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僕の”前の席”がラブコメしてる。  作者: 雛田いまり
①僕の”前の席”がラブコメしてる バカと自意識過剰な早乙女さんの場合
11/11

おあいこだから

一章までは……頑張りたいなぁ


夜の学校は静か過ぎて落ち着かない。

自分の心臓の音がやけに大きく響く。


教室にいるのは私と彼だけだった。

机を向かい合わせて座る彼は、煩わしそうにボタンを外す。課題を終わらすことに夢中になっている彼が気づかないことを良いことに何度も彼の事を盗み見していた。


白いシャツの第二ボタンまでが外れ、鎖骨のラインが僅かに覗いている。普段は見せないその隙が、今は妙に生々しくて目が離せない。


「三井は終わったの?」


低い声が耳に触れるように響いて、私はビクッと肩を震わせた。

そんな私の様子に彼は心配そうに顔を近づける。


「大丈夫か?」


距離が近い。

息がかかりそうな距離だった。


「……もうちょっとかな?」


声が上擦るのを隠せなかった。


彼は無言で私の手元を見下ろし、それからゆっくりと視線を上げて私の顔を捉えた。

いつもは素っ気なく冷たさすら感じる瞳が、今はどこか熱を帯びている気がした。


「嘘つき」


小さく笑うような声。

嗜虐心を滲ませる声音だった。


「さっきからずっと、俺のこと見てただろ。全然進んでないじゃん」


耳元で囁かれた言葉に全身の熱が一気に下腹部へと落ちていく感覚がした。


彼の指が私の顎に触れ、頬に触れ、唇の輪郭をなぞる。ゆっくりと指先で味わう様に。


「なぁ、この時間って旧校舎に誰もいないって知ってた?」


その彼の一言で私の中で何が切れた気がした。

密かに期待していたものが見抜かれ、

もう引き返せない線を超えてしまった。


私は小さくいいよと呟く。


その瞬間、彼と私の獣が解き放たれた……


—————

———

——



…のであった!」


姿勢良く腕を真っ直ぐと伸ばし、手に持った本の音読を終えた番原先輩に、


「あったじゃねぇよ」


そう突っ込ずにはいられなかった。


唐突に読み始めたと思ったら女性向けケータイ小説かよ。羞恥心とかないんか?


「それ番原先輩の私物ですか?」


「いや?明の」


は?

番原先輩が指差す先には、今にも身投げしそうな顔で放心する早乙女がいた。


「うぅ……死にたい」


お前のかよ!

学校にまで何持ってきてんだ。


いつだって人を揶揄って遊ぶ、余裕綽々だった早乙女の鍍金がぼろぼろと崩れていく。

こいつがこんなにいい様にされるのなんて初めて見た。


「あの、それと俺達の事に何の関係が‥?」


おずおずと手を開けて訊ねる山内。

当然の疑問である。

むしろ音読中に訊かなかっただけ何故だと問いただしたいくらいだった。


「はぁ…これだから鈍感野郎はダメね。いい貴方に足りないのは強引さ!分かる?女の子は時には強引にきてほしいの!」


「ご、強引に?」


力説する番原先輩の言葉にに山内はごくりと唾を飲む。


おいおい興味を持つな。

この人、女子代表みたいな顔してるけど全然違いますから。猿山代表ですから。


「そうよ!リードして欲しいの!あんた女の子がやってくださいって言わなきゃやらないの?」


あんまりやるとかやらないとか言わないで欲しい。


「……た、確かに」


確かにじゃねぇよ!

このままこの2人というか先輩に話させたんじゃとんでもない方向にいきそうだ。


「いや、それは時と場合に寄るんじゃあ…」


見かねた僕がそう言うと、番原先輩が人を苛立たせる顔でため息を吐く。


「はぁ、じゃあ何?このままこいつが疎遠になっても良いわけ?」


「……そうは言いませんけど、急な関係の変化が良い結果を招くとは限らないと言いますか…」


何だこれ。

自分で言ってて恥ずかしい。

どこか自分を擁護しているようなむず痒さがあった。


「ねぇ明はどう思うわけ?」


「えっ…わ、私ですか?」


自分に話が振られると思っていなかったのか、

早乙女はビクッと肩を振るわせた。

なんだか、さっきの小説に出てくるワンシーンを思い起こさせる仕草だ。


「明だって、良いなって思ってる人にこういう風に強引に迫られたら悪い気しないでしょう?」


「別に、私は……」


早乙女は助けを求める様に視線をウロウロさせ、

その果てに僕と目が合った。


やめろ僕を見るな。


自分が目を逸らせばそれで良いはずなのに僕にはそれができないでいた。

陽の光を跳ね返す様な白い肌にさす血の色に。

大きく開かれたアーモンド型の瞳に。

あわあわと落ち着きなく開いては閉じかける蠱惑的な唇に。


「嘘つき」


つぶやかれたその言葉に今度は僕の方も揺れる。


「はいはい、あんたらはまた今度で良いから…今こっち!」


手を叩いて注意を促す先輩に現実に戻らされた。


何だよこれ。

全部あの早乙女の小説のせいだ。


「ようは時と場合が合ってればよいわけでしょう?こうとなれば敵情視察よ!ほらいくわよ!」


「えっちょっと!」


山内の静止も意に介さず、先輩は即断即決といった様相でそのまま部室を飛び出していく。

それに釣られる様に山内もまた後を追う様に廊下へと出ていった。


何が何やら、理解が追いつかない2人は部室に取り残される。いや、山内も理解はしていなかったな。


この後どうしようかと考えていると机の縁に先輩が置いていったと思われる大人の消耗品が見えた。


何の気無しにそれに手が伸び、触れようとした瞬間僕の手の上から誰かの手が重ねられた。


「えっ?」


「私じゃないから……友達から貰ったやつだから」


訊いてもいない理由が彼女の口から溢れでる。


「……別に訊いてないけど」


「うん。私が聞いて欲しかっただけ」


グッと押された手が机に、忘れ物に押し付けられる。ゴムの生々しい感触が手のひらに直接伝わってきて思考が一瞬白く飛んだ。


早乙女の力は思ったくよりも強く、その感触からは逃げられない。


背後から態とらしい息遣いが聞こえる。


「いいよ」


その一言が耳元で溶けるように落ちてきた。

いつもより少し低くて、掠れている。

まるで自分に言い聞かせているみたいだった。


「ぼ、ぼくは…俺はっ」


意を決して振り返ると、そこに合ったのはいつもの悪戯が成功した時の笑みを浮かべる早乙女の姿だった。


またやられた…。


「これでおあいこだから」


そう言って出口に体当たりするかの様に早乙女は駆け出していった。


ドアが勢いよく開かれ、ドンッと鈍い音を立て部室に響く。


彼女の髪が、走る勢いでふわりと舞い上がり、夕陽の赤に一瞬染まってから、廊下の影に飲み込まれた。

僕は……膝から力が抜けて、その場に尻餅をついた。

床に手をついて体を支えながら、大きく息を吐く。

安堵のため息だった。

胸の奥で張り詰めていた何かが、ぷつんと切れたような感覚。


床に落ちた衝撃で目の前にそれが転がった。手に残った感触を忘れない様にそっとそれをポケットにしまった。



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