悪役令嬢役は辞めました。2
ロバート・ヴェルヌは馬を急ぎ走らせていた。
王都の郊外にある屋敷に王宮からの使者が一報を届けに来た。
「王子が婚約を破棄された。」
それを聞いてロバートはすぐさま馬に乗り、学院を目指した。
何となく予感があった。
卒院生歓送パーティーへの招待状が来ていなかった。
所用の為辞退する事はあっても、招待状自体が来ない事はまず無かった。
何か来られてはまずい事があると考えていた。
そして、近日耳にしていたソフィアに関する噂。
ソフィアも考えがあっての事と思っていたが、それらを加味してパーティーで何かが起こると予測していた。
その何かとは婚約破棄であろうとも。
そうなった時は至急現妻エンデから離した方が良いと考えた。
ただし、娘とはいえ年頃の女性の身支度を勝手にやる訳にもいかず、当面の路銀、生活費を用意するに留まった。しかし、親だからこその心配で、用意されたのは貨幣のみならず宝石、貴金属にも至った。
知らせを受けた時、もしやと思いソフィア付きのメイド、ミツセの姿を探したが姿はなかった。
もしかしてソフィアも今日あたり思うところがあって最低限の荷物は準備させたのだろうと思った。
王子との婚約は親同士で決めた事。ソフィアにはソフィアの人生がある。やりたい事もあるのだろう。しかし、ソフィアはヴェルヌ家そして私の立場を考慮して策略を練ったのだろう。王子の方から婚約破棄を言い出すように。
「まったく、呆れるくらい聡明だよ。」
ロバートは馬上で苦笑した。
ただ問題なのは現妻エンデ。
彼女は現国王の一つ違いの姉君であり、国王が妻を早くに無くした私に無理矢理あてがわれた存在であった。
そのエンデがある理由で最もソフィアの婚約に乗り気であり、婚約破棄ともなれば大きなダメージを受けるのは必至だった。
エンデは支度に用意が掛かる。王もしくは王子と会うつもりであろうから軽装という訳にはいかない。メイド達にもその旨を充分に言い聞かせておいた。
時間稼ぎと資金。自分に出来る事はこれぐらいだと腰にぶら下げた袋を撫でた。
「お父様。知らせを受けてからどれくらい時間が経っておりますの?」
ソフィアは一直線にツカツカとロバートに詰め寄った。
「えぅ、ああ。そうだな。15分から20分位だと思うが。」
ソフィアの剣幕に押されながらロバートは答えた。
(どう言う事?私が婚約破棄を言い渡される15分以上前に父への伝令が出てた?)
「ソフィア。このような事になってすまなかった。」
「お父様。何を謝っていらっしゃいますの。謝るのは私の方ですわ。」
ロバートのいきなりの謝罪に困った。余りに思い当たる節がありすぎて。
「噂の件か。分かっている。君がフォローもしているという事も。親同士で決めた事で苦労掛けてしまった。」
と言ってロバートは腰にぶら下げていた袋をソフィアに手渡した。
渡された袋に思わず
「えっ。」
と声を挙げた。
「君はここからエンデの手が届かない所へ行かなければいけない。荷物になるかもしれないが、路銀や生活費の足しにして欲しい。」
手渡された袋はズッシリと重かった。
(お父様には全て見透かされている。それでいて助けて下さろうとしている。
「お父様。私。」
「今、娘にしてやれる精一杯」
とロバートの言葉が途中で切られた。
ソフィアはいきなり強く手首を掴まれた。
針に刺された様なチクッとした痛みがあった。
「お嬢様。」
ソフィアのやや後方に立っていたメイドのミツセが声を掛ける。
その時にはソフィアの腕を掴んでいる賊の肘辺りを強く把握して力を緩めさせたところを素早く引き外し、反対の手で相手の顎に掌底を喰らわせていた。
相手は大きく吹き飛ばされていた。が、地面に着くと同時に体を回転させ、身を低くしてこちらを伺う態勢をとった。
(フードの分だけミツセの掌底を跳んでかわす余裕が出来たか。)
(しかし、完全にはかわしきれなかったようですね。)
ソフィアは次に襲いかかってきた賊を軽くいなしながら、未だに動かない賊を見て考えていた。
襲いかかってきた賊は様子を見ている。
(一体何をしているの?)
その時掴まれた箇所に小さな発赤があったが、すぐに消えた。
「インフォ。」
小声で唱える。
ソフィアの目の前に小さなウィンドウが次々と現れる。
それらを瞬時に読み取り、必要な情報を得る。
ソフィアの固有スキル「インフォメーション」略して「インフォ」である。
(私の体に射ち込まれたのは『眠り傀儡』。私の拉致が目的ですか。多分、お義母様の隠密ですね。)
ソフィアの義母のエンデが所有する隠密。
隠密は拉致、謀略、暗殺等貴族が表立って行動出来ない事を遂行する為の組織である。その規模、活動内容等により二つ名で呼ばれる事もあり、エンデの隠密組織は『女帝の強賊』と呼ばれている。
『眠り傀儡』は隠密が好んで使う催眠剤である。この薬は効果の出現が極めて早く、その効能は思考レベルを低下させる事で自立行動を阻害すると共に、特殊なリズムの言葉で命令されると自分の意思とは関係無しに行動させられる極めて非人道的な薬剤である。その為、拉致、謀略、暗殺等とさまざまな状況に於いて、使用される事が多かった。
しかし、ソフィアには効果が無かった。手首の発赤も綺麗に消えていた。
それは怪我、病気、薬物中毒等ソフィアの身体に異常が生じた場合、瞬時に正常状態に復元する、ひいお祖母様より授かった祝福『リストア』の効果によるものだった。
(これには本当にお世話になっているわ。)
ソフィアは改めて感謝するのだった。