1-1 討伐ギルド第二支部
そして現在、ユーダルシア歴五〇二年。最近では強力な魔物の出現はほぼ無く、竜も人も落ち着いた暮らしを送っていた。そんな中いまだ魔物に悩まされる国が一つ。
その国の名は『ヨルカル』。竜の中でも高位種である白竜に守護され、人々は幸せな日々を送っていた。ところが数年前、突如その白竜が行方不明となった。
枷が外れた状態となった魔物達は少しずつ勢力を強めてゆき、王都から遠く離れている村などが壊滅するなどの大きな被害が出始めている。
王政はこの事態に対し、策を講じた。魔物を殺しつつ竜を探す専用のギルドを国中に設置し、『ハンター』という新しい職業を作ったのだ。
最初は少なかったハンターだったが、国からの援助により現在はかなりの人数になっている。だが、魔物の勢いには勝てず、少しずつ人間の住める領域は減っているのが現状だ。
ギルドは八か所にあり、中でも精鋭揃いと言われているのが『討伐ギルド第二支部』である。
王都から遠く離れた辺境の田舎にあるギルドだが、周囲には魔素の多く噴き出す森があり、始終強力な魔物の出現報告がもたらされる。よって自然と腕利きと呼ばれる者たちが集まってきたのだ。
そんな一目置かれる第二ギルドでは、今日も多くのハンターが仕事をこなし、夜ともなると一日の疲れを取るべく、杯を重ね酒盛りを楽しんでいた。朝と昼はギルドとして機能し、夜になるとハンターの為の酒場と化すのだ。
日中の張りつめた雰囲気が嘘のように、男たちが酒の入ったジョッキを片手に大笑いしながら今日の討伐自慢を鼻高く披露していた。依頼の受注や処理を行う受付テーブルの前にも丸椅子が設置され、カウンターとして生まれ変わっている。
そんなカウンターには一人の少女が葉巻のような枝を片手に受付嬢と話をしていた。
「なあ、ウェル。今日もナイスバディだなぁ。アタシと一緒に寝てくれよ?なぁ?」
「はあ…あなたは、その口からセクハラ発言と煙しかでないの?呆れて物も言えないわ。」
少女からウェルと呼ばれた受付嬢は黒色の前髪を横に流しながら、ジョッキに酒を注いで少女の前に置いた。
肩先で跳ねる艶やかな栗色の髪。澄んだ湖のような薄青の瞳。可愛らしい顔立ちと背の低さが相まって、人形のように美しい少女だが、目の下に出来ている大きな隈とその横柄な態度がそれを台無しにしている。
だが、当の本人はそんなことは全く気にしておらず、渡されたジョッキを手に取ると豪快にそれを煽った。
「プハァ。これ奢り?ありがとー。」
「そんなわけないでしょ。300ピール。後でしっかり払ってよね。」
「えーケチだな。つか腹減ってんだ。今日のオススメはなんだ?」
「暴れ鳥の串焼きよ。一本で750ピール。」
「はい質問‼ウェルねーさんはいくらで買えますか‼」
「非売品よ。」
少女はウェルの返しにケタケタ笑いつつ、オススメと適当な食べ物を頼んだ。
受付嬢のウェルナーはその美貌とスタイルの良さで多くのハンターを魅了している。彼女目当てで第二支部に所属するハンターは数知れず。長い黒髪をいつも高い位置でポニーテールにしているので髪に邪魔されることなく豊かな胸にお目見え出来る。ピッタリとした受付嬢の制服はそれを更に強調させ思わず拝んでしまいたくなるほどだ。
注文書をキッチンに届けに行ったそんな豊かな胸を…いやもといウェルを見送った少女は、ポケットからぐちゃぐちゃの書類を取り出し、煙を口から吐き出しながら目を通し始めた。
注文書を渡して戻ってきたウェルが、そんな少女に話しかける。
「こら、その書類はここで見ちゃダメって言ってるでしょ。」
「えー。いいじゃん別にバレやしねーって。」
「ここで見ないって約束したからこっそり渡したんでしょ。しまいなさい。」
「しょーがねーな。」
少女は、渋々と書類をぐちゃぐちゃに丸めるとポケットに乱雑に突っ込んだ。
