義妹から虐げられ令嬢は、嫁ぎ先でも幽閉されてます〜「お前を愛するつもりはない」と言った婚約者が、今日も溺愛してきます〜
「フラウ姉様!? まだ庭の掃除をやっているの!? 早く私の部屋を掃除しなさいよ!」
フラウは妹であるアニーに命令される。
「う、うん! でもアニー? これが終わったら魔法の勉強を……」
「フラウ姉様は掃除が先でしょう!?」
「……うん」
私は黒髪を揺らし掃除道具を持って妹の部屋へ向かう。
広い庭園を一人で走り回って疲労困憊だ。それでも、私が仕事をしなければ今日のご飯も与えられない。
一日一食じゃ、本当はいつ倒れてもおかしくない。アニーの嫌がらせでパンも硬い物を食べさせられている。スープなんてなくて、水でふやかしながら食べていた。
辛い……という言葉を我慢する。
そこへ、義母がやってきた。
「あらアニー、おはよう。魔法の勉強は順調かしら?」
「お母様! やっぱり私にも才能があるみたいで、簡単な魔法なら扱えるようになりましたわ!」
義母は、母の妹だった。
私の母は、魔法の才能があり、王国史上初の女性宮廷魔法使いになった人物だ。
でも、母は私を産んですぐに亡くなった。しかも私は自分の父親を知らない。
義母とは昔から一緒に魔法を学んでいたようで、亡くなった私の母と非常に仲が悪かった。どうやら、義母に魔法の才能はなかったらしく、それを酷く妬んでいたと聞いている。
貴族社会でも有名だった宮廷魔法使いの娘である私を放置することは、ゼファイム家の体裁的にも悪いらしく、嫌々ながらも受け入れてくれた。
私は、育ててもらった恩義も感じているし、感謝もしている。だから、何を言われても反抗せずに言うことを聞いてきた。
(魔法の勉強……いいなぁ)
そう私が思うも、二人から睨みつけられて歩き出す。
その後ろ姿を義母とアニーが眺めていた。
すると、嘲笑する笑い声が庭に響いた。
「ふふっ、フラウって本当に憐れな子よね。アニー」
「お母様が言ったんでしょ? 引き取った便利な道具よ。上手に使わないとって」
「流石は私の子、賢いわ。フラウに魔法の勉強なんかさせちゃダメよ?」
「はい!」
虐げられているフラウを助けようとする人はこの屋敷には誰もいなかった。
この日も、夜遅くまで屋敷や雑用を手伝わされ、フラウが初めて息をついたのは寝る直前であった。
「今日初めて休んだなぁ……」
屋根裏部屋で暮らし、空気が悪いからずっと窓を開けていないと咳が出る。
冬になると雪や冷気が入ってくる。窓を閉じても寒さに凍えながら生きなくちゃいけない。
あまり良い環境と呼べないことは、流石の私も分かっていた。
寝転がりながら、古本を広げると自分の顔に落ちてくる。
「魔法の勉強……ふが」
大きく埃が舞う。
「…………」
(ちょっと眠いかも……あぁ、何もできないなぁ……)
そのままフラウは眠りについた。
*
「フラウ、お前に縁談が来ている」
翌朝、またも叩き起こされた私は執務室に呼ばれていた。
お父様からの呼び出しに、なんとなく察しは付いていた。
ゼファイム家も一応は伯爵家だ。
養子とはいえ、その家の娘となれば婚約の話があってもおかしくはない。
「私に……ですか?」
「そうだ。相手は醜悪で有名なアインズ公爵家だ。支援として大金を貰う以上、こちらも粗相のないよう礼儀を尽くせよ」
「あ、あの……公爵家が、なぜ私に?」
「向こうの考えなど、どうでも良いだろう。ゼファイム家としても厄介者を追い出せるのだ」
厄介者……。
実質、私はここを追い出されるんだ。
きっと、公爵家に嫁ぐことになれば花嫁修業や子育てのために人生を費やさなければならない。
結局、魔法の勉強できないよね……。
義父に反抗することはできる。だけど、それをしても婚約を無くすことはできない。
自分を堪えて、私は口を開いた。
「……分かりました」
私に逆える選択肢はない。
義父が満足げに笑って見せた。
