第二十五話
悪食と影毛牙を無事討伐し、任務を終えた竜馬は屋敷へと帰宅する。やはり自分の居場所があるというのは実に心が落ち着く。
門を潜り、玄関を跨ぐが出迎えはなかった。
何となく期待はしていたが、無いからと言って文句を付けたいわけじゃない。
留守は預かってくれている筈で、現に屋敷の奥からは物音が聞こえてくる。
この屋敷で働き出してまだ日が浅い。竜馬も把握していないやるべきことが色々とあって忙しいのだろう。そう思うことにして居間に向かうと、目を疑った。
部屋の中央にはテーブルが鎮座し、それを取り囲むようにソファが配してあるのだが、その一つに一人のメイド――、アンナミラが横たわっていたのだ。
体調不良かと顔を覗き込むも、クッションを枕にして実に気持ちよさそうに寝息を立てている。ならばただの休憩中かと思い、起こしては可哀そうかと抜き足差し足でこの場を去ろうとするが、そこに何故かフライパンを携えたフォニが険しい形相で入室してきた。
目が合うと一瞬、驚いた顔を見せるが、すぐに笑みを取り繕い会釈する。だが、再び持ち上げた顔には怒りの感情が貼り付いており、スタスタと竜馬の前を通り抜けソファで寝息を立てているアンナミラの枕元に立つと、躊躇いなくフライパンを振り下ろした。
ゴン! と鈍い音色が居間に響き、自然と首が竦む。
目を覚ましたアンナミラはおでこ擦りながら上体を起こすと、こう漏らすのだった。
「……イタイ」
だろうな。と至極当たり前の感想を抱きながら、状況が飲み込めない竜馬は静観の構え。
代わりに怒りの声を上げたのは、フライパンを眼前に突き付けるフォニだ。
「メイド見習いが堂々とサボってんじゃないわよ!」
「へ?」
と、衝撃の事実に、竜馬の口から気の抜けた声が漏れた。
その疑問符に三人の間に微妙な空気が流れる。
フォニの見開かれた目には、知らなかったんですか? と語っている。
アンナミラはにっこり微笑みながら「あら、お帰りになられてたんですか」と、今の自分の立場を理解していなかった。
「アンナミラさんって、見習いだったの?」
念のため、竜馬ははっきりさせるが為、言語化した。
それに答えたのは、騒動に気付き、遅れて入室してきたイリクだった。
「リョーマ殿は勘違いしているようだが、アンナミラはまだ見習いだ。この屋敷のメイド長はフォニになる」
「え? そうなの!?」
「確かにまだ若い。だが、メイドとしての厳しい教育を受けた上でここに来ている。余所の屋敷のメイドと比べても遜色なく、いや、他で嘱望されていたことを鑑みるに、非常に優秀なメイドという評判だ。アンナミラはそんな彼女の下で学ぶ意味で一緒に配属されたのだろう」
思わずフォニをまじまじと見てしまう。その視線に彼女は少し照れくさそうにしていた。
「わ、わたしのことはいいのです。それよりも! 今はアンナミラです!」
竜馬はアンナミラに視線を向ける。しかし、彼女に悪びれている様子はなく、愛想の良い笑みを浮かべていた。
「それにしてもえらく堂々とサボってたね」
「だって、仕事をフォニがみんな片づけてしまうんですもの」
なるほど。そういう理由か。
どうしたものか。
今更急に怒ることも難しい。もうそういう空気ではなくなってしまっているからだ。
だが、このままなあなあにするのも、嘗められてしまわないか心配。規律が失われて困るのは自分だ。
人の上に立ったことのない竜馬には難しい判断と言える。
だから注文を出すことにした。
「フォニはこれからアンナミラに仕事を上手く割り振って上げて。イリクさんも二人と持ちつ持たれつで出来ないかな。で、サボる時は三人でサボってくれ」
竜馬一人が暮らす屋敷の仕事量など高が知れているだろう。懸念すべきはその仕事量の偏りだ。誰かは忙しいけど、誰かは暇。そんな不平等だけは避けたかった。




