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悪役令嬢役は辞めました。1

「ソフィア・ヴェルヌ。お前との婚約はこの場で解消する。理由は分かるな。」

アトラス王立高等教育学校アトラス学院のイベント棟にある5つの会場のうち盛大な行事が行われるクリスタルホール。

その装飾は過美ではないが、天井や壁の装飾、照明そして床に至るまで厳かさと華やかさを合わせ持つこのホールで卒院生歓送パーティーが盛大に行われていた。

そこで今、アトラス王国第一王子アイザック・K・ディックの声がホールに響き渡った。

その華やかな雰囲気に準じた華やかな出で立ちの王子が華やかさにそぐわない言葉が一瞬の静寂をもたらす。

学年末を締め括る懇親会に出席していた在校生及び招待客のほぼ全員が一斉に静まり返った中、ソフィアがその場に崩れ落ちる衣擦れの音が微かに聞こえた。

(やっぱりこのタイミングだったわね。予想通り。でも・・・)

ソフィアは顔が緩みそうになるのを堪えていた。

(取り敢えずショックで崩れ落ちると言った様相を呈してみたけど、あとはどうしたら良いのかしら。泣く?叫ぶ?怒る?)

ソフィアは今の状況に最も適切な対応を考えていた。

が、すぐに時間切れとなった。

「何を呆然としている。もうお前の姿は見たくない。即刻退出せよ。それともこの場でお前の悪行の数々を披露しても良いが。」

アイザックから強い叱責と侮蔑の言葉が放たれる。

それが合図かのように静まり返っていたホールがざわめき出す。

「俺見たぜ。中庭で聖女様に罵詈雑言あびせてるのを。」

「私は食堂で嫌がらせしているところ見たわ。」

「あんなだから王子の心も離れてしまうのさ。」

要は聖女と呼ばれ、皆に優しく愛されているシェリーを虐めているソフィアへの糾弾である。

王子の傍らにこの処シェリーがいること多いので嫉妬していると皆が認識しているのを知り、ソフィアの顔が緩みそうになる。

何とか堪え、更なる糾弾に耐えるフリをする。

「しかも自分は遠巻きで見て笑ってわよ。ホント気持ち悪い。」

「自分の手を汚さず取り巻きを使ってやるなんて、卑劣極まり無い悪女だな。」

「でも、あれって侯爵令嬢や婚約者の権力を笠に仕方なくやらされてたみたいよ。」

「何!酷い奴だな。」

「かわいそうよね。」

(ここまで筋書き通り運んでいるなんて。)

ソフィアはとうとう我慢出来ずついニヤッと笑ってしまった。

「おい!アイツ今笑ったぞ。」

「気持ち悪い。」

「お前なんか生きてる価値無いから、この世から消えろ。」

「そうだ、そうだ。消えろ。」

「消えろ。」「消えろ。」「消えろ。」「消えろ。」「消えろ。」

ホール全体を揺るがす程のいつ終わるともない「消えろ。」コール。

「静粛に。」

アイザックは両腕を大きく広げ、騒乱を止める。

「皆が聖女シェリーの事を思い、悪の所業に心を傷めてくれていた事はよく分かった。ただ、ソフィア嬢は私の婚約者であった身。婚約解消という彼女にとって最も不本意な結末で収めさせて欲しい。後は彼女自身が身の振り方を考えるであろう。それくらいの道義心は残っている事を期待する。」

ホールが歓声に包まれる。

それに応えるかのようにアイザックは左右に顔を向けて、人差し指で一点を示した。

ホールの出入り口だった。

「ジョージ、フィリップ。ソフィア嬢を退出して差し上げろ。そして、祝宴の再開だ。」

その言葉に呼応して王子の両脇を固めていた2人が動く。

リリーはいきなり両脇を抱えられ、ズルズルと引き摺られていく。

右腕は国王の四男、つまりアイザック王子の弟ジョージ様、左腕は将来アイザック王子が即位された折には宰相となると目されていて、現在も有能な片腕としてアイザック王子を支えているフィリップ様に抱えられたこの態勢、状況が状況で無ければ女性なら誰もが羨むようなシチュエーションであろう。

だが、現実は.、.・・・。

ホールの外に連れ出されたソフィアは放り出されるかと思い身構えたが、ゆっくり優しく床に座らされただけだった。

そのまま床にへたり込んでいるソフィアの目の前で全面に細かな彫刻が施された扉が重い音と共に固く閉じられる。

ソフィアは胸の前でぐーっと溜めた両拳を思い切り天に向かって突き出すと、一言叫ぶ。

「やりましたわ!」

(遂に、遂に、遂に終わりました。婚約破棄のイベント。)

(これで悪役令嬢の役を辞める事が出来るわ。悪役令嬢って結構大変なのね。二度とごめんだわ。)

(友達にもシェリーさんにも嫌な思いさせてしまって申し訳なかったわ。)

(そう言えばアイザック王子の傍らにシェリーさん居ませんでしたわね。まあ、その方が彼女にとっても、王子にとっても良いかも。)

ソフィアの頭の中にいろいろな想いが湧き上がっていた。

が、それを一旦中止して、スックと立ち上がり、玄関に向かって疾風の如く駆け出す。

(ここからは時間との勝負。)

そう、ソフィアは義母エンデから婚約破棄が伝わる迄に出来るだけ遠くに逃避しておく必要があった。

さもなくばあらゆる手を使ってソフィアを拘束し、婚約破棄を撤回させようとするだろう。

(今が唯一無二のチャンス。この機会を逃したら、永遠に自由に外に出る事が出来なくなってしまう。)

裏に隠してある馬の所まで全力疾走。

ドレスもヒールもソフィアの全力疾走を妨げない。ドレスの裾を大きく舞い踊らせる彼女の走りが誰の目に留まらないのは残念至極と言えよう。

(長いわね。この廊下。)

赤いカーペットがずっと敷かれている廊下。

気が急いている為かいつもより長く感じる。

建物の玄関が近づくとソフィアは歩みを緩めた。

玄関の扉には2人の衛士が立っていた。

衛士の1人がソフィアの姿を見て、声を掛けてきた。

「ソフィア様。どうなされましたか?」

「ご苦労様。急用が出来たので、先に退出させて頂くわ。迎えが表で待っているようなので失礼するわね。」

婚約破棄の話が出てから5分程度。流石に衛士達の耳には届いていないようだったので、普通に労いの言葉と用件を伝えた。

「そうでしたか。お気を付けて。」

そう言うと衛士は重厚な扉を徐に押し開けた。

「ありがとう。」

ソフィアは軽く会釈して外に出た。ゆっくりと歩をすすめながら、後ろで扉が閉まるのを確認していた。完全に閉じたら裏庭へ走る用意をして。

とその時だった。

「ソフィア。大変だったな。」

と声を掛けられた。

ソフィアの父ロバート・ヴェルヌだった。

「王子から婚約破棄を言い渡されたと聞いて急いで駆けつけたんだ。」

その言葉を聞き、ソフィアは混乱した。

「何言ってるの?まだ5分位しか経っていないのよ。屋敷からここまで来るだけでも10分はかかるわ。」


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