「よろしい。数日後には迎えが来る。準備をしておけ」
至って平気そうに、義父は帳簿に書き込んで行く。
プラス、数百万ゴールドと……。
(あぁ、お金で売られたんだ。私……)
そう気づくのに、時間は掛からなかった。
*
アインズ公爵家は辺境の地を統治していた。王国内で見ても税が低く、田畑が毎年豊作になる土地であった。王都から交通が不便だと言う点を除けば好物件と呼ばれている。
準備を終えた私は、カバン一つを持って屋根裏部屋を出た。
あまりにも荷物がないのは、服を買ってもらったことがないからだ。
装飾品だってない。私に与えられた物は汚い部屋と質素な食事だ。
はぁ……婚約かぁ。
お母様は助けてくれないよね……それどころか喜んで『いなくなって清々するわ!』って言いそう。
玄関先を出ると、アインズ公爵家から迎えの執事が来ていた。
「フラウ・ゼファイム様ですか?」
目の前に立派な馬車があり、整った様相をした執事につい声音が上がる。
「は、はい!」
「お荷物を」
言われた通りにカバンを渡すと首を傾げられた。
「……おや? 他のお荷物は……?」
「これで全部です」
「……少なすぎませんか?」
す、少ないって言われても……これで全部だし。
持っていく物なんて身一つしかないんだ。
執事は唸った様子を見せたのち、私を馬車へ案内した。
「ご主人様が馬車の中でお待ちです」
「えっ! アインズ様が来ていらっしゃるんですか……?」
「ええ」
私は思わず息を飲んだ。
オークのように醜い容姿に、昔から権力とお金だけは持っている謎の人物だ。そこへ嫁入りなど誰だって嫌だ。
い、いや……住める場所とご飯があれば大丈夫! そこだけは直談判しよう……。
私はオドオドと、馬車に手を伸ばす。
すると、ドアが勢いよく開いた。
「……っ!」
咄嗟に手を引っ込める。
「……お前が、フラウ・ゼファイムか?」
整った顔立ちに、清潔な金髪が目に入る。
思わず、私は目を見開いた。
す、凄い美男……この人も従者かな。
「そ、そうです」
「ふむ……ならば早く乗れ。私の姿はあまり見られたくない」
私は強引に手を引かれ、馬車に乗る。
ひょいっと軽い体が宙に浮いた。
「……おい、軽すぎるぞ。ちゃんとご飯を食べているのか」
私を受け止め、向かいに座らせる。
馬車が走り出すと、私は気になったことを聞いた。
「あ、あの……アインズ様がいらっしゃると聞いたのですが」
「そうだ、いるぞ」
へっ!? どこに!?
馬車の中をキョロキョロと見回す。
やはり、どこにもアインズ様の姿はない。
目の前にいるのは初めて出会う美しい男性だ。
「……私はここに居る」
「えっ……あなたが、アインズ様……ですか?」
「そうだ。私がアインズ・カーディア公爵だ」
私はあんぐりと口を開ける。
あれ、あれ? 聞いてた話と全然違うんだけど。
醜悪と真逆すぎる……。
「アインズ様の婚約者として、私に出来ることであればなんでも致します」
「君に望むことはなにもない」
「酷いこともしない……んですか?」
私が恐る恐る問いかけると、アインズ様が眉間に手を置いて深いため息を吐いた。
「そうか……確かに、醜悪との噂があり、恐ろしい人というのは私が流したことだ。だが、そんなことはしない」
「しないん、ですか?」
「誓おう、アインズの名にかけて。君を傷つけることは、絶対にしない」
はっきりと口にして答える。
アインズ様の眼に、嘘偽りは感じられなかった。
*
領主であるアインズ様の屋敷は大きく、ゼファイム家の屋敷より広かった。
屋敷の一室に案内され、アインズ様が言う。
「私は昔、王国史上初の女宮廷魔法使いであるお前の母、スカーレットに救われた」
「お母さんに……?」
予想外のことに、反応に困る。
お母さんの話題は、義母が嫌がるからゼファイム家でもあまり上がらなかった。
