第十二話
世の人々を恐怖のどん底へと叩き落とす踏み付ける者に、単機で挑むファーニバル。
そんな光景を目の当たりにして、ミスカは言葉を失っていた。
ミスカだけではない。魔導師の面々や輜重隊士たちも、皆揃いも揃って唖然とした表情で目を奪われている。
見たことがない。いや、想像すらしたことがない。
ウィスタとは魔法の杖が時代と共に発展、進化して形を成したモノ。飽くまで魔法の補助具でしかない筈なのだ。
それがまさかの格闘戦。竜馬の立ち回りは、まさにこの世界の常識を打ち砕くものだった。
意識を取り戻した踏み付ける者がゆっくりと立ち上がる。
ファーニバルは再び敵意を向ける巨大な災獣に飛び掛かり、蹴りを見舞う。間髪入れず、右へ左へと翻弄しつつ、適宜一撃を叩き込み続けた。
勝る機動力を最大限に生かす戦いぶりで、巨大な災獣の頭部はすっかり血塗れとなり、徐々に戦意を削り取っていく。
そして遂には弱々しい呻き声を上げながら方向転換、尻尾を巻いてメザン渓谷へと逃げ帰るのだった。
――うおおおおおっ!
輜重隊中心に、勝利を喜ぶ声が沸いた。
その喚声を耳にミスカは今、目の前で起きた出来事が夢でないことを受け入れる。
「……追い返したんだ」
危機を脱したことにより、全身の力が抜けてしまう。
本来なら、もう一度引き返してくることを危惧すべきだが、踏み付ける者の撃退という偉業の前には、緊張が薄れてしまうのも仕方ないのかもしれない。
ミスカは巨大な災獣の背を未だ睨みつけるファーニバルに目を向けた。
レーベインより一回り小さい筈の赤い異形がやけに頼もしく見える。
「リョーマッ!」
レーベインのハッチを開き、声を張って呼び掛けた。
僅かなタイムラグの後、ファーニバルの胸部が開かれ、大仕事を成し遂げた異世界の少年が顔を覗かし、こちらに向かって手を振り始める。
「大丈夫かっ?」
あれほどの激戦の後だ。何かあってもおかしくない。ミスカはそう思って声を掛けたのだが。
当人は実にあっけらかんとしていた。
「大丈夫って、何が?」
「えっと……、怪我とかしてないかと……」
「あ? ああ、俺なら全然大丈夫だぜ! 確かに必死ではあったけどさ。っていうか訊いてくれよ、コイツ。すっげーパワーでさ――」
竜馬はミスカの心配など余所に、ファーニバルについて興奮気味に語り出した。
ミスカは思う。この異世界人は理解っていないのではなかろうか。
ファーニバルの性能に詳しくなくとも、レーベイン未満なことぐらいは知っている。となれば踏み付ける者を、単機で撃退するだけの力を引き出した竜馬が力量が凄いのは誰でもわかること。
そもそもウィスタは魔導師が魔法を使って戦うのが前提で、格闘戦など想定外。
どうしてそんなこの世界に置ける、対災獣戦の常識を根底から覆すような戦い方に踏み切ったのか。あるいは自信があったのか。
色々問いたいが、今は後回しにしよう。
再度、故郷を失いかねない絶体絶命の危機を回避したのだ。
「リョーマ、街を守ってくれてありがとう」
と、とにかく功労者に感謝を伝えたかったミスカだった。