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第五話

 ウィスタとは魔法の杖が形を変えたモノである。

 そのため素材は魔力マリキスを増幅出来るもので構成されており、その殆どが希少性の高い、高価なものだった。

 そうした関係から富める街で無ければウィスタの保有、運用は難しい。


 竜馬が厄介になっているこのロザリアム街のウィスタの保有数は現在十二機。

 その数は近隣の街と比べても上位にあるとはロイの談だ。

 安全なこの街には人が集まる。住人はこの街から追い出されたくないから民度が高まる。治安が良ければ活気が増す。と、この街が栄えるのは必然。

 逆にウィスタが無ければ災獣ディザストから街が守れず、守れなければ住人は安寧を求めて去ってしまう。住人が減少すれば街は税収が見込めず、ウィスタの保有など夢のまた夢と悪循環に陥る。

 以上のことから、優秀なウィスタの数がそのまま国力を表すと言っても過言ではなかった。


 竜馬は幸運にも、ミスカがこの豊かな街へ連れてきてくれた。

 でなければ自分はどうなっていたか。

 運よくどこかの街を見つけて潜り込めたとしても、食事すらままならず野垂れ死にしていてもおかしくない。それ以前に、街に辿り着くことすら叶わず、災獣ディザストの胃袋に収まっていたであろう。

 こうして窓からのんびり星空の夜を眺める余裕などなかったことは確かだ。

 ウィスタを動かしてから、竜馬の待遇は格段に変わった。割り当てられた寮のようなこの部屋は、プライバシーの守られる個人用のもの。ベッドの寝心地も随分増した。近いうちに給金も支給されるという。

 利害が一致した結果とはいえ、その切欠を作ってくれたのはやはり彼女のお陰。どれだけ感謝しても足りることはない。


 同時に、ミスカは何故自分に親切にしてくれたのだろう、という疑問も湧く。

 身分も身寄りも資産もない自分を保護して彼女にメリットがあるとは思えない。

 寧ろ、不審人物を招き入れたとして生じるリスクのが大きいような気がする。

 何故そこまでしてくれるのか。彼女の真意を知りたい、と思う竜馬であった。


     ◇


 執務室のアリウスのもとに訪れたのは二人の人物。

 一人はロイ、もう一人はティニアである。

 三人は部屋の中央に位置する来客用のテーブルの席に着き、自らの手で入れたお茶で喉を潤していた。


「二人が来た、ということは例の異世界人の件だな?」


 アリウスが二人に問う。それに答えたのはティニアだ。


「はい、報告と確認したい件がございまして」


「そうか。まず、報告から訊こう」


「彼の魔力マリキスは驚くべき保有量でした。恐らくはミスカ以上、いえ――、アリウス様の妹君であるリオーネ様をも凌ぐ逸材かと」


「ほう、あの規格外を超えるか」


「はい。ただ、ウィスタをどのような原理で動かしているか皆目見当が付きません。魔力マリキスを源にしているのは確実なのですが、ミスカの報告に違わず魔法を使っている形跡はないのです」


「間違いないのだな?」


「そうですね、まず魔導師達の使う操作マリオネットの魔法では前進後退、方向転換、後は屈伸を利用したジャンプぐらいなのはご存じかと。しかし彼の手に掛かれば我々人間が取る動作の殆ど、例えば歩調を変えてスキップ、物を掴み投擲するなど、制限なくウィスタに行わせることが可能です。このような魔法の存在は聞いたことはありません」


「ほう、物を投げる、か。我々の知らない未知の魔法、あるいは彼固有の能力ということか」


「そうですね、なので解析を急ぎたいのは山々ですが何分なにぶん手探り状態。もう少し時間が掛かると予想されます……」


「いずれにせよ、ウィスタの次なる発展に繋がる可能性が大いにある。今後原理の解明には特に注力せよ」


「賜りました。それともう一つの確認の件ですが、アリウス様はあの少年の今後の処遇をどうお考えですか? あのまま研究材料として扱うだけなのは少々勿体ないと思いまして」


「それは魔導師として育てろ、という解釈でいいのか?」


「この世界の魔導師は需要に対し、絶対数があまりにも少ないのは言うまでもありません。無論、素性不明とは伺っております故、性格、素行など十分見極めてからとは思いますが、上手く取り込めばこの街の大きな戦力になるかと。本人もそれを望んでいる節があります」