「話によれば、ゼファイム家だとあまりよい扱いを受けていなかったのだろう? ならば、と私がお前を引き取った。事実、金で引き取れるというのだから、ゼファイム家は良い家ではない」
淡々とアインズ様が事実を告げて行く。
他の人から見たゼファイム家って初めて聞いた……あんまり世の中に出せてもらえなかったから。
「あ、あの……じゃあ私は一体どうなるんですか?」
金で引き取ったというのなら、婚約はあくまで名目上なのだろう。
嘘の噂を流し、自分の正体を隠すアインズ様がそこまでして私を助けてくれた。
「別館を用意しておいた。そこでしばらく生活して欲しい」
つまり、アインズ様とは違う館で寝泊まりするんだ。
生活も別々、と考えるべきだ。
「幽閉に近い形かもしれんが、数年ほど経ったら出て行ってくれても構わない。お金もいくらだって使ってくれ。もちろん、数年が過ぎても居て構わない、面倒は私が一生みよう」
お母さんに恩があると言っていたけど、そこまでして……と思う。
「婚約という形式ではあるが、君に対して愛はない。勘違いしないで欲しい、これは君のお母さんへの恩返しだ」
「一体お母さんはアインズ様に何を……?」
「それは……君が知る必要はない」
極力、突き放すように言うアインズ様に、私は少しばかり落ち込む。
お母さんについて、私は人伝から聞いた話ばかりだ。
人助けをするような人だとは聞いていたけど、公爵様と関係があったなんて驚きだ。
「確認だ。私は君を愛すつもりはないし、婚約も数年経ったら解消する。金も使うだけ使えば良い。屋敷内であれば何をしても構わない。それでも良いか?」
「……はい! ご飯と寝床があれば、十分です!」
溌剌と声を上げる。
アインズ様が半眼で私を見た。
「……貴族の令嬢とは思えん台詞だな」
褒められると思ったのだが、そうでもないらしい。
いけない……一応は公爵令嬢なのだから、それ相応の態度を意識しなくちゃ。
でも、私そういう教育あんまりされてなかったからなぁ。
自分なりに頑張ってみよう。
*
それから、一か月が過ぎていた。
アインズはいつものように執務室で、領地の仕事を処理していた。
そこに執事のフライデーがやってくる。
紅茶を目の前に置く。
「アインズ様、そろそろフラウ様が来て一か月になりますね」
「……そうだな、あれから一度も会っていないが」
アインズはふと気になったことを問いかけた。
「フライデー、あの令嬢はどこか変だと思わないか?」
「いえ、私は特にそうは感じませんでしたが」
「ふむ、気のせいか……」
アインズが考え込んだ様子を見せる。
しばらく会っていないとはいえ、やはりアインズの中でフラウの印象は強く残っていた。
(別館で暮らしてもらい、会わないようにするというのは冷たかっただろうか)
感情をあまり表に出すのが得意ではないアインズが、ゆっくりと立ち上がる。
「心配だな、会いに行ってみるか」
そう思い立ったアインズが、別館で驚いたものを見る。
*
「……なんだか、やけに明るいな」
和気藹々と仕事をするメイドたちの姿があった。
庭で洗濯ものを干していた私はアインズ様たちの姿に気付く。
や、ヤバい……今は給仕姿だ。
でも目が会っちゃったから逃げられない……。
「あ、アインズ様……」
「フラウ、なぜ洗濯をしている」
「えっと……今日の洗濯担当だったメイドさん、庭の手入れで手を怪我してたみたいで、水洗いが痛そうだったんです。だから手助けを、と思いまして」
私は挙動不審になりながら、視線をキョロキョロとしている。
後ろにいたメイドたちが咄嗟に前に出た。
僅かに怖がったような声音でメイドたちが言う。
「あ、アインズ様! どうか怒るのであれば、私たちメイドにお叱りを!」
「フラウ様はとても優しく、私たちメイドにも見下さず対等に接してくれるんです! だから、責任は私たちに!」
アインズ様は目を見開く。
これまで、メイドたちはアインズ様を怖がって話しかけることさえなかった。