「もう。第二支部所属ハンター名簿なんだから。もう少し綺麗に扱いなさいよ。」
「たかが人の名前が書いてあるだけの紙なんだからいいじゃねぇか。」
少女とウェルが話していると、キッチンから小太りのコックが料理を運んできた。
「ほらよ。注文の料理もってきたぜー。お、シエナじゃねぇか。俺の自慢の料理喰って大きくなれよ?ハハハハ。」
「うっせぇよデブ。さっさと料理置いて厨房に引っ込め。」
「相変わらずだな。元気なのは良いことだぞ?ハハハハ。」
シエナと呼ばれた少女は舌打ちしながら、コックの親父を睨みつけたが、コックは気にもせず料理を置くと手を振りながら厨房へと戻って行った。
「シエナ。そろそろその態度は直すべきだと思うわよ。」
「あん?俺は可愛い女以外に優しくするつもりはねぇぞ?」
「あなたねぇ…。」
暴言を吐いたことに対して反省せず、葉巻のような枝をスパスパ吸いながら飯を食べる彼女を見て、ウェルは額に手を当てた。
「シエナ。今日こそは許しませんよ。いまからたっぷりとおせっきょ――」
「おい‼ここが第二ギルドか‼」
ウェルの説教と、陽気なハンター達の喧騒を遮るほどの怒号がギルド内に反響した。
静まり返ったギルドメンバー達が入り口を見ると、怒りを露わにした初老の男と俯いて泣いている少女がいた。
ウェルは見事な変わり身の速さで受付嬢の笑顔を顔に貼り付けると、胸を触ろうとしていたシエナの手を払いのけて男の元へと歩いて行った。
「討伐ギルド第二支部へようこそ。ご用件を伺います。」
「伺いますじゃないんだよ!あんたらが送ってきた女ハンターがとんでもないことしてくれたんだ!どうしてくれんだよ!」
「ご依頼中のお客様ですね。依頼番号を伺っても?」
「あ?ちょっと待てよ。たしかここに…。ああ、5-2869だよ!」
「奮突豚の討伐依頼のお客様ですね。事情をお教えいただけないでしょうか?」
書類を見ずに依頼番号だけで、内容を把握したウェルに依頼人だけでなくハンターたちも皆驚いた。依頼は長ければ二〇日前などもあり、終了していない依頼は数十件とあるのだ。
ウェルの記憶力に気圧された男だったが、気を取り直してクレームを叩きつけ始める。
「この女が森の入り口に住み着いた奮突豚を殺そうとして、群れを村の中枢まで移動させやがったんだ!おかげで村の中がめちゃくちゃだよ!」
「なるほど。奮突豚の討伐中にハンターの影響で二次被害が発生したのですね。大変申し訳ありませんでした。…それでは規定に基づきまして二次被害の損害賠償をお支払いします。今から書類を用意しますのでしばらくお待ちください。」
「待てや。金だけで済まねえよ。代わりのハンターも無償で寄こしな!」
「はい?依頼はお客様の隣にいるマリア=ハーベルが終わらせているはずですが。新しい依頼ということでしょうか?」
ウェルは首を少し傾げて、男に聞き返した。
「ちげぇよ!こいつは結局群れを倒せなかったんだ!今も村の畑に居座って村中を荒らしまわってんだよ!」
「……マリア?」
「うううう。グスグス。ずびばぜぇんんんん。」
ウェルのドスの利いた声にマリアは鼻水を垂らしながら謝罪した。ウェルはそんな彼女を見てため息を吐きながらも仕事を開始した。
まずは胸ポケットにある小さな白紙の紙を取り出すと、腰ポケットからさらにペンを取り出して、走り書きを始める。そして書き終えるとパンと手を叩いた。
「はい。緊急依頼よ。内容は奮突豚の討伐。期限は明日までで今すぐ出発よ。行ってくれる人はいないかしら?」
「おお!ウェルさんの頼みなら行くぜーーーー!」
「ウェルさんがほっぺにチューしてくれたら行くぅぅぅぅぅ!」
「金は幾らだ!?賠償依頼ってことは高いんだろ!?行かせてくれ!」
「ゲロ吐きそう!」
「酒の飲みすぎだ馬鹿!」
ウェルの言葉に男たちが一斉に立ち上がって我こそはと手を挙げた。酒が回っている男たちは全員威勢が良く、騒がしくなったことに乗じて酒盛りを再開するものまでいた。
