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★★★思わず死にたい気分★★★

 俺は傭兵じゃない、そう断っても良かったのかもしれない。けれどもそれはきっと説得力の無い言葉として相手に届いたと思うその時は。

 何せこの「サイキョウソウビシリーズ」で固めた俺は何処からどう見ても戦う者の姿なのだ。

 そして今の所は傭兵と言ったモノがこの世界にしっかりと存在すると言うのは理解した。しかし。


(その雇われる相場が分らんのよね。地球でだって傭兵稼業、なんてモノがそこら中の巷に転がっていた訳じゃあるまいし)


 世の中、何処行っても先立つ物は金である。村での生活で狩った獲物の皮を偶にやって来る商人に売ったりして金は細々と稼いでいたりはしたが、まだまだ足りない。先行きが不安である。

 幾らあってもお金は良いモノだ。ここで雇われて金銭交渉ができると言うのは貴重で、そして運がある意味良かったとも言えなくも無い。しかし。


(この後の町でどんな用事がこの侯爵代理様にあるのかが問題だなぁ。俺、目立たない様にやっていきたいんだけどなぁ)


 初っ端から盛大に目立つ事をすると、そんな俺に厄介事を持ってこられてしまうだろう。

 助けて欲しいだの、アレをやって欲しいだの、コレを取って来いだの、俺には全く以てして関係無い頼み事まで頻繁に持ち込まれて鬱陶しい事この上無くなるだろう。

 ソレを断れば頼みを持ち込んだ依頼主は勝手に俺の事を悪く言ってソレを世間に腹いせに言い触らすに違いない。

 そうしたらそうしたで今度は悪名が広がって逆の意味で俺は目立つ事になる訳だ今度は。

 どっちにしろ今この時が俺のこの先への重大な分水嶺となると捉えて良いだろう。出しゃばらない事を肝に銘じてひっそりとしている様に心掛けなければならない。


「・・・はっ!?もう手遅れでは!?」


 気付いた。そう考えた即座に俺は自分の今の状況を認識してしまった。

 俺は今、既に一時間以上は走ってこの馬車に遅れる事無く付いて行ってしまっている。

 体力的に見て化物級だ。何せ汗一つ掻いていない、息もこれっぽっちも乱れていない。

 先程から俺が思考しながら走り続けている所を護衛の騎士たちにチラチラ見られていたのはコレが原因だと気が付いた。

 侯爵代理が俺を雇う事で護衛騎士たちは俺に向けて警戒の視線を向けてきているのだと、そうずっと俺は勘違いをしていた。


(ヤバイ・・・どんな風に思われているかはさておき、これって俺、一目置かれている?冗談じゃ無いのだけど?)


 既に目立つ第一歩を踏み出してしまっていた事に愕然とする。しかしもう今更演技をして疲れた様子になるのは余りにも不自然だ。

 このまま町まで走り通すか、もしくは休憩が入ったりした時に盛大に地面にぶっ倒れて疲れてますよアピールをするか、何かしら誤魔化せないかと今度は考える。


(止まる気が無いぞきっとこの御一行様は・・・町までノンストップか?)


 護衛騎士たちが前後を塞ぎ逃げ出せる機会が見い出せない。俺は悟った。この後の町でもきっと俺は目立つ様な事になるんだな、と。

 俺の今のこの装備一式は本来であれば目立つ物では無いはずだ。町の中に溶け込める、そんな何処ででも見かけるファッション、そんな情報を村長からもレーナからも聞き取り調査で得ていた。


 けれども今はそんなシチュエーションとは違った。キッチリカッチリな護衛騎士八名の中に俺みたいなのが混じっているのだ。目立つ。コレはどうしても目立つ。

 しかも護衛騎士が守っているのはどう見てもヤベー豪華な馬車。そこに乗っているだろう人物の身分の高さも御察しと言うモノである。

 そんな馬車に俺みたいな見た目の奴が側に居ればコレを見た通行人は即座に「何だアイツ」と疑問を持つ事だろう。目立つ。


(・・・これが俗に言う「死にたい気分」と言うモノか。ホント、死にたい・・・)