メイドたちが言っていた、『アインズ様は怖い』と。でも、私はそんなことないと伝え続けていた。
私をゼファイム家から救い出してくれたんだから。
アインズ様が言う。
「……ふふっ、怒るはずないだろう。好きにしろと言ったのは私だ、フラウ」
「アインズ様……」
「随分と仲良くやっているみたいじゃないか。心配して損した……安心したぞ」
アインズ様が軽く笑ったことに、少し周囲が驚く。
「アインズ様、初めて笑いましたね」
「……ち、違う」
一瞬、照れた様子をアインズ様が見せる。
こういう反応もするんだ。
「ごほんっ、きちんとご飯は食べているんだろうな?」
「えーっと……」
まずい、正直に話すと怒られそうな気がする。
公爵家に来てから、私はまともな食事に感動してしまい、こんな贅沢な食事を私なんかが本当に食べても良いのかな……と正直申し訳なくなってしまった。
そのため、私はメイドさんたちと同じ物をお願いするようになってしまった。
それも仲良くなったきっかけの一つでもあるんだけど……。
私の歯切れが良くないことを察したアインズ様が、メイドたちに問いかける。
「どうなんだ、メイドたち」
「フラウ様はちゃんとご飯を食べられておりません! 私たちが言っても聞いてくれないんです~!」
「フラウ様なにやら書物に夢中のようでして……」
うぐっ……ここでゼファイム家では出来なかった魔法の勉強をやっているとは言えない……。それ禁止! って言われたらおしまいだ。
でも、少し嬉しかった。
メイドさんたちが本当に私のことを心配して言ってくれていると分かったからだ。
「……おい、フラウ。お前は仮にも私の妻なんだ、流石の私でもそれは認められない」
「すみません……」
「まったく、今後は私と食事をしろ」
意外な言葉に私は顔をあげる。
初めてアインズ様から誘われた。
「口で注意しても、フラウは変わらなさそうだからな」
「うっ……」
私の性格がバレてる……。
アインズ様は踵を返し、屋敷へと戻っていく。
どことなく、アインズ様の顔色は柔らかかった気がした。
それから、私はしばらくの間、アインズ様と一緒に食事を摂ることになった。
*
その日の食卓。
「王子主催の夜会……ですか?」
「しかも、婚約者同伴だ」
私は食べる手を止める。
夜会に出ることは構わないけど、アインズ様はあまり世間に出たがらないはずだ。
「王子とは幼馴染でな、今回は婚約者の顔が見たいのだろう」
「そうでしたか。失礼のないよう、尽くさせて頂きます」
「頼りにしている。私は感情を表に出すのが苦手だからな」
「え?」
アインズ様が素直に認めたことに驚く。
確かに、アインズ様は不器用な人だとは思うけど……実直なだけだと思う。
「別館のメイドたちを見て思った。フラウ、お前は自然と周りの人たちを明るくする」
「そ、そうでしょうか……?」
「自信を持て、私がそう言ったのだからな」
アインズ様だけが感じ取った感情の機微があるのかな。
私は素を見せているだけなんだけど……好かれているのなら、良かった。
ゼファイム家では素を見せても嫌われていたから。
「ドレスについては、フライデーに相談してくれ」
「ど、ドレスですね……分かりました」
実はほとんど着たことがないとは言えない。
不安を顔に出していたのか、アインズ様が言う。
「夜会が嫌なら断るぞ。フラウに無理はさせたくない」
「いえ! 大丈夫です!」
「そうか……無理はするな」
私のことを心配してくれるアインズ様に、頑張ってみたいと思う。
礼儀作法もそこまで叩き込まれて育ってこなかった。
……フライデーさんに相談したら教えてくれるかな。
そう思い、後日フライデーさんにお願いしてみたところ、可哀想な環境で育った子というような目つきで優しく指導してくれた。
完全に同情されている眼だ……とは気づいていたが、私は感謝を述べながら作法を身に着けた。
*