「はいはい。飲酒者は受注禁止よ。飲んでない人でいないかしら?」
「えーーーーーーー!」
「緊急なんだしいいじゃねぇーか!」
「ケチーーーーーー!」
好き放題に言う男たちを半眼で見ていたウェルに大剣を担いだ青年が近づいてきた。
「じゃあ俺が行こう。もちろんシラフだ。問題ないだろ?」
「あら、バリス。行ってくれるの?」
「ああ、いいぜ。困ってる女の子を見捨てるのは俺のポリシーに反するしな。」
「かたじげないでずうううううう!」
マリアが泣きながらバリスに近づいた。バリスはマリアの頭をポンポンと叩くと依頼者の男の元へ行った。
バリスは黒色の短髪でガタイが良い男だ。身長はそこらの男より頭一つ高く、甲冑のような鎧も彼には似合っていた。
「ふん。お前はあの女みたいにヘマしないんだろうな?」
「一応ランクはA+だ。問題ないだろ?んでウェル。報酬はいくらだ?まさか適正ランク分しかない訳はないだろ?」
バリスは依頼人の挑発に顔色を変えることなく、ウェルに報酬の話を振った。
「ええ。本来はCランク依頼だけど、特別にB+分出すわ。」
「なんすかなんすか!?メッチャ美味しい話じゃないっすか!俺も混ぜてくださいっす!」
そこにやって来たのは酒で顔を真っ赤にした青年だった。長い金髪を後ろへ乱雑に纏めており、背中には長槍を背負っている。
「こらベン。飲酒者は受注禁止って言ってるでしょ。」
「えー。ケチ―。良いじゃないっすか。俺B+っすよ?」
「ランクの問題じゃないでしょ。良いから席に戻ってお酒飲んでなさい。」
「いや。俺の名義で受注すれば問題ないだろ。丁度もう一人欲しかったし連れて行かせてくれ。」
「うーん。あなたがそう言うなら…しょうがないわね。」
バリスの言葉でウェルは諦めた顔をして、白い用紙に再びペンを走らせた。そして書き終わった紙を綺麗に半分で破ると片側をバリスに渡す。
「一応依頼書の代わり。正式なものは明日私が作っておくから、帰ってくるまでこの紙を無くさないように。」
「了解だ。んじゃギルドの馬車借りるぜ。ベンが酔っ払って馬に乗れないからな。」
「分かったわ。貸出料は報酬分から引いておくからね。」
「おう。じゃあお客さん行こうか。」
「ああ。とっとと終わらせてくれ。おっと、損害賠償は…」
「はい。損害賠償額は今から向かうハンター二人の報告書から算出しますのでそれまでお待ちください。」
「ならいいんだ。クソ二度手間かけやがって。」
「この度は本当に申し訳ありませんでした。」
ウェルは頭を下げて謝罪の言葉を述べた。男は鼻を鳴らすとギルドの扉をくぐっていく。二人のハンターもその後ろに続いた。
男が見えなくなってから頭を上げたウェルは泣きべそをかくマリアの肩を叩いた。
「っひ!」
「ひ!じゃないでしょ?またバリスさんが助けてくれたけど今回ばかりは覚悟した方が良いわよ?」
「そ…そんなぁ!」
ハンターであるマリア=ハーベルのランクは最低のEだった。
ハンターはDランクからスタートし、依頼の達成状況や技量などでランクが増減する。
最大がSSで最低がEなのだが、Eランクはさらに下がらないため、評価が下がるとハンターの資格を剥奪される可能性がある。
マリアは、カウンターに戻ろうとしたウェルの腰に抱き着いた。予期しなかった事態にウェルが艶めかしい声を上げると、ギルドメンバーが一斉に色めき立った。
「ちょっとマリア!?どうしたの!?」
「ウェルざんんんん!!剥奪だけは嫌ですううう!」
泣きじゃくって腰に頭を摺り寄せるマリアに若干引きつつ、ウェルはマリアの頭を軽く叩く。
「そうならないように今から動こうとしているんでしょ。あなた、隣の都市が出してた依頼も請け負ってたわよね?あれの達成報告を書きなさい。ちょっと過大評価して上に提出するから。」
「………あっ!」