 そうこうしている内にどうにも目指していた町の入り口、門まで来てしまった。死にたい。

 そして馬車はやはり特権階級のアルアルである。何の検問も受けずに完全パスで即刻町の中に入って行く。付いて行きたくない。

 そんな真似は出来ずついて行く俺。そんな俺の事を訝し気に見送る門兵。検問待ちで長蛇の列に並ぶ一般人やら商人たちが俺に注目して来る。死にたい。


 中に入ればそのまま馬車は大通りを行く。地面は綺麗に均された道で馬車はさぞ快適な乗り心地に変わっている事だろう。

 ここまで来る間の道は結構凹凸がデカイ、とまでは言わないが、それなりにガタガタと馬車は揺れていた。今はソレが見えない。

 俺はこのまま付いて行くしか方法が無い訳では無い。ここで脇道に逃げて姿を晦ませると言った事もできるだろう。


 しかしその場合はやはり怪しい奴だったとしてきっと俺は指名手配されてしまうだろう。死にたい。

 このままだと俺はどうにも今回の侯爵代理様とやらの用事と言うのに付き合わされる模様だ。死にたい。

 戦力が少しでも欲しいと言っていたので俺はきっと争い事に参加させられるのだろう。死にたい。

 この町で先ず俺はこの世界の「神」ってやつを詳しく調べられる図書館か何かを見つけようと思っていたのにコレだ。泣きたい。

 そんな事を考えていたらメッチャスゴイ館の門の前に到着した。ヤバイ。

 俺はこのままどうやらこの館にそのまま馬車に付いて行って入らねばならない様だ。怖ろしい。

 門が開いて超広大な庭のど真ん中を通る屋敷への一本道を馬車が行く。ツライ。

 そこに俺は表情が抜け落ちた顔でまるで人形の様に只付いて行っている。逃げたい。

 館の扉の前に到着した。俺は願った。俺、帰っても良いかなぁ?と。しかし現実は無情だ。酷い。


「よし、タクマと言ったな。私に付いて来い。」


 馬車から降りて来たのはアレである。タカラヅカである。男装の麗人だった。しかもメッチャ美人である。俺はこれに観念した。だってスタイルがメッチャボンキュッボンで俺好みだったから。この様なモノを俺の視界にストライクでぶち込まれちゃホイホイと付いて行くしかない。

 ついでに付け加えれば、もうここまで来て「付いて来い」などと命令を受けて正体一般人の小心者の俺が断固拒否!などとはできないだろう。

 こんな場面でここまで来ておふざけや冗談でも「だが断る!」などと吠えられる一般人は精神がどうかしている。

 ネタに命を張るなんてマネは俺にはできないし、こんな異世界でその様なネタを爆発させても相手には全く通用しないだろう。冗談では済まない。

 高貴なる相手である。こんな只の一般市民如きがそんな相手の命令を偉そうに断れるはずが無いだろうそもそもが。

 その様な態度を取ればこれに護衛騎士たちが俺に向けて「無礼者!」と剣を引き抜いてその切っ先を向けて来るだろう一瞬で。下手すりゃ斬り掛かられる。


 俺は素直に侯爵代理様の後を付いてく。その少し後ろ斜め隣には馬車から一緒に降りて来ていたメイドさんが付いて来ている。どうやらこのメイドが馬車で悲鳴を上げた張本人と言う事で良いのだろう。

 侯爵代理様はそのまま振り向きもせずに屋敷の扉を開けて堂々と入って行く。どうやら目的の部屋に一直線で向かうつもりらしい。

 その横にいつの間にかどうにも執事であろう爺さんが付いていて俺はこれに「いつの間に?」と驚かされた。


 そうして田舎者丸出しな俺の事など気にせずにどうやら執務室と見られる部屋に入った侯爵代理様。

 キョロキョロと視線が散漫な俺の事など気にせずに侯爵代理様はドカッと椅子に座る。

 俺もどうやらこの部屋の中に入らねばならないらしい。ずっと開いたドアの前に控えていたのだが、執事の爺さんは何時までも入って行かない俺の横でプレッシャーを掛けて来ていたのでソレに負けて部屋へと入る。


(こんな屋敷の中になんて一度だって入った事ある経験なんて無いんだから、あっちこっちに視線が取られちゃうのはしょうが無いでしょうよ)


「さて、タクマを雇う上での交渉を始めようか。・・・ん?何だ?言いたい事がありそうだな。ここには私とジョエンしか居ないから遠慮無く言っても良いぞ?そんな事で無礼だなどと言って罪には問わないから。」


 ジョエンと言うのはこの執事の事であっていると思う。確かにこの部屋にはこの三人しかいないから。そして無礼講だと言われてもそんな事に俺は騙されたりはしない。


「いや、そんなのマジでダメでしょ。そう言って油断して失言したら一気にここに騎士がなだれ込んで来て俺を捕縛とか言った展開になるんじゃん。そうで無かったら後で騎士たちが俺の態度とかにイチャモン付けて来てギャアギャアと煩い事を喚くだろ?勝手な言い分作ってさ。」


 俺は妙な緊張感でテンションが変になっていたらしい。不敬な発言がポロッと漏れてしまった。あ、と思ってもソレはもう遅かった。


「・・・ぷっ!くっくっくっくっ・・・ふはっ!フハハハハハハハ!面白い!実に君は面白いな!うん!うん!気に入った!タクマ、君を私の側仕えとして雇おうではないか。」


「だが断る!」


「!?」


 ダメでした。思わず俺の中の小さく激しく燃える怒りがお断りの言葉を叫ばせた。俺はどうにも権力って奴に拒否反応が出るみたいだ。


「もうどうにでも成れって気持ちにさせられたから、もうぶっちゃけるけどさー。そう言う御貴族様の御偉い立場からの我儘な思い付きに従わされる者の気持ちを全然わかって無いよね、それ。偉い奴の言うこっちゃ、下々の奴らは絶対にソレに従えって態度、それと、どうだ?嬉しいだろ?みたいな態度、めっちゃ迷惑。全然光栄じゃないよ。相手の立場とか事情とか気持ちとか考えない一方的な押し付けだから、ソレ。良く無い、良く無いよー?」


