心の色を見よ
長老が提供してくれた「離れの家」へ戻り、頂いた飲み水を水筒に入れて外へ出る。村の中央にあるベンチには数人の子供が先に居て、ジュゼの周囲にも若者や子供がくっついている。こんなことを言っては身もフタもないが、彼女には戦いがふさわしくないようにも思える。心穏やかな者の周りには、それを慕う人々が集まるものなのだ。
ベンチに戻って水を飲む。
「どうしてお姉ちゃんは戦うの!?旅しながらさあ!」
これにジュゼは何と、こんな風に応えたのだ。
「納得したいから……かな。納得すると、より深く経験を得られるの」
「どういう意味ー?」けげんそうな表情である。
彼女は子供相手でも「子供扱い」はしない信条らしい。
別の男の子から「剣を見たい」と言われて断った。
「危ないから。……これは本物なの」
「本物だから見合いんじゃん~!!」
ジュゼの剣は細身のグレートソードで、一般の大剣よりも軽く出来ており扱いやすい。柄にはグリップしやすいように、革の帯が巻きつけられている。
「鬼を退治できるの!?したらまた居なくなっちゃうの~!?」
「ずっとここに居なよ!ぼくたちと一緒にさあ!!」
「お姉ちゃん、もっと歌を教えて?」
「旅に出るんならさあ、ぼくを連れて行ってよ」
「できるの!?ねえ、退治できるの?」
「そうじゃないの」と女剣士。「できるできないではなくて……」
子供の一人が彼女の手に触れて、お互いにハッと手を引いた。ジュゼはその子の手が温かくて。その子は女剣士の手が冷たくて驚いたのである。
* * *
雪は今、久しぶりに止んでいる。雲の間からは太陽さえ顔をのぞかせていた。日光が、積もった白いカタマリを少しだけとかして、陽の光をキラキラと反射している。子供たちはそれを手に取って珍しそうに眺めている。そんな毎日が続くといいなと思っていた。楽しい日々がいつまでも続くと錯覚してしまうのだ、私たちというものは。
被害に遭った人や建物を見ても冷ややかな反応のジュゼ。長老が彼女に、村の中で自由に行動して良いと言ってくれたので、鬼の害の大きさを見て回っているのである。
「あの女の心の素顔が見えん。気に食わんな」と村長。
女剣士ジュゼの心の色は?
彼女はその後で岩山へ行ってみると告げた。
「あたしが居ると鬼は村へ現れないかも知れない。だからこっちから探しに行くわ……!」
「気をつけてね」
「早く帰って来てね!」
慎重にうなずくジュゼ。村はずれにある岩山へ向かう。上の方から小川が流れて来ている。ここ一週間で積もった雪がとけて流れているのだ。
まるで脈打つ心臓の鼓動のように、とけては水と化し、再び凍りつくをくり返す川。なぜそのような現象が起こっているのだろう?女剣士は、見ても顔色ひとつ変えない。
* * *
岩山へ登ってみると、村よりもずっと多くの雪が積もっていた。それが少しずつとけて小川になり、サラサラと村の方へ流れてゆく。村人たちはこれを当面の飲み水や生活用水として利用しているのだ。
ところどころに黒い岩肌が見えているが、山のほとんどは雪に埋もれている。荒らされた形跡は無いので、村の人たちはここへ来ないと見える。雪深いのに、ジュゼは足を取られることなく山を探索して行く。
左手の大きな岩の陰に小さな雪ダルマを見つけた。なぜこんなところに?妙だ。やっぱり村人はここへ来るのだろうか。しかし人の足跡は無かったはず。そう考えた直後、突然の暴風と共に雪が降り始める。風は足元からも吹き上げて来る。
吹雪の中で立ち尽くす女剣士。その姿は途方もなく一人ぼっちに思えた。
ひざの高さだった雪ダルマに雪が引き寄せられてゆく……見る見るうちにそれは大きな<吹雪の鬼>へと姿を変えた。腰に下げた鞘から剣を抜き放ちつつ、ジュゼは思った。ここでならば何の邪魔も入らずに鬼と向き合えると。「向き合う」とはどういう意味なのだ?
もし村の子供たちがこれから戦おうとしている彼女を見たら、何と言うだろう……ジュゼ!?