★★★しかし逃げられない!★★★
「じゃあ傭兵証を出してくれない?仮の契約認証だけ済ませちゃうから。」
「俺、傭兵じゃ無いよ。こんな格好してるし、剣も持ってるけど、傭兵登録して無いし。ぶっちゃけ、自衛のためのモノだしこれ。傭兵証なんて持ってるはず無いから。」
ここで俺は前提をぶっ壊す発言である。侯爵代理様はこれに「え?」と呆けた顔をした。
俺の事を雇う気満々だった侯爵代理様は暫くポケッとして動かなくなる。
執事もどうやら一瞬俺が何を言ったのかサッパリだったらしくフリーズしている。
こんな事ならもっと早くぶっちゃけておいてしまえば良かったとちょっと後悔。
「勝手にそっちが俺の事を傭兵だと勘違いしただけじゃんね?さっきも言ったけどお偉いさんの言葉に下郎な者が逆らったりしたら罪に問われて逮捕されるかもと思って言われた通りに従っただけでさ。俺自分から傭兵です、とは言って無いんだよね。ソレでも雇う?俺の事?」
諦めたと言ったな?アレは嘘だ。俺は足掻いた。ここで俺の事をペテン師だと思って貰って雇う話も何もかも全部パーになってくれないかな?と。
ここで向こう側から「必要無い」と言った言質を取ってから退出せねば最悪な展開ってモノの可能性が残ってしまうと危惧している俺は。逆恨み怖いね、何がきっかけで人は人を恨むのか分からないもんね。
そして使いたくはないが穏便にこの状況を脱せ無ければ最終手段には実力行使でゴリゴリに逃げる、と言った方法しか残されていない事になる。それも嫌だ。非常にそれも目を付けられる展開になるはずだから。
「・・・雇う、雇うよ。増々面白そうだね、知れば知る程に君は。さて、何と言った理由を付けて雇おうか?」
「うっわ、何だコイツの精神状態・・・?何?こわっ!増々こわっ!?考えてる事が、言ってる事が意味不明なんだけど?!変人?変人なの?ねぇ?執事さんはこれで宜しいのでぇ?」
俺は思わず執事に視線を向けた。「おい、コイツヤバいだろ」と言った内容の意を込めたソレは顔を軽く逸らされただけで躱される。
「私はこれまでずっと退屈だったんだ。ふざけ合う様な、馬鹿馬鹿しい何の意味も無い会話などを気軽に楽しめる相手って言うのが居なくてね。君はそんな私の望みに合致するのさ。何としてでも君と友人になりたいねぇ・・・に、が、さ、な、い、よ?」
背筋に冷い汗が流れた気がした。こいつ、本気でサイコパスじゃん、と。本気でヤベエ奴に目を付けられてるじゃん、と。
侯爵代理様はもの凄い美しい笑顔で最後は俺を「逃がさない」とハッキリと口にしている。
俺はここでそもそも何がイケなかったのかを即座に考えた。何を切っ掛けにしてこの侯爵代理様は俺にいつ目を付けたのかと。
ここで執事の方を俺は見る。しかし侯爵代理様を諫めると言った言葉を発する様子が無いのだ。こんな怪しい俺を本気で雇う気である侯爵代理様に対して執事は視線すら合わせようとしていない。
(この執事、こんな性格だと言うのを知っていたのか!)
長年この執事はこの侯爵代理様を見守って来たんだろうさ。そしてそうした本性を持っていると言うのをずっと以前から知っていて、今何も言わないでいるのだ。
「・・・ふざけ合う?馬鹿馬鹿しい?意味の無い?え?いや、まさかねぇ?俺が助けに入った時のあの登場台詞で?え?本気で?マジで?」
『困った時のあなたの味方!タクマ参上!』
たったこれだけ、この一言だけで、俺は気に入られてしまったのか?