 侯爵代理様はこめかみをピクピクさせているが、俺は既にこの時点で流石に色々とここまで来る間のマイナス思考をし過ぎていて精神がすり減っていて限界を超えてしまいプッツンと緊張の糸が切れてしまった。

 だからここで遠慮せず、後先すらも考えず、身の破滅も考えずに口を開いてしまう。


「俺、もう出てって良いかな?何が気に入っただよ。俺は別にアンタのこっちゃ別段気に入っても何も無いよ。知るかよ、何?侯爵?知るかそんなもん。俺には俺の目的があるから、雇うとかの話は遠慮させて貰うわー。最初は逆らったらどんな目に遭うか分かったもんじゃねーなとか思っちゃって素直に従ったけど、なに?そっちがヤル気ならこっちにも考えって物があるよ?俺と、やるか?」


 俺のこの言葉に侯爵代理様が俯く。そして肩を震わせている。

 執事の方は「それだけで人を殺せるんじゃないの?」と言いたくなる位の鋭い目つきで俺を睨んできている。不敬にも程があると俺に伝えたいらしいが、そんなモノは言葉にして言えと言うものだ。

 侯爵代理様が何も言わないからそうして睨んで来るだけに留めているのだろうが。


 そして少しだけ沈黙がこの部屋を支配したその時。


「・・・ぶぁっはっはっはっはっ!スゴイ!凄いよ!君の様な者に初めて会った!感動だ!何だろうかこの感情は!これまでに無い様な複雑な思いがこの胸いっぱいになっている!分かった!解った!だから、行かないでくれ。君を只の傭兵の一人として雇うだけにするから。だから、そうだな、私の友達になってくれないか?」


「・・・こっっっわ!何いきなりその態度の変容!?付いてけれねーんだけど?頭おかしくなりました?最初っから頭おかしい?いや、そんな変化が分かる程にアンタと付き合い長い訳じゃ無いんだけど。と言うか、どう言った心境の変化?マジで変だよ異世界人・・・いきなり友達になって宣言?ドン引きだよ。」


 俺にとってはこの侯爵代理様は異世界人である。向こうからしたら事情を知れば俺の方こそ異世界人と言って来るだろうけども。

 と言うか、一般人と貴族なんて隔たり過ぎていて言い様によっちゃあ確かに異世界人と表現するのは妙にしっくりくるが。

 けれども今はそんな事は関係無い。友達になってくれなどと言われたのだ。俺の返答をこれにどうするべきかである。


「友達、ともだちねぇ?俺ってさ、男女の間に友情は芽生え無いって思ってる派なんだよね。結局仲良くなって行けば互いに受け入れられる部分があると惹かれ合って最終的にくっつくか。もしくは片思いで終わるって考えなんだけど。そもそも互いに好みじゃないって事が最初っから分かっていて、そこに妥協する事が絶対に無いって前提の時だけ限り無く友情っぽいモノはできると思ってる。それと、侯爵代理様のその体形はめっちゃ俺の好み。女友達?そんな目では見れないなぁ。」


 俺の最後の発言に執事が俺の目の前に瞬時に踏み込んで来て視界を遮ってくる。

 侯爵代理様を俺の様な下賤な輩のイヤらしい視線に触れさせない様にとの事であろう。

 今俺は自分の品性下劣な部分が大いに表面に出て来てしまっている。俺はそう言う性格なのだ、元から。

 キレると相手に何を言うか俺自身でも分からない。考えて喋るより口が先に開くのだ。そして言葉を何らの吟味も無くして吐き出してしまう。コレはアレだ「デリカシーが無い」と言うヤツである。


「ふふふ!断られてしまったかー。でも良いさ。絶対に君は私が雇う。もう決めたよ!」


「・・・もう良いや。ソレで良いよ、もう。と言うか、セクハラ発言に何も言ってこないのかよ・・・逆にソレがコエーよ。」


 侯爵代理様の変人っぷりに俺は逆にドン引きだ。寧ろ恐怖すら感じる。

 これで俺の中の怒りは静まってしまっていた。その証明として俺はこの部屋を出て行ってはいない。この変人貴族の態度に俺は冷めてしまった。

 もしまだここで怒りがちょっとでも収まっていなかったら、その時点でもう俺はこの部屋に居なかっただろう。それが俺には分かっている。

 だからここで後の事はもうどうにでもなれと言った気分で傭兵として雇われる事だけは了承したのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ、貴族に媚びないってのも 異世界テンプレの1つですからね それで気にいられるのも
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