第十一話
踏み付ける者。
身体の大きさのみが異常発達した生物。
基本草食だが、その食事量のため山や森が禿げ上がることもしばしば。食べるものがなくなると移動を繰り返すため、一所に留まる期間は意外と短い。
行動も反応も鈍いが、硬い甲羅状の皮膚に覆われているため多少のことでは動じない。
故に、進路上に障害物があっても迂回せず、乗り越えながら一直線に進む傾向にある。
どんなに強固に建造された街の外壁であっても、進行を食い止めた記録は過去にない。それどころか巨躯と重量で容易く破壊され、それが他の災獣の街への侵入を許す切欠となり、崩壊へと繋がる事例が後を絶たなかった。そのため個体としての狂暴性は低いものの、接近の報だけでも皆震え上がる存在となっている。
以上から、特に危険とされる天災級に分類されている災獣だった。
巨大故に、恐れるものがない。
ウィスタからの炎弾をものともせず、我が物で闊歩する踏み付ける者に個人的な恨みはないが、退けなければ明日がない。
竜馬にとって初めての戦いだが、思ったより恐怖がないのはファーニバル内にいる所為か。
目標に側面から近づくが、こちらなど見向きもしない。まずは気を惹くためにも、己の存在感を示さねばならなかった。
「いったれっ!」
覚悟を決めた竜馬は炎弾が途切れる一瞬を狙い、踏み付ける者の頭部へと強襲する。そして踏み込みの勢いそのまま振り上げた大木を力任せに叩き付けた。
砕け飛ぶ木片と引き換えに、踏み付ける者の頭部が横に激しくブレる。
予期せぬ衝撃は流石に驚いたのだろう。踏み付ける者は目を白黒させた。
災獣の専門家ではないので、表情の変化は掴み切れない。だが、怒りを宿したその目をファーニバルへと向けたことから、少なからず存在を認めてくれたらしい。
踏み付ける者は大口を開けて食らい付こうとするが、当然機動力ではファーニバルが圧倒し、軽快なステップで距離を取って危なげなく躱す。
「よし! このまま誘い出せばっ」
気を惹きながら誘導すれば当初の目論み通り、進路を逸らすことが出来る。
竜馬の意図を汲んでくれたのか、それともファーニバルが邪魔で撃てないのか不明だが、魔導師隊は揃って攻撃の手を止めている。これで相手のみに専念出来ると鼻先を付かず離れずで挑発するように動き回り、ロザリアムへの進路から引き離しに掛かった。
だが、暫くは追従していた踏み付ける者だったが、急にファーニバルへの興味を失ったかのようにそっぽを向き、進路を元に戻してしまう。
「なんでだよっ! こっちこいよ!」
再び眼前で誘えば一旦は敵意をこちらに向けるが、少し道を逸れるとまたすぐに追うのを諦めてしまい、中々こちらの思い通りには動いてくれなかった。
そうした不毛なやり取りを何度か繰り返すうちに、どうやら踏み付ける者は漠然と歩んでいるのではなく、どこかに目指す先があるのが窺い知れた。
目的地まではわからない。だが、誘導が効かないと分かれば、自分の意思で行き先を変えたくなるよう仕向けるしかなかった。
「くそっ! やるっきゃねえ!」
と、威勢よく意気込んでみるも、竜馬には武器がない。
まだ扱えない魔法は勿論のこと、周囲に自生する樹木程度では、傷すら付けられないのは実証済み。残念ながら、この逆境をひっくり返すような策も都合よく思い付くことはなかった。
せめてもの救いはファーニバルの扱いに馴染んできたことだが、対する相手は呆れるほどデカい。頭から尻尾の根元までで東京タワーを寝かせたほどもある。しかもずんぐりむっくりとした体型から重量は推して知るべきで、誤って踏まれでもしたら目も当てられない。
と、冷静に分析すれば、無闇に接近するのは危険が伴う。
しかし、この時の竜馬は焦りから冷静さを欠き、踏み付ける者の正面から躍りかかっていた。
「うおおおおっ!」
雄叫びを上げながら地を蹴り、一気に間合いを詰める。
そして握った拳を鼻っ面目掛け振り抜くと、巨躯が大きく揺らぐ。
怒り心頭、巨大な災獣の咆哮が大気を震わす。そのまま大口を開けて反撃に移るが、竜馬はその顎の下に素早く潜り込ませると、伸び上がるように右拳を突き上げた。
顎下からの強烈な一撃に、踏み付ける者は弾かれるように天を仰ぐ。
刹那、意識が飛んだのだろう。巨躯を支える四肢の力が抜け、「ズシン」と地に伏せるのだった。
無我夢中だが、成果はこの上ないもの。ファーニバルは竜馬の意思に忠実、いや、それ以上の結果を齎せてくれる。
いける、と竜馬はファーニバルから伝わる確かな手応えに、確信を得た。