その答えに辿り着いた瞬間にこの場から直ぐに逃げ出さなくてはと思って俺はドアの方へと身体をクルリと回転させ向ける。
【しかしタクマは逃げられなかった!】
いつの間にか執事がドアを塞ぐ様にして立っているではないか。
(・・・ガチで詰んでるじゃねーか、今の俺は・・・)
そしてここで軽い絶望で硬直していた俺の直ぐ横にサッと移動してきていた侯爵代理様は耳元で呟いて来た。
「私の事を性的な目で見て来ていた者はソレを直接私に言う事なんて絶対に無かったけど。こうして目の前でハッキリと、しかも堂々と好みだと言われるとちょっと照れるね。」
「いやそこは照れる所じゃねーよ!?感性おかしいねぇ!?」
俺はここで思わずツッコミを入れて「ヤベェ奴に捉まっちまった」と心底思った。
そしてこのタイミングで侯爵代理様は話し出す。
「さて、私が戦力が一人でも多く欲しいと言ったのはね?」
「ここでいきなりその説明するか普通ぅゥぅゥ?」
「どうやらこの町の森の奥に異変が起きたと言う事で忙しい父に代わって私が現地での指揮を執る事になってしまって。その調査人員に傭兵を雇おうと言う事になっているんだよ。」
「最後まで言い切りやがったよコイツぅゥぅ!」
「もちろん私も同行するし、そこに騎士たちも護衛として付いて来るから戦力は充分でさ。傭兵側の雇う人数はそこまでの数要らないし、斥候や森歩きに精通している者を雇うつもりだったんだけどね。ソレでも一応は安全を確保するのに傭兵の人数は多めにって事で強い者を雇いたかった訳。」
「断って良いかなぁ~?断りたいなぁ~?俺ってば必要無いな~そこには~。俺、ヨワヨワだよ~?空気読もうぜぇ~?」
「と言う訳で、君はその栄えある一人目と言う訳だ。」
「俺の意思はそこには全く反映されて無いねー!勝手に決められちゃったねー!と言う訳で、って部分が何処に掛かってたのか全く分からなーい!」
「あ、分からないかい?じゃあ説明しよう!傭兵と言うのは自分の実力ってのをしっかりと把握してる者たちだ、大体はね。そして悲鳴が聞こえたからって直ぐに躊躇い無くあんな場面に助けに入るって者はね、自分が「強者だ」って分かってる奴か、正義感を持つ只の馬鹿くらいなモノなんだよ。普通の傭兵、って奴はもっと慎重で、打算が多くて、自分の命が真っ先に優先されて、面倒事と見たら一切近づかない様にって立ち回る姑息な者たちなんだ。」
俺はここで悪魔に肩をポン、と叩かれた様な気がした。「運命だ、諦メロン」と。
「装備も見た目もがっつり傭兵しているし、ここで既に二択なんだよね。そして私としてはどっちも良くて。だけどここで「正義感を持った強者の馬鹿」ってのが最上であった訳だ私にとっては。だけどもどうやらそれらに当てはまらない不思議な君を私は気に入った訳だ。侯爵代理を名乗った私に対してその態度に全くの変化も見られない所か批判批評、啖呵まできってくるじゃないか。不敬不遜などクソ食らえと言わんばかりにさ。ソレで分かった。君、権力なんて通じない程の力を持っているんでしょ?違う?ソレに馬車にずっと並走してた。たったそれだけで体力は尋常じゃ無いってのはもう判明してるしね。ぶっちゃけ、強いんでしょアナタ。」
俺はこれに沈黙で返す。しかしそんなモノは肯定してるのと同じだ。
「じゃあ今から傭兵ギルドに一緒に行こうよ!君を正式に登録して私がちゃんと雇うから。そうそう、個人的にね?」
「・・・今回のお仕事で雇うのでは、無い?ソレは幾ら何でもおかしいですねぇ~?俺にも断る権利があるよー?お断りさせてらうとしようかなー!」
「もう君の顔はしっかり覚えた。うんうん、良い返事が欲しいなぁ私は。そうじゃ無いと・・・ああ、そうそう、断っても良いのだけれど、侯爵家を甘く見ないでね?」
ソレは静かで重い声だった。そして当人の性質を現しているかの様にネットリと、しかし綺麗な声である。
