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悪役令嬢役は辞めました。9

「お嬢様。お嬢様。」

微かに聞こえていたミツセの声が次第に大きくなる。ゆっくりと意識が覚醒して頭も回転し始める。

が、まだ頭の中ではガンガンと割れ鐘が鳴っている。

(気持ち悪い。)

「少し酔ったようだね。」

ミツセとは別の声がする。ソフィアはゆっくりと体を起こし、声の主を見る。

「アルフ。私、気を失って。」

「無理もないさ。何しろ自分の死を体験したんだから。精神的に弱い奴だと錯乱する事もあるくらいだから、まだまだ軽い方さ。」

そう言ってアルフは視線をミツセに移す。

「それよりそっちのお姉さん。いったい何物。全く平気なんて規格外だよ。」

「そうよ。ミツセは頼りになる規格外なの。」

「お嬢様。」

ミツセの微妙な反応にクスッと笑うソフィア。微笑む気力は出て来た様子で、そのままミツセとアルフに対し、改めて互いを紹介する。

「精霊にお目に掛かるのは初めてですが、噂に違わず美しいお姿でいらっしゃいます。」

確かにアルフの体型は小柄細身であるが、色白で均整がとれている。

「いやあ、その通りかも知れないけど、面と向かって言われると照れるなぁ。」

アルフは少し照れながらも満更でもない様子である。

「アルフ・インさん。先程の幻術は私の知るものとは異なるようでしたが。」

「アルフでいいよ。そうだね。まあ、元来人間が使う魔術と僕らが使う精霊術とは異なるからね。」

元々警戒心の乏しいアルフだが、上機嫌故に普段より饒舌になっていた。

「魔術では無い?」

「そうさ。我々、精霊の力の素は人間とは異なるから魔術は使えないけど、それ以前に先刻のはそもそも幻術じゃないのさ。」

一旦言葉を切った後徐に

「使ったのは重層現実。」

アルフは凄いでしょと言わんばかりに得意気に言う。しかし、

「重層現実?」

ミツセの反応は釈然としないものだった。

その反応を見て、アルフはそうだよね。知りたいよね。とばかりに満足気な笑みを浮かべ説明を始める。

「幻を空間投影したり、幻覚を見せるといったちゃちな代物じゃないのさ。重層現実は。さま、様々なシチュ、シチュエーションの虚構で組み上げた現実を.・・・重ね合わせて一つの現実を創り上げるのさ。」

「アルフ。それ、誰かの受け売りでしょ。」

アルフの少し辿々しい説明にソフィアはすかさず茶々を入れる。

それに対して

「お嬢様。一生懸命に説明して下さったアルフさんに失礼です。」

とミツセが窘める。

「お姉さん良い人だね。何か疑問に思う事があれば訊いて。僕に分かる事しか答えられないけど。」

アルフはミツセに笑顔を振り撒く。

「あれだけの術を展開するのであれば、魔力、のような物が相当量必要だと思うのですが、範囲を限定して消費量を少なくする為に鱗粉で結界を張ったのですか?」

「お姉さん凄いねえ。そうさ。お姉さんの言う魔力は僕等の霊力だと思うけど、やっぱり半端ない量を消費するよ。だから、虚構現実の設定を結界内に収めたって事。」

「それでは結界の外から結界内を観察した場合、どう見えますか?」

アルフはミツセの質問に感心するかのように大きく頭を前後に振った。

「ほんと面白いよ。お姉さん。目の付け所が。結界の外から見ても同じだよ。結界内は現実なんだ。」

「異なる現実を創り出す術、アルフさんのま、霊力は膨大なのですね。」

慣れない言葉に多少戸惑いながら感心するミツセに対し、少し申し訳無さそうにアルフは

「実を言うとボクの霊力量じゃ足りなくって、モト様から戴いた「神精力の雫」を使ったのさ。」

と答えてすぐ

「あ~、モト様っていうのはこの森の主様で神精霊なんだ。」

そこまで言って、ハタと思い出したように

「そう言えば、モト様がたまには顔を見せなさいって言ってたよ。」

とソフィアに向かって言った。

(グッジョブ!)

