悪役令嬢役は辞めました。6
「なに?」
アイザックはシェリーに2つの質問があると言う。
「何故、襲撃をエンデ伯母上からだとわかった?」
その質問にシェリーは少し考える。
「そうね。質問内容を分解するわね。まず、襲撃という行為については聖女の力で。自分に迫る脅威の種類や規模を感じとれるから。」
「さすが、聖女様。」
ジョージのチャチャを無視して話を続ける。
「そして、エンデ様による襲撃と言ったのは、ソフィアさんから聞いていたからよ。」
「もしかして、あれか。」
「そう、少し前に食堂での出来事。いつもは私に嫌がらせをする友人達の後ろで黙って見ているだけのソフィアさんがいきなり強い口調で喋ったの。
『エンデお義母様が知ったら、あなたなんてすぐ消されるのだから。』
とね。皆、驚いてたわ。ソフィアさんのお友達も。」
「それを聞かされた時、俺も驚いたよ。まさか婚約破棄を回避する様な事を口にするとは。」
と言った後、再び言葉を繋ぐ。
「まあ、俺はフェイクだとすぐ分かったがな。10年以上の付き合いだ。」
「ふーん。仲がお宜しい事で。」
「何とでも言え。」
シェリーは微笑んで、
「私はその言葉を注意喚起を促しているものと解釈したの。」
一旦言葉を切ったシェリーはそのままこの場の全員の姿を見てから言葉を続けた。
「ここでアイザックの2つ目の質問にも答えて良いかな。」
「兄様はまだしモゴモゴ。」
ジョージは口をフィリップに押さえられ途中から何を言っているのかわからなくさせられた。
(俺はまだ2つ目の質問を言っていない。)
ジョージが言おうとしたのも同じだろう。
が、アイザックは言葉にしなかった。しなくて良かったと思った。
咄嗟に相手は聖女だと思い出した。今の様にフランクに話していると仲間内という気持ちが強くなる。しかし、シェリーは聖女。我々とは色んな面で一線を画す存在なのである。
「悪かったわ。たぶん、『襲撃を防いだ隠密がソフィアさんの手の者だと分かったのは何故か。』という質問だと推測したのだけれど。」
「ああ、その通りだ。」
(やはり、言わなくて良かった。)
「正直言って状況証拠しか無いけど。まず、ソフィアさんの問題発言に皆驚いたと言ったけど、驚かなかった人がいたの。私の友人ユウさんよ。」
「ユウさんですか。」
暫く耳を傾けていただけのフィリップが口を開いた。
「確か半年程前から貴方の傍で姿をよく見る方ですね。確か、当方の出身だと思いましたが、その他はよく分かりませんが。」
フィリップはいつものように淡々と話す。
「さすがフィリップ。私、聖女として色々旅していますけど、東方は行った事無くて、お話しを聞いているうちに仲良くなったの。確かに半年程前からね。でね、私の聖女の力を持ってしても彼女の存在って輪郭がぼやける感じ。ただ、何かと戦った痕跡が僅かに感じ取れたの。」
更にフィリップが追従する。
「彼女が隠密の可能性は非常に高いです。何度か拝見した時に身のこなしから、普通を装っていますが、相当高い身体能力を備えていると感じました。そして、シェリーが嫌がらせを受けた時のメンタルケアと嫌がらせを行ったソフィア嬢の友人達のフォローをしてましたから。心理戦も隠密の任の一つですので。」
「ホントよく見てるわね。フィリップは。でも、私から友人を排除する様な真似はやめてね。」
シェリーはやや頭を傾けてニッコリとフィリップに微笑む。
「貴方に危害が及ばない限り、無粋な真似は致しません。」
フィリップは眼鏡のフレームの中心を右手中指の腹で押し上げ、ニッコリと微笑みを返した。
「ありがと。」
「フィリップ。ご苦労。」
アイザックが労いの言葉をフィリップに発したのに反応したかのようにもジョージが、
「ねえ。兄様。皆んなの話聞いてるとソフィアは半年も前から今の状況を想定していたって事?」
と会話に割って入ってきた。
必要以上に目をキラキラさせて。
「あ、ああ。そうだな。よく分かったな。ジョージ。」
明らかに褒められるのを期待しているジョージに優しく声を掛ける。
ジョージは満面の笑みでそれを受けていた。
「確かにソフィアは俺がシェリーに接触した時点でこうなると予想していたのだろう。俺はソフィアが自分の冒険者になるという希望から、婚約破棄計画に対する積極的な言動をしていると思っていた。しかし、エンデ伯母様の件も理解していたとなると・・・。」
アイザックの言葉は途中から歯切れが悪くなり、遂には言葉を失った。
「私はソフィアさんとも友達になりたかったです。」
やや悲痛な面持ちで言ったシェリーの言葉にアイザックの言葉が続く。
「逃した魚は大きいか。」
シェリーはそれに追従してやや寂しげに言う。
「逃した魚はいつでも大きいわ。今回は特別に。」
すると、そんな雰囲気など感知せず、ジョージは元気いっぱいにこの場を締め括る。
「上手く逃げ切ると良いよね。兄様。」