王子主催による夜会は、王国の有力な貴族たちも集まっていた。多くの貴族が出席していることで、アインズ公爵の名はあまり注目はされなかった。
そのお陰もあってか、会場に到着しても騒ぎになることはなかった。
「あらやだ、美しい二人ですわね」
「どちらのお方もあまりお見かけしませんわ?」
「どこの家の者だ……?」
貴族たちがヒソヒソと会話を交わしている。
会場で注目されていることに気づいた私は身を小さくする。
「フラウ、私の側から離れるなよ」
「は、はい」
豪華絢爛な会場に、つい緊張してしまう。
私なんかが本当に来ていいのかな……アインズ様は一緒に来て欲しいって言ってたけど、私じゃない方が良かったんじゃ……。
そう思うも、アインズ様の表情はどこか柔らかかった。
流石は公爵家だ。きっと夜会にも慣れているんだ……。
「アインズか?」
聞き覚えのない声が、アインズ様の名を呼んだ。
振り返ると、王族のみが許された紋章がある正装を着ている男性がいた。
「ブラド、久しぶりだな」
「その名で呼ばれるのは久しいな。アインズなら来てくれると思ったよ」
親しげな様子で言葉を投げかけ、私を見る。
この会場でアインズ様と親しげにできる人間なんて、一人に決まっている。
「君がアインズの婚約者か」
へぇ……と面白そうなものを見た目をされるが、気にせず私は習ったことをする。
「……お目にかかれて光栄です、ブラド王子。アインズ・カーディアの婚約者、フラウと申します」
「話は聞いているよ。王国史上初の女性宮廷魔法使い、スカーレットの娘だよね? 凄い人だったよ」
「ありがとうございます。母もきっと喜んでいるかと」
あまり母の顔を覚えていないせいで、社交辞令のような口調になる。
ブラド王子は乾いた笑い声をあげた。
「僕が保証する、スカーレットを誇りに思っていい。アインズだってそれは認めていることだ」
「は、はぁ……」
私が歯切れの悪い反応をしたことに、ブラド王子が眉を顰めた。
「……っ? なんだい、アインズはまだ話していないのか?」
なんの話だろう……?
「アインズは昔から剣の腕が立つんだけど、昔はお調子者でね。外に出て自分で魔物をやっつけようとして死にかけたんだ。そこをスカーレットに救われたんだ」
「そうなんですか?」
アインズ様がどこか不機嫌そうな顔をする。
そんな話はこれまで一度も……恩があるとは聞いていたけど。
「助けたお礼はいらないとスカーレットが言っていたのに、『命に代えても、恩は返す』と誓いまで立てたんだ」
アインズ様から一度もそんな話を聞いたことはない。
隣にいたアインズ様は、ブラド王子の頬を誰にも見えないようつねった。
「おい、このお喋りな口を閉じろ……!」
「ふにゃ……にゃにをするんだ、アインズ!」
なんだ……それが理由だったんだ。
もっと凄い理由で話せないのかと思っていたのに、アインズ様は少し可愛い一面があるのかもしれない。
ブラド王子が言う。
「アインズが悪いんじゃないか。そのくらいのことだったら、話しても構わないだろ?」
「それが理由でフラウを助けた訳じゃない……勘違いされるだろ」
「アインズ様……?」
顔を覗き込もうとするも、視線を逸らされてしまう。
「ごほんっ……それよりもブラド王子、私に話があるのだろう?」
「そうだった。フラウさん、悪いけど少しアインズを借りるね」
そういって二人とも、私の傍から離れて行ってしまう。
男同士の秘密の相談事でもあるのだろうか。
気付けば、私は一人で取り残されていた。
周囲の令嬢たちが私の方へ寄ってきて、複数の女性たちから質問攻めに遭う。
「申し訳ございません。先ほどのお話が耳に入りまして、スカーレット様の娘さんなんですの?」
「え、えぇ……」
初めてそんなこと聞かれた……。
おそらくブラド王子とも喋っていたせいもあるだろうが、彼女たちは興味津々の様子だ。
「さきほどの殿方はどなたですの!?」
