鬼と村と
村長と長老はジュゼを雇うかどうか、もう一度話し合いを始めた。その間、ジュゼは長老の所有する離れの家で休んでいる。
長老は訊いた。
「倒せるのかね……鬼を!?」
「わからないわ。雇うのならば金貨一枚、後払いよ?」
金貨一枚は寂れた村で大金だ。
「それと食事、私のための空き家を一軒貸して頂くわ」
こうしたやり取りがあった。
マハドの村は地方の荒れた地にある。水場が遠くて不便だが、貧しくて他の土地へ移ろうにも「資金」が無い。人々はそこで耐えて炭焼きや少ない農作物をこしらえて暮らしていた。ここでは季節の変化もあまり感じられない。
「今回のような事態は初めてです。慎重に対応を」
「そのための長老であろうよ、ワシは」
話し合いをしている村長は険しい表情を崩さない。長老は、村人にとって知恵を与えてくれる先生……あるいは村の「生きた守り神」のように敬われている。
現在は冬に当たる。しかし雨量の少ないマハドでは、これまでに雪など降らなかった。それが一週間前から雪もようとなり、一面の銀世界が現れたのだ。村人たちは寒さに震えつつも火で雪をとかして、飲み水や作業用の水として使い、この珍しい雪の冬をしのいでいた。
そこへ巨大な魔物が現れる。見た者は「雪から生まれた鬼だ」とささやき合った。長老はしかしこれを<吹雪の鬼>と呼んだ。ずっと昔の記憶をたどって。襲われてけが人も出るに至り、鬼を退治し得る一人の戦士が呼ばれた。それがジュゼという訳である。
* * *
彼女は食事をとっている。長老の孫娘さんが運んで来てくれたものだ。温かいチキンスープ。野菜もたくさん入っている、ごちそうだ。戦う者にとって食事というのは死活問題である。いざという時に身体がキレないと、やられてしまいかねない。雪をとかした飲み水も分けてもらった。温かくてほっとする。女剣士は座って体を休めている。
「被害が拡大する前に何とかしたいものね」
彼女の言葉を聞く者は、今は居ない。
ジュゼは長身であり女性にしては珍しいほど。その点で一般の男性に引けは取らない。まさしく雪のように透き通った白い肌。はっきりした目鼻立ちは、戦う者だからか、厳くもそれだけに美しい。白いコートを着ているので遠目には本当に雪女にも見えよう。年齢は二十代後半から三十代前半ぐらいか。長い黒髪は濡れたような光沢で、肩や背中まである。
なに故に戦うのだろう、彼女は?人間にとって最も手ごわい敵は外部にではなく、己の内にある。それはジュゼも承知しているはずだ。しかし今の「敵」は<吹雪の鬼>である。彼女らの世界において鬼は現実のものだ。決して珍しくない。
人の放つ「悪い気」や「歪んだ想念」あるいは「まちがった考えの終わらない循環」といった負のエネルギーが、モノや動物に宿り……ときには人にも宿ってしまう……里や人を襲う<鬼>と化すのである。
今回、鬼は「吹雪」に宿ったようす。そうした例は少なく、あまり聞かない。ジュゼはこれを専門に相手する剣士なのだろうか。彼女の口からは、そうした言葉は出て来ない。
* * *
「雪だわ」とジュゼ。家の中から隙間を通して見たのだ。昼を過ぎてちらほらと降り始める。これと時を同じくして、何か大きな者の足音がドシン!ドシン!と聞こえ出す。足元にも振動が伝わって来る。鬼が現れた。
頭までの高さは3mあろうか、巨体を揺らしながら地響きを立てて歩いて来る。<吹雪の鬼>は、ふいに何ごとかを叫んだ!恐ろしいうなり声は風に乗って村の隅々まで届く。村の人々はとっくに自分の家へ引き返している。
素早く帯剣してジュゼは家を出、鬼を目視する。風が強く吹き始めた。それにともなって鬼の体へ雪がまとわり付いてゆく。見る見る内に「それ」は5mの高さへ変化した。女剣士が村を駆けて鬼の前に出る。勇敢にも鬼の進路へ立ちふさがるように。すると雪の魔物は何とも悩まし気な声を上げた。同時に一陣の風が通り過ぎて……それが去ると<吹雪の鬼>は姿を消していた。
初対決では剣を抜かなかったジュゼ。辺りが落ち着きを取り戻すと長老がやって来た。村長も後に続く。
「お主を雇おう、ジュゼさん。鬼退治をお願いする。非常時の長老の権限でな」