悪役令嬢役は辞めました。3
(一体どうなっている。薬が効いていないのか。)
(それだけでは無い。何もできないお嬢様じゃないのか?あの体術は訓練されたものだ。)
困惑。
しかし、それも瞬間的なものだった。
自分達に命令を下さったエンデ様の為に。
隠密としてやり遂げなければいけないのは、ソフィア嬢の拉致。これのみ。ロバート殿は命の危険がない程度には痛め付けても良いと言われている。怖いお方だ。メイドは論外だが・・・。
そのメイドが案外手強い。多人数で攻撃しているにも関わらず、手傷を負わす事さえ出来ていない。ソフィア嬢付きのメイド。身辺警護も担っているだろうが手強い。
しかし、何としても任務を果たさなければ。
賊の攻撃が激しさを増した。
ソフィアら3人のうちまともに戦えているのはミツセだけだった。
ミツセはソフィア付きのメイドであるが、身の回りの世話だけでなく、護衛の任も兼ねていた。
ロバートも一対一であれば、遅れを取らないくらいの技量だった。
ソフィアに至っては無手でありながら、不意を突かれた最初以外は簡単には掴ませる事はなくなった。
だが、装いが良くなかった。裾を裂いたとはいえ、やはり動きを制限させていた。
更に賊が着ている体を覆うゆとりあるローブは攻撃してくるタイミングが読みにくい。また、目深に被ったフードも視線を隠して同様に厄介だった。
だが、最も厄介なのが賊の数。数で押され、3人は防戦一方になっていく。
だが、ここまで持ち堪えられているのは、ロバートとソフィアに関しては殺害を目的としていない為だった。ロバートへは戦闘からの排除。ソフィアは身柄の確保を目的としていた。
それ故に最も厄介なミツセの排除を優先させ、攻撃人数を分配し始めた。
こうなるとミツセの分が悪い。軽やかに相手の攻撃をかわし、反撃していたミツセのメイド服も数か所切り裂かれていた。傷は負っていないようだが。
(このままでは思惑通り事を運ばれてしまう。賭けてみるしかないわね。まだ、助けが来てくれるかどうか。)
「ミツセ!」
ソフィアは叫んだ。
ミツセはそれだけで理解したのか、すかさず移動してソフィアに向かう賊を更に自分に向ける様に少々無理な攻撃を試みソフィアに対する賊の手数を減らした。
ソフィアはその隙に胸元からペンダントを引っ張り出して付いているリングを引っ張った。
VIPの緊急事態を知らせるアイテムである。しかし、これを渡されたのは婚約者として身の安全を考慮しての事だった。今は婚約を破棄された身。効力を発揮するかは賭けだった。まだ、婚約破棄が広く知れ渡っていなければ或いは。それ程時間は経っていない。それが一縷の望みだった。
しかし、暫くしても何の音沙汰もない。
ミツセが孤軍奮闘するもののソフィアへの包囲網はジリジリと狭められていく。
(同じ学院内、情報が広まってしまって助けは来ないのでしょうか?)
しかし、その心配が杞憂であった事はすぐに判明した。
ソフィアに近づこうとした1人がいきなり吹き飛ばされたのである。
突然の事に他の賊の意識がソフィアから離れた。
ソフィアはその瞬間を逃さなかった。正面の賊の向う脛に蹴りを入れると態勢を崩した体の鳩尾に当て身、そしてそのまま体を掴んで自らの脚を跳ね上げる。ドレスの裾がフワリと舞いスラリとした脚が天を衝く。
賊の体が浮く。
ソフィアはその体を回転させる事なく下方に押し付け頭から地面に叩きつける。
ガツッと鈍い音がして賊は動かなくなった。
周りを見渡すと周囲には2人が切り捨てられていた。そして、先程ソフィアを助けた衛兵は吹き飛ばした賊にとどめを指していた。
しかし、これで終わりなどではない。新たな賊が襲いかかって来る。
だが、同時に衛兵の数も増え、数に於いても充分に渡り合える様になった。
一人一人の技能で言えば、賊の方が上とも言えなくもないのであるが、衛兵が来るまでの戦闘でソフィア、ロバートそしてミツセの抵抗による消耗は避けられず賊の戦力低下は余儀無くさせられた。
その事も手伝ってミツセとソフィアを助けた衛兵は賊を次々と撃破していった。
不意に何処からとも無く甲高い微かな笛の音が長く響き渡る。
すると、絶命している者、生きてはいるが自らの力で動くことが叶わぬ賊ーの上に青白い光を灯す魔法陣が浮び上がる。
その光が次第に広範囲となり賊の体を覆い尽くすとその体が黒い粒子となり消えていった。
ソフィアの一撃で意識を失った者も同じように消えていった。
戦闘中であった賊は皆いつの間にか姿を消していた。