「私の婚約者、アインズ・ガーディア様です」
「まぁ……! 醜悪と噂のアインズ様……? じゃあ、あの噂は嘘だったってことですの!?」
「でも、相手が王国史上初の女性宮廷魔法使いスカーレットの娘さんなら……」
周囲から諦めムードが漂って来る。
うぐっ……居づらい……なんかお母さんが慕われているのは凄く嬉しいんだけど。
「スカーレット様は私たち、女性にとって希望の星でしたもの! その娘さんでしたら、応援するのも当然ですわ!」
そ、そうなんだ……ブラド王子も言っていたけど、やっぱりお母さんって凄い人だったんだ。
すると、声が響いた。
「あら、それはどうかしら?」
女性陣の後ろから、不敵に笑うアニーが居た。
「アニー……」
思わず、私は一歩下がってしまう。
アインズ様の屋敷に居てから、私は悪口を言われることも虐められることもなかった。
だから、アニーからの言葉が怖い。
「元気そうですわね、フラウ姉様」
「……アニーも元気そうで、嬉しいわ」
私は頑張って取り繕う。怖くても、情けない姿なんて見せられない……ここには、他の貴族もいる。
私はアインズ様の婚約者なのだから、それに相応しい振る舞いをしたい。
アニーは前のように『怖がる素振り』を見せなかったのが気に入らず、ムッとした表情をする。
「皆様に教えるのは酷なのですが、フラウ姉様は昔からサボり魔で、『自分の母親は優秀な魔法使いなのだから、勉強せずとも使える』とおっしゃっていたのです。私はそんな姉を見るのが苦しくて、魔法の勉強に励みました……」
嘘つき……! 本当は私に魔法の勉強をさせないようにしていた癖に……!
周囲が騒めき始める。
「ですが、その傲りでフラウ姉様は未だに魔法が一つも使えません……しかも! アインズ様が醜悪であるという噂が嘘であったことも知っていて、縁談を受け入れたのです!」
声が漏れ始める。
「まぁ……!」
「本当かしら」
アニーがにやり、と笑う。
「本当に、そのようなフラウ姉様がアインズ様に相応しいのでしょうか……?」
まるで、自分こそがアインズ様に相応しいとでも言わんとする顔で私を見る。
ゼファイム家に縁談が来た時、アニーも醜悪公爵家からだと知っていた。だが、婚約を反対するどころか賛成に回った。
アインズ様にアニーが相応しい……?
……馬鹿を言わないで。
「……昔から魔法の勉強がしたかった。ゼファイム家の屋根裏部屋で古い本を読んで、少しずつ勉強して……それだけじゃ全然足りなくて……」
アニーの言っていることを認める。
どうせ隠せることじゃない。
王国史上初の女性宮廷魔法使い、スカーレットの娘でありながら魔法が使えないなんて、恥晒しも良い所だ。
そんなこと、自分でも分かってる。このままじゃダメだって、ずっと思っていた。
「言い訳はしない。確かに私はアインズ様に相応しくない」
あんなに優しくて、私を心配してくれた人はいなかった。
初めて大切にしたい存在だと思った。
「ふふっ、認めたわね……?」
アニーが勝った、というような顔つきをする。
私は真っ直ぐとアニーを見た。
「でも────アニー、あなたはもっと相応しくない」
「なっ……!」
これだけは間違いない。
アニーにだけは、譲りたくない。
「優秀な魔法使いから生まれた癖に、魔法も使えないフラウ姉様なんか誰が認めるのよ! 恥晒しなんか誰も認めないわ!!」
周りの人たちも同意見に違いない。
特に、アインズ様は公爵家なのだ。恥晒しにもなる婚約者など、体裁が悪すぎる。
「私が認める」
咄嗟の出来事に、反応ができなかった。
現れたアインズ様が私を引き寄せ、アニーを軽く睨む。
「あ、アインズ様……!?」
「一人にさせてすまなかった」
そう謝り、アニーを見る。
「私の婚約者に随分と言うじゃないか。アニー・ゼファイム」
突然の登場に、流石のアニーもたじろぐ。
「こ、これは姉妹の問題で……アインズ様はあまり……」
