金などあればと思ったが、そう都合よくはいかないらしい。
「だが、貰っていく。悪く思うなよ」
ここは京の外れ。捨てられた貧民窟。
罪人、乞食、無宿人。まともには生きられぬ者どもが、京中から集まってくる。
そんな碌でもない場所だ。
神話の記述になぞらえて、世人はここを根の国と呼ぶ。
まさに、塵の掃き溜めのような場所。
九つの時からここで暮らしているが、未だに好きにはなれない。出来ることなら、こんな場所からさっさと出ていきたいものだ。
「……ん?」
ふいに、嫌な視線を感じる。
どうせ、ここらの住人どもだろう。
「ひぃ!」
「目を合わせるな!」
そんな声が聞こえてくる。
声の主は見えない。
「祟り神じゃ……祟り神の化身じゃ……」
「くわばらくわばら」
酷い言われようだ。
別に馴れ合うつもりもないが、あまり気分の良いものではない。
「……チッ」
惨めで、良いことなど何もない唾棄すべき日常。一体、こんな日々がいつまで続くのだろうか。
「……」
ひしゃげた屋根の隙間から差し込む西日。
私は深い息を吐いて、嫌な気分を忘れるように首を振った。頬を、かび臭い湿った風が撫ぜる。
そんな時のこと。
「待ってください!」
ふいに、誰かが私を呼び止めた。
風に揺れる桜色の髪。そして、焔のように紅い双眸。目の前に立っているのは、そんな身なりの小娘である。
「何だお前は?」
「伊奈です!!」
別に名前を聞いた訳ではないが、まあ名乗られた以上返してやろう。
「そうか。私は六尊。ここの住人だ」
小綺麗な装いから察するに、伊奈とやらは裕福な町人か中流貴族の娘なのだろう。どうしてこんなところにいるのか謎である。
「で、私に何か用でも?」
「はいっ!!」
小首を傾げる私を、彼女は怒ったような表情で睨みつける。
そして、意外な言葉を口にした。
「そのお金を、返してあげてくださいっ!」
「は?」
「盗みはいけません! きっとバチが当たります!」
なんとお利口さんな理屈だ。
ここまでの頭お花畑は久々に見たぞ。
にしても。
一体、何が彼女をそこまで駆り立てるのだろうか。身の危険を冒してまで、わざわざ告げに来る意味が私には分からぬ。
それに――
「盗みは、悪とな?」
「そうですっ!!」
「成る程。なら、当然の報いだな」
「えっ」
目を丸くする小娘。
私は呆れのこもったため息をついて、
「この男はスリ師だ。私は、コイツから盗まれた金を奪い返したに過ぎぬ」
「!?」
口をあんぐり開けて、小娘は驚きをあらわにしている。間抜けな表情だ。
彼女は動揺を隠しきれない様子で、
「そ、そうなのですか……?」
「嘘をついてどうする」
「で、でも、ここまでやらなくても……」
「そうかな?」
私はスリ師の手に握られた短刀を指差す。小娘はピクリと、少し怯えたような表情を見せた。
「コイツは殺す気で向かって来たぞ。これくらいやらねば、私もただでは済まなかっただろう」
「……っ」
「これは正当防衛の範疇だ。君に咎められる筋合いは無い」
小娘は黙ってしまった。口を真一文字に結び、ぐっと涙を堪えているようにも見える。
はぁ、まったく……
「そんな顔をするな。これではまるで私が悪いみたいではないか」
「そっ、それは、失礼なことを……」
「分かれば良い。それに、この男から手間賃を余分に奪い返したのは事実だ」
「えっ」
「ん?」
しばしの沈黙。
「そっ、それなら結局、人から盗んだお金じゃないですかっ!」
おっと、これは失言か。
まあ良い。
「そんなの知ったことか。これは私が貰う」
「ダメですっ! もとの持ち主に返さないと!」
「はぁ!? 誰がそんな面倒なこと――」
その時だった。
ふいに辺りが騒がしくなる。
「!!」
向こうから歩いてくるのは、派手な具足に身を包んだ男どもだ。総勢二十はいる。どうりで煩いわけだ。
「……ん? 待てよ」
あの装い、そして偉そうな態度。
私には見覚えがある。
「あれは近衛の武者ども……何故こんなところに?」
奴らは、上皇や親王、大臣など要人の護衛を行う腕利きの武者たちである。
しかも、見る限り下っ端ではない。
恐らくは、それなりに高い身分の者が集められている。
普段は御所に控えている彼らが、何故こんなところへ――そう思った時のことだった。
「……っ!」
身を縮こませて、小娘は私の後ろに隠れる。酷く怯えた様子だ。
「どうした?」
「逃げないと……!」
「……逃げる? 何故?」
小娘が問いに答えるより先に、近衛の武者どもが突然こちらを睨みつける。
そして、大きな声で叫んだ。
「見つけたぞ丙号ッ!!」