動作と言葉で表現したいのを堪えて、ソフィアは神妙な面持ちで返事を返す。

「モト様に数日中には伺いますと伝えておいて、アルフ。」

ソフィアのその言葉にミツセがすかさず反応する。

「お嬢様は神精霊様をご存知なのですか?」

外見ではよく分からなかったがアルフとの術談義で多少テンションが上がり気味だったミツセのボルテージがさらに上がたのが、言葉から感じとれた。

(掛かった。)

それはソフィアが最も期待していた台詞だった。

「モト様は私のひいおばあちゃんよ。」

(どう?驚いたでしょう。)

ミツセの顔に驚きの表情が浮かんでいた。

しかし、それも一瞬の事だった。

いつも冷静沈着で表情を変える事の無いミツセを驚かせるとっておきのネタだったのだが、期待ほどの結果は得られなかった。

(つまらないですけど、まぁこんなものでしょうね。)

しかし、この後のミツセの言葉にはソフィアの方が驚きというか感心させられた。

「お嬢様が精霊様とお知り合いなのは元より、魔術が苦手だったのも得心がいきました。」

僅かな時間でよくもまあ頭の回る事だと思う。

「大したことでは無いわ。所詮、人間の理の範疇の事ですもの。」

「ソフィアはその柵の中で生きなきゃいけないなんて大変だなぁ。これからはどうするんだ。」

「そうね。アルフのお陰で私達死んでるから、自由よね。」

気楽な言葉を発するソフィアに対してミツセは釘を刺す。

「お嬢様は行動を控える必要があります。何事も目立たないように。お嬢様の容姿や声は多くの方の印象に残っておりますので」

まあ、ミツセの言う事は正論である。

しかし、かく言うミツセ自身は?と思ったのを察知したかの様にミツセは

「お嬢様の放つ光で私の存在など霞んでしまいます。」

と言う。

(よく言うわね。ミツセのスキルの凄さは分かってるの。)

と思いつつも、素直になれないポーズを試みる。

「おとなしくしてるなんてヤダわ。姿を変えましょう。」

「おお、ホントの姿に戻るのか?」

(アルフさん、何でそうなるの?)

なんか突拍子もない発言が出たはずなのに普通に会話が続く。

仕方ないので、ソフィアも合わせる。

「そう。あの姿なら絶対わからない。」

「確かに姿は変わる。でも、性格は変わんないからな。」

アルフは忠告とも皮肉とも取れる言葉を悪戯っぽく言う。

「じゃあ、モト様の所絶対顔出さないと。」

「ええ、それから冒険者学校の入学試験かな。」

「クラッド共和国だったっけ?南の国境と接した小さな国だな。距離が有るが大丈夫か?」

「問題無いわ。最も大きな障害はアルフのお陰で解決したから、この地で少しゆっくりしてから向かうわ。」

それを聞いたアルフはソフィアとミツセにこれ以上ないような笑顔を振り撒いて

「じゃ、ボクもモト様に事の首尾を報告に行くよ。絶対顔見せに来いよ。」

と言って手を振って消え去ろうとした瞬間、パッと振り向いた。

アルフの背中に向かって振っていた2人の手が止まる。

「お姉さんは多層現実で自らの死を体験したのに何故平気だったの?」

「一言で言うなら、違和感。」

「違和感なんて・・・」

(あるはずない。)という言葉は先程の言葉の続きの衝撃で掻き消えた。

「ソフィア様を危険に晒したまま死ぬなんて有り得ませんので。」

(ブラボー!滅茶苦茶ソフィア大好き忠義の人じゃん。)

アルフは喜色満面の笑みを浮かべながら、

「モト様に良い土産が出来たよ。じゃあね。バイバイ。」

と言って消えた。

「さてと。」

ソフィアは大きく伸びをした。やっと一息つけるとばかりの表現だった。今日はあまりにもいろいろな事が起こり過ぎた。

「私達も行きましょうか。」

「はい、お嬢様。」

もういつも通りのミツセだった。今はそれが頼もしく安心する。

「まだ試験日まで余裕があるから、まずはお母様の墓前にお参りして、モト様にも挨拶をして行きましょうか。」

と言って歩き出したが、不意に振り返り

「森の中は不慣れでしょ。ちゃんと付いてきてね。逸れたら困るから。」

と笑顔で言う。

それに応えたミツセの

「はい、お嬢様。」

は、先程のより少し明るく聞こえた。

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