「口を挟むな、と? 我が妻が嘘偽りを並べられ、侮辱されているというのにか?」
辺りの人々から困惑の声が漏れ始める。
嘘、という言葉に引っかかっているようだ。
「フラウは私の屋敷でも、困っている人が居れば助け、自分の時間も惜しまずに協力しようとしてくれた。お前たちはフラウの善意を利用し、苦しめていただけだろう」
「ち、違うのです……!」
「違う? ならば、どう弁明するのだ?」
アインズ様が威圧を放つ。
私の前で、初めて見せた怒りだった。
そこで初めて、アニーは自分の相手をしている人物を理解する。
「アニー、あなたに言わなくちゃいけないことがある」
「な、なんですの……フラウ姉様」
私は近くにあったグラスを手に取り、中身を天井へぶちまけた。
「私はもう、魔法が使えるの……【浮水】」
そうして、中身の水を浮かせて見せた。
「なっ……! フラウ姉様……まさか、たった数か月で魔法を……!? で、でも……そんな簡単な魔法で認められるとでも思って────」
普通、魔法の習得には三年、早くても一年は掛かる。でも私は、アインズ様の屋敷に着いてからひたすら勉強をした。
やりたかったことを、アインズ様のお陰で初めてすることができた。
私はそこから、新たに派生を産み出していた。
ゼファイム家の庭で飼っていた金魚を思い出しながら、形を作る。
「……水の形が、変わっていく?」
夜会を豪華に彩るシャンデリアや宝石よりも、自由に泳ぎ回る水の金魚は……何十倍にも美しかった。
それを一緒に眺めていたアインズ様が言う。
「とても、綺麗だ……」
アニーがつぶやく。
「なんて高度な魔法を……私が何年掛ってもこんなことは……」
好きなことだから夢中になれた。
「アニー、これでもまだ私は魔法が使えない?」
「こ、この話はまた別の機会に致しましょう……! 今夜は会えて良かったですわ、アインズ様!」
アニーが逃げるように離れて行く。
傍観していた貴族たちも、自然とフラウを信じていた。
その理由は、フラウの作り出した魔法にあった。
とても優しく、美しい魔法だったのだ。
「ふっ……フラウ、これがお前の隠していたことか」
「い、いや! 隠していたという訳ではないのですが……せっかくなら、ちゃんとした形になるまで黙っていたかったのです」
もっと完璧になるまで見せたくなかった。
あれだけじゃ、まだまだ未熟だ。
アインズ様に失望されないかな……? と顔を上げると、喜んだ表情をしていた。
「良い。私は今、誇らしいんだ」
「誇らしい……ですか?」
「私の妻は強く、美しい魔法の使い手だと知れたからな」
良かった……。
「それとなんだが……フラウ」
「はい、なんでしょう?」
「その……前に、『君を愛すことはない』と言ったと思うのだが」
そういえば、屋敷でそう言われた気がする。
恩を返すためってはっきり言っていたし、割り切っていた。
「あの言葉、撤回させてもらえないだろうか?」
「……え?」
困惑したフラウが首を傾げ、アインズは視線を逸らしていた。
この一件からフラウは貴族の中でスカーレットの再来と呼ばれるようになり、女性貴族の中でも大きな権力を持ち、フラウは新たな希望の星となる。
少し離れて見ていたブラド王子が笑う。
「あんな顔をしたアインズは初めて見たよ。ん?」
夜会から出て行くアニーに気付く。
「さて……今日のことをゼファイム家に伝えておくか。僕からとなったら、流石に謝罪せざるを得ないだろうしね。無礼には無礼で返すのが筋だ」
ゼファイム家はこれによって大恥をかき、謝罪の意を込めて、アインズにフラウとの婚約金を返金した。それによって大きく家が傾くことになり……破滅を導く。
そして誰よりも、世界で一番……フラウはアインズと共に幸せになるのであった。
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