 このティニアの進言は、この世界の常識から大きく外れる意見ではない。見込みある才能は積極的に取り込むべきと考えるのは恐らく多数派だ。

 ただ竜馬の場合、自らを異世界人などと名乗っている。アリウスは竜馬の言葉を端から否定しなかったが、だからといって鵜呑みにしているわけではなかった。

 この世界でも異世界の存在は所謂お伽話でしかなく、頭を疑われてもおかしくない。

 アリウスが慎重になっていたのも無理からぬ話だ。


「ロイ、君の意見を聞きたい。君の目には彼はどう映った?」


 アリウスから話を振られ、ずっと聞き役に徹していたロイが口を開く。


「まず間者の線は極めて低いでしょう。我が街のウィスタの技術を盗むために、あれだけの素質をむざむざ手放すとは思えませんから」


 災獣ディザストは、この世界の住人共通の敵であるのは周知の事実。

 だからといって、全ての街が協力体制を敷いているわけではなかった。

 ウィスタには莫大な金が掛かる。制作、維持は勿論だが、より性能を上げるための研究開発への投資も欠かせないものになっていた。

 そうした背景から、近隣の優れたウィスタの技術を狙っている街も少なくない。当たり前だが、投資をした側はその行為を許せる筈もない。


 このロザリアムも狙われた過去がある。幸い未遂で終わったが。

 しかし、優秀な魔導師候補を失ってまで、ウィスタの技術を得たいかと言えばノーとなる。

 簡単な話だ。ウィスタは資金さえあれば手に入るが、魔導師の才能はこの時代においては希少な資源だからである。

 送り込んだ間者が帰ってくる保証はない。そんなリスクを犯してまで、貴重な魔導師候補を間者に仕立て上げるのは勿体ないということだ。


「正直、異世界人ってのも強ち嘘ではないのでは、と思えています。とにかくウィスタや魔法の知識が皆無。反応見ていても一々バカ正直で、何かにつけて新鮮に感じている。あの目の輝きは演技で出来るものではありません。それからティニアに対して魔法を覚えたいといった件ですが、それは魔導師に対する憧れより、ウィスタに乗りたいという強い欲望から。我々の価値観とは、大きなズレを感じますね」


 この世界の魔導師は、誰しもが憧れる職業のトップである。

 地位と富が約束され、しかも住人からは守り手として感謝されるのだから当然と言えよう。

 だがロイには、竜馬からそうした野心があまり感じられなかったのだ。


「幸い彼はウィスタの件を抜きにしても、この街に腰を据えたいと考えている節があります。加えて保護した我々に、特に窮地を救われたミスカには恩義を感じているようで、こちらが受け入れる姿勢を見せれば協力を惜しまない気がしますね」


「そうか。君の見立てがそうならそうなんだろうな、君の目を信じよう。ではティニア、研究の頃合いを見図って、彼に魔法の指導の手配を頼む」


「わかりました。老師のところで問題ございませんか?」


「……うむ、構わないだろう」


「ところで話は変わりますが」


「なんだ?」


「お茶の葉を変えられましたか?」


「ああ、珍しいヤツらしいのだが、好みではなかったか?」


「いえ、味も香りも好みです。ただ、わたくしなどが口にしていい品質のものではないですよね?」


 ティーカップに残る琥珀色の液体へと視線を落とすティニアの疑問。

 表情を緩めながら答えるアリウスの雰囲気は、先程までの堅苦しい上司部下の関係から和やかな友人とのものへと変化していた。


「気にするな。こうして君たち二人といる時間は、私にとって寛げる限られた時間なのだよ。その礼だと思ってくれ」


「アリウス様は多忙ですからね。部下に任せられるところは一任し、もう少しご自愛なさって下さい」


「分かってはいるが、自分の目で確かめないと気が済まない性分なんだ。その分安心して任せられる君ら二人に皺寄せがいってるのは理解しているし、本当にすまないと思ってはいる」


「オレは構いませんよ。ドンドン頼って下さい、アリウス様」


「貴方はそのまま右から左、他人に押し付けるだけじゃない」


「人聞きの悪いことは言わないでくれティニア。オレはオレより上手くこなせる相手に任せてるんだ」


「でも、押し付けられた相手はいつもひーひー言ってるわよ」


 そのロイとティニアの軽口の叩き合いに、アリウスは楽しげに笑みを深める。


「それで大きな問題になってないのも事実。人の見極めについては是非、私が見習うべき能力だな」


「唯一無二、そこだけですよアリウス様。間違ってもロイのちゃらんぽらんな部分だけは真似しないで下さいね」


「了解した。さて、まつりごとの目途ついたし、私もウィスタの研究に戻ろうかと思う」


「ご自愛下さいとお伝えしたばかりですが」


「理解している。しかしウィスタの技術開発は、ロザリアム街の王としても、カーライル家当主としても私がやらなければならない責務なんだ。だから私から取り上げないでくれ」


 アリウスのそのやや寂しげな言葉に、ティニア、ロイは神妙な顔付きになり、何も言えなくなるのだった。

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