「…あなたまさか…」
目を見開いて絶句したマリアを見て、ウェルも絶句した。その後のマリアの行動が手に取るように分かったからだ。
「助けてくださいいいいい!」
「馬鹿じゃないの!4-9986は明日の夜までよ!どうするのよ!」
「びえええええええ!」
予想通り腰に抱き着いてきたマリアの頭を両手で押しながら、ウェルは珍しく怒鳴った。
「おいおい。どうしたよ?セクハラ野郎に絡まれてんならアタシが追い出してやろうか?」
「セクハラ野郎はあなたよシエナ。」
なかなか戻ってこないウェルに痺れを切らしたシエナがスプーンと枝を咥えて、彼女の元へやって来る。その顔は放置されていたのが気に喰わなかったのか不機嫌だ。
「んだよ。男じゃないのか。殴れねーじゃん。」
「男でも殴っちゃダメよ。」
「わーってるって。…ん?お前…」
シエナは器用にスプーンだけ吐き出すとマリアの前髪を掴んで上に引っ張った。
「ギャッ‼痛いですぅぅぅぅう‼」
「こらシエナ‼何やってるの‼」
喚き声と怒鳴り声を無視して、シエナは煙を吐きながらマリアの顔を凝視する。
腰まで届くウェーブのかかった金髪に泣きはらした顔でも分かる優しい顔立ち。そして胸がめちゃくちゃでかい。
シエナは、ポケットから名簿を取り出して、マリアの簡単な情報に目を通りてからしゃべり始めた。
「うわあ、泣きはらしてブチャイク顔になってんぜ?まあいいや。お前マリア=ハーベルだな?」
「そうですううう!だから離してくださいいいい!」
「こら!いい加減にしなさい!」
「おっと、悪いな。」
ウェルに軽く頭を叩かれたシエナはマリアの髪の毛を離すと、近くに座っていた男の酒を奪って飲み始めた。いつもの事なのだろう。男は文句の一つも言わずに、新しいジョッキを注文する。何故かここでシエナに強く出られるのは受付嬢のウェルただ一人なのだ。
「はああ…んで、そいつが依頼を完了してないって話をしてたよな?」
「ええ、してたわ。」
酒を奪ったことを注意する間もなくシエナが眼前の大問題について口を開いたため、ウェルは怒ることを諦める。
「…いいぜ。アタシが請け負ってやんよ。」
「本当に?報酬は変わらないわよ?」
先ほどとは違い、まだ期限を過ぎていない案件だ。もちろん難易度も高くないため、低額報酬のままだ。
「ああ、隣の都市って言ったろ?その付近に用事があるからついでに潰してやるよ。」
「ええ。それでいいわ。ただし、用事は後回しよ。依頼は期限内に終わらせてね?」
「オッケー。でも条件がある。」
「…内容によっては受理するわ。」
ウェルは少し身構えた。あまりにも割に合わない仕事ではあるし、彼女の性癖を考えると恐ろしくなる。
「マリアも連れていく。後、こいつが四〇日以内に受けた依頼の受理書類の写しを全部よこせ。」
しかしシエナの提示した条件はそんな事とは関係ないどころか今回の依頼にすら触れていなかった。しかし、その程度で動いてくれるなら儲けものだ。ウェルは言及せずに事務室に向かっていった。
「じゃあ写しを持ってくるからそれまでに準備していなさい。」
「ういー。おい行くぞ泣き虫。アタシは酒飲んでるからお前の馬に乗るからな。」
「え!?えぇ…‼あッはいぃぃ!大丈夫です!あれでしたら馬車でも!」
「馬車借りたら低い報酬からの天引きでゲロいだろうが、それともお前が出すのか?」
「いえ!どうぞ!私にお任せください!」
マリアはびしっと立ち上がって気を付けした。馬車代なんて出す余裕がないからだろう。必死だった。
「さて、んじゃあ準備すっか。」
「は…はい!!」
先ほどまで泣きじゃくっていたマリアだったが、なんとかなりそうな雰囲気に胸を撫でおろし、馬小屋へと飛んで行った。
それを見て全ての問題が解決したと再び賑やかになったギルド。そんな中、マリアを悪魔のような笑みで見ているシエナに気づく者は誰もいなかった。