春の予感の歌と共に
不思議な話だが……ジュゼがマハドの村へ呼ばれたいきさつはこうだ。その昔、長老の息子が町へ出て「雪と共に現れる美しい一人の女剣士が、魔物を倒して事件を解決した」という評判を耳にする。<剣士ジュゼ宛て>で助けを求める手紙を出すと、不思議なことに彼女の元へ届いて呼んだ者のところへ来てくれるのだとも。
息子から話を聞いた長老は、三日前に半信半疑で<剣士ジュゼ宛て>に手紙を出した。そして今回、本当に「白い女剣士」が村へやって来てくれたという訳だったのである。
村人たちは「話し合い」の決着がつかず、それぞれの家に引き返した。そして戸の陰から、窓の隙間から、女剣士のようすを観察している。その女剣士ジュゼは村の中央にある古いベンチに腰かけて、両手をひざの上に置き辺りを見回した。やおら歌い始める。
「あなたは春に吹き渡る風 私のほほをくすぐって笑う。
あなたは春に吹き渡る風 冬の終わりに私を追い越して行った。
ポチャッポチャッ……雪はとけて屋根から木々からすべり落ちはねる。
春を告げる風は強く吹く 冬の憂いをぬぐい去って消えた」
ガタン!と、どこかの家の中で物音がした。剣士は一度もそちらを見ずに続きを歌い出す。
「草の匂い花の香り 遠い異国から渡って来た。
草の匂い花の香り 季節は西からめぐって来た。
ここへおいでよ、ここへおいで!芽吹きの音を一緒に聞こう。
春を告げる風は強く吹く 冬の暗がりは照らされて消えた」
* * *
ジュゼは歌い終えると、しばらく目を閉じて微笑んでいた。村は再び静けさを取り戻し、誰かが最初に動くのをじっと待っているようである。
村人たちは家の内からジュゼに注目している。ひとつの戸が開いて少年がタッタッと女剣士の元へ走ってゆく。それを合図に年若い人たちが建物から出て来た。ジュゼは立ち上がり会釈する。彼女の優雅な身のこなしに惹かれる村人たち。
「お姉ちゃん、戦えるの!?」
「強いの!?鬼をやっつけてくれる?」
「ねえお姉ちゃん、雪女?」笑うジュゼ。
「雪女じゃないわ」
その白い笑顔を赤い口紅が彩る。彼女の妖艶さに大人は動揺する。
「笑ったー!ねえねえ、ほっぺにエクボが出来るのね。ステキ!」とは女子の意見だ。
「もうすぐ春が来る?春ってさあ、どんなの?」
しかし大人たちは警戒心をとかない。こんなことを言った。
「あんた、いつまでこの村に居るつもりだね?」
「おい……そんなこと言ったら失礼だよ」
多くの人々は現状が変化するのを嫌がる。自分の立場や考えを見直すことに抵抗を感じる。めんどうでもあろう。それだけではないかも知れない。事情は色々であるだろう。
* * *
大人たちの内、幾らかは手に武器さえ持っている。そんなに女剣士ジュゼを恐れているのだろうか。コミュニケーション不足は恐怖心を生む。彼らにはもっと話し合いの場が必要であろう。
井戸の水はとっくに枯れていて、5km離れた川まで水を汲みに往復3時間半かかる。水への渇望が村の人々の神経をいら立たせているのも確かだ。慣れていない雪と寒さもまた、村人たちの心を圧迫しているようである。
「少し見せて頂こうかしら」
立ち上がり、ベンチを離れて村のようすを調べ始める。人口は180人以上だと、村の若い人から教わった。ジュゼは、その多くが木造である家々を見て回る。<吹雪の鬼>が破壊したと少年が指さす先に、凄い力で上からたたき潰されたと思われる、家の屋根に目をこらす。
相手は相当に大きくて腕力も強いと見た。危険な鬼だ。用心してかからねばならない。よくある小鬼退治とは訳が違う。
「鬼、強そう?」と少年。
ジュゼの周りを若い人たちが囲っている。
「そうね……ちょっと手ごわそうだわ」
へえーそうなんだ!と、子供たち。
一体、彼女はどんな信念の元に鬼退治をするのだろう。