「・・・脅されちゃったなー!コレはもうどうしようもないなー!今後の俺の人生が幸福で一杯になる事を神様に願うばかりですわー。・・・雇われますよ、分かりました。けど、問題が終了までって事で、契約は。そうじゃ無いと無理矢理にでも、逃げます。全力を以てして。」
自棄だった。ここまで言われて最終手段を取って逃げたとしたら、今後のデメリットが巨大になり過ぎるこれでは。
なのでせめてもの抵抗として条件を付けての契約をと俺は口にした。したのだが。
「うん、良いよ。分かった。それじゃあ一緒に行こうか、傭兵組合。そこで私が直々に依頼内容を組合長に相談しに行くんだ。その時に君も登録お願いね、タクマ。」
アッサリと受け入れられてしまった事に不安が募る。
(これってテンプレで行くと穴を突かれたり、裏を掻かれたり、盲点があって丸め込まれたり、こちらの失敗に付け込んで来たり、揚げ足取りされたりするパターンじゃ・・・)
ソレでもここで俺が言える言葉は「イエス」のみだ。今後まさかまさか、よもやよもや、万が一にもこの侯爵代理様が俺の旅に一緒に付いて行く、などと言った展開になってしまわないかと不安でもだ。
そんな未来は来ない、有り得ないと思うのだが、思うのだが、ここで「ノー!」と断固として拒否などと言うのは無駄っぽい。
侯爵代理様はどうにも俺に御執心らしいので絶対にこの様子だと諦めると言った事は無さそうだった。俺がうん、と言うまでこのままこの屋敷に何かと理由を付けて軟禁してきそうな空気まであった。
こうして俺は連行される。お次は傭兵組合だそうだ。
(嫌だなぁ。嫌だなぁ。だって俺が傭兵組合の建物に入ったら絡まれるんだろ?テンプレ展開的に言ってさぁ?だって、俺が侯爵代理様と同じ馬車から降りて来て建物に入るんだぞ?絶対に目を付けられるじゃんよ・・・)
俺は今馬車に乗っている。そう、侯爵代理様と一緒に、畏れ多くも、だ。
「ねえねえ、タクマはどれだけ強いの?ここだけの話、今度こっそりと見せてくれない?私だけに。」
そう言って煌めくタカラヅカフェイスで優しい笑顔で俺にそう問うてくる侯爵代理様。
「いやいや、お見せでき無いなぁー。残念だなー。俺の力ってばもの凄く強力だからさー?ヤベエ!って時じゃ無いとダメなのよ。それ以外の時に無暗やたらと、ほら、ね?振るっちゃうと周囲に迷惑かける所の騒ぎじゃ無くなちゃうのよ。あー、駄目だなー、幾ら侯爵様代理のお願いでもこればっかりはナー!危機的状況になったりしない事を祈るばかりだね!うん!」
俺はふざけた態度で滅茶苦茶分かり難く「披露できないよ」と言っておく。
「はっはっはっは!ソレは非常に残念だね!実際にその強さを見れたら良かったのだけど。それなら言葉で言い表すとどの様になるかな?聞かせてくれないか?」
めげない、ホントこの侯爵代理様、めげない。だから言ってやった。真実を。
「いやー、本気で剣を振ったら横薙ぎ一つで三十人以上は最低でも殺せちゃうね!魔法なんて使った日には災害指定だねきっと!だから今まで本気では攻撃魔法を使った事が一度も無いんだよ!悩ましいね!と言うか、剣で敵なんて簡単に倒せるから魔法は使う場面なんて無いんだよなぁ!」
「ソレは凄い!頼もしいな!それ程の強さなのか。私が知る英雄物語の中でもそれ程の強さを持つ主人公は記憶に無いよ!フフフフ!」
何が面白かったのか笑う侯爵代理様。そんなアホな会話をしていたら目的地に到着。
ドアが開かれた際にこれに先に俺が馬車を降りた。そして柄でも無いのに俺はエスコートの為の手を馬車の方へ出す。
「おや、嬉しいな。手を引いてくれるのかい?」
「粗野で阿呆で野蛮なワタークシで宜しければ、お手をどうぞ。」
これにもの凄くニッコリした笑顔で侯爵代理様は俺の手を取って馬車を降りる。
(こうなれば徹底的にふざけ倒して相手してやるさ。侯爵代理様がお求め、ってんならな!)