第十三話
「アリウス様、踏み付ける者の撃退に成功しました!」
魔導師たちの帰還に先駆けて齎された伝令の吉報を耳に、アリウスはほっと胸を撫で下ろす。
災獣の襲来とはいつも突然で余裕などないが、今回ばかりは流石に肝を冷やした。
何しろ最も危険視される天災級の災獣が相手。優秀な魔導師と高性能なウィスタを揃えたとしても分が悪いと言わざるを得ない。
今回の作戦の成功に導いた魔導師たちはよく労ってやらねばなるまい。
だからこそ、暫くして格納施設に帰還した彼らの続報には困惑を隠せずにいた。
「何? ファーニバルが単機で撃退した、だと?」
どうやって、というのがアリウスが一番最初に抱いた疑問だ。
貸し与えた竜馬は、確か魔法が使えなかった筈。つまり追い返す手段がない。
しかし任務成功に興奮する輜重隊士の続く言葉は、アリウスを更に混乱させるのだった。
「はい! 何と、あの踏み付ける者を殴り飛ばして追い返したのです!」
殴り飛ばすとはどういうことだ。状況が全く想像出来ない。
左右に控えるロイとティニアに視線を送るが、当然のように二人も首を捻っている。
そこへレーベインから降りたミスカの姿が目に入る。
アリウスは彼女を呼び寄せ、労いの言葉を掛けた後、詳しい報告を求めた。
「はい、輜重隊士の報告に間違いありません。我々魔導師の魔法ではまるで歯が立たず、気を逸らせることすら及ばず。そこへリョーマのファーニバルが単機割って入り、殴打にて踏み付ける者を傷つけ、これを退けることに成功しました」
彼女が浮かない顔をしているのは、己の無力を実感しているのか。
だが、アリウスには責める言葉も慰める言葉もない。今回相手は悪かったが、だからと言って対災獣の切り札たる彼女らに、それで仕方がないと向上心を失い、研削を止めて貰っては困るからだ。
それよりも今はファーニバル、そして搭乗者の竜馬のことが知りたい。
「リョーマはどこだ?」
「はい、最後尾をついてきましたので、もうそろそろ――」
と、入り口に視線を送るミスカの返事が終わる前に、ファーニバルが格納施設へと帰還する姿を捉えた。
数々の疑問が頭を犇めくアリウスは足早に近づき、迎え入れると早々にファーニバルに貼り付きチェックする。
返り血こそ付着しているが、それだけだ。拳で直接殴り付けたと言う割に、思ったほど損傷はしていない。
普通に考えて、災獣を傷つけるほどの打撃を繰り出せば、こちらの腕が曲がるあるいは折れてもおかしくない。それ以前に指、肘、肩の関節部辺りがいかれている筈。ウィスタとは、そうした衝撃に耐えうる構造でないのをアリウスは知っている。
知識と事実が一致しないことに眉間に皺を寄せていると、隣で思索に耽っていたティニアがぽつりと呟く。
「リョーマ特有の稼働方法の所為……?」
「どういう事だ、ティニア。説明出来るのか?」
「はい、アリウス様。まだ検証、調査中ですので推測の域は出ませんが……」
「構わん、お前の見解を述べてみろ」
「そうですね……、魔力でウィスタが保護されているのかと」
「魔力での保護?」
「リョーマは、魔力をウィスタの全身に張り巡らすことでウィスタを己の支配下に置き、意のままに操っているというのが先日までのテストで分かってきました。そのウィスタの全身に張り巡らせた魔力で、ウィスタへの衝撃を吸収しているのではないか、というのが私の今の仮説です」
「リョーマの魔力はウィスタを動かすのみならず、ダメージの軽減までやってのける、と言いたいのか」
「恐らく。具体的な確証を得るためにはもう少し検証が必要ですが」
ウィスタの隅々に魔力を巡らし操るのも、本来負うべきダメージを打ち消すのも、アリウスたちが気付かなかった新たな技術なのか、はたまた竜馬固有の能力なのかは未だ不明だが、ファーニバルの異質な活躍には説明がつく。
と、アリウスとティニアが意見を交わしていると、頭上から躊躇いがちな声がする。
「あの……、降りていいっすか?」
見上げれば、操縦席から申し訳なさそうに顔を覗かせる竜馬がいた。
アリウスたちがファーニバルの足元で談義に花を咲かせていたため、降りるに降りられなくなっていたようだった。
「ああ、すまんな。構わん、降りてくれ」
譲るように、ファーニバルから一歩距離を取る。
そして降りてきた竜馬に早速質問を浴びせるのだった。
「まずはこのロザリアムの危機を救ってくれたことの感謝をしよう。しかし、皆の報告では君はかなりの無茶をしたように思える。端から自信があったのか?」
「あ、いや、兎に角なんとかしなきゃって必死だっただけで。ただ、ファーニバルに乗っているうちになんとなくやれる気はしてたっす。コイツ、すげーつえーっすね!」
どうやらこの異世界の少年は、自分の活躍をファーニバルの性能だと勘違いしているらしい。
「そうか、ファーニバルを気に入ったか」
と、この途轍もない拾い物をしてきたミスカに感謝すると共に、彼の引き留めを真剣に模